story・・小さな物語              那覇新一

小説・散文・詩などです。
那覇新一として故東淵修師主宰、近藤摩耶氏発行の「銀河詩手帖」に投稿することもあります。

イケてないトレインミステリー

2019年06月15日 22時06分16秒 | 小説

0827三宮阪神9204快急


祥子からラインが入ったのは昨日の夜だ。
「明日、阿倍野で朝ご飯しようよ」
俺はドキッとした。
「そのあと三宮で行きたいお店があるから、お付き合いしてね」
これはもう、危険極まりない・・

明日は美津子と尼崎で一瞬だけ会うつもりなのだ。
美津子はショップに勤めていて、明日の日曜は仕事だ。
だが、明日は美津子の誕生日、ぜひともプレゼントを手渡したい。
なので阪神尼崎の改札を出てすぐの、あのショッピングセンターに勤める美津子の店に、朝イチに行くつもりだったのだ。
そうすれば、明日の夜は美津子と二人で過ごせるだろう・・・そう企んでいたのだ。

だが、祥子の誘いを断ると後が面倒だ。
説明がいろいろ必要になる。
可愛い女だが、ややしつこいところがある。

そこで俺は考えに考えた。
ネットの「乗換案内」を駆使して列車の時刻も調べ尽くした。

俺は、翌日、日曜の朝、JR天王寺駅で祥子と待ち合わせをした。
そのまま、行きつけの裏通りの喫茶店で、ちょっと洒落た朝食だ。

祥子は朝からご機嫌で、周囲にも可愛らしさをアッピールしている。
最初はこの可愛さにぞっこんだった俺だが、だんだん鼻につくようになってきた。
そこへ現れたのが、如何にも大人の女性という感じの美津子だ。
落ち着いていて、穏やかで、そして抱き合った時の相性がいいのだ。

いずれ、俺は祥子を切りたい。
だがそれにはまだ、もう少し美津子を押す必要があると思っていた。

食事を終え、JR天王寺10時09分、大阪方面大和路快速に乗った。
「神戸へ行くの久しぶりだね」
祥子がぴったりとくっついている。

列車の前の方の車両で、前向きの座席に二人並んで座る。
そして、新今宮を出てすぐ、俺は苦しみだした。
「ごめん、急にお腹が・・」
「え・・大変、次の駅で降りようか・・・」
「いや、列車にトイレがあるから・・・」
「ほんと?それは良かった」
「だけど後ろの車両なんだ、ごめん、大阪駅までにここに帰るの、間に合わないかもしれないから、大阪駅で5番線の新快速に乗り換えてくれ、おれもなんとかそれはできそうだから・・」
「え?」
ちょっと困惑する祥子を置いて、おれは苦しむふりで、席を立ち、後ろの車両へ逃げた。
祥子が一瞬、後を追おうとしたが「いいよ、座っていて」と苦しそうに俺は言った。

まずこれが第一段階だ。

この大和路快速は大阪駅に10時24分に着く。
神戸方面の新快速は10時30分発でホームが変わるとはいえ、十分に余裕がある。

おれは後ろの車両に移り、西九条で下車した。
阪神電車のホームへ急ぐ。
10時23分発、快速急行三宮行きに乗る。
この電車は阪神尼崎に10:29に着いて4分間停車する。
ロングシートの電車は少し混んでいた。

阪神尼崎について、俺は走って階段を降り、改札を出て、ショッピングセンターに入った。
美津子の勤めている店に行き、朝ゆえ、まだ空いている店で立っていた美津子に会えた。
「おはよう」
美津子は驚いていた。
「お誕生日おめでとう、これ、つまらないものだけど」
「え・・なに??」
「あとで開けてね・・今夜メシ食おう」
一瞬、戸惑った美津子だが「うん」と言ってくれた。
「お店が引けた時間に、そこの改札で待ってるよ」
そう言って、驚いた表情の美津子に手を振り、おれはまたすぐに改札口に入って階段を駆け上がる。
幸い、さっきの電車は発車前だった。

乗ってすぐ、祥子にラインを送る。
「新快速に乗ったかい?」
「乗ったわ、あなたは何処にいるの」
「新快速のトイレだよ」
「大丈夫?」
「お腹の中のものを出してしまえば、すっきりするだろうけど」
「無理しないでね」
「うん、ありがとう」

これで俺は三ノ宮まで新快速のトイレの中ということになる。
「何両目に乗ってるんだい?」
「11号車ってなってる」
「俺は、1号車のトイレの中だ、三ノ宮に着いたら、会おう」
「うん」
そう言って可愛いピンクのブタのスタンプも入れてきた。
祥子が好きなキャラクターだ。

俺が実際に乗っている快速急行は10時58分に阪神神戸三宮に着く。
あちらの新快速はさすがに速くて、10時52分着だ。
だから、その頃にもう一度、芝居をしないといけない。

快速急行が魚崎を発車してまもなく、御影を通過したのを見計らい、祥子にラインを送る。
もちろん、ラインを送る前にJRの「列車位置情報」サービスで件の新快速の運行情報は見ている。
新快速は全く定刻に走っていたようだ。
「三ノ宮で降りたけど、まだお腹が痛い・・ちょっと駅でもトイレに入っていくから、三ノ宮駅は人が多いし、そごうの二階入り口で会おう」
「わかった、ごめんね、わたしが体調の良くない日にお誘いして」
「いやいや、すごく嬉しいんだ・・きっとこのトイレで体調が戻るよ」

10時58分、快速急行は阪神神戸三宮の真ん中のホームに着いた。
「今、トイレを出たから、すぐに行くよ」
「うん、待ってるわ、体調はどう?」
「すっかり良くなったよ」
「よかったわ、焦らないでね」

俺は小走りで地下の駅の改札を抜け、いったん地上に出てから歩道橋を上がり、「そごう」二階入り口へ向かった。
JR三ノ宮からなら少し距離がある「そごう」だが、阪神の駅からだとそのまま真上に上がるだけで近い。
ただ、地下の入り口を使うと、そごう店内から件の二階入り口に出てしまって、それでは不審がられるだろうから、わざわざいったん地上に出たのだ。

あと少し、この歩道橋のスロープを上がれば・・・
スロープをほとんど上り終え、そごうの入り口が見えた。
そのとき、フッと肩をたたかれた。
「え?」
後ろを見ると祥子が立っている。
「阪神電車の車内、トイレなんてあったかしら?」
「いや、阪神なんて・・」
「阪神尼崎でわざわざ途中下車して、また戻ってきたでしょう・・どこへ行ってたの?」
俺はめまいがして本当に気分が悪くなってきた。
「おかしいから、ずっとあとをつけてたの」
そう言って祥子はくすくす笑う。

そうだ・・祥子は今流行りの「鉄子」でもあったんだと、俺は思い出した。

地獄の始まりだ。

コメント
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