ロドス島の薔薇

Hic Rhodus, hic saltus.

Hier ist die Rose, hier tanze. 

“歴史の偽造屋”西尾幹二の妄言狂史(Ⅰ)a

2014年02月07日 | 歴史資料


中川八洋掲示板     @中川八洋
http://yatsuhironakagawa.blog.fc2.com/blog-entry-6.html

のサイトに中川八洋氏の論考が投稿されていました。西尾幹二氏に対する批判ですが、現在の保守論壇で西尾幹二氏の果たされている大きな功績はもちろん否定されるものではありません。が、しかし、この中川八洋氏の批判も全く無意味であるとはいえません。西尾幹二氏といえども、もちろん完全無欠ではないからです。とくに西尾幹二氏の最近の論考に戦前の「国家社会主義」の評価に弱点がないか、検討の余地があるとも考えられるからです。いずれにしても、西尾幹二氏や中川八洋氏らの優れた論考を、個人的な参考資料として引用させていただくものです。著作権上に問題があれば削除いたします。

 

“歴史の偽造屋”西尾幹二の妄言狂史(Ⅰ)   
――「東京裁判史観」より百万倍有害な「西尾史観」

筑波大学名誉教授 中 川 八 洋
 
西 尾幹二氏(以下、敬称略)と言えば、「新しい教科書をつくる会」の会長として、その勇名をとどろかせた老耄評論家である。しかし西尾幹二とは、高校生の時 に生涯の職業として小説家を目指そうとしたように、肩書きだけは「学者」になったが、本人の告白どおり、「世間に目立つことが第一」の売文業者として、そ の生涯を終えようとしている。
 中学生用の西尾版『新しい歴史教科書』(扶桑社刊)を、二〇〇一年、西尾幹二から贈呈されて一読した時、その余りのひどさ、つまり洪水のような歴史事実の歪曲と改竄、そして共産党と変らぬ極左一色の立ち位置に、思わず絶句した。
この西尾版『新しい歴史教科書』は、西尾幹二が“歴史音痴”であるのを広く世間に知らしめるものとなった。西尾幹二とは、ニーチェ哲学が全く理解できないように、典型的な“哲学音痴”だから、歴史と併せると“ダブル音痴”ということになる。
歴史と哲学の知見がかくもハチャメチャだから、「知識人」の範疇に入れることはできない。客観的な評価において、「売文業者」に分類するしかない。
本 稿では、西尾幹二の“歴史音痴”を論う積もりはまったく無い。「西尾幹二の歴史関連の大量の雑文が、一言で表現すれば<西尾史観>が、日本国にとっていか に害毒はなはだしいか」を剔抉して、読者・国民の前に提示したいだけである。西尾の歴史にかかわる記述には、歴史破壊の衝動に生きたニーチェと同様に、日 本人から歴史を剥奪する“歴史の脱構築”が基底に潜んでいる。“紛い物のポスト・モダン”であり、「反人間」「反国家」が、無意識だろうが、西尾史観の核 を形成している。
歴史とは、民族の魂を世代を超えて紡いでいくものである。これなくしては、人間は文明の人間ではありえず、その人格に高貴な倫理 道徳は形成されえない。だが、西尾幹二は、この歴史の本義を根底から破壊して、日本国を腐蝕的に溶解・亡国させようとの強い潜在意識が、その走るような速 筆のエネルギー源となっているようである。

第一節 スターリンの世界共産化を擁護する、西尾流詭弁
                ――西尾幹二の“狂妄”大東亜戦争論Ⅰ 


西尾幹二と同じく、(人間の動物化・野蛮化につながる)歴史を人間から剥奪することに全力をあげたのは、誰でもが知っているように、まずは「ルソー→マルク ス/エンゲルス→レーニン→スターリン」の系譜上の哲人群。このほかでは、フランスのポスト・モダン思想系のフーコー/デリダ/ドウルーズらの系譜が重要 だろう。
後者のポスト・モダン系の現代思想家(哲学者)に決定的な影響を与えた一人が、(ルソーやハイデッカーとともに)ニーチェである。ニー チェの『善悪の彼岸(=道徳を廃滅する)』や『道徳の系譜』を読むと、人間をボルトナットか何かの金属にでも改造したいのか、「反人間」「反文明」のニー チェの狂気の情念が迸っていて戦慄する。これと同種の怖さを(中学校用)『新しい歴史教科書』と、その主著者である西尾幹二に感じたのは私だけではあるま い。
現に西尾幹二は、ニーチェと同じく、倫理道徳を憎悪する。日本民族から歴史を剥奪したい西尾は、さらに日本人の人格から倫理道徳も剥奪したいと、彼の極限の異常へと繋がっていく。

スターリンの世界征服・共産化戦略を擁護する西尾幹二 

ほんの少しだが、具体的な例を挙げる。西尾の『新しい歴史教科書』の二八六頁に、次のようなデッチアゲ、つまり“偽造の嘘歴史”が記述されている。

「ルーズヴェルトは、ドイツとの戦争が終わってから三ヶ月以内に、ソ連が対日参戦することをスターリンに求めた」
「このような対日戦争の擬制の一部をソ連に負担させる代償として、ルーズヴェルトは、太平洋憲章の領土不拡大方針に違反して、ソ連に日本領の南樺太と千島列島を与え、」(注1)。

(ス ターリンとルーズヴェルトの私的な合意書である)ヤルタ秘密協定(注2)のことを指しているようだが、日本と満洲の「戦争後」にかかわるヤルタ秘密協定に ついては、一九四五年二月四~十一日の「ヤルタ会談」八日間のうち、二月八日に行なわれ、わずか三十分間で済んだ(午後三時半~四時)。通訳の時間を除け ば、実質的には数分間であった。
つまり、クリミア半島の保養地ヤルタでの米英ソ三巨頭会談は、その一週間のほとんどを、ヤルタ協定(注3)として 発表される、ポーランドなど東ヨーロッパ問題に費やした。実は、ヤルタ秘密協定の内容は、すでに一九四四年十二月十四日、(対日参戦の代償という名目で) スターリンがハリマン米国大使とのモスクワでの協議で、ルーズヴェルトに公式に要求していた(注4)。ヤルタでは、ルーズヴェルトが、このスターリンの要 求(十二月十四日)に「了解する」の旨を発言しただけと解するのが事実に即している。
しかも、ヤルタ秘密協定の内容は、「(ソ連の植民地になって いた)モンゴルは現状維持」の一項目を除き、実は、すべてテヘラン会談(一九四三年十一月)で、スターリンからルーズベルトに提案されていた。それ以前に 米国がソ連に対日参戦を求めていたのは事実だが、その時期を米国の方が「ドイツ降伏後三ヶ月以内」としたり、米国の方が「南樺太やクリル諸島の割譲」を提 案したなどは、余りにひどい創り話である。それらはすべて、スターリンの口から発せられた。いわんや、この捏造内容を前提としての「米国は太平洋憲章に違 反」に至っては、悪質な米国誹謗のための創り話。まるで共産党が書いたもののようである。
日本の領土を不当かつ不法に奪取したヤルタ秘密協定の罪 のすべてが、“悪のソ連(ロシア)とスターリン”にあるのは、疑問の余地なき事実である。スターリンが、このような要求を(脳腫瘍で歩くこともままならず 痴呆症状すら見せる)ルーズベルトに突きつけなければ、南樺太もクリル諸島も日本領土であり続けており、日本が非難すべき対象はスターリンとソ連のみなの は自明すぎる。
また、ヤルタ密約の主犯がソ連・スターリンである事実を転倒してまで擁護する西尾幹二は、日ソ中立条約を侵犯して、満洲や朝鮮北部 そして南樺太から国後・択捉島にまで侵略してきたソ連を非難することが決してない。マルクス・レーニン主義者でない西尾幹二の、この異様なスターリン擁護 /ソ連一辺倒の思考は、どこから形成されたのか。分裂症的思考の問題はいったん脇におき、もう少し西尾幹二の頭の中を覗き込むことにしよう。

