✴︎江島神社(岩屋)レポート(2022年4月22日訪問)✴︎
それではいよいよ江の島ラストのレポート、岩屋のご紹介。
時間がなかったこともあり、実は最初に全部素通りして、一気にここまで来て、まずは岩屋から見て回りました。
なので時間的にはこちらが先なのですが、レポートの順番は、島を巡る順路にそって江の島神社が先で、岩屋がラストを飾ります(*^_^*)
龍宮大神(わだつみのみや)を過ぎたらもう、雰囲気が変わります。

何度来てもここ、めちゃめちゃ好き。

鳥居をくぐるとまたお店がいっぱいあります。
【御岩屋道通り】
江の島の「山ふたつ」から「稚児ヶ淵」までの道のりを「御岩屋道通り」と呼ぶそうです。
ここ、雰囲気があって大好きなのです。

このお店、いつか寄りたいと思っておりますう。
たぶん「見晴亭」かなぁと。

階段、そしてまた階段。どんどん降りるのです。

階段、そしてまた階段。どんどん降りるのです。
【稚児ヶ淵(ちごがふち)】
大島、伊豆半島、富士山まで一望できるそうです。
大島、伊豆半島、富士山まで一望できるそうです。
うん、雨で見えない(苦笑)
「建長寺広徳院の自休蔵主に見染められた、鎌倉相承院の稚児白菊が身を投げた」ことが由来の名前なのだそうです。
稚児ってお稚児さんの稚児だったのね。
なんとなく小さいこどもなのかなぁと勝手に思っておりました。
前回来た時もめまいがして、ここのそば行きたくないと思ったのですが。
悲しい伝承に納得です。


【龍燈松と刻まれた石碑】

稚児ヶ淵の看板の前に建てられていたこの古そうな石碑。
気になりますよね?
私は気になります。
だから帰って調べました。
おもしろ体験博物館 江戸民具街道さんのサイトに載っていました。
「その昔、江の島の南端、稚児ヶ淵のほとりに一本の松があり「龍燈の松」と呼ばれていました。正月になると龍がやってきてこの松の木に登り龍火を灯して航海の安全をはかったと伝えられています。ところで天和元年(1681年)鯛屋七右衛門という人が下田の港を出帆して江の島沖にさしかかったところ俄に大嵐となりました。詮方なく弁天様に願をかけると海に燈火が現れ、その光をたよりに近づくと岩上の松の木に炎燈が掛かっていました。危うく助かった七右衛門はお礼のため、その松の下に燈籠を築き諸人の助けとしました。」
龍燈というのは、日本各地に伝わる怪火で、主に海中より出現し、海上に浮かんだ後に、いくつもの火が連なったり、海岸の木などに留まるとされるとのこと。
小樽の赤岩にも似たような伝説があります。
こちらはアイヌの伝承なのですが。
文化がバラバラなのに、あちこちに同じ現象があるのが面白いですよね。
赤岩のは、龍さんの目が光るのですが。
ちなみにそんな小樽の赤岩には、白龍伝説があります(色が忙しい笑)
関係ないですが、先日「いってQ」で、小樽の赤岩(地名)の岩にみやぞんさんが登っていました!

突然の冬景色(笑)
こちらも龍燈ですが↓(江の島大橋の龍燈)

長い歴史のある場所は、石碑一つにも物語があって、調べるのが楽しいです。
それらを丹念に調べると、たくさんの人がこの場所を通り、様々な人生を歩いたのだと感じて、ジーンとしてしまうのです。
晴れていたら美しいのだろうけど、どうしてもクラクラしてしまうので、先を進みます。




岩屋という看板が。

もうすぐ入口です。
江の島の岩屋は、龍神が棲む龍窟として信仰されてきました。
様々な人たち(役小角、空海、日蓮聖人など)が修行してきた聖地です。
そして何より、【江島神社の発祥地】です。
富士山と繋がっているとか、先日行った高尾山のあの弁天の洞窟と繋がっている説まであり、たしかに何かありそうです。
ていうか、富士山とはつながっているよね(いろんな意味で)
この設定だけでもうワクワクします。
役小角と空海とか。あと安倍晴明がいたら何かがコンプリートされそう(笑)


おお、あの赤い橋(懐かしい)


走り出したいくらいな気分(歩くけどね)


ここから富士山が見えるらしい(雨だから見えない)


この先が第一岩屋です。
ちなみに第二岩屋まであります。
【第一岩屋】
全長152m。奥で二手に分岐する。
↓入口近くの人口の横穴で資料や浮世絵などを展示しています。

