story・・小さな物語              那覇新一

小説・散文・詩などです。
那覇新一として故東淵修師主宰、近藤摩耶氏発行の「銀河詩手帖」に投稿することもあります。

トン太黒猫、野良猫トン太

2004年10月27日 17時48分34秒 | 小説
トン太、野良猫、生まれたばかり。
生まれたばかりでトン太野良猫・・それだけが決まっていた。
トン太真っ黒、黒猫トン太、生まれた時から野良になることだけは決まっていた。
母さん白猫、なぜだかトン太は黒猫で、兄弟姉妹、ほかの3匹、みんな白かブチ、なのにトン太一人が黒猫・・トン太。
母さんのおっぱいを一生懸命飲んで、トン太大きくなりたい早く大きくなりたい。
兄弟姉妹、仲良く遊ぶ。
楽しいな四人で遊ぶの楽しいな・・
「可愛い!」
通りかかった女の子か、真っ白なお姉さん猫を連れて行った。
「うちへおいでよ」
通りかかった男の子が、ブチのお兄さん猫を連れて行った。
「この子がいいわ」
通りかかった買い物帰りの女の人がブチの弟猫を連れて行った。
トン太一人お母さん猫のおっぱいを飲んで、早く大きくなりたい早く大きくなりたい・・
遊びたいけれど、淋しくなってしまったトン太一人。
「トン太だけはどこにも行かないでね・・」
お母さん猫がちょっとだけ淋しそうにそう言った。
トン太野良猫、生まれた時から野良猫になることだけは決まっていた。

暖かいお母さん猫のおなかの下でトン太ゆっくりお休みトン太。
お月様もお星様もきっとトン太を見つめてくれている。

トン太、そろそろ歯が生えてきた。
トン太おっぱいじゃない食べ物を食べたいよう・・
トン太、街の中でおいしそうな、ごはん見つけ、食べようとしたそのときだ。
大きな犬が怒ってやってきた。
「それは俺のだぁ!」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
トン太謝るけれど、グルルグルルと怒った犬は許してくれない。
トン太必死で逃げるけど、犬は大きくてすごく早い・・
「つかまる!」
目をつぶって、うずくまったそのときに「にゃーん!」
母さん猫が犬に飛びついた。
「うちの子に何するの!」
「うるさい!お前の方こそこうだ!」
こんどは母さん猫が犬に噛み付かれてしまった。
トン太悲しい、悲しいトン太。
母さん猫は、息が苦しそう・・
月も星も心配そうに見ていたけれど、母さん猫は息も切れ切れにこう言った。
「お母さんはもうだめなの・・トン太・・お父さんが隣町にいるから、そこへお行き」
母さん猫は涙を流してそう言うけれど、トン太、嫌だ嫌イヤイヤだ・・

そのうち母さん猫静かになった。
気持ちよく眠っているようだ。トン太そのまま母さん猫にくっついていたけれど、母さん猫はちっとも暖かくならない。
冷たい母さん猫、トン太自分で母さん暖めよう・・
でもちっとも暖かくならない・・
お日様やっと出てきて、おじさんがそばを通る。
「おや、猫の死骸だ。これは清掃局に通報しないと・・」
トン太隠れてみていた。トン太隠れて泣いていた。
「母さん死んでなんかないよ、眠っているんだ・・気持ちよさそうに」
でも、しばらくして緑色のクルマがやってきて、制服のおじさん二人で母さんを掴んで袋に入れてしまった。
・・トン太悲しい、野良でも悲しいトン太。
トン太小さなあしで隣町を目指すことにした。
トン太必死で歩く。歩くトン太、走るトン太、また歩く・・
おなかがすいた。おなかが空いても、どこに何があるのだろう・・
中学校の制服を着た女の子に「にゃあ」と泣いてみた。
「あれ・・おなかが空いてそう・・そうだ。ちょっと待ってね・・」
女の子はそう言って、かばんの中からお弁当を出して、ご飯に焼さかなを混ぜてそこにおいてくれた。
「おいで」
そう言われても、やっぱり怖がるトン太。
食べ物欲しいけれど、追っかけてこられるのが、嫌だよ・・そう思うトン太。
女の子が優しい目をしてくれる。
母さんと同じ目だ。
トン太勇気を出して、ご飯にかぶりついた。
おいしいよ!おいしいよ!
女の子は背中をなでてくれた。
「かわいいなあ・・がんばりなよ・・」
そういって女の子は学校へ行ってしまった。
トン太やっと、おなかがいっぱい、トン太優しい人もいるって始めて知ったよ。
でも・・・トン太、野良猫トン太、一人で隣町へ行かなきゃならない。
広い道・・どうやって渡ろうか・・
なぜだかここを渡らなければならないって、考えるトン太。
どうしても渡らなきゃ・・

