静かな場所

音楽を聴きつつ自分のため家族のために「今、できることをする」日々を重ねていきたいと願っています。

1年経った

2015年08月18日 18時02分01秒 | つぶやき(カテゴはっきりしない雑文)
 二男は昨日から2泊3日のショートに行っています。

 昼下がり、バーンスタインの指揮するハイドンの88番「V字」を鑑賞していました(DVD)。
 レニーとウィーン・フィルの面々の、真剣で幸福そうな表情そのままの音楽が全身に染み入って、なんとも心地よいひとときでした。
 
 さて、去年の今頃は、大量化学療法と幹細胞自家移植で入院していました。
 もう1年が過ぎたのかぁ~などと、ちょっと不思議な感じです。
 あの頃は「来年の今頃はどうなっている?」なんて考えること自体を避けていたような・・・いや、今でもそれは言えていて、あまり先のことは考えないようになっています。
 考えたくないのではなく、考える必然性がとても薄くなっているのですね。
「世の中のこと」についても同様で、不謹慎ですが「どうでもええ」という感覚になっています。
 2020年のオリンピックとか全く関心ないです。
 CDはけっこう買っていて、聴きたいアイテムは無理せず素直に(?)入手しています。
 もちろん、お財布と相談して、ですが。
「ライブラリー」というのは、いざ(聴きたい)という時に手の届くところにあることが大事なのだ、などと妻に言い訳しています。

 私が病気であることを知っている人にお会いすると、だいたい「体調はどうですか?」と尋ねられます。
 挨拶代りみたいになっています。
「体調は?」う~ん、なんと答えたらいいのかな?
 だいたいは「はい、まあ、ぼちぼちです」みたいな返答をしていますが、その「ぼちぼち」の中身はけっこうややこしいのが実態です。
 4月から、週9時間(月、火、木の三日間で3時間ずつ)の非常勤として一応、仕事復帰していますが、なんとか7月まで無事に続けることができてホッとしました。
 仕事復帰決めたのは昨年の11月でしたが、あの頃は体調良好で、「もう、なんでもできる」みたいな感じでした。
 ところが、その後、サリドマイドの服用が始まると、じわじわと副作用が出てきました。
 副作用は人により様々ですが、私の場合は「怠さ」です。
 4月の仕事始めの日、書架の整頓をしているだけで、もうフラフラになってしまい、こんなことで仕事が続けられるのだろうか?と不安になりましたが、本業が始まると不思議なことに体のことは意識の外になり問題なく勤めることができました。
 
 しかし7月後半より仕事が夏休みに入り、本格的な夏の到来と共にちょっとバテました。
 7月21日だったか、所用で市役所に行ったのですが、カウンターのところで苦しくなり、ぶっ倒れそうになりました。
 車イスの三男を連れていたのでけっこう大変でした。
 そんなこんなで、8月の前半はけっこうフラフラしていました。
 以前から年に1度くらい起こっていた胸痛が頻発するようになり、今はフランドルテープ(狭心症予防の貼り薬)のお世話になっています。
 これ、面倒くさいなぁ・・・・。


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