尾瀬の燧ヶ岳・熊沢田代の秋 2007年10月6日撮影
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このところ、戦後65年と言う節目の年でもあり、戦争や平和に関係する番組が多い。
昭和20年の終戦の年、私はまだ3歳の幼児だったから、戦争の思い出はほとんど無い。
ただB-29と呼ばれる爆撃機が上空を飛んだとき、防空頭巾と呼ばれる真綿の入った
頭巾をかぶって、裏山に家族と逃げた記憶がかすかにある。
その後、駅前に爆弾を落とされたと噂で聞いたのを覚えている。
その後の記憶が無くて、戦後の食糧難の時代だったと思う。
農家なのに、大根の葉っぱの入ったご飯や、すいとんを食べた記憶があり、それでも
満腹にならず、学校帰りにサツマイモ畑に行って、サツマイモを生で食べたりした。
たぶん私が小学生頃だったと思う。
全国的にシラミがはやって、シラミに吸血されるとかゆい事も有るが、チフスを媒介
するというので、DDTと言う粉末の薬剤を全身に噴射された思い出が有る。
全校生徒が一斉にやられたから、みんな頭から真っ白であった。
同じ頃だったか、その後だったか、年代が判らないけれども、トラホーム?とかいう
眼病が流行して、なんとかマイシンとか言う薬を塗られた記憶も有る。
なにかあれは、ガリガリとまぶたの裏に塗りつけられた痛い記憶である。
あの頃の予防接種の注射は、一本の注射器で何十人もの生徒に接種したから
その後の肝炎ウイルスの拡大につながったと言われているが、当時はそのような危険性が
有るとは誰も考えていなかったから、何年も続けられるハメになったのである。
だから、肝炎ウイルスの拡大は、輸血だけではなく注射器の使い回しに寄っても拡大
したと思われる。
肝炎ウイルスに感染していると、感染源は何かを探ろうとするが、以前の使い回しを
考えれば、感染源を特定する事は難しい。
本人さえ知らない場合が有るからだ。
当時の夏の思いでは、アイスキャンデーを売りに、行商人が自転車で村に廻ってきた。
鐘をカランカラン鳴らしながら、旗を立てた大きな箱を荷台に積んで、水をぽたぽた
落としながら廻ってきたものである。
あの水はアイスキャンデーが溶けたものと思って、心配した時もある。
確か一本10円ぐらいだったか、どうも記憶が定かではない。
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熊沢田代と鱗雲 2007年10月6日撮影
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先ほどまでNHKで放送していた「ちょっと変だぞ日本の自然「大ピンチ ! ふるさと激変
スペシャル」」をご覧になりましたか。
何気なく見ていたら、私の大好きな奥日光も取り上げられた。
奥日光で、クリンソウが何故花畑になったのか? と言う疑問を解き明かす内容に始まり
以前は、クリンソウの花畑の一帯は、色々な植物が入り交じって、多様な植物の宝庫で
あったこと。
それが、鹿が増えて、鹿の好む植物は食べ尽くされて無くなり、鹿の好まない植物が
残されて繁茂する原因となり、ダケブキ、フッキソウ、ヨメナ、クリンソウなどが
増えた原因であると。
しかし今では、食糧難からクリンソウの茎も食べるようになり、防護ネットでクリンソウを
保護している。
また、奥日光でキツツキの仲間が異常に増えたのは、鹿が木の皮を食べて、枯れ木が
増え、枯れ木に棲む虫が多くなり、それを食べるキツツキ類も増えている。
鹿によって激減した野草を食草とする昆虫(主に蝶)も、食草が無くなって激減した。
など、なるほどと思える内容であった。
それでは、奥日光で鹿が何故増えたのか?
番組では3つの原因を上げていた。
答えを知りたい方は、再放送が有ります。
ぜひご覧下さい。
再放送予定、8月22日(日) NHK総合、デジタル総合
午後1時35分~午後2時50分まで75分間