でもクルマがびゅんびゅん・・渡りたいのにクルマがびゅんびゅん・・
思い切っていってしまおう、そう思って飛び出すトン太。
キキーーッ!
もう少しでひかれるところ・・怖くて渡れない・・
そのとき、やってきたお爺さん犬。
「道を渡りたいのかな?」
トン太、犬嫌い!母さんに噛み付いた犬嫌い・・
「フフー!」
毛を逆立てて、あっちへ行って欲しくて怒った。
お爺さん犬は落ち着いて「わしは何もせんよ・・それより、お前、まだ子供じゃないか・・道の渡り方を教えてやろう・・」
ついておいでとお爺さん犬が言うとおり、トン太恐る恐るついていった。
歩道橋があった。
お爺さん犬は人間のように階段を昇っていく・・トン太の小さな身体には、階段は大きくてしんどい・・
ふうふう、はあはあ、、やっと昇りきると、今度は細い通路を向こうまで渡って、また階段を下りる。
降りるのは昇るよりも怖かった。
やっこらしょ、よっこらしょ・・トン太必死で階段を降りる。
お爺さん犬が下で待っていてくれた。
こうやって道路を渡るのか・・
「いいかい、ぼうや・・広い道路には絶対に飛び出しちゃあダメなんだよ」
「お爺さん犬さん、ありがとう!」
トン太、犬にも優しい犬がいると覚えたよ・・トン太・・

随分歩いたけれど、ここはもう隣町ではないの?
そう思っても誰に聞けばいいのだろう・・トン太誰かを探す・・教えてくれそうな誰かを探す・・
カラスがゴミ箱をあさっていた。
「ねえ、ここは隣町ですか?」
「カア!あっちいけ!カア!」
カラスはトン太の声に、すごく怒った・・トン太ビックリして飛びのいた。
「おや・・お前は猫だけど、わしと同じで黒いなあ」
カラスがトン太を見てそう言った。
「わしは、黒いやつは好きだ。黒いやつに悪いやつはいないからな」
カラスさん、わけのわからないことを言う。
トン太、きょとんとカラスを見てる。
「お前、見ない顔だな・・どこからきたのだ?」
「あっちの町から来たんだ」
「どこへ行くんだ?」
「隣町」
「ここは隣町という名前じゃあないよ・・でも・・あっちの町から見たらこっちの町が隣町だけどね」
「じゃあ・・ここが隣町なの?」
トン太やっと隣町についていた。
カラスさん、ちょっと怖いけれど、なんでも知ってそうだった。
「カラスさん!教えてほしい事があるんだ・・」
「なんだよ・・お前は黒いから教えてやれるよ・・」
「僕のお父さんはどこにいるの?」
????カラスさん、困ってしまった。
「おまえ、僕のお父さんっていっても、お前が誰だかわしには分からないのだぞ」
そう言ってもこの子が自分のことを知っているはずもないか・・
カラスさん、知恵をめぐらして、一生懸命考える。
「そうだ!」
「わかったの?」
「いいかい、質問するよ。お前の母さんは何色だい?」
「白だよ。まっしろ・・母さん死んじゃったんだ」
真っ白・・それでこの子が真っ黒・・
「わしは白い猫やブチの猫は好きじゃあないんだが・・」
「僕のお姉さんが、真っ白、お兄さんがブチで、弟がブチだったんだ。みんな人間に連れて行かれちゃったけどね」
ふーん・・白、ぶち、黒、ぶち、白、黒・・
「わかったぞ!」
「ホント!」
「猫の中では、わしの一番好きなやつだ!真っ黒の大きな親分猫だよ!」
「どこにいるの?」
「この先の線路の下の屋台の裏だよ」
ありがとう!叫びながらトン太は走った。