ロシアの樺太侵略を正当化する、“ロシアの犬”西尾幹二 

西 尾幹二は、共産党や土居たか子/福島瑞穂の社会党と同じで、心底に、日本を“ロシアの属国”にしたい熱情を強度に秘めている。そうでなければ、次のような 荒唐無稽な嘘歴史/創り話をデッチアゲルことなどしない。なぜなら、この捏造歴史は、ロシアの樺太侵略を何としてでも無実で無関係な英米に転嫁して、侵略 国ロシアの犯罪を隠蔽し無罪放免しようとの意図なしにはできないからだ。『新しい歴史教科書』で、西尾は、こう嘘記述した。

「アメリカやイギリスは、もし日本がロシアと戦争すれば、樺太はおろか北海道まで奪われるだろうと明治政府に警告してきた。…明治新政府はロシアとの衝突を避けるため、一八七五年、ロシアと樺太・千島交換条約を結んだ」(注1)。

このようなデタラメ歴史は、目を疑う。(基本的にはクリミヤ戦争以来、直接的には一八六一年から、一九〇五年の日露戦争の日本勝利までの)十九世紀後半の英国は、アフガニスタンやチベット防衛と同様、“日本国をロシアから防衛すること”が至上の国策だった。
だから、一八六一年に対馬がロシアに占領された時、英国は支那艦隊(のち東洋艦隊/極東艦隊と名称変更)の軍艦を出動させ、無償でその奪還をしてくれた。
香 港を母港とする英国の支那艦隊。それは、日本にとっての“救国艦隊”で、真正の「第二の神風」だった(注5)。ロシアがウラジヲストック(露語発音は「ウ ラジヴォストーク」で、「日本征服」という意味、注6)を太平洋進出の軍港としたのは、一八六〇年十一月に北京条約で沿海州を獲得したのと同時だった。翌 六一年三月、ロシアは直ちに南下策を決行。対馬(芋崎浦)に侵攻し(上陸し)、この地の割譲を要求した。
一九六二年六月、英国公使オールコックは支那艦隊司令官・ホープ提督に諮り、ホープは軍艦二隻(エンカウンター号とリングダブ号)を対馬に派遣し、ロシア軍艦ポサドニック号の対馬退去強制に成功した(同年九月)。
また、日露戦争にあたり、英国は、日本の戦費の工面に全面協力し、日本が新造軍艦を入手できるよう智慧と情報と援護を無償で提供し(注7)、さらにはバルチック艦隊の戦場(東シナ海&日本海)到達を遅らせるべくスウェーズ運河の利用を拒絶した。
日英同盟なくして、日本の対露勝利はなかった。
こ のような英国が、「ロシアに与して、日本に樺太放棄」など万が一にも進言するはずもなかろう。ただ、英国公使パークスが、樺太や北海道の対露防衛に対する 日本の熱意の低さに唖然として、歯がゆさ故に、一八六九年、「せめて北海道の防衛に日本の国力を集中せよ」と助言したことは事実である(注8)。つまり、 パークスの真意は、“樺太も北海道も全力挙げて守れ”というものだった。
“日本一の国賊”川路聖謨が、日本の固有の領土である樺太をロシアの言いなりに下田条約を締結したばかりに、樺太はロシアに半分貢納された。「日露雑居の地」、すなわち「日露共同主権の地」とすることに川路が合意したからである。
下田条約締結の一八五五年二月時点、樺太の居住者は、アイヌ原住民を除けば、“日本人四千名、ロシア人ゼロ名”であった。ロシア人の初の入植は一八五七年の、下田条約の二年後で、しかも、たったの一家族六名だった。
勘定奉行で次席全権(形式上、実際上は首席全権)の川路聖謨は、プチャーチンとの下田交渉で、樺太の実態も情況などもいっさい調べない、(勝海舟や小栗上野介などの本物の大秀才とは異次元の)“学校秀才型の無能な馬鹿”だった。
で きたてホヤホヤの明治新政府が、間宮林蔵や最上徳内などの働きに代表される十九世紀前半の江戸幕府並みに、樺太防衛を再び真剣に考え出すのは、パークス助 言の翌年一八七〇年からである。だが、ロシアは、国内の政治体制づくりで多忙な新政府の弱みにつけこんで樺太を日本に放棄させるべく、囚人や軍隊を投入し て、樺太居住の日本人へのレイプ/掠奪/放火などの暴虐を計画的に繰り返した。新政府の基盤が確立するまで十年ほどはそのままほっとけばよいものを、日本 側は、次第に、樺太を南北で日露二分割できまいかと思案するに至る。“外交音痴”黒田清隆らであった。
日本が米国と接触したのは、この樺太を南北 二分割する外交仲裁を依頼するためだった。だが、米国公使デロングは、樺太について、川路聖謨と同じくチンプンカンプン。そればかりか、太平洋に海軍力も ない(英国のような大国ではない、新興の)まだ準中級国家の米国に、日露仲介力など存在しないのは初めからわかっていたはずだ。
デロングは、意味 不明な回答をして、この仲裁を断った。パナマ運河の開通は一九一四年、米国が初めて太平洋に海軍基地をハワイ(パール・ハーバー)に造ったのが一九一九 年。それより五十年も昔の一八七〇年とはアメリカが、マゼラン海峡の向こう側の国で“非太平洋国家”だった時代。南北戦争が一八六五年に終わったばかり で、国内の再統一がアメリカ政治のすべてであった時代。そんなアメリカに日露仲介を依頼した、その自体、明治新政府の国際感覚が幼児並みの論外だったこと になる。

ところが、西尾幹二は、小説家クズレの面目躍如と、「日本がロシアと戦争すれば…」の嘘話を創作する。日ロ間の外交交渉で樺太を主権分割することが、どうして樺太争奪をめぐる日ロ間の戦争なのか。
歴 史事実をすべて無視してかかる虚言癖が強く、その上デッチアゲを常習とする“歴史の偽造家”西尾幹二は、『偶像の黄昏(=死滅する真理)』のニーチェと同 じく、真実への憎悪が強度である。真実のない世界を夢遊的に彷徨している西尾幹二は、歴史という学問分野には最も不適合な人物である。
上記の教科書記述は、次に続く。