正面に見えているのが、本物の洞窟。

こんな感じでパネルで色々紹介してくれています。
おおおおおお(やっと洞窟)

【神秘の池】

洞窟を入るとすぐにある池。
与謝野晶子の歌碑が立っています。

振り返ってみました。
先を進むとこんな感じ。


ロウソクの入った提灯をもらいました。
かつて修行をされていた方も、こうしてロウソクで中を照らしたのかな。

二手にわかれる手前に弁天様がいらっしゃいます。

暗くて看板がよく読めませんでした。
あと人がいたので、あまりじっくり写真も写せないし。
それはある意味仕方ないですよね。
でも実は、ここで頼朝にまつわるあるビジョンが見えました。
この弁天様ではないようですが、意識が変わる不思議なビジョンでした。
(ラストに紹介します)

【石造物群】

【石造物群】
古来洞内にあった各種の石仏・石神・石祠などが分類整理されて陳列され、照明が当てられている。
最奥部右手に弘法大師坐像が安置されているが、鎌倉市手広にあった廃寺寶積院(真言宗青蓮寺末寺で手廣山藥王寺と号す)にあった相模国準四国八十八ヶ所札所の像が運ばれたものである。
最奥部右手に弘法大師坐像が安置されているが、鎌倉市手広にあった廃寺寶積院(真言宗青蓮寺末寺で手廣山藥王寺と号す)にあった相模国準四国八十八ヶ所札所の像が運ばれたものである。
(Wikipediaより)
ここにあった弘法大師様、別のお寺から運ばれてきたのですね。
たくさん石仏があるのは、いろんな方がここで修行をしていた時に彫ったのかな?と思っていました。
もう少し色々調べてわかったらお知らせします(*^_^*)


蛇さんがいらっしゃしますね。

やはり暗くてなんと書いてあるのか読めないのですが( ;∀;)
帰って調べたら、左にあるのが「日蓮上人の寝姿石」なのだそうです。
またこの奥は富士山の麓にある鳴沢氷穴に続いていると言われているそうです!
うん、続いている(笑)
弘法大師(空海)様~


【江島神社の発祥の地】


江の島弁財天信仰の発祥の地です。
欽明天皇13年(552年)、神宣に基づき欽明天皇の勅命により、江の島の南の洞窟に宮を建てたのに始まると伝えられています。
公式サイトによると、
「欽明天皇十三年(552年)四月十二日の夜から二十三日の朝まで大地が震動し、天女が十五童子を従えて現れ、江の島を造ったと表現しています。
欽明天皇の勅命で、島の洞窟(御窟おんいわや・現在の岩屋)に神様を祀ったのが、江島神社のはじまりである」
私が行ったのは4月24日で、江の島ができた翌日なのね。
また、多くの高僧や武将がここを訪れて祈願のため籠ったことを「江の島参籠」といっていたとのこと。
北条時政さんがこの参籠の時に女神的美女に会ってお告げを聞いて、三つの鱗もらった逸話はこの場所なのね!
(よって北条の家紋はミツウロコ)
なんだか不思議な場所なのですが。
なんとも・・・雑多すぎて、そのはじまりの地のパワーはよくわからなかったです。
実際、もうひとつの奥の、ふじさんに繋がっている方が、ぞくぞくする不思議な強いエネルギーを感じた気がします。
そして、サラスバテイ!
これもラストに紹介します。
狛犬さん、かわいい(笑)

再び入口に戻ってきました。

ミツウロコのランプ。江島神社の社紋もミツウロコなのです。

遠くに展望ルーム的なものが。

遠くに展望ルーム的なものが。
いつもカップルがいました(そりゃそうだよね)

展望台から振り返るとこんな感じ。

向こうに見える海。

展望台から振り返るとこんな感じ。

向こうに見える海。
海のパワーがどーんと入ってくる感じ。
当麻鍾乳洞は上と下から龍が入っていたけれど、ここは横なのね。
海から来て、奥から抜けて富士山に行く、と(妄想)

↓左の岩のあたりに、第二岩屋の入口が見えます。


【第二岩屋】
全長112m。
入口は2本の洞が並行し、奥で一つになる。
前回行った時、作り物の龍がガオーって感じだったのが、あまりに雰囲気とそぐわなくて。
え?もっと神聖な場所なんですけどって思ってしまいまして(すみません)
観光地なのだから仕方ないのですが。
空海とか役小角が修行した場所なんですけど(しょんぼり)
となりまして。
あと奥に龍が苦しそうにしていた印象もあり、今回はいいかなーと。
ここまで来て?と思うのですが、気が向かない場所は行かないが鉄則です。
パワースポットはエネルギーが大事ですから。
自分に必要かどうかは自分で決める(謎のポリシー)
それに、第一岩屋で、サラスバテイからメッセージを受け取ったことで、よし、オッケーと満足してしまいました(笑)
ということで、もと来た道を戻ります~

