六枚目のコイン

つぶやき、趣味,占星術,

ジョンレノン滅後40年

2020年12月09日 18時03分19秒 | つぶやき
1980年12月8日、
ジョンレノンがチャップマンの凶弾に倒れたのは、
思い返せば、昨日だったんですね。

あれは1980年。
この年は、
私にとって深い意味を持つ年なんですけれども、
 私がジョンの唄を歌わなくなって、もう長くなりまます。
ですが、
久しぶりに聴くと、
やっぱり良いですね。

あれから、その間、
巷ではヘビイメタルやそれこそいろんな音楽が、
一時の熱狂を虜にして、流行り廃れて来ました。

そして、
全ての流行り歌が、総括の中にまとめられた今、
心から安らげるのは、ジョンの唄。

普段の彼もまた穏やかで、
かつユーモアを以て人を笑わせるような、
優しい人だった。

だけど、彼の唄ほど優しさを感じさせるものはない。
そして今ほど、
時代を越えて、
彼の唄を人々が求める時代もないのかも知れない。

やっと、
誰もが、ジョンの唄の意味に気づいた。
誰もが、世界の平和を心から望む時代になった。

Queenのブライアンメイが、
あるコンサートで、
12弦ギターを抱えて『イマジン』を歌っていた。

次に、
その後を継いでポールロジャースが歌った。
こぶしを効かせて歌うポールロジャースが、
それこそシンプルなイマジンを歌っていた。
やはり彼は巧いなと思いながら聴いた。

そんなことを思いながら、
あの二度と現れない「ビートルズ」をまとめ上げて、
数々の名曲を世に出したジョンレノン。

ジョンレノンは時を超えたヒーローなんだね。
あれだけ、人としての優しさを説いたミュージシャンは、
なかなかいないと思う。

昨日の命日に書くべきだったのに、
忘れていたから、
今日ここで書いたしだいです。

安らかなれ、ジョンの魂よ!



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Victory(勝利)❗

2020年12月07日 06時04分25秒 | 未来
最近、洗い出しとか、流れ出すとかの言葉が、
私のブログで頻発に見られるので、
新鮮味が感じられないようで、
前回の私のブログは、
好評ではなかったかも知れないと思ったのですが、
 
それにもめげず、今回も使用します。
「溶け出す!」

 どうですか?

一体、どういうように違うんだと?
何が溶けるのかですよ。

カルマ(悪業)が溶け出す!

ね?
こう書くと分かりますね。
我が因縁が、ゆっくりと人生の流れに、穏やかに溶けて、
私のこれまでの修行の結果を証明するように、

私の目の前をたゆたうように流れている。

そして、
出てきた言葉は〈勝利❗〉。

待ってましたよ。
挫けないで、理不尽に負けないで、しっかり続けてきた行為に対しての、正当なる「報い」。

 それが➡〈勝利〉として帰ってきたんだ。
そう思う。


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運命の洗い出し!

2020年12月06日 13時07分30秒 | 未来
若いころ、
肉体は自分そのものだった。
まず、
顔を見れば自分だと思った。
髪の毛は黒いだとか、
白人の女の子が金髪で憧れるだとか、
鼻が短くて不細工だとか、
背が低くてもっと伸びたいとか、
あいつ走るの速くて、かっこいいなあと感心したり、
なんだかんだと、
外見の判断が人そのものの価値になることがほとんどだった。

ところが、❗
心は自由になって、肉体に関して無頓着になってしまった。
肉体は自分そのものではなくなった。
少なくとも、
顔の造りがどうだとか、
歯の並びがどうだとか、
皺が増えてきたとか、
そんなことはあまり気にならなくなった。

いつしか、肉体は自分そのものではなくなっていたんだ。

だが、
肉体は相変わらずに、私の生命を支配している。

今回、
突然の病を発して、生命の危機を感じた。
生命の危機とは、肉体の危機を指している。

 そのまま静かに安らかに亡くなるのであれば、
すーっと行っても良いかも?なんて思った。

だが、呼吸困難に陥って、
苦しみながら亡くなると、これは困ると思って、救急車を呼んだ。
 ところで、
私の母方の祖母の兄に当たる方が、65才で心不全で亡くなっている。
私と同じような生き方の人だったので、
以前から、
この人の「運命の反復」を自分が繰り返しているのではないかという危惧を抱いていたが、
人生のサイクルとか、心の状態から見て、
多分、「生命の危機」期間に入っているだろうことは感じる。

