第二章 光の船の中で
光の中で
光の中で
水の国が文字通り水に沈む様子を、わたしはたくさんの仲間たちと、山の上から呆然と見守っていた。
そこには、私が想像した以上の人々が集まっていた。
石のメッセージを告げて歩いたときに、一緒に登りましょうと言った人々もいた。
ほかにも山に登りましょうと伝えて歩いたときに出会った人たちの顔が何人もそこにいた。
それはこの状況の中でわずかな救いに感じた。
わたしの呼びかけがまったく無駄じゃなかったと思えるから。
わたしの呼びかけがまったく無駄じゃなかったと思えるから。
夕日が海に完全に沈む直前、山が大きく揺れた。
このままではもうすぐ山も海の中に沈むのかもしれない。
そう思ったところで、これ以上どうすればいいのかと途方に暮れていると、突然明かりが真っ白な光で覆われて何も見えなくなった。
少し目が慣れてくるとわたしたちの頭上から静かに光が降りくるのが見えた。
光はその場にいた人全員をぐるりと取り囲むほどの大きな輪となり、どんどん山の方へと降りてきた。
私たちは何が起きているのかわからないまま、ただ光に従うように自然に立ち上がり、上を見上げ続けた。
なぜかわからないけれど、光の方向へ向かっていきたい衝動に駆られていた。
それが何なのかさえわからないのに、とにかく光の中に入りたかった。
光がわたしの頭のすぐ上まで来た時に、私は静かに目を閉じた。
恐怖からじゃなくて、誰かのぬくもりを感じて眠りに落ちる瞬間のように、安心して自然と目を閉じたのだ。
白く光っているのを感じるだけで何かが見えたわけじゃない。
けれど光はやがて全身を覆っているのがわかった。
光の中に包まれていくと、野生の木の実のような香りがして、背中がジーンと熱くなり、全身が やわらかくなっていくような気がした。
そしてそのまま光の中に吸い込まれていった。
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『あなたたちのふるさとの最後です。
しっかりその目にやきつけるのですよ』
優しい女性の声が響き目を開けると、そこは真っ白な光の世界だった。
優しい女性の声が響き目を開けると、そこは真っ白な光の世界だった。
すべてが光。
天井も床も壁も真っ白でただ光っている。
そしてまるで空一面もあるのかと思うほど、光の世界はとても広かった。
光の中で横たわっていた私はゆっくりと上半身を起こして周りを見回す。
そこにはたくさんの人がいた。
先ほど山の上にいた全員がこの光の中にいるのだと思った。
そこにいたほとんどの人は、たったいま響いてきた優しい声で目を開いた様子で、自分を取り囲む広範囲に広がる光の世界に驚きながら、上半身を起こしてはあたりを見回していた。
私の隣には、泣きじゃくる私の手を引いて山に登ってくれた大切な友達や、一緒に石の声を聞いていた妖精仲間がいた。
自然と皆がそれぞれの手を取り、再会を喜んだ。
ついさっきまで一緒にいたときはこれから何が起きるのかわからずに不安でいっぱいだったけれど、今はなぜか安心していられた。
何が起きるのかは相変わらずわからないままなのに、ゆったりした気持ちでほほ笑んでいられる自分が不思議だった。
『さあ、ごらんなさい』
『さあ、ごらんなさい』
と再び声がすると、光の壁の一部が窓のように突然透明になった。
その窓らしきものから見えたものは、大地が水に沈んでいく光景だった。
高い波が海のはるか彼方からいくつも押し寄せて、かつて私たちが生きていたあの美しい街並みを、どんどん飲み込んでいった。
たくさんの人たちが暮していた、透明で美しく光る高い建物に波がぶつかると、あっさりと崩れ落ちていく。
建物の中にいた人々は、一緒に海に流されてしまったのかもしれないと思うと悲しみに胸が張り裂けそうになる。
長いこと、かつて自分たちが暮していた美しい国が海の中に沈んでいくのを、誰一人言葉を発することなくただ見守っていた。
私は涙が溢れて止まらなかった。
あの美しい透明な高いビルには、私が誰よりも守りたかった、ずっと側に いたかった大切な人がいたのだから。
さきほど私たちが立っていた山も海に沈むと、透明な窓が閉じられた。
あたりはまた白い光だけの世界になる。光の中で言葉を失い座り込んでいる人たち優しい声は続けた。
『あなたたちにはこれから大切な役割があるのです』
私たちは誰もがその言葉に反応することもできないほど心がしぼみ切っていた。
私も何かを感じたり理解する力も出せそうになかった。
『今あなたたちは悲しみに沈んでいることでしょう。
ですがどうか心配しないで下さい。
これは通り過ぎるべきひとつの過程に過ぎないのです。
先ほどこの世界を去った魂たちもまた、あなたたちとはまた違った、それぞれ新しい世界へと旅立つ準備をしているのです。
だからあまり悲しみを引きずらないようにしてください』
だからあまり悲しみを引きずらないようにしてください』
そうかもしれない。
魂は肉体を失ってもまた新しい肉体を与えられて、別の命を生きることができるのだから。
そう頭ではわかっていても、目の前であれほどの衝撃を与えられて、はいそうですかと前を向けるほど、私はきっと強くない。
『あなたたちはこれを教訓に次に進まなければなりません。
悲しんでいる時間はあまりないのです。
急がなければ、今度こそ取り返しがつかないことになるでしょうから』
ぼんやりとその言葉が胸にしみ込んでくる。
次に進まなければならない。
それはもしかしたらしあわせなことかもしれない。
もしそんな役割を与えてもらわなければ、私は永遠にこの場所から立ち上がることができないかもしれないから。
『これからのためにみなさんが知る必要があることを、今から順にお見せしますの で、しっかり魂に焼き付けてください』
うなだれていたその場の人たちは、ひとり、またひとりと顔を上げはじめた。
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