今日は阪神・淡路大震災の日。「19年」と聞いて、ちょっと驚きました。
もう、そんなになるのですね。
自分としては、この19年間はとても短かったという感覚です。
あっという間でした。
特に、ここ数年は「時間が止まっている」みたいな我が家ですから・・・。
しかし、「あっと言う間」にも「風化」はどんどん進行しているという印象もあります。
それは世間を見ても自分を顧みても、そう思うところがあります。
先日、やっと懸案だった寝室の箪笥類の転倒防止施工をしました。
台所の大型棚は早くに完了していましたが、寝ている部屋の対策は延び延びになっていました。
寝室のタンスは、たいした大きさでもないのですが、三男は毎晩、寝ているときに体があっちこっち動いて向きが180度回転してしまうのです。
普通に寝ていたら倒れても足元に覆いかぶさる箪笥ですが、上下反転して寝ている三男には、もろに頭の上に倒れてくることになってしまいます。
ふだんは寄宿舎泊ですが、帰省したときに、いつも気になって「あっ、しまった。また忘れていた!」の繰り返しでした。
あとは台所の冷蔵庫と仏間のテレビがまだ未対策です。早くなんとかしないと・・・。
「風化」の話ですが、来年はもう戦後70年になるのですね。
私が小学校2年のときは、戦後20年だったわけで、よく思い出すと、まだそこここに「戦後の傷跡」「戦争の名残」がありました。
何回も書いていますが、実際に戦地に赴いた人の話で戦争を肯定していた人は、少なくとも私は知りません。
政治に対する考えや思想の違いはあっても、戦争を経験した日本人ならば、国家間の問題については、それがどんなに困難であろうとも「戦争という手段だけは採ってはいけない」と思っているのではないでしょうか。
そんな意識も戦争のリアリティも、すっかり「風化」してしまい、「金儲けこそが第一」のスタンスが主流を占めつつあるように思えてなりません。
今、話題になっている沖縄の米軍基地移転の問題も原発の問題も、武器輸出や「集団的自衛権」の問題も、その意味では根っこは同じでしょう。
政治家や大きな会社を動かす立場の人たちも、(自分もそうなのですが)ほとんどが戦後の人たちになってきたからなのか、本来、一番大事に考えられるべき「命」について、どこか「お気楽」に考えているように思えてなりません。
もう、そんなになるのですね。
自分としては、この19年間はとても短かったという感覚です。
あっという間でした。
特に、ここ数年は「時間が止まっている」みたいな我が家ですから・・・。
しかし、「あっと言う間」にも「風化」はどんどん進行しているという印象もあります。
それは世間を見ても自分を顧みても、そう思うところがあります。
先日、やっと懸案だった寝室の箪笥類の転倒防止施工をしました。
台所の大型棚は早くに完了していましたが、寝ている部屋の対策は延び延びになっていました。
寝室のタンスは、たいした大きさでもないのですが、三男は毎晩、寝ているときに体があっちこっち動いて向きが180度回転してしまうのです。
普通に寝ていたら倒れても足元に覆いかぶさる箪笥ですが、上下反転して寝ている三男には、もろに頭の上に倒れてくることになってしまいます。
ふだんは寄宿舎泊ですが、帰省したときに、いつも気になって「あっ、しまった。また忘れていた!」の繰り返しでした。
あとは台所の冷蔵庫と仏間のテレビがまだ未対策です。早くなんとかしないと・・・。
「風化」の話ですが、来年はもう戦後70年になるのですね。
私が小学校2年のときは、戦後20年だったわけで、よく思い出すと、まだそこここに「戦後の傷跡」「戦争の名残」がありました。
何回も書いていますが、実際に戦地に赴いた人の話で戦争を肯定していた人は、少なくとも私は知りません。
政治に対する考えや思想の違いはあっても、戦争を経験した日本人ならば、国家間の問題については、それがどんなに困難であろうとも「戦争という手段だけは採ってはいけない」と思っているのではないでしょうか。
そんな意識も戦争のリアリティも、すっかり「風化」してしまい、「金儲けこそが第一」のスタンスが主流を占めつつあるように思えてなりません。
今、話題になっている沖縄の米軍基地移転の問題も原発の問題も、武器輸出や「集団的自衛権」の問題も、その意味では根っこは同じでしょう。
政治家や大きな会社を動かす立場の人たちも、(自分もそうなのですが)ほとんどが戦後の人たちになってきたからなのか、本来、一番大事に考えられるべき「命」について、どこか「お気楽」に考えているように思えてなりません。
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