研究所の仲間たちは石の声を聞く人種を進化していない存在と思っている。なぜならテクノロジーの進んだこの時代に、石の声を聞く必要はないから。
僕はその話題になると注意深く相槌を打った。僕が、石の声を聞く能力の消失はむしろ進化の逆だと思っていることを、 誰にも知られたくなかったから。
実は僕には、石の声を聞く能力が少し残っていた。いつでもどこでも聞えるわけではなくて、時々なんとなく程度だけれど。
僕の持っている石は小さかった。数年前まだ僕が少年だったころ、偶然妖精たちの洞窟のそばで光る存在を見つけた。
誰かが呼びかけているような気がして、足元の何かを手にとり泥を落としたら、それは美しく輝く白い小さな石だった。よく見るとピラミッドの形をしていた。
ピラミッドにはこの世界のすべてを作る素粒子を集める作用がある。そのためこの形の物は、宇宙から届く強い力を多く蓄えられるので、肉体的、精神的にもいい影響を与えてくれるのだと、古い神話の本に書かれていた。
石はピピと名乗った。
僕が僕として生まれる前の人生でも一緒にいたとピピは言った。
僕は覚えていないけれど、石のほうが寿命は長いのだから、本当のことかもしれないと素直に思った。
ピピは、僕の研究が恐ろしいと言った。そちらの道へ進んじゃだめだと。
だけど僕は、研究することが大好きなのだ。
わからないこと、知らないことを見つけると、もっと深く知りたくなる。人類の肉体に刻まれた情報、それを解読することで、より進化した存在になれるという。
病気の苦しみや死への恐怖からも解放される。そのことを確かめたくて研究していることが、悪いことには思えなかった。だってそれでニンゲンはもっとしあわせになれるのだから。
だからピピがなんと言おうとも、僕には研究を止める気持ちなど、まったくないのだ。
ピピは最近疲れているように見えた。
人類は欲望に支配されている。このところよく彼が口にする台詞。
ピピからあふれ出てくる白い不思議な煙は、わずかでも体に取り込むと、何日も食事しなくても元気でいられる不思議な存在だ。
煙を身体に取り込むと、肉体的にも精神的にもゆったりすることでき、宇宙の中に解けていくような、やさしい気持ちになれる。
ピピは最近疲れているように見えた。
人類は欲望に支配されている。このところよく彼が口にする台詞。
ピピからあふれ出てくる白い不思議な煙は、わずかでも体に取り込むと、何日も食事しなくても元気でいられる不思議な存在だ。
煙を身体に取り込むと、肉体的にも精神的にもゆったりすることでき、宇宙の中に解けていくような、やさしい気持ちになれる。
仕事で疲れて生命力が消耗すると、僕の心からやさしさも失われていくような気がした。ピピは僕が要求すればその都度望むだけ、不思議な力を持つその煙を与えてくれた。
研究所に入ってからの僕は、ピピから与えられるその力が唯一の救いとなっていた。
僕にその力を与えることで、ピピの何かがすり減っていくのはわかっていたけれど、僕にはどうしても、ピピが与えるその力が必要だった。まるで何かの中毒みたいに。
そして今朝、いつものようにピピからその力を受け取ろうと左手で持ち上げてみると、ピピからの反応はなかった。
研究所の人たちにピピを見せたとき、彼らには白い煙は見えないと言っていた。ただの石だと笑ってもいた。でも、僕はちゃんとそれが見えていた。
なのに、とうとう僕もそれが見えなくなってしまったのか?
石の声が聞けなくなったのか?
何度も名前をよび、必死でピピをゆすっていると、かすかな声がココロに響いてきた。
ニンゲンたちは光を見るのをやめてしまった。
それを補うには、すでに僕たちの限界を超えてしまった。
それを補うには、すでに僕たちの限界を超えてしまった。
だからもう世界は助からない。もうすぐ滅んでしまうだろう。
それは神話の一小節だった。
この国が生まれた頃、世界は光そのものだったと記された物語。
神話の最後はこう結ばれていた。
この国で暮らす魂たちが完全に光と分離してしまったとき、光を与える存在は次々と力を失い、やがて世界は闇に包まれ滅ぶだろう、と。
それは単なる神話だ、何かの戒めにすぎないまやかしだ。
だけどピピは続けた。
この次の満月の翌朝、東の山に昇りなさい、さもなければ船に乗り、西の港から出航するのです。
ピピはそれきり二度と口をきかなかった。
しばらくぼんやりピピを見つめていたが、僕は最初から石との会話などなかったかのように、石を窓辺に置くと、あたりまえに朝食をとり、研究所へ出かけた。
何事もなかったように仕事をしていると、誰かの恋人らしい妖精がやってきて、この次の満月の翌朝、東の山にのぼるよう僕たちに訴えて歩いた。
多くの仲間たちはさげすんだ目で彼女を見ていた。
だけど僕は、足が震えた。
そうだ、ピピは本当に存在したんだ。
だけど今朝、僕の手の中で、その命の輝きを失った。
ピピはもうどこにもいない。ピピだった存在は、ただの角張った石に変わってしまった。
突然悲しみが襲ってきた。
ぼくは大切な友達、ピピを失ってしまったんだ!
ピピが最後に話したことは、おそらく真実なのだろう。
彼女が研究所を去ろうとしていたのを見て、僕は勇気を振り絞って声をかけた。
僕も石の声を聞きました。その日僕も山を上ります。
彼女は静かにうなずいて、そのことをどうか多くの人々に伝えてくださいと言った。
そしてあの山の上で会いましょうと。
彼女を見送り振り返ると、嘲笑気味に僕を見ていた研究所の仲間に混じって、数人が僕をまっすぐ見詰めているのが見えた。
僕たちもその声を聞きました、そう語りかけるかのように。
大丈夫、まだ数日ある。それまで僕は、僕の出来る精一杯をしよう。
今日帰ったら、妖精たちの洞窟へ、ピピを帰しに行こうと思う。
ピピを失ってしまったのはさびしいけれど、もう僕は大丈夫。
孤独じゃないと今わかった。
これから仲間たちと話すべきこともたくさんある。
そして僕は、まっすぐ僕を見詰めてくれた仲間たちのそばへ、ゆっくりと歩いていった。
** その4へ(夜明け) **
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