天気は悪いですが、海はきれいでした。
目的だった岩屋を見終わった時点で時計を見ると、15:30
江の島を17時過ぎに出発予定だったため、あと1時間は余裕ができてしまった。
スケジュールが押していて、長谷寺や高徳院を行くのをあきらめようとしていたのにと、そんな自分にびっくりです。
そうでした。
私、スケジュール立てるの下手なのでした。
いつも、すべて潜在意識丸投げで、行きたい気持ちや直観に従って動けばぴったりになるのに。
高尾山のケーブルカーに奇跡的にぴったりに着いたのがいい例です。
今回の教訓は、顕在意識でスケジュール立てないでした(笑)
時間が余ったので、お団子以外何も食べていなかったため、遅いランチを食べました。

何度も登場する長谷寺のお団子。
食べたくなあれー(謎の呪文)
それにしても、御岩屋道通り沿いのお店が素敵すぎて、寄りたかったので。たべていっちゃおうかなーと思いまして。
ふと見ると、「しらすと湘南鎌倉野菜のトマトソースパスタ」なるメニューが目に飛び込んできます。

思考力ゼロになり、気付くとお店に座っていました(注文してふうと一息ついてから、はっ!時間大丈夫?となる私、自分でも面白すぎます苦笑)

【cafe Madu】さん
住所:神奈川県藤沢市江の島2-6-6
電話:0466-41-9550
営業時間:11:00~18:00(季節に営業時間変動)
定休日:(木曜定休)
景色もよく、最高か!ってなりました(*^_^*)
少し時間ができたので、最後はもう一つの道から帰りました。
こちらは女坂と呼ぶのだそうです。
雰囲気があってよかったです。
【女坂】
江の島駐在所脇から右へバイクの走れる簡易舗装の道を進み、江の島市民の家の先で細い石段を上る、とのこと。
赤い橋を渡りました。


江の島駐在所の前を通ります。

今度は先程渡った橋の下を通ります。

瑞心門の横に出てきます。
ここから、弁財天仲見世通りを通り、青い鳥居を抜けて夢の国は終わるのです。
江ノ島駅まで戻り、江ノ電で藤沢駅まで行きました。

近いうちにまたきますねー。
岩屋の中で感じたのは、なぜか弁財天(サラスバティ)のエネルギー。
高尾山の弁天の祠と同じエネルギーでした。

慈愛があふれるマリア様のようなエネルギー(高尾山)
てっきり龍のエネルギーの方が強いと思ったのですが。
江の島は龍神のパワーではなく、龍を使役する、水と流れの女神、サラスバテイの島だったのかもしれません。
実は、泰安殿で頼朝がとても信心深く、もっとイメージを変えてあげなくては、と言う感覚になりました。
というか、サラスバテイにそう伝えられた気がしたのです。
実は前世は平家の人。
リアルな私は義経ファンで、頼朝大嫌いだったのに。
頼朝もこの岩屋に来て祈っていたように感じたのですが。
そのとき頼朝が感じていたのは母の胎内にいるような安心感でした(勝手な妄想)

サラスバテイに包まれて泣いているような。
鎌倉のイメージが一新される旅となりました。
今度は江の島に一泊します!

皆様も、それぞれの江の島を感じてみてくださいね。
今回の鎌倉・江の島のレポート
【江の島岩屋】
江の島の最奥部にある海食洞窟。
古くは弘法大師や日蓮上人も修行したといわれ、江の島信仰発祥の地として崇められてきました。
養和2年(1182)には源頼朝が奥州藤原秀衡征伐を祈願したとも伝えられています。
奥行152mで富士山の氷穴に通じているといわれる第一岩屋と56mで龍神伝説の地といわれる第二岩屋があり、ロウソクの炎に照らし出された石像や岩壁が神秘の世界に誘ってくれます。
別名弁天窟、金窟、龍窟、蓬莱洞、神窟、本宮岩屋、龍穴、神洞
住所:神奈川県藤沢市江の島2
料金:一般500円/小学生 200円
営業時間:9:00-16:00 (季節によって異なります)
公式サイト(藤沢市観光公式)
江の島岩屋Facebook

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