線路の下の屋台はすぐにわかった。
電車ががあがあ走っている、ガードの下で古ぼけた屋台が湯気を上げている。
人間のおじさんたちが、おでんを食べているその椅子の下に、大きな黒猫が寝そべっている。
「おとうさん!」
人間にはにゃあとしか聞こえない。
「おや・・小さな黒猫がいるぞ・・」
屋台の主人がトン太を見つけた。トン太必死で叫んでいる。
「こっちにおいで・・うちの親分と似ているなあ・・」
屋台の主人が手招きしてくれる。お客のおじさんたちも、目を細めてみている。
トン太、走っていった。
眠っていた親分猫も気がついてトン太を見た。
「おお、わしとそっくりの真っ黒な子猫だ」
トン太、屋台の主人にお肉を貰った。
お肉より何よりお父さんだよ!にゃあ・・にゃあ・・
「お父さん?・・じゃあ・お前はシロ子の子供か!わしの子供か!」
親分猫はトン太の毛並みを舐めて確かめる・・この匂い、この毛の固さ・・間違いない・・シロ子の匂いだ。
トン太、黒猫、野良になることだけが決まっていた。
トン太黒猫、野良猫トン太・・
人間のおじさんたちも「こりゃあ、まるで親子じゃあないか・・そういや、親分よ・・おまえ、去年、ちょっとの間、行方不明になってたなあ・・」
主人のおじさんも、お客さんたちも喜んでみていてくれた。

トン太黒猫、野良猫トン太。
野良猫だったトン太・・今はあの時のお客さんだったおじさんのおうちで、ゆっくり、トン太黒猫、おうち猫・・
小さな女の子はおじさんの娘さん。
トン太黒猫、女の子に可愛がってもらって遊んでいるよ。
トン太黒猫、黒猫トン太・・





コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ある出会い

2004年10月17日 14時52分35秒 | 小説
生きることが嫌になり、私は1ヶ月もかけてこの旅のために準備をした。
仕事をきちんと辞めるにもある程度の時間は必要だったし、全てのものがその瞬間にぷつりと切れてしまう・・そう言う人生の終わり方をしたくはなかった。
私のその時の旅は、そう、死出の為の旅だった。

命がけで恋をした。
それは大袈裟でもなく、私は自分の全てを裕子にかけた。
裕子もそんな私に少しは好意を持ってくれたようだった。
短い、けれども充実した時間があった。
数ヶ月の間、私と裕子は確かに恋人同士の関係ではあった。春はずっと続き、人生に冬がくることなど、もうないとさえ、いや、冬の感触すら忘れてしまった私自身があった。
有頂天の日々が、ほんの少し行き過ぎだったのだろうか・・
裕子は突然、私の前から姿を消してしまった。

いや・・彼女が姿を消す少し前から、その兆候はあったのだ。
楽しくなさそうな、無理に笑顔を作っていそうな、けれども、私には彼女との関係を自分の中で否定することも出来なかったし、裕子に直接訊ねるなどと言うことも出来なかった。
一度、映画を見に行き、裕子が泣いていることがあった。
そんなに悲しいドラマではなかったけれど、裕子の目の回りは赤く腫れ上がっていた。
「悲しかったの?」
「ううん、感動しただけよ」
彼女は作り笑いで答えてくれた。
そのあと、私達は居酒屋へ行った。
何杯かの酒を飲んだ後、彼女は急に居住まいを正して、こんなことを聞いてきた。
「ね・・信夫さん、本当に私と結婚したい?」
私はどう答えてよいかわからず、ただ「もちろんだ。他のことは考えられないよ」やっとそれだけを言った。
彼女はその時、クスリと笑って、一瞬だけ淋しそうな表情をした。

それからまもなくだ。
裕子は誰にも何も告げずに私達の街から姿を消してしまった。
ただ、私にあてた手紙が数日後に届いた。
それにはただ、詫びる言葉と、探さないで欲しい、自分はある男と元気で暮らしていると言うこととが書かれてていて、消印は札幌の郵便局になっていた。

私はそのことがあってすぐに、仕事でも大きなミスを仕出かしてしまった。
私の仕事はホテルやレストランに食肉を納品することだったが、そのとき、仕入れた食肉のチェックが充分ではなく、布切れのようなものが大量に混ざりこんだものが納品されてしまったのだ。
一切は私の責任だった。
一部の取引先からは今後の取引を中止されると言う事態に、私は自ら退職するしか責任のとり方を知らなかったのだ。

自分が青春の全てをかけてきたものが崩壊していった。
私はこの先、どのように生きようとも、今まで程の希望を味わえる人生があるとも思えず、ただ、時間をかけて、裕子のいる町への旅をし、そこで果てることに決めていた。
それは確かに裕子へのあてつけであり、裕子を愛していることの最後の表現だった。
女々しいと言う人があるだろう。
女一人、仕事一つくらいでなんだと言う人もあるだろう。
けれど、全てをかけてきたものが崩壊してしまった今、私の存在が認められる社会はどこにもありえない・・その気持ちがわかる人がどれほどいるだろうか?

仕事のけりをつけ、私はようやく北へ向かう列車の旅にでた。
自分の人生への思いを、時間をかけて少しずつ、捨てていきたかった。
私の旅は、まずは私たちの生きてきた町の近くを走る快速電車の終点へ向かうことから始まったのだ。
朝の電車は混んでいた。
ようやく大阪をすぎる頃から空き始め、私は京都の手前で席に掛けることが出来た。
その頃から、私には気になることがあった。
大阪の手前くらいから乗っていたであろう、10歳くらいの少女がまだ乗っていたのだ。
誰か大人と一緒にいるわけでもない少女は明らかに電車の中で浮いた存在だった。
人々は好奇な目で少女を見るけれど、誰もかかわりあおうともしなかった。
少女は通勤ラッシュの電車の中で気丈にしっかりと立ち、やがて、私の隣の席に腰掛けた。
大きなリュックサックを背負い、一心に前を見つめていた。
「かわろうか?」
私は窓側だったので少女に声をかけた。
少女は驚いたように私を見たが、やがて「ありがとうございます」とはっきりと礼を言い、私と席を替わった。
少女は今度は窓の外を一心に見ていた。
何か声をかけようかと思った。
どこへいくの?どうして一人なの?学校は?
けれども、少女のきりりと結ばれた口元には明確な意思が出ているような気がして、気になりつつもそのままにしていた。
いつしか私は眠ってしまっていた。
列車の走行する音と裕子の声が重なって聞こえてくるような夢を見ていた。
早く殺してくれ・・こんな苦しみはもうたくさんだ・・
そう叫んだ時、我にかえった。
「おっちゃん・・大丈夫なの?」
隣に座っていた少女が私を見ていた。
「俺、何か叫んだかな?」
首や背中に汗がたまっている感じがする。
「早く殺してくれ・・って」
少女は驚くほど大人びた表情をしていた。
「ここはどこだろう?」
「もう、彦根をすぎたところよ」
列車は緑の田圃の中を快走している。
私はこの少女と会話の機会が出来たことに気がついた。、
「君は、どこまで行くの?」
さっきの夢のせいか、肩が痺れる。頭が少し痛い。
「おっちゃんは?」
顔を見合わせた。
「俺かい?どこまでもずーーっとだ」
「ずーーっと、電車に乗るの?」
「そう・・」
「でも、この電車、米原までしか行かないよ・・米原についたらどうするの?」
「乗り換えて、ずーーっとだよ」
「へんなの・・私はオワリイチノミヤってとこまで」
「名古屋の近くの?」
「そう!知ってるの?」
「場所だけはね・・どうしてそんなに遠くまで行くのかな?」
「お母さんがいるんだ。わたし、今度からお母さんと暮らすんだよ」
少女はそう言って、窓の外を見た。
あどけなさの残る少女にどんな人生のドラマがあるのか、私はかなり気になってきていた。
列車は操車場のようなところで速度を落とし始めた。
車内放送が終着駅であることを告げている。
私はここで北陸線に乗り換える予定だったが、どうせ急ぐわけではない旅だ。少女と同じ方向に行くのも良かろうと考えを変えた。

米原駅では次の名古屋方面の電車まで少し時間があるようだった。
「おっちゃんもこっちなの?」
「うん・・俺の行き先はずっと向こうだから、一宮も通るしね」
「ホント?うれしい・・わたし、心細かったんだよ」
わたしはホームのスタンドで少女とうどんをすすった。
身体が温まる。食べるものが美味しいと感じるのは何ヶ月ぶりだろう・・
「そういえば、君の名前聞いてなかったよね」
「おっちゃんも自分の名前を言ってないよ・・」
そう言って少女は笑い出した。この年頃に特有の、天使の笑顔だ。
「じゃあ。俺から・・信夫だ」
「わたし・・沙里奈・・よろしくね」
少女は愛くるしさをさらににじませ、そう言って、またうどんをすすっている。

