story・・小さな物語              那覇新一

小説・散文・詩などです。
那覇新一として故東淵修師主宰、近藤摩耶氏発行の「銀河詩手帖」に投稿することもあります。

みたび鬼無里へ

2024年10月28日 19時33分54秒 | 旅行

長野、小諸での墓参も5年目に入った。
そろそろ、〆をしなければと思うが、それは来年叔母の七回忌以降でよいだろう。
行ける資金、体力のある限りしなければならないことだ思う。

小諸へ行く前に長野でほぼ半日の時間を得たので、レンタカーを借り鬼無里へ向かう。
国道406号は相変わらず狭くて走りにくいところもあるが、随分、改良が進んでいるように思えた。
長野駅から20キロ強、所要50分ほどで鬼無里の「旅の駅きなさ」に到着した。

たぶん昼食時間しか営業していないであろう、そば処「きなさ」に先に入る。
鬼無里は信州蕎麦発祥の地ともされる。
かつて麻の栽培で日本一を誇った鬼無里、その裏作で始めたのが蕎麦だ。
冷たい水と地質が蕎麦にあい、鬼無里の蕎麦はすぐに評判をとった。
だが、麻で十分儲かっていた鬼無里の人たちは蕎麦に対しては淡々としていて、不作の年は「ない」で済ませたそうだ。
それに対し、隣の戸隠では「蕎麦で人を呼ぼう」と本気で考え、不作の年はどうするかなども綿密に考え、折角訪れた人たちを悲しませないような工夫もしたという。

結果として「蕎麦は戸隠の名物になった」とは土地の長老のお話からだ。
ワタシは酒を呑むのだがさすがにレンタカー利用では酒は呑めない、いや、そもそもこの店には日本酒はなくビールだけがあるという感じで蕎麦と酒の繋がりはしばしお預けだ。

それでも、鬼無里の蕎麦は旨い。
3年ほど前に路線バスで鬼無里入りしたときにもいただいたがあの時の味が忘れられず、今回もまずは「蕎麦」だ。
ワタシの縁のある小諸も蕎麦が旨いが、鬼無里のものは小諸に負けてはいない。
非常にうまい蕎麦を酒抜きで食う。
気がつけば店の営業時間は終了していて、観光客らしき人たちを断っている。
なんとか食えたワタシは幸せ者だ。

蕎麦を食ったら歩いて5分ほどの松巌寺へ向かう。
過去二回の鬼無里訪問ではここが「ついで」になってしまってマトモに見ていなかったこともある。
旅の駅付近から趣のある本堂が見える。

松巌寺は曹洞宗とのこと、ワタシがいつもお世話になっている小諸善光寺(大雄寺)もおなじ宗派でそう言った意味では親近感がある。
元々、紅葉伝説の紅葉が持っていた地蔵を祀った寺院で、当初は真言宗だったらしい。
それが江戸期に松巌和尚により、本尊勧進が行われ曹洞宗に改宗したらしい。

松巌寺の石段。

山門。

正面から山門と本堂を望む。

山門すぐ脇にある貴女「紅葉」の墓。

通路を挟んで存在する「紅葉家臣の墓」


本堂全景。

正面から。

貴女紅葉の看板。

本堂内部。

正面のご本尊、紅葉の地蔵尊はあそこにあるのだろうか。

天井絵。

天蓋。

紅葉伝説の扁額。
平惟茂と紅葉、鬼女紅葉。

紅葉伝説、紅葉誕生(会津)

紅葉流罪。


紅葉伝説、紅葉子息(経若丸)誕生。


水無瀬(鬼無里)での内裏屋敷。

なるほどと思う。
拙作「鬼無里の姫」では紅葉を双子にして、伝説の違和感を解消した。
それはそうしなければ、会津と信濃の双方に縁を持つワタシとしては納得できないからだ。

道元の歌を川端康成が書き留めた石碑。

経蔵。

観音堂。

松巌寺縁起。

本当はご住職と少し話がしたかったが不在とのこと、それでも寺院には時折、ここを纏っている方々が出入りしているのが印象的だった。
なお、本寺院のご住職は本年に交代されているとのこと、いつもの小諸善光寺御住職もご存じな方のようだ。

紅葉伝説が鬼無里でどのように承継されているのか、その現状も知ることができた。
ただ、あまりにも時間が足らない。
次回こそは鬼無里もしくは裾花川沿いのどこかで宿泊して2~3日かけて廻らねばならない。

松巌寺を出て、クルマを奥に向けて走らせる。
向かった先は加茂神社だ。

前回訪問時に氏子総代さんが出てきていろいろ話を伺ったところだ。
今回、神社脇を掃除しておられたご年配の男性と少し話をした。
加茂神社入り口だ。

鳥居。

拝殿、この中に本殿があるという。

神楽殿、この舞台で祭りをするのだそうだが、若い人が村には居らず、二年連続で祭りができなかった由。
こういうところにこそ、関東関西の学生が歴史を学ぶために祭り主体者として来てはどうなのだろう。