「樺太在住の日本人とロシア人の間では、紛争がたびたびおこった」(注1)。

  ロシアが背後に軍隊を配置した「ロシア暴民による計画的な日本人襲撃」が、どうして「紛争」なのか。西尾は、殺人をした加害者の犯罪行為とそれに抵抗しな がら殺された被害者のこの抵抗を同列・同等なものに扱う。善悪の区別を破壊し、正義・不正義の区別を破壊する狂人ニーチェと同じである。だから西尾は、糾 弾され加罰されるべき加害者(ロシア人)と同情されるべき被害者(日本人)とを差別ができず、それをルソー的な「平等」に扱い、その闘いを「紛争」だと歪 曲する。狂人的に善悪を区別できない者の日本歴史は、必ず「反日」性が濃縮されている。

初期明治日本の迷走外交が屈した、ロシアの樺太侵略 

話が脱線するが、一八七五年の樺太・千島交換条約にいたる、日本国内の対露政策の大混乱の情況と主因とを少し触れて
おこう。樺太に渡航した日本人の最初は、松前藩の藩士、佐藤加茂左衛門と蠣崎蔵人で、一六三五年である。松前藩の樺太統治は、クシュンコタン(大泊)に陣屋を設けた一六七九年が最初である(注9)。
日 本人の(ロシアに対する)樺太防衛論は早く、工藤平助『赤蝦夷(=ロシア)風説考』(一七八三年刊)、林子平『三国通覧図説』(一七八五年刊)、林子平 『海国兵談』(一七九一年刊)、松前平角ほか『蝦夷唐太(=樺太)島之記』(1791年刊)などは、日本の中学生全員が知っておくべきである。日本人作成 の地図が書かれており、日本で樺太防衛意識が高まったかの時期がよくわかる。
もう一つ、日本国民すべてが未来永劫に知っておくべきは、間宮海峡を発見して(一八〇八年)樺太が島であるのを世界初に確定した間宮林蔵の功績や、樺太探検だけではなく樺太防衛で六百名の会津藩兵クシュンコタン駐兵監察になった
(一八〇八年)、最上徳内の功績も忘れてはなるまい。

さ て、話を川路聖謨が締結した(不平等どころではない)“反日の極み”下田条約によって、その後、ロシア兵が大挙して樺太に進駐するばかりか、同条約の 「(北半分がロシア、南半分が日本という)従来のしきたり遵守」条項に反して、次第に樺太南部に公然と出没し日本人を執拗に襲うようになった。さらには日 本側が被護的に統治していたから、従来どおりの生活と慣習堅持の自由が完全に保障されていたアイヌ原住民に対して、ロシア側は“ロシア人の奴隷”として扱 う暴力が日常となった。日本側に助けを求めるアイヌ原住民の事件数は、年々急増した。
これらロシア側の暴力に対して小競り合い対抗を、あと十年ほ どし続けていれば、「樺太の日本単独領有」で完全解決したものを、逆さにも、交渉すれば平和的な共存ができるとの日本国内の紛争解決の日本人感覚で、江戸 幕府は幕府倒壊前夜の一八六七年三月、二名の全権大使(小出大和守/石川駿河守)をもって、わざわざロシアの首都ペテルブルグまで派遣した。
その 結果、なんと逆にロシアに言いなりの、もっとひどい「樺太の潜在主権はロシア、ただし日本側が認めない場合は、日露の雑居の地」という暫定協定「樺太島仮 規則」に調印する破目になった(注10)。日本は“ロシアの属国です”を合意しに行ったも同然のアホバカ外交の典型。この江戸幕府の不要・不急の逆走外交 は、江戸城の明治新政府への明け渡しが一八六八年四月だったから、その一年前だった。

明治新政府は、日本の国益を破壊した「下田条約→樺 太島仮規則」の延長上に、実効支配を目指すロシアの樺太侵略に直面した。が、樺太・択捉・国後島の実態的な防衛参謀本部の任にあった会津藩が鶴ヶ城の落城 (維新政府への開城、一八六八年九月)とともに消滅した日本では、対露防衛・外交の専門家はゼロとなっていた。
しかも明治新政府は、樺太や国後・ 択捉・得撫島などに関心のない薩摩と長州が牛耳っていた。彼らは、コメ生産のための台湾攻略やトロツキー的な朝鮮への革命輸出などマイナーな問題や転倒外 交と、ロシア侵略に対する国土防衛としての樺太防衛という最重要な国防とを天秤にかける、国策の軽重がわからぬお粗末な連中がほとんどだった。
と りわけ、西郷隆盛は、征台論と征韓論を優先すべく、次元が異なる樺太防衛を「せずに放棄せよ」と、反日の暴論をぶつ狂気を一段と濃くしていた。一八七四年 五月の台湾征伐は、翌一八七五年の日本の樺太放棄とコインの裏表の関係にあるのは、いずれも西郷が推進したからだ。西郷の樺太放棄論は、韓国併合をした山 縣有朋とともに、日本の安全毀損では群を抜いて最凶である。
黒田清隆もまた、西郷隆盛と同罪だろう。薩摩藩出身で樺太に無知・無関心でありなが ら、黒田が開拓次官となったそのこと自体、明治新政府の人事の腐敗がかなりのものだったことを示している。黒田清隆は、早々と樺太放棄論の意見書を政府に 出した(一九七一年二月)。明治天皇への上奏文も提出した(一八七三年二月)。
ロシア駐箚公使の榎本武揚による樺太・千島交換条約の締結は、黒田 の樺太放棄論の延長のものであった。ロシアの罠に落ちた川路聖漠の下田条約が、その二十年後、一直線に樺太喪失へとつながっていったことになる。明治新政 府の中で、樺太死守論を主張し続けた“愛国者”丸山作楽(外務大丞)こそ、われわれ日本人が二十一世紀においても学ぶべき対露外交の鑑である。
明治新政府が、「下田条約」と「樺太島仮規則」を、江戸幕府が調印したものだからを理由に全面破棄してさえいれば、いや、それらをそのまましてただ「樺太は日本の固有の領土であるので、ロシアは一兵残らず撤退せよ」と宣言さえしていれば、すべてが解決していた。
なぜならロシアは、クリミヤ戦争の敗北を取り戻すべく、露土戦争(第二次クリミヤ戦争、一八七七~八年)の準備に全ての国力を集中させており、(シベリア鉄道がまだないことからも当たり前すぎるが)樺太での紛争(日本人への暴虐な犯罪行為)を戦争にエスカレートする余裕など全くなかった。アラスカを米国に売却せざるを得なかったのも(一八六七年、七百二十万㌦)、露土戦争のために軍備調達・整備のためだった。
露土戦争の勃発と同時に、樺太からのロシア兵はことごとく消えた。この機を捉えて、(弱小国の米国ではなく、大国の)英仏と共同さえすれば、樺太の日本単独領有を定める新・日露条約なんか容易に締結できた。日英仏の対ロ「逆・三国干渉」である。
し かし、初期明治政府には、一九五六年の鳩山一郎・河野一郎の対ソ叩頭外交を肇とする戦後日本と酷似して、国際情勢やロシア情況を機敏に活用してダイナミッ クに国益擁護する、外交の根幹を堅持できる人材が、政府中枢には不在だった。陸奥宗光や小村寿太郎らは際立つ外交逸材だが、明治中期以降に登場した。
明治維新政府において薩長が要職を独占した弊害が、会津藩の消滅とともに樺太防衛参謀本部も消滅した事態と一緒になって、日本が樺太を喪失していく主因となった。