わたしはこの旅の間中、裕子のことを思い続けることにしていた。
けれども、不思議なことに沙里奈と出会ってから、裕子よりもこの少女が気になりだした。
裕子が私の頭の中から跳んでいってしまった・・その実感を味わうのが不思議だ。
名古屋方面、浜松行きの快速電車はたったの4両編成ではいってきた。
私と少女は座席の向きを変え、進行方向に並んで座った。
「沙里奈ちゃん、お母さんのところに行くんだよね」
「うん・・さっき言ったでしょ」
「確かに・・聞いたよ。じゃあ、君は今まで、どなたと暮らしていたんだい?」
少女は走り始めた電車の車窓を見ながら、窓に向かって答えた。
「始めはお父さんと・・その前はお父さんとお母さんと一緒に・・でも、お父さんがお母さんと喧嘩して、リコンしちゃったのね。それからお父さんと・・でも・・お父さんがどこかへ行っちゃって、それからはおばあちゃんと・・」
「お父さん・・どこかへ?」
「うん・・帰って来なくなっちゃったの・・3年のときよ」
「沙里奈ちゃん、今、何年生?」
「5年生よ・・」
「じゃあ、おばあちゃんと2年暮らしたの?」
「うん・・」
「どうしてお母さんのところへ行くの?」
電車は山の中を、車輪を軋ませて走っている。乗客は少なく、車内は車論の音と、どこかが軋む音ばかりが拡がる。
「おばあちゃんが、年をとってしまって・・老人ホームに入るんだ」
私は、少女の話を聞きながら、少しずつ、自分が情けなく思えてきた。
私はこの5年生の少女と、同じような苦しみを味わったことがあるだろうか・・
もしも、今の私がこの少女のような苦しみを受けたとしたら、何回、自殺をしなくてはならないのだろうか・・
伊吹山が見える。
秋の野山が美しい。
「お母さんに会いたいかい?」
「うん!」
「お母さんはどこまで迎えに来てくれるの?」
「駅って言ってた」
「電話で?」
「うん!」
少女は私のほうを見てくれた。涙がにじんでいる。
「大変だったね・・辛い思いをしたんだね・・」
「そんなことないよ・・でも・・ちょっと淋しかった」
本当はこの子はここで大泣きしたいに違いない。けれども、背筋をピンと伸ばし、涙をこらえている様子が私には、辛かった。
私は話題を変えることにした。
好きなアニメは?
どんな食べ物が好き?
少女は急に話題を変えても、きちんとそれに答えてくれ、列車が岐阜につく頃には笑顔も出るようになっていた。
岐阜を出ると次が尾張一宮だ。
「次だね」
「うん・・ありがとう・・」
心なしか不安そうに見えた。
「お母さんと楽しく頑張れよ!」
「うん!」
少女は座席から通路に出てドアの前に行った。
「おっちゃんも、ノブオさんも、頑張ってどこまでも行ってね!」
そう言ってくれたけれど、目にはやはり涙がたまっていた。
私は思い切ることにした。
少女が母親に会うまで、その時までついていてやろう・・そう思った。
荷物を下ろし、ドアの前まで行く私を少女は不思議そうに見ていた。
「おりるの?」
「うん、沙里奈がお母さんときちんと会うまで、一緒に行くよ」
少女は涙目を見開いて、「ありがとう」と言ってくれた。
私の旅は途中下車でもなんでもできる・・電車がホームに入った。
少女はホームにいる人に目をこらす。
ドアが開いた。
少女が降りて、私も続いた。
「お母さんは来てるかい?」
少女はあちらこちらに目を配り、やがて、がっかりとしたように立ち尽くした。
ホームの乗客たちは忙しそうに動いている。
反対側のホームを貨物列車が通過していく。
別の方向には名鉄の電車が止まっている。
構内放送が響く。電車の種別や行き先を繰り返し放送している。
電車が行ってしまった後、少女と私は人気のなくなったホームに取り残された。
「お母さんがいない」
少女が口元をきっと結んで涙をこらえている。
「沙里奈ちゃん、駅員さんのところへ行ってみよう・・お母さんも君を探しているかもしれないよ」
少女は返事もせず、私についてきた。
やがて、少女が私の手を握ってきた。
暖かい手だった。
私は階段を下り、駅務室へ向かおうとした。
改札口の近くまで来た時だ。
「沙里奈!」
女の声がした。
小柄な細身の、私と同年代くらいのスーパーの制服のようなものを着ている女性が少女を呼んでいた。
「あ・・」
少女は一瞬、立ち止まった。
私の手を振り解き、改札口の外へ走り出ようとした。
駅員が少女に声をかける・・「あ・・切符!」
少女はお構いなしに改札の駅員の横を通り過ぎ、女の方へ向かった。私は少女を見失わないように、後を追い、駅員に「ちょっと事情で、すぐに切符を持ってくるから・・」そう言って、二人の方へ向かった。
母と子は人込みの中で抱きしめあっていた。
私はその近くで、立ったまま泣いていた。
母子も泣いていた。

