煙草は文化です

１３日のとくダネ！で禁煙した人が三ヶ月以内に糖尿病を発症する確率が高いというニュースに触れていた。小倉智昭も７年前にタバコを止めたことで、この番組を始めた頃から今に至って１０ｋｇも増えているそうである。
わたしもタバコを止めて１０年が経つが、わたしの場合は８ｋｇ体重が増えただろうか。昨年の正月に家族揃って記念写真を撮ったら、スーツ姿のわたしが小倉智昭にそっくりだとカミさんに言われてしまった。

２５歳になる長女を妊娠したときにカミさんのつわりがあまりに酷かったので一度禁煙したことがある。４年１０ヵ月続いたが、友人のお父さんのお通夜の席でピースマイルドを吸っている人がいた。缶ピースはとてもいい香りだったが、吸うと必ず腹を下した。禁煙した後に新発売されたそのピースマイルドは、香りはきっとそのままで、フィルターが付いた分お腹にやさしいのではないかと思わせた。「一度それ吸ってみたかったんですよね」と言ったのが運のつきで、「ほい」と進められて、一本だけのつもりがもらい煙草をするようになり、一ヶ月もしないうちに自分で煙草を買うようになっていた。

その後１１年ぐらい吸っていただろう。小学二年生の息子が、展示されている喫煙者の真っ黒になった肺のホルマリン漬けを見てショックを受け、父親の煙草を止めさせようと必死になった顔に、ようやく煙草を止めることができた。
今ではすっかり抜けてちっとも吸いたいと思わない。回りに喫煙者が少なくなったこともあって普段は忘れているが、たまに飲み屋でぷーんと紫煙が漂ってくるとこの世の中に煙草というものが存在していたことに気づく。やはり煙たいし、臭い。頭や服にも匂いが染み付くので煙草のないところで飲みたいと思う。

しかし、横浜市長だったか、公共の場所に限らず喫茶店や居酒屋でも全面禁煙にしようという条例には反対である。認識が甘くただ習慣で吸っている人もいるが、いわゆる自己責任において吸っている人もいるはずだ。その人たちの人権にも配慮すべきだと思う。
一箇所の店で完全に分煙を実施するのは難しいから、それぞれの店で禁煙か喫煙かを選択してもらうえばいいのではないか。飲み屋で煙草ＯＫの店があれば喫煙者にとってはありがたいはずだ。もちろんその店に煙草を吸わない人が入ってもいいが文句は言えない。それこそ自己責任で入店してもらうのだ。市が空気清浄機くらい援助したっていいんじゃないか。
もしその店から漏れる煙を取り締まれと言うなら、自動車をまず全廃しなくてはいけないだろう。そこまで言えないはずだ。

煙草はお茶のようにおもてなしのひとつだったようである。人が尋ねてくると、煙草盆をいそいそと抱えてきて、「さあ一服」と刻み煙草をキセルに詰めて一口火を点して、客人に差し出すシーンをどこかで見たことがある。また、トルコあたりで水煙草を回し飲みしながら鬚面の年寄りたちが談笑している光景もいい。煙草もひとつの文化だと思う。
祖父は大の煙草好きで寝床でまずいっぷくしないと起きてこなかったらしい。叔父はその血を受け継いで酒は止めても煙草ばかりはやめられないと言っている。８８歳までかくしゃくとしていた本家筋の大伯父は「酒飲でぃん、煙草や止みららん」(酒は飲んでも、たばこは止められない。どっちも止められないという意)と笑い飛ばしながら人を煙に巻いていた。
アラン・ドロンの咥え煙草はカッコいいし、ハンフリー・ボガードの親指とひとさし指とで輪をつくり煙草を挟んで煙たそうに眉を寄せる横顔も渋い。若い女性の歩き煙草はみっともないこと甚だしいが、皺くちゃの婆さんが道端にしゃがんで一服している姿は粋に見える。

もしあした死ぬことがわかったら、誰に遠慮せずひとり静かにブランデーを傾けながら紫煙を燻らしたいと思う。