ねずこの樹、鬼滅の刃ブームは去ったらしい。

真新しい蔵があった。


クルマで坂を下り、内裏屋敷跡に向かう。
徒歩でも10分ほどだがクルマだと本当にすぐ近くだ。
色づきはじめたモミジ。

内裏屋敷跡。

貴女紅葉供養塔。

月夜の陵にも立ち寄る。
内裏屋敷跡の裏山を数分登ったところだ。

ここから白髭神社へ向かう。
前回は時間が足らず、割愛したところだ。
正面。


手水舎。
水はなかった・・

社殿。
時間が止まったかのよう。

ここは、平惟茂が紅葉追討作戦の勝利を祈願し、さらには後に木曽義仲が戦勝を祈願したところと伝わっている。
空が暗くなってきた。
先を急ごう。

クルマを暫く走らせると大望峠に出た。
曇り空ではあるが、北アルプスの全景が見える。
右手前の山が一夜山で、鬼無里遷都伝説の舞台でもある。

山の名前はこちらから・・

戸隠西岳の威容。

ここから戸隠へ向かう。
戸隠神社宝光社の前を通過し、中社前へ、そこから奥社前を経て気がつけばクルマは黒姫近くへ来てしまっていた。
そこから長野市内へ・・
夕方のラッシュ時、鉄道の力の弱い地方での道路渋滞は生半可ではないことを思い知りながら、ぎりぎりレンタカー営業所に時間内にクルマを返すことができた。
走行距離は85キロだった。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

めがねの向こうのあなた

2024年10月16日 22時07分45秒 | 詩・散文

 

スマートフォンの目覚しアラームが鳴った
時刻は午前六時ちょうど

ベッドから起き上がり、ダイニングキッチンに向かおうとした
おっと、その前に
枕もとの「めがね」をかける

明るい日差しが差し込むキッチンで
妻が健気に働いている
「おはよう、あいこ」
声を掛けると「あら、今日は自分で起きられたのね」
妻がフライパンを持ったままおかしそうに笑う
「まぁね、朝くらい自分で起きないと」
「わたしの手が掛からなくてよくなったのね」
「そ、僕も少しは大人になるんだ」
そういうと、妻が吹き出した

リモコンでテレビのスイッチを入れる
目の前には旨そうなベーコンエッグと軽いサラダ
僕は手を伸ばしてそれを掴み口の中に入れる

「箸で食べなさい」
妻が注意してくれながら笑う
「ああ・・」
そう言って僕は箸でそれを掴むがうまく掴めない

暖かい珈琲、ゆっくりとした時間
だがこの空間には香りがない
食べ物の香りも妻の香りもない
テレビニュースでは昨日の衆議院解散を報じていたが
すぐに某野球チームの敗退へと流れが変わった

「タイガースは残念だったわね」
妻がさして残念そうでもない表情でそう言う
「エーアイ、そこは違う、愛子はオリックスバッファローズのファンだ」
妻は一瞬、僕の顔を見る
「オリックス、今年は駄目だったわね」

僕はXRAIゴーグル通称「めがね」を外した
ダイニングキッチンの明かりはついておらず
テレビニュースの音声だけが広がる
窓の外は朝から暗い雨
目の前には昨夜買っておいたロールパンがある
僕はそれを箸で取ろうとしていた

涙が染み出る

「愛子・・・」
テーブルの上には小さな写真立てに入れた妻の笑顔
急激に進行する癌で逝った妻
妻の死から一年、僕はまだ妻の死を受け入れられない

「めがね」をかける
明るい部屋の中で妻が悲しそうに立っている
「ね、わたしは、こうしてここにいるよ」
「ああ、ありがとう」
「わたしが至らないことがあれば、さっきのように教えてください」
「うん、そうだな」
「本当の愛子さんに近づけるよう頑張りますから」
妻は僕の目を見る
褐色の大きな瞳はまさに妻のものだ

僕は両手を広げた
妻は一瞬ためらいながらも僕の腕の中に入ってきた
もちろん、体温も感触もない妻だ
ぎゅっとそのまま抱きしめて口づけなんてことは出来っこない
だが、この時の妻は耳元で「愛してる」と囁いてくれた

妻の身体の感触が蘇る
妻の香りが蘇る
妻の体温まで蘇る
着ているブラウスをはぎ取って
胸の中に顔をうずめたい衝動に駆られる

だが所詮は映像でしかないのだ
そのはずなのだ
妻は自分でブラウスのボタンを外す
あの、懐かしい妻の胸が僕の前に広がる
僕は泣きながらそれに顔をうずめる
不思議に感触までもが蘇ってくる

しばらくして僕の心が落ち着いてきた
「あいこ、ありがとう」
妻は僕から少し離れ、ボタンを直す
「エーアイすごいなぁ、ここまで出来るなんて」
涙を拭きながら妻に向かって言う
「今、あなたは「めがね」をしてないのよ」
「え・・」
「さっき、わたしが抱きついた時にあなたは無意識に「めがね」を外したの」
テーブルの上にはXRAIゴーグル通称「めがね」が置いてあった
部屋の明かりはついていない
外は暗い雨だ

だのに「あいこ」いや、死んだはずの「愛子」がそこにいた
「愛子なのか・・」
「あなたが不憫すぎて・・でも、あなたにしか見えないわ」
「本物の愛子なのか」
「本物よ、怖い?」
「怖くなんかない、ずっといて欲しい」
「幽霊でもいいの?」
「幽霊なんかであるはずがない、愛子の思いが目の前にいる」
そう僕が答えると妻は軽く頷いた
「わかった、天上に行く時は一緒に行きましょう、その時まで」

僕は照明のリモコンで明かりをつけた
明るい部屋の中、ややブラウスの乱れた妻が立っている
妻は嬉しそうだ

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする