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ベートーヴェン/交響曲第6番「田園」
管弦楽:コロンビア交響楽団
指揮:ブルーノ・ワルター
録音:1958年1月13,15,17日
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ベートーヴェン/交響曲第6番「田園」
管弦楽:コロンビア交響楽団
指揮:ブルーノ・ワルター
録音:1958年1月13,15,17日
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先週の通院で診察待ちの間、ウォークマンで聴いたワルターの「田園」(終楽章)に、意外なほど感銘を受け、その晩、あらためて全曲を聴き直していました。
私たちがクラシックを聴き始めた70年代前半は「田園と言えばワルター」というイメージが強かったかと思いますが、当時の私は「これ、そんなにいいのかい?」という印象を持っていました。
たしかに、例の冒頭主題における絶妙なパウゼなどは、初めて聴いたときは本当に酔わされましたが、そこ以外では、第2楽章はなんとなくせかせかして馴染めず、第3、第4楽章は物足りず、終楽章も、なんかハンパ感のまま進んでいく・・・という感じでした。
ほぼ時を同じくして聴いたベーム盤から圧倒的な感銘を受けていたのでやむを得なかったとも言えます。
そんなことで、「ワルターの田園」では、私は、むしろ戦前のウィーン・フィル盤(オーパス蔵盤)の方を好んで聴いていたかと思います。
しかし、今回、久しぶりにコロンビア響盤を聴いて、本当に素晴らしいと思いました。
まったく、今まで何を聴いていたのか?って自分にツッコミを入れたくなるほどなんですが、こんなことがよくあるのですよね。困ったもんだ(汗)。
以前は「せかせか」と感じた第2楽章は、「これは小川なのだから、あまりに悠然としているテンポの方が不自然だ」と納得。
第3、第4楽章も、今となっては、その力感に何の不足もない。
そして極めつけの終楽章は、開始から心を込めきって弾いている奏者たちが目にうかぶような、その音色。
最後のsotto voce(237小節)以降は、今まで「ベームのが最高」「バーンスタインが最高」と言ってきた箇所ですが、今は「ワルターのが最高」。
いや、本当に、ここの表情は涙なくしては聴けない。
慈しみの極みたいな音楽を慈しみの極みの演奏でやっている。
人生の最期の時に、可能ならば「田園の終楽章を聴きたい。それはバーンスタイン盤で・・・」みたいなことを前に書いたけど、バーンスタインからワルター盤に変更です。
↓今までの「ブルーノ・ワルター」関係記事
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「ワルターを聴く」のがマイ・ブーム
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マーラー/大地の歌(フェリアー、パツァーク、VPO)
シューベルトの交響曲5番と「未完成」(ステレオ盤、言及極少)
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