私は今、名古屋近郊の運送会社で働いている。
それからまもなくして、沙里奈の母親と結婚をしたのだ。
生きることの不思議さを日々実感し、毎日を楽しく送っている。
もし、あの電車の中で沙里奈と出会わなければ、私は間違いなく北海道まで行って、裕子が男と暮らしている町の近くで死んでいただろう・・そう思うと人生の不思議さ、人の縁の不思議さを思わずには、いられない。
一つだけ困ったことがある。
それは沙里奈がいつになっても私を「お父さん」と呼ばず、「おっちゃん」と呼ぶことだ。
それもある意味、私たちが出会ったそのときのことを思い出させてくれるから、とりあえずはそれで良いと思ってはいるけれど、他人の前で「おっちゃん」と呼ばれるのだけは、なんとかしたいとも思う。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

さつきは10歳

2004年10月08日 16時51分00秒 | 小説

(憲法九条の危機に怒りを覚えて書いてしまいました)

さつきは10歳、神戸の西の新興住宅地にある小学校にに通う毎日。
さつきは10歳、5年生。
今日はみんなで遠足で、水族館へ行くところ。
バスの中でも子供達は大騒ぎ・・時々道路が混んでちょっと時間がかかったけれど、
でもなんとかバスは水族館へついた。

水族館では始めに写真屋さんが記念撮影・・ここでも大騒ぎ。
みんな今日の遠足が嬉しくて仕方がないのだ。
記念撮影は大きな水槽をバックにして、クラス一番のフザケモノ健太がはしゃぎまわるから、
しまいに写真屋さんが怒ってしまった。
「こらあ!」
ひたすら謝るのはさつきの担任の順子先生だ。
5年2組29人!
男子16人女子13人・・元気ばかり良くて学校一の困ったクラス。
今日は校長先生もついてきてくれた。きっとこのクラスが心配だったのだろう・・
やっとフラッシュがビッカ!健太はビックリしたような顔をして写ってしまった。
後ろで水槽をエイやサメが泳いでいた。

ラッコを見て、イルカショーを見て、楽しいお弁当タイム。
さつきは由香と瑞穂とお弁当。
突然横から手が伸びて、さつきのお弁当箱から卵焼きが消えてしまった。
健太だ・・「ベエーー」さつきは舌を出して、仕返しを誓う。
いきなり空に黒いヘリコプター・・それも随分低く飛んでいる。
うるさくておしゃべりが出来ないよ・・
健太が叫ぶ「こらあ!ヘリコプター!うるさいぞ!」
男子がみんな真似して叫ぶ。「うるさいぞ!あっちへいけ!」
「聞こえるわけないでしょ・・早くお弁当を食べなさい!」
優しい順子先生もちょっとイライラしている。

お弁当食べて、さつきは由香、瑞穂とちょっと散歩。
集合時間まで1時間・・自由時間だ。
みんなは遊園地の乗り物に夢中。
でもさつきたちはもう一度、魚がたくさん泳ぐところを見たかった。
さっき入った、大きな水槽のあった建物にまた入って、エイやサメ、いっぱいの魚たちが泳いでいるのを見る。
ここは一番のお気に入り、前にも何度も父さん、母さんと来たところ。
「エイが可愛いね!」さつきが言うと「うっそー・・ブキミだわ」由香が言う。
「でも・・校長先生に似ている・・」瑞穂がちょっとませて言う。
3人大笑い・・「なにを笑っているのかな?楽しそうだね・・」
振り返るとそこに校長先生・・
余計に大笑い・・校長先生、意味がわからずポカーンとしてた。

その時、どーんと大きな音、何かが割れる音。
真っ暗になって、水が押し寄せてきた。
助けて!どんどん流される。
息が出来ないの・・助けて!
魚も水も水槽も、見ていた人間もいっしょになって流された。

