【遊月100物語 そのプロローグ】小樽ストーンサークル
結構前のことだ。
大陸でウィルス性の病が流行り、有名な巨大遺跡に行くはずの観光客たちが、アジアの端にある小さな遺跡を見るために、小樽に来ているらしいとニュースで見た。
幼い頃に遊びに行ったその遺跡が懐かしくて、20年ぶりに見に行った。
その遺跡は3000年前からそこにあった。
東日本で1番大きいと言われている、平地にある明るいストーンサークルを見たあとで、広場の目の前にある、小山の頂のストーンサークルを見に行った。
赤茶けた地面の山道を登り、てっぺんまで行くと、背の高い木々がストーンサークルを覆い隠しているように囲んでいた。
頂上で風が吹いた。
私たちを歓迎するかのように優しく梢が揺れていた。
何もないただの遺跡だからと飽きてしまったこどもを連れて山を降り始めた時だった。
どこからか『語り継ぐ者よ』、と呼びかける声がした。振り返ったが誰もいない。
気配があるほうを見上げた私の目に、真っ白な光に包まれた大きな羽の生えた女神のような存在が見えた。
女神の意識のようなものが私の中に入り込んでくる。
それは一瞬の出来事だった。宇宙の星が瞬く刹那に、私の中に1人の人生の全ての記憶が入ってきた。入ってきたのでは無く、もともとあったのだ。それが突然開いたのだろう。
それくらい当たり前に、自分の記憶になっていた。
私はかつてこの場所で生きていた。
遠いはるか昔、私はこの地で生まれ、巫女となるよう定められた。
運命の夜に女神と出会い、一気に能力が開花した。
女神から授かった預言は、大地に線を引き所有しようとする者達が村に押し寄せてくること。
村の人々を守るため共に旅立ち、やがて長い旅路の果てにある場所にたどり着いた。
私たちはそこにとどまり、小さな集落を作り、寿命を全うした。
それから何百年もの時が流れ、私はそこで、かつて巫女として生きた女性の子孫として生まれた。
その時の私は、かつて巫女に故郷を捨てさせた時と同じく、大地に線を引き所有する人達の手により、狭い世界に閉じ込められていた。
今と同じだ。
私は目を閉じ、いくつかの人生が流れていく時空の中で、悲しみの思いが重なるのを感じた。
あの時も自由を奪われていた。
こんなにも自由が欲しいというのに。
あの岩山を超えて、まだ見ぬ広い世界を見たいのに。
なのにずっと閉じ込められている。あの時もそして今も。
自分の運命の意味がわからなかった。困惑する私に女神は言った。
『閉じ込められし肉体の中で、これからもあなたは多くの経験をしていくことでしょう。
その場所に留まらなければいけない理由がわからず、苦しむ日もあるでしょう。
ですがその呪縛から解き放たれる日は必ず来るのです。
強い風が吹く時代、あなたの魂は自由となり、世界を駆け巡るのです。それまでに見てきたこと、感じたこと、あらゆることをその胸に、真実を口にするために、あなたは自由に世界を駆け巡るのです。
語り継ぐものよ。
この星が生まれた時からの記憶を全てその中に止め、世界を駆け巡り語り継ぐのです。
この星がなぜ生まれたのか。
この星をつくった神々がどのような思いでいたのか。
神々がどれほどあなたたちを愛しているのか。
その全てを語り継ぐのです。
語り継ぐものよ。
その足で立ち、その目で全て見てくるのです。
さあ、安心してあなたの人生を生きなさい。
わたしたちはいつもあなたを見守っているのですから』
そうして女神は消えた。
あれは幻だったのか。古代の人たちの記憶の断片だったのか。
真実は誰にもわからない。
だけどわたしはわたしの人生を歩いていく。
そして見たこと感じたことを、確かに語り継いでいく。
そう微笑んだ時、山を守るように茂る木々の梢が再び優しく揺れた。