今回の件で、それは多分間違いないと思う。

これを「運命の洗い出し」現象と呼んでも良いかと思う。 
運命を疑似的に、おのれの人生上に出していくことで、
 決定的な宿命が動くところを変えてしまう。

 それが今回の入院騒ぎとなったと私は解釈している。

人はさまざまな関係の中で、人生を生きている。
生きるとは、他人との関係を持つということだ。
そして、
関係を持つことは、他者との因縁とつき合うということだ。
そして、
他者の持つ「気」というものと接していくことだ。
他者の気の質や内容や強さや、
そんなものの影響を受け続けることだ。

病気の元は「ストレス」にあるという。
それに負けることが、ストレスにやられるということなのだ。
気の圧力とでも言おうか。

 だから、
人は「気」の質や内容や強さが高められなければならない。
これは、人生を逞しく、そして成功するためには、必要なことなのである。 

そこで、
  • 因縁解脱の行は、結論として、運命の洗い出しも行ってくれるんだと、改めて実感しているしだいだ。

🌟 人生成功には、因縁解脱は必須の行である。❗

【今回の教訓】
肉体は精神の乗り物であると同時に、我そのものでもある。
大事にしよう!



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健康について!

2020年12月04日 07時34分30秒 | つぶやき

本日は、
健康について述べさせていただこうと考えております。

 というのも、
私たちはとかく、因縁解脱というと、精神的な面に目が向きがちですよね。

そんなことないよ、
肉体の健全な維持は、修行を順調に進めていく上で、欠かせない大事な条件だ。

そう言われる方もおられるでしょう。

全くその通りですね。
私のような内面の充実に重きを置きたがる者からすれば、
往々にして、肉体の重要性を忘れがちになるもので、
それが今回、形になってしまったのです。

人には、持って生まれた宿病といって良い病気があります。
人には死ぬときに、どういう病気で亡くなるのか、
それが決まっているように思われます。
それが今回、わかったように思いましたね。
開祖は早々と、ご自分の宿病というべきご病気の元を断ち切られましたが、
本当に凄い偉業であられます。
 
 ですが、
私たちはなかなか自分の持っている宿命的な病気の元を、断ち切るなんてことは、
まず、至難の技でしょう。

それを今回、感じたのですね。
私たちが生きていく上で、
また、人生を成功に導いていく上で、
肉体や現実というものを疎かにしてはいけない。

当然の事なんですが、
私は地球外転生者としての記憶をけっこう持ち合わせているせいか、
気がつくと、肉体を無視して気持ちだけが先行することがあるんです。
そんなときは、とても反省するのですが、
この世で生きている限りは、
健全な肉体健全な精神を、ともに創らないといけないのです。

あまり当然のことなので、この私の話に、一体なにをわざわざ話にしているのかと、
少し引いておられる方もいることでしょう。
つまり、結論としてはですね、
運命上の因縁解脱と、身体上の因縁解脱。この二つがあるんだと。どちらも切っていかないといけないんだと、改めて思ったということなんですね。

体の因縁については、まずなりやすい原因というものを考えないといけませが、
開祖は口に入るものを選んで食べる事を推奨されますよね。
何を食べるのか、何を食べないのか、これを撰ぶのだと。❗

最小的には、
これからの選択を始められれば良いかと思いますね。

本日は、以上で終わらせて頂きます。





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師走!

2020年12月03日 08時01分11秒 | 未来
いやあ、
今年も残り一か月を切って、
みなさんはどうでしょうか?

本当に大変なことになったなあと、
新型コロナの急拡大と、
アメリカの状況を見ながら、
そう感じますね。

そんな思いを持ちながら、
心はオロオロ状態、
特に具体的に、どうしようとかは考えていなくて、
なんか新しい年が来るのを、ただ待っている。
そんな感じですね。

ただできることは、
最近、少々身体の調子を落としたので、
そのメンテナンスにいそしんでいる。
それで精いっぱいなんですね。

本当に情けないことです。
ただ、
天気は良いですねえ。
それは双手を挙げて、大変喜んでいます。

ところで、
最近、心の整理を始めました。
若いころに作った音楽作品や、
行ったこと、
また、
雑多に積み上げている本を、
一度片づけて、
改めて読んでみたい本だけをの残して、
あとは、
本棚あるいはダンボール詰め込む。

いつ亡くなっても好いように、
この世を去るにあたって、心残りのないように。
そういうすがすがしい気持ちになって、
もう一度、
これからの人生を始めるべきじゃないか?

そう考えたりします。
重荷を背負っていては、
それも難しいからです。
残りの人生を悔いなく歩むために、
これまでの人生に拘らないで、
きれいさっぱりと忘れて、
もう一度、
残りの人生を歩みなおしたい。

これからの時代が彼苛烈なだけに、
本気でやり直したい。
そう思うこのごろです。

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