気がつけば、さつきはビショビショになって倒れていた。
周りにはさっきまで泳いでいたエイやサメがまだ生きていて刎ねている。
水槽の前にいた人たちが横たわっている。
何が起こったの?由香は?瑞穂は?
そこは水族館の建物の前だった。
いろいろなものが壊れ、水浸しで魚が刎ねて、人が倒れていて・・
さつきが建物を見ると、
そこにあったはずの大きな建物は、ぐちゃぐちゃに壊れてる。
「さつきちゃん!」
順子先生が皐月を見つけて走ってきた。
助かったのね!」
さつきは友達が気になって、「先生、由香は?瑞穂は?」
先生は悲しい顔をした。
飛行機が飛んできた。
黒い飛行機だ。どんどん近づいて、何かを落としていった。
飛行機が山の方へ飛んでいくと後を追っかけるように別の飛行機が飛んでいった。
空のその部分でピカピカって二回光って、飛行機は山の方へ落ちていった。
その時、水族館の目の前の町が、町中がピカと光った。
大きな音がした。順子先生がさつきをかばってくれた。
地面が揺れていろいろなものが降ってきた。風が吹いた。
風が収まって順子先生が身体をどけてくれて、さつきはそっと目を開けて町を見た。
町中が火の中にあって、全部が燃えていた。
家もビルも、車も、バスも、街路樹も・・
「先生・・怖い!」さつきが叫んだ。順子先生は立ち上がって、さつきの手を引いて、歩き始めた。
女の子の泣き声がした。
「怖いよう・・怖いよう・・」
見ると由香と瑞穂が地べたに座り込んで泣いていた。
手を握り合って泣いていた。
「由香ちゃん!瑞穂ちゃん!」
二人は顔を上げた。ビックリしたようで、さつきと先生の顔を交互に見て、それから泣きながら走って抱きついてきた。
二人がいたところに男の人が倒れていた。
「あの人は?」順子先生が二人に聞いた。
「校長先生・・動かないの」
順子先生はその人に近づいて、声をかけている。
動かない。
「校長先生!」
順子先生が叫んでいる。それでも校長先生は動かない。
周りには何人もの人が倒れていた。血を流している人もいた。
「先生・・暑い・・」
瑞穂が言う。暑い風が吹いてきた。
町の火がどんどん大きくなっていく。
「海岸へ逃げよう!」誰かが叫んだ。
同じ学校の生徒で、壊れた建物に入っていた人は少なかったみたいだった。みんなは外の遊園地にいたらしい。
遊園地のところではみんなが心配そうに待っていてくれた。
ここも熱い風が吹いている。
1組の松田先生が順子先生の姿を見て「良かった!助かったのですね!」と叫んだ。
「松田先生!校長先生が・・」順子先生はそう言って、松田先生にしがみついて泣き出してしまった。
「健太がいない」
さつきたちを見たクラスメイト達がそう叫んでいる。

轟音だ。また飛行機だ!
それも真っ黒な飛行機だ。みんなが不安だ。
また別のところから今度は緑色の飛行機だ。
黒い飛行機が何かを落とす。凄い音・・今度は水族館のすっと向こう・・東の方だ。
大きなキノコ雲が上がる。
「おりられないよーー!」
誰かが泣く声が聞こえる。
みんながそっちを見ると、壊れた建物の屋根の残骸に健太が乗っかって泣いていた。
「健太がいたよーー!」
すぐに松田先生があちらこちら探りながら、屋根の上に上がって、健太を下ろしに行った。
健太は一人で屋上の亀を見ていた。亀を見ていたら突然、何かが落て建物が壊れて、気がついたら屋根の端っこにいたそうだ。
壊れた建物には何人かの人も挟まったままだ。
松田先生は他の人と力をあわせて挟まった人を助けに行った。
白い雪のようなものが降ってきた。
けがをした子供を見ていた順子先生がぽつりと言った。
「震災の時も灰が降っていたわね・・」
「これ・・灰なの?」
順子先生はウン・・と頷いた。
「これ・・夢じゃあないよね・・」順子先生の後ろでは町が燃えている。

生徒達は砂浜でじっとしていることになった。
携帯電話を触っていた順子先生が、やっとつながった電話の声を聞いて泣き出していた。
「戦争?本当に?どうして?」
順子先生は大きな声で泣きながら喋っている。
さつきも由香も瑞穂も泣いてしまった。みんなが泣いてしまった。
海の上にも飛行機がたくさん飛んでいる。船が煙を上げて燃えている。
「ここにいたんですか・・すぐに帰りましょう」
みんなを連れてきてくれたバスの運転士さんが心配して探しに来てくれた。
「生徒さんは揃ってますか?」
「生徒は揃ってますけれど、校長先生が・・」
運転士さんはちょっと考えていたけれど「すぐに出発しましょう・・」そう言って順子先生を見つめた。

みんなを乗せてバスは動き始めた。
でも・・ちっとも前に進めない。そこら中で火事だ。運転士さんは山の方へバスを向けた。
道を変えて走るのだ。
こっちも混んでいたけれど、少しずつ、少しずつ、バスが進んでいく。
このあたりには何もなかったかのような普通の街の景色だ。
でも、道路には心配して空を見上げている人が大勢出ていた。
さつきも怖くて、また爆弾が来たらどうしようかと、そればかり考えていた。
やがてバスは山道に入っていった。
街の方を見るとあちらこちらで火事だった。
救急車や消防車、パトカーがたくさん走り回っていた。
停電で信号機も消えている。
バスはゆっくり、少しずつ進んでいく。
みんな少し安心したのか、眠っている人もいる。
瑞穂と由香が身体を寄せ合って、眠っている。
さつきは順子先生の横で、怖くて怖くて仕方がなかった。
「もう、爆弾は降ってこないのでしょうか・・」
松田先生が、運転士さんと話をしている。
「わからないですよ・・やっと自衛隊が出動して、頑張っているみたいですけれど、どこの国が来ているのかもわかってないらしいです」
運転士さんは慎重にバスを進めながら答えている。
運転士さんはずっとラジオを聴いていたそうだ。
トンネルが見えた。トンネルの中までずっとクルマが続いている。
その時、ものすごい音がした。
ギューン!バリバリバリ!
バスが停まった。しばらく地震のような揺れが続いた。
あたりが煙に覆われた。
怖い・・さつきは順子先生にしがみついた。眠っていた人も起きて、泣き出す人もいた。
煙が晴れると、トンネルの入り口で大きな塊がクルマを何台も押しつぶして、道路をふさいでいた。
「飛行機だ!」松田先生が叫んだ。

みんなで山を登り始めた。
もう、歩くしか前にはいけない。獣道を急な坂を岩に攀じ登って、もう誰も泣かなかった。
とにかく家に帰らなきゃ、そうしないともっとひどいことが起こりそうだ。
さつきはまだ元気だったけれど、由香がとてもしんどそうだ。瑞穂と二人で由香を支えるけど、なかなか進めない。
すると、あの健太が由香の背中を押してくれた。
なんとか頂上について、みんなが一息入れて、街を見ると、もう、そこは火と煙の世界だった。
飛行機は随分少なくなったけれど、それでもまだいくらか飛んでいる。
海の上でも、たくさんの船が燃えている。
「みんな死んじゃうの?」
由香が順子先生に訊いている。
「そんなことないわ・・絶対大丈夫だから・・」
順子先生も泣きながら、でもそう答えた。
山道を歩いていると、少し静かになってきた。
歩いて、歩いて、でも、山を降りて、街に入ったら歩いている人がたくさんいた。
ぼろぼろの格好をしている人もいた。けがをして血を流している人もいた。
もうすぐみんなの学校の場所だ。
大きなデパートと、たくさんのお店と大きなマンションがある町の学校だ。

日が暮れてきた。
やっといくつかの坂を登って、みんなの町についた。
すっかり暗くなってしまった。
でも・・そこにあるはずの大きなデパートは明かりも消えて、なんだか小さくなったようで、代わりに自衛隊の人がたくさんいた。
「ここから先は入ってはダメです!」
自衛隊の人が大声で叫んだ。
遠回りして、大勢の人ががやがや騒いでいる中をやっと学校に着いた。
学校の教室からはいくらか明かりも見えた.。
みんなが学校に近づくと、校門付近にいた人たちが一度に駆け寄ってきた。
「さつき!」
見るとお母さんが走ってくる。
「お母さん!」
さつきもお母さんの元へ走っていく。
その時だ・・
空が明るくなって、みんなの顔が夜なのにはっきりわかって・・そして真っ白になって・・大きな音がした。

「さつき!どうしたの?」
お母さんが心配して起こしてくれた。
「悪い夢でも見たの?汗でびっしょりよ」
あ・・夢だったんだ・・
いやな夢だったな・・昨日、寝る前に変な戦争モノのアニメを見たからかしら・・
さつきはちょっと安心して、それでもちょっとまだ怖さが残っていた。
「今日はいいお天気でよかったわね・・遠足」
お母さんがそう言ってくれる。
遠足・・・夢だったから・・大丈夫だよ・・
さつきは自分にそう言い聞かせて、お父さんとテレビを見ながら朝食だ。
お父さんは真剣にテレビのニュースを見ている。
「昨夜から、憲法改正論議で大荒れだった国会は、今日、未明に与党と一部野党の賛成で憲法改正が決まり、国会運営は正常化されました」
テレビのキャスターが喋っている。
「ほう・・とうとうやったか・・これで日本も一人前の国だなあ・・」
お父さんは満足したようにコーヒーをすすっている。
もうすぐ由香と瑞穂が迎えに来てくれる・・さつきはそう思いながら、お父さんの向かいの席でパンをかじっていた。
・・・今日はいいお天気・・・

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする