※2023.12.13登録 新たに掲載しました。
松田町の経緯は、明治8年寄地区の7か村が合併して寄村が発足します。明治22年に町村制施行により松田惣領、松田庶子、神山村が合併し松田村が発足します。その後、明治42年4月1日に町制施行し松田町となります。昭和30年4月1日に松田町と寄村が合併し新たな松田町が誕生し、今日に至っています。
松田町は、は神奈川県西部に位置し、都心から約 75キロメートル 圏内、横浜から約 45キロメートル 圏内にあり、東は秦野市、南東は大井町、西及び北は山北町、南西は酒匂川右岸を境にして開成町に接しています。
丹沢山系から連なる松田山、檜岳、高松山、雨山などの緑豊かな山々や、酒匂川、川音川、中津川などの美しい河川を有する、自然に囲まれた都市です。県内33市町村の中で 17番目の大きさの自治体で、町は松田惣領、松田庶子、神山及び寄の 4地区から構成されています。町域面積は 37.75平方キロメートル、人口は令和5年12月1日現在時点で1.0万人強、世帯数は4.5千世帯強です。
町章は、 西丹沢の美しい山なみと酒匂川の清流とを「マ」という字に形どり二つのコ(弧)によって互いに手をつなぐ隣人融和の精神を表現している。( 昭和43年10月23日制定)
市の花は「コスモス」、市の木は「ナンテン」、市の鳥は「セグロセキレイ」、町の樹は「サクラ」です。(以上は、松田町HPより)
松田町の公共下水道は、雨水と汚水を別々に処理する分流方式が採用されているようです。町内の公共下水道は神奈川県が事業主体の酒匂川流域下水道の左岸処理区に接続し、小田原市にある酒匂川水再生センターで最終処理され酒匂川に排出されています。
前置きはここまでとし、マンホール蓋の整理に入ります。
こちらのデザイン蓋は、松田町の無形文化財「大名行列」が描かれています。
その歴史は明治4年の廃藩置県にさかのぼるそうで、小田原藩の殿様が東京へ移る際に松田の人が「いつもやっていた奴振りを寒田神社の行列に組み入れて、後世に残したい」と申し入れて認められたのがはじまりのようです。
いずれも汚水蓋です。
こちらは親子蓋です。
こちらは小型蓋です。
もう一つのデザイン蓋は、全面に市の花「コスモス」が描かれています。
こちらは汚水枡の蓋のようで、小型サイズの蓋しか見つける事が出来ませんでした。
以降は、規格模様と呼ばれの蓋です。
最初は、亀甲模様の蓋です。
こちらは用途記載がありません。
こちらは雨水蓋です。
こちらは小型蓋です。
こちらは汚水蓋です。
こちらは、スリップ防止模様の汚水蓋です。
蓋の上部に「HINODE」(日之出水道機器(株))、右下に「おすい」の表記があります。
こちらは、コンクリート製の蓋です。
いずれも小型蓋です。
こちらは、プラスティック製の蓋です。
小型の枡蓋と思われます。
こちらは、側溝蓋です。
いずれも市の花「コスモス」が描かれています。
以降では、上水道関係他の蓋を整理します。
最初は、消火栓の蓋です。
こちらは角蓋です。
こちらは、防火貯水槽の蓋です。
こちらは耐震貯水槽の蓋です。
役場の駐車場内で見つけました。
以降は上水道関係の蓋です。
松田町の水道事業は、南部に給水する松田町上水道事業と、寄地区に給水する寄簡易水道事業があります。また、一部湯の沢地区については秦野市から給水を受けています。
最初は、仕切弁の蓋です。
こちらは、制水弁の蓋です。
こちらは、ちょっと古そうな蓋です。
こちらは、空気弁の蓋です。
こちらは、隣接する大井町との水道緊急連絡管に係わる蓋です。
2ヶ所に設置されていました。
こちらも同様ですが松田町と大井町の位置が逆転しています。
こちらは、「ケーブル枡」と書かれた蓋です。
近くに水源がありましたので、水源のリモート監視や制御に係わる通信線が納められた蓋と思われます。
以上で、足柄上郡松田町のマンホール蓋の整理は終了です。