第二節 「個人の蔵書/図書館の蔵書は、没収してはいけない」が、どうして“焚書”になるのか 

『GHQ焚書』を七巻も出したことにおいて、狂妄の嘘で固める西尾幹二の歴史偽造の「業績」は、他の追随を許さない。歴史偽造では日本最大最凶の量を誇る共産党に対してすら、西尾幹二だけは例外的に優劣を争っている。
まず、本のタイトル『GHQ焚書』からして、極端にキワモノの歴史偽造がわかる。西尾幹二の歴史偽造癖は、確信犯の犯罪のレベルで、万引き犯や放火犯の常習者などに見られる精神医学上の病気と同じだと診てよい。
七年間占領行政を行ったGHQにかかわる歴史において、真実は、GHQは日本において“焚書”など全くしてない。“焚書”を断じてしなかったGHQを虚構「焚書犯」に仕立て上げて執拗な糾弾をするとは、冤罪をでっち上げようとの悪意の“犯意”なしにはできない。
事実や真実を憎悪する西尾幹二はまた、無実の他人や他国を中傷誹謗する病的な常習者であって、その中傷誹謗のレベルは、ならず者ですら足元に及ばない。

「焚書となる爆撃は絶対に禁止する」ーー米軍の東京空襲B29部隊への命令

個人蔵書や教育機関などの蔵書を人類の中でもっとも重視し尊重するアングロサクソンの書籍文化の系譜にある米国は、洋食が日常の食事の過半を占めてもなお日本人が箸でご飯を食べ続ける文化が強固であるように、書籍の焚書など決してできない。
だ から、大東亜戦争の戦争中、東京を焼け野原にするのだから必ず焚書に至るはずの東京空襲において、米軍は、神田の古本街や日比谷図書館など、本があるとい う理由で、それらのある地域を「B29の空襲(ナパーム弾による焼却)の対象から外せ、との爆撃命令」を出した。これは(風向きによっては爆撃しなくとも 延焼が起きるので)爆撃射手としては極めて難しい技術だが、全機・全パイロット全員が、この命令を忠実に履行した。だから、神田の古本屋街は無傷・無焼 だった。高度一万㍍からの爆撃能力も高いのにも驚くが、「本を焼くな!」のアングロサクソンの書籍文化/米国の書籍文化にも敬意の念をもって驚かざるを得 ない。
だから、GHQが叛乱防止を主眼としての“占領行政として図書没収”という占領検閲行政において、「個人蔵書は対象外」「教育機関・公共図書館の蔵書も対象外」とした。個人と図書館からは、一冊も図書没収をしなかった。占領期の日本人で、戦前・戦時中のいかなる図書であれ読みたくて読めなかった者は、七千万人の中、ゼロであった。

だが、生来の虚言癖がひどい上に、何らかの精神上の錯乱症状が顕著な西尾幹二は、市販本のみを対象としてGHQ(軍事諜報部参謀部民間検閲支隊)が“秘密裏の没収”を命じた、いわゆる「市販本に限る没収指定図書」について、「焚書だ!」「焚書だ!」と大騒ぎをする。「流通機構に乗せてはならない」「販売してはならない」「読みたいならば、日本人は図書館などから借りて読め」との命令が、どうして“焚書”なのか。
粗にして雑もここまで書けないレベルで、この(真赤な嘘ばかり以上に)歴史の巨大偽造を意図した、非学問の低級な嘘宣伝本七冊が、“日本人の恥さらし”西尾幹二著『GHQ焚書図書開封』である。

GHQの市販禁止通達は秘密――「市販禁止」など知らない国民は誰でも、学校の図書館で該当本を読んでいた 

GHQからこの「指定図書の没収」を担当させられた文部省は、一九四八年、「文部次官通達」を各県知事に出した。次のように書かれている。

 「没収は書店、発行所、印刷所等の販売および輸送経路上にあるものについて行なうのであって、個人や図書館のもの(蔵書)は除外されるのは今まで通り」(注1)。

つ まり、戦前・戦中に発行された本のうち数千冊が、この通達によって、“市中の書店での販売が禁止された”。が、もともと一九四五年八月の玉音放送を境に、 これらの本の多くは全く売れないので書店ではすでに販売していなかった。いや、都市や街が空襲のナパーム弾で焼けた以上、本屋の多くは他の商店や住宅とと もに焼けて存在していなかった。
だから、GHQの「市販禁止」で特段困った書店がそもそも存在しなかった。また、日本人は食うことと瓦礫の片付け や復興に忙しく、本を買ってまで読書する、そんな余裕はなかった。この市販禁止で不自由したものは、焼け残った倉庫に在庫を保管していた出版社を除いて、 実は日本中一人もいなかった。

GHQは何という無意味・無駄きわまる占領政策をしたものかと首を傾げざるを得ない。また、上記の「文部次 官通達」を知る国民など、各都道府県の警察幹部と業務命令を受けた県庁・市町村役場の職員から選ばれた「没収官」を除き、誰もいなかった。なぜなら、この 「市販本没収」そのものが、一般国民には知らせてはならない「秘密」に指定されていたからだ。
そもそも、戦前・戦中の八千冊ほどの本を読む/ チェックするものは、現代史を職業とする私のような大学人に限られている。おそらく、全国で、これらの「市販禁止図書」を次から次に読み漁る必要があった (私と同等・同様な研究者の)日本人は、戦後約七十年間を通じて、百名もいまい。
なお私は、これらのGHQ市販禁止図書の多く(ほとんどは荒読み で二千点近く)を読破・チェックした。これら二千点は、三つ四つの図書館と古本屋からすべてを手にすることができ、手にすることのできない本など一冊とし てなかった。日本中の現代史の研究者で不自由したものも一人もいない。
「焚書だ!」と叫ぶ西尾幹二自身、それが真赤な嘘で事実無根の妄想なのは、とくと自覚している。歴史の真実は守られなければならず、焚書でないのに「焚書だ!」との嘘を意識して流言した罪で、西尾幹二の方を焚刑に処す方を検討すべきある。
GHQ による秘密(非公然、covert)の“市販本に限る没収”措置によって、日本人が特定の知見を奪われたなどという事態は、万が一にも発生しなかった。福 島セシウムでだれ一人として発癌しない科学的真理と同じく、これらの本はすべて図書館にあるから、日本人の誰も不都合がなかった。これが現実だったし、歴 史の真実である。
だが、西尾幹二は、次のような、あからさまな嘘と創り話を吼える。

a「図書館でも没収が行なわれていた」「図書館からも消された」「公の場から突如いっせいに消えた」
b「たまに見つかっても、この本は読んではいけない禁書だとお達しによって、厭戦感情と食糧難にあえぐ国民の心に縛りがかけられてしまった」(注2、五四頁)。

aが嘘なのは、図書館の蔵書は容認だから、言わずとも明白。bが創り話なのも、「この本は読んでいけないお達し」そのものを国民全員がいっさい知らないのだから、言わずとも明白。“狂気の売文業者”西尾幹二の狂史は、妄言・暴言の何物でもない。
「市販してはいけない」は、「読んでもよいが売ってはいけない」の意味であるように、「読んではいけないお達し」など、GHQ七年史に存在しない。西尾の創り話は、狂犬の襲われた時の戦慄ほどに怖い。

図書館の没収はゼローー西尾が在籍した東京大学総合図書館は、その好例 

aについて西尾がどんなハチャメチャな大嘘をつくか、西尾幹二が通学していた東京大学を例にとって証明しておこう。
彼 が在学した時期の図書目録をつぶさに調査すると、東京大学総合図書館において、西尾幹二が「焚書!」と叫ぶ本で、廃棄されたり処分されたりした本は一冊も ない。当時の東大の学長も図書館長も、「市販禁止本の没収」というGHQ指令それ自体をおよそ知らなかったし、知ればそれは「図書館の蔵書はいっさい従来 のままでよし」だから、それらを廃棄や書棚から外したりをするわけがない。
だが、事実や真実を憎悪し破壊し尽したい、この世はオレ様の嘘だけが存在すればよいのだの狂気に生きる西尾幹二の創り話は、さらに荒唐無稽な妄想へと膨らむ。こうだ。

「東京大学の総合図書館や文学部の図書館は、一九四五年以来、瓦礫に埋まっていた。が、エジプトの王家のミイラの発掘と同じく、ついに二〇〇五年、オレ様によって<発掘された>」(五五頁をわかり易く再記述)、と。

(僕 が人類で初めて月を発見したよと叫ぶ)「月の発見」と同じ、三歳の童子のはしゃぎである。いや、上記の妄想が三歳の童子の言なら、確かにはしゃぎや興奮だ からでことは済む。だが “民族系の知識人”を自認する七十歳を越えた老耄評論家の言説を、はしゃぎとみなすことはできない。狂人による狂気の創り話だと冷静に正しく判定を下す必 要がある。
そもそも、西尾幹二とは、“学術的な本をいっさい読まない/史料をいっさい研究しない”ナラズモノ評論家。学者などとはほど遠い野卑な人種。西尾のような跳びぬけて愚劣・低級な売文業者がどう形成されたかは、かなり永年の疑問だった。
が、東大文学部在学中に、GHQ指定の市販禁止本が東大の図書館に所狭しと並んでいるのを知らない、西尾が典型的な超劣等生であることがかくも鮮やかに照明されて、なんとはなく氷解した。
二〇〇五年の『正論』誌上で西尾が、「オレ様が、二〇〇五年に発掘した」と豪語して列挙した十五冊のうち、次の十二冊は、西尾が在学中の一九五四~六一年でも、それ以降の現在にいたるまで、東大総合図書館に書棚に陳列してあった。

・大東亜戦争調査会『米英挑戦の真相』、毎日新聞社、一九四三年。
・岩田省二『アメリカの反撃と戦略』、三協社、一九四二年。
・大川周明『米英東亜侵略史』、第一書房、一九四二年。
・大東亜戦争調査会『米英の東亜撹乱』、毎日新聞社、一九四三年。
・B・クラーク『真珠湾』、鱒書房、一九四三年。
・加藤長雄『印度民族運動史』、東亜研究所、一九四二年。
・櫻井匡『大東亜回教発展史』、三省堂、一九四三年。
・楊井克巳『蒙古資源経済論』、三笠書房、一九四一年。
・清澤洌『第二時欧洲大戦の研究』、東洋経済出版、一九四〇年。
・朝日時局読本『戦時体制下のソ連』、朝日新聞社、一九三七年。
・ペエツ『対英封鎖論』、中央公論社、一九四一年。
・白柳秀湖『日本民族論』、千倉書房、一九三四年。

東大総合図書館になかったのは、次の三冊のみだが、他の図書館に存在していた。

・神田孝一『思想戦と宣伝』、橘書房、一九三七年。国会図書館にもあった。
・一宮房治郎『大東亜海戦論』、昭和刊行会、一九四三年。国会図書館にもあった。
・棟田博『分隊長の手記』、新小説社、一九三九年。国会図書館に、『続・分隊長の手記』(一九四〇年)『続々・分隊長の手記』(一九四二年)とともにあった。
 
西尾幹二が七年間在籍した東大の図書館でこれらを一冊も手にしなかった事実は、次の西尾の述懐が、心にもない真っ赤な嘘なのを暴露する。

「戦時中の数千点の本がそのまま流通に乗っていたら、やっと開かれた本屋の店頭でわれわれはやはりそれを買って読んだだろう」(五四頁)。

超 劣等生だった西尾は、七年間も東大キャンパスをブラブラしていながら、図書館に行かず、行ってもこれらの本を一冊も読まなかった。とすれば、仮に市販され ていても、西尾幹二がそれをわざわざ買ってまで読むことなど万が一にもありえまい。それなのに、「それを買って読んだはずだ」とは、うすら寒い虚言も度が すぎている。

戦時中からの図書館蔵書本は、「西尾幹二が、二〇〇五年に発掘した」???

歴 史破壊の衝動に生きる西尾幹二は、歴史に関心がない。一九九七年の「新しい歴史教科書をつくる会」の立ち上げの時、本人が私(中川八洋)に明瞭な言葉で傲 然と語ったことだが、「教科書の偏向是正が目的ではない。自分の定年後の評論活動の新しいテーマとして選んだ。僕は何かをいつも書いていないと落ち着かな い」であった。
西尾はまた、二〇〇〇年、私にこう語った。「(自分が作った教科書について)採択など僕はまったく関心はないよ!」と。西尾がつ くった扶桑社版教科書が、五万冊ではなく、たった五二一冊(〇・〇三九%、二〇〇一年九月文部省発表)しか採択されなかった。教科書づくりにおける大敗 北、しかし西尾はしらっとして落ち込まなかった。採択などどうでもいいという、西尾の真意・深層意向とは矛盾していなかったからだ。
それはともか く、まったく「焚書」されなかったが故に、戦後日本に捨てるほどの数で今に至るも手にすることのできる書籍群を、「オレが発見した」「オレ様が発掘者だ」 と狂言する西尾幹二の「俄か考古学者」ぶりには、ほとほと絶句する。次の大言壮語の虚偽宣言には、絶句どころか、誰でも嘔吐を催すだろう。

「今回はじめて世に問う七千七百余点の焚書ほど、<閉ざされた言語空間>をはずした外の広さと底深さをありありと示すものはない」(五八頁)。

私 事だが、私が大東亜戦争に本格的に関心をもったのは一九六五年(大学三年生、二十歳)。それ以来、読み慣れてきた数千点の書籍群が、西尾幹二によって「二 〇〇五年、初めて世に問う」書籍だと言われると、私はなんと形容すればよいのか。一九六五年から二〇〇五年までの四十年間に私が手にした約二千冊の 「GHQの市販禁止本」は、幽霊や蜃気楼だと、西尾は主張しているからである。
「オレ様が灰の中から発掘した数千冊の本を初めて世に問う」など、 狂人・西尾幹二の狂言だから、我慢して目を瞑り無視ればよいのだろうか。いや、それでは虚偽歴史が後世に伝染するから、「西尾幹二とは発狂状態の狂言癖者 であって、とてつもなく有害な歴史の偽造に邁進している」との恐ろしい事実を、世間に正しく警告しておくのが、知識人としての私の果たすべき義務であるよ うにも思う。

「GHQが日本人を戦前・戦中の<閉ざされた言語空間>から解放した」
――これが、正しい歴史の真実ではないのか

一 九三二年の五・一五事件以降、日本人の頭は、『朝日新聞』や『改造』『中央公論』その他無数の赤い出版物による洗脳によって「閉ざされた言語空間」(一九 六〇年まで党籍をもつ日本共産党員・江藤淳の「反米」運動スローガン)に監禁されていた。日本人が、それから解放されたのは、一九四五年夏のポツダム宣言 受諾とその後七年間のGHQの占領行政によってであった。これが、歴史の真実で歴史事実であろう。
それなのに西尾は、この歴史事実を逆立ちさせ る。西尾は、マルクス・レーニン主義とスターリン崇拝の「閉ざされた言語空間」に日本人を閉じ込めていた一九三二~四五年の極左思想全盛時代を「正常」だ と考えている。だから、そこから解放されない方が、「外界の世界の広さと底深さを知ることになる」と、“刑務所に収監されている方が、自由の謳歌である” との、ニーチェ的狂気の倒転した言説を嘯ける。
GHQが市販禁止処分に附した七千七百余点の書籍は、すべてではないが、その多くは、日本の国益を 害する“悪魔の書籍”群である。日本人を外の世界と隔絶させて視野狭窄的にマルクス・レーニン主義に洗脳し、スターリンを崇拝させ、東アジア全体を共産化 して、日本国を領土と国民とともにソ連に貢がんとする、怖ろしい“悪の反日カルト宗教”の教宣本。
惜しむらくは、GHQが、このようなスタンスに 立って、「市販禁止命令」を出さなかったことだ。GHQの「市販禁止本の没収」の目的は、占領行政への何らかの暴力を伴う叛乱防止のためだったが、そのよ うな懸念は一九四八年にはすでに必要がなかった。とりわけ西尾幹二によって、かくも怖ろしい歴史偽造に悪用されるのだから、GHQは、杞憂に過ぎない「市 販禁止本の没収」などすべきでなかった。
GHQの目的がかくもお門違いだったことが、戦後日本で、逆に「市販禁止本」をイデオロギー的に継承する岩波書店ほか無数の極左出版社による洪水のような大量の共産主義系の書籍が出版されるのを放任する状況をつくった。すでに三世代を経た今も日本人が「市販禁止没収本の呪縛」 から洗浄されず、二十一世紀に入ってなお国防を忘れ、日本国の未来への永続と繁栄への努力を弊履のごとく捨て、亡国への道である放蕩的な堕落を享楽し続け ているのは、「市販禁止本」とされた悪書の赤化思想を継承した、その二代目三代目の“悪魔の書籍”群の成果ではないか。
この意味で、GHQが去っ た後、直ちに日本国としては、これら「市販禁止本」の約半分ぐらいは異論なく該当するが、「市販禁止本」の対象とならなかったほぼ同数の「反日」極左本を 新たに追加して、それらの著者と出版社を「国家反逆罪」に類する法律で処罰する法令を立法して断罪しておくべきだった。
 
続く
 
※ 出典
 中川八洋掲示板  @中川八洋
http://yatsuhironakagawa.blog.fc2.com/blog-entry-6.html
 
 
 
 

 

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NHK世論調査2007年12月「憲法改正論議と国民の意識」

2013年07月22日 | 憲法論資料

 

憲法改正論議と国民の意識

 

 

昭和22年に日本国憲法が施行されて、今年でちょうど60年なる。今年5月には、憲法改正に強い意欲を示した安倍政権のも とで、憲法改正の手続きを定めた国民投票法が成立した。放送文化研究所は、8月に「憲法に関する世論調査」を実施し、調査結果の一部は8月15日放送の討 論番組『日本の、これから~考えてみませんか?憲法9条~』で紹介された。

 

調査は、8月3日(金)~5日(日)の3日間、全国の18歳以上の2,458人に対し電話法(RDD)で実施し、58.3%にあたる1,486人から回答を得た。

調査結果によると、憲法改正の是非については「改正する必要があると思う」と答えた人は、41%で、「改正する必要はない と思う」の24%を大きく上回った。憲法改正が必要と答えた人にその理由を尋ねたところ、「時代が変わって対応できない問題がでてきたから」が、73%で 最も多く、次いで「国際社会での役割を果たすために必要だから」(18%)、「アメリカに押しつけられた憲法だから」(7%)の順であった。

一方、憲法9条の改正の是非については、「改正する必要があると思う」と答えた人は28%、「改正する必要はないと思う」 が41%で、憲法改正の是非とは逆に、「改正の必要がない」と答える人の方が多かった。「改正が必要」と答えた人にその理由を聞いたところ、「自衛力を持 てることを憲法にはっきり、書くべきだから」(41%)、「国連を中心とする軍事活動にも参加できるようにすべきだから」(33%)などであった。一方、 「改正の必要がない」という人の理由は、「平和憲法として最も大事な条文だから」(66%)、「海外での武力行使の歯止めがなくなるから」(16%)など であった。

また、政府が有識者の懇談会を設けて議論を進めている集団的自衛権の意味については、49%が「知らない」と答え、憲法改正の議論の土台ともなる情報が、必ずしも国民の間に広く伝わっていない実態も明らかになった。

 

担当部長 塩田幸司

※その他参考資料

Hashigozakura

※NHK世論調査「憲法改正」⇒「必要あると思う」42%、「必要はないと思う」16%で6年前より8ポイント低くい。「どちらともいえない」が39%。 5月3日は憲法記念日です… | Hashigozakura http://p.tl/vwtp

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統制派

2013年07月16日 | 歴史資料

 

統制派

 

統制派(とうせいは)は、大日本帝国陸軍内にかつて存在した派閥。当初は暴力革命的手段による国家革新を企図していたが[1]、あくまでも国家改造のため直接行動も辞さなかった皇道派青年将校と異なり、その態度を一変し、陸軍大臣を通じて政治上の要望を実現するという合法的な形で、列強に対抗し得る高度国防国家の建設を目指した。

目次

内容

天皇親政の強化や財閥規制など政治への深い不満・関与を旗印に結成され陸大出身者がほとんどいなかった皇道派に対し、陸大出身者が主体で軍内の規律統制の尊重という意味から統制派と呼ばれる。皇道派の中心人物である荒木貞夫が陸相に就任した犬養内閣時に断行された露骨な皇道派優遇人事に反発した陸軍中堅層が結集した派閥とされるが、皇道派のような明確なリーダーや指導者は居らず、初期の中心人物と目される永田鉄山も軍内での派閥行動には否定的な考えをもっており、「非皇道派=統制派」が実態だとする考え方も存在する。ただ永田亡き後、統制派の中心人物とされた東條英機などの行動や主張が、そのまま統制派の主張とされることが多い。

二・二六事件に失敗・挫折した皇道派の著しい勢力弱体や世界の列強各国での集産主義台頭、他、世界恐慌に対し有効性を示したブロック経済への羨望が進むにつれ、当初の結成目的・本分から徐々に外れ、合法的に政府に圧力を加えたり、あるいは持論にそぐわない政府の外交政策に対し統帥権干犯を盾に公然と非協力な態度・行動をとったりサボタージュも厭わない軍閥へと変容していった。革新官僚とも繋がりを持つ軍内の近代派であり、近代的な軍備や産業機構の整備に基づく、総力戦に対応した高度国防国家を構想した。旧桜会系統の参謀本部陸軍省の佐官クラスの幕僚将校を中心に支持されていた。中心人物は永田鉄山、東條英機。

対立している皇道派が反ソ・反共を掲げ、右派色が強かったのに対して、統制派は南進論と中国への一撃を主張し、英米を敵とし、ソ連との不可侵条約の締結を推進した。永田の愛弟子で統制派の理論的指導者である池田純久が『陸軍当面の非常時政策』で「近代国家に於ける最大最強のオルガナイザーにして且つアジテーターはレーニンが力説し全世界の共産党員が実践して効果を煽動したるジャーナリズムなり、軍部はこのジャーナリズムの宣伝煽動の機能を計画的に効果的に利用すべし」と主張しているように、統制派は『太平洋五十年戦略方針』などの編集で細川嘉六中西功平野義太郎共産主義運動に詳しい人物を積極的に起用した[2]。また、池田純久が『国防の本義と其強化の提唱』にて「われわれ統制派の最初に作成した国家革新案は、やはり一種の暴力革命的色彩があった」と述べているように、最初から合法性に依っていたわけではなかった。

中心人物の永田鉄山が皇道派の相沢三郎陸軍中佐に暗殺された(相沢事件)後、皇道派との対立を激化させる。この後、皇道派による二・二六事件が鎮圧されると、皇道派将校は予備役に追いやられた。さらに退役した皇道派の将校が陸軍大臣になることを阻むべく軍部大臣現役武官制を 復活させ、これにより陸軍内での対立は統制派の勝利という形で一応の終息をみる。その後、陸軍内での勢力を急速に拡大し、軍部大臣現役武官制を利用して陸 軍に非協力的な内閣を倒閣するなど政治色を増し、最終的に、永田鉄山の死後に統制派の首領となった東条英機の下で、実際に存在した共産国家に近く全体主義色の強い東條内閣を成立させるに至る。

関連項目

外部リンク

脚注

  1. ^ 池田純久 『日本の曲り角』 千城出版 1968年
  2. ^ 国民のための大東亜戦争正統抄史 1928-56戦争の天才と謀略の天才の戦い 79~87近衛上奏文解説
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皇道派

2013年07月16日 | 歴史資料

 

皇道派


皇道派(こうどうは)は、大日本帝国陸軍内にかつて存在した派閥。北一輝らの影響を受けて、天皇親政の下での国家改造(昭和維新)を目指し、対外的にはソビエト連邦との対決を志向した。


目次

    1 名称と概説
    2 誕生
    3 行動
    4 凋落
    5 関連項目

1 名称と概説

名前の由来は、理論的な指導者と目される荒木貞夫が日本軍を「皇軍」と呼び、政財界(皇道派の理屈では「君側の奸」)を排除して天皇親政による国家改造を説いたことによる。荒木が陸軍大臣に就任した犬養内閣時に陸軍内の主導権を握ると、三月事件、十月事件の首謀者を中央から退けたが、この処置が露骨な皇道派優遇人事として多くの中堅幕僚層の反発を招く。これら非皇道派の中堅幕僚層は、後に永田鉄山や東條英機を中心に統制派として纏まり、陸軍中枢部から皇道派は排除されていくことになる。両派の路線対立はこの後も続くが、軍中央を押さえた統制派に対して、皇道派は若手将校による過激な暴発事件(相沢事件や二・二六事件など)を引き起こして衰退していくことになる。

二・二六事件で決起した青年将校らは、皇道派ではなく国体原理派を自任しており、彼らの決起をいさめ、大川周明や北一輝、西田税などに近づくことを禁止する真崎甚三郎を、昭和維新を解さぬ耄碌者視するほどであった。

2 誕生

荒木が真崎甚三郎と共に、皇道派をつくりあげる基盤は、宇垣一成陸相の下で、いわゆる宇垣軍縮が実施された時期に生まれたと言える。

宇垣は永田鉄山を陸軍省動員課長に据え、地上兵力から4個師団約9万人を削減した。その浮いた予算で、航空機・戦車部隊を新設し、歩兵に軽機関銃・重機関銃・曲射砲を装備するなど軍の近代化を推し進めた。

永田は、第一次世界大戦の観戦武官として、ヨーロッパ諸国の軍事力のあり方や、物資の生産、資源などを組織的に戦争に集中する総力戦体制を目の当たりにし、日本の軍備や政治・経済体制の遅れを痛感した。宇垣軍縮は軍事予算の縮小を求める世論におされながら、この遅れを挽回しようとするものであった。統制派の考え方はこの流れをくむものである。

一方、宇垣が軍の実権を握っている間、荒木・真崎らは宇垣閥外の人物として冷遇されていた。荒木は1918年のシベリア出兵当時、シベリア派遣軍参謀であったが、この時に革命直後のロシアの混乱や後進性を見る一方で、赤軍の「鉄の規律」や勇敢さに驚かされた。そのため荒木は反ソ・反共の右派的体質を身につけただけでなく、ソヴィエトの軍事・経済建設が進む前にこれと戦い、シベリア周辺から撃退し、ここを日本の支配下に置くべきであるという、対ソ主戦論者となった。

折から、佐官・尉官クラスの青年将校の間に『国家改造』運動が広がってきた。その動機は、

    ソビエトが1928年にはじまる第一次五ヶ年計画を成功させると、日本軍が満州を占領することも、対ソ攻撃を開始することも不可能になるので、一刻も早く対ソ攻撃の拠点として満州を確保しようとする焦り。
    軍縮のため将校達の昇進が遅れ、待遇も以前と比べて悪化しそれに対する不平・不満が激化したこと。
    農村の恐慌や不況のため、農民出身者の兵士の中に共産主義に共鳴する者が増加し、軍の規律が動揺するのではないかという危機感を将校達に与えたこと。
    農村の指導層(地主・教師・社家・寺族・商家など)出身の青年将校の中には、幼馴染や部下の兵の実家・姉妹が零落したり「身売り」されたりするなど、農村の悲惨な実態を身近で見聞きしていた者が多かったため。

などである。

青年将校らは、このような状況を作り出しているのが、宇垣ら軍閥を始め、財閥・重臣・官僚閥であると考えたのである。

1931年11月、十月事件の圧力を背景に、犬養内閣で荒木が陸相に就任すると、真崎嫌いで知られる金谷範三参謀総長を軍事参議官に廻し、後任に閑院宮載仁親王を引き出す。ついで1932年1月に台湾軍司令官の真崎を参謀次長として呼び戻し、参謀本部の実権を握らせた。一方で杉山元、二宮治重らの宇垣側近を中央から遠ざけ、次官に柳川平助、軍務局長に山岡重厚を配する等、自派の勢力拡大を図った。人事局長の松浦淳六郎、軍事課長の山下奉文もこの系譜につながる。荒木は尉官クラスに官邸で連日のように酒を振る舞うなど、武力による「維新」を企てる青年将校らを鼓舞し、その支持を集めた。

荒木や真崎は、日露戦争時期を理想化し、日本をその状態に復帰させることが、軍の拡大強化や対ソ戦を早く決行できる所以だと考えた。ここから、「君側の奸」を討ち、「国体を明徴」にし、「天皇親政」を実現すべしという思想が引き出される。このような思想を抱く荒木らに対し、青年将校らは「無私誠忠の人格」として崇敬した。これが皇道派である。

3 行動

この派は荒木・真崎をシンボルとし、前述の将官の他、1932年(昭和7)2月に参謀本部第二課長(作戦担当)ついで第三部長(運輸・通信担当)となった小畑敏四郎、憲兵司令官ついで第二師団長となった秦真次、小畑の後任の作戦課長である鈴木率道、陸大教官の満井佐吉らが首脳部をなしていたが、省部の中堅将校からはほとんど孤立した存在であった。皇道派が「国家革新」の切り札と頼む武力発動の計画に当たったのは、村中孝次・磯部浅一ら尉官クラスの青年将校団である。

皇道派青年将校がクーデター計画に狂奔したのは、彼らが省部中央に近い統制派ほどに具体的な情勢判断と方針を持たず、互いに天皇への忠誠を誓い、結果を顧みずに「捨石」たらんとしたという思想的特質にもよる。

青年将校らは自分たちの行動を起こした後は、「陛下の下に一切を挙げておまかせすること」(※2・26事件の首謀者の一人、栗原安秀中尉の尋問調書より)に期待するのみであった。相沢三郎中佐は、法廷で検察官の質問に答え「国家革新ということは絶対にない。いやしくも日本国民に革新はない。大御心に拠ってそのことを翼賛し奉ることである」と述べている。したがって彼等は「革命」「クーデター」という概念すら拒絶していた。

また、彼らの信頼を集めた荒木や真崎も、自分たちが首班となって内閣をつくることを予期するだけで、その後の計画も無く、各方面の強力な支持者もいなかった。とくに財閥や官僚には皇道派を危険視する空気が強く、彼らが政権を担当する条件そのものが欠落していたのである。

それだけに、成果の見込みの有無を問わず危険な行動に走るという特徴が表面に現れた。その特徴こそ、軍部・官僚・財閥のファッショ的支配を押し進める露払いの役割を果たしたのである。もともと荒木が陸相に就任したこと自体、三月事件・十月事件で政党首脳が恐怖を感じた結果であった。

真崎は教育総監時代、天皇機関説排斥運動の中心となり、政党政治の最後の拠り所までも粉砕する役割を果たした。五・一五事件や相沢事件の公判は、裁判所を軍国主義の扇動を行う舞台に代え、国民に排外主義、国粋主義を浸透させる有力な機会として十分に利用された。この直後に引き起こされた二・二六事件は更に準戦時体制へと途を開くのである。

4 凋落

荒木は犬養内閣、さらに齋藤内閣において陸相をつとめたが、もともと軍令・教育畑が長く政治力に欠けるところがあり、高橋是清蔵相との陸軍予算折衝でも成果を挙げることが出来なかった。また側近の多くも軍政経験が乏しく、荒木を十分に補佐したとは言い難い。このため大臣末期には省部中堅の信を失い、青年将校からは突き上げを食うなど閉塞状況に陥った。結局は1934年1月、酒を飲み過ぎて風邪をこじらせ、肺炎となり陸相を辞任する。荒木は後任陸相に真崎参謀次長を推薦したが、真崎の独断に閉口していた閑院宮参謀総長に反対され、林銑十郎教育総監が陸相となり、真崎はその後任に回った。柳川以下の皇道派幕僚も相次いで中央を去り、さらに同年11月には青年将校らによる士官学校事件が起こり、これを契機に統制派による真崎排除の機運が高まる。1935年7月、林と閑院宮は三長官会議において強引に真崎を更迭、後任に渡辺錠太郎を据えた。荒木の辞職、真崎の更迭によって皇道派は中央での基盤を失い、青年将校を中心に相沢事件を経て二・二六事件の暴発につながる。その後、1936年から翌年にかけての、大規模な粛軍人事によって皇道派はほぼ壊滅した。現役に残ったのは山下奉文、鈴木率道ら少数の者に過ぎなかった。

なお大戦末期の1944年、昭和天皇に木戸内大臣を通じて、「戦争指導に行き詰まり、経済、社会の赤化に向う東條とその側近に代えて、予備役の皇道派将官を起用すべき」と奏した近衛文麿に対し、天皇は次のように論駁している。「第一、真崎は参謀次長の際、国内改革案のごときものを得意になりて示す。そのなかに国家社会主義ならざるべからずという字句がありて、訂正を求めたることあり。また彼の教育総監時代の方針により養成せられし者が、今日の共産主義的 という中堅将校なり。第二、柳川は二・二六直前まで第1師団長たりしも、幕下将校の蠢動を遂に抑うこと能わざりき。ただ彼は良き参謀あれば仕事を為すを得 べきも、力量は方面軍司令官迄の人物にあらざるか。第三、小畑は陸軍大学校長の折、満井佐吉をつかむことを得ず。作戦家として見るべきもの有るも、軍司令 官程度の人物ならん。以上これらの点につき、近衛は研究しありや否や」(木戸幸一日記)。


5 関連項目

    昭和維新
    北一輝
    二・二六事件
    相沢事件
    国家社会主義#国家社会主義(日本)
    統制派
    満州派 (大日本帝国陸軍)
    皇国史観
    ファシズム
    原理日本社


二・二六事件
対立    
皇道派:荒木貞夫 - 真崎甚三郎 - 小畑敏四郎※
統制派:永田鉄山※ - 東條英機※ - 池田純久 - 片倉衷
(※は陸軍からの薩長閥排除を目指した「バーデン=バーデンの密約」参加者)
主な首謀者    
野中四郎 - 安藤輝三 - 栗原安秀 - 中橋基明 - 村中孝次 - 磯部浅一 - 北一輝 - 西田税
主な被害者    
岡田啓介 - 松尾伝蔵(死亡) - 高橋是清(死亡) - 斎藤實(死亡) - 鈴木貫太郎 - 渡辺錠太郎(死亡) - 牧野伸顕
関係者    
昭和天皇 - 西園寺公望 - 川島義之 - 本庄繁 - 香椎浩平 - 山下奉文 - 広田弘毅

関連項目:陸軍士官学校事件 - 相沢事件 - 軍部大臣現役武官制 - 昭和維新 - 五・一五事件


カテゴリ:

    君主主義
    天皇制
    大日本帝国陸軍
    二・二六事件
    昭和維新
    皇道派

※出典

皇道派 - Wikipedia http://p.tl/-5uu

 

 

 

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日本共産党の日本人民共和国憲法(草案)

2013年07月04日 | 憲法論資料

 

十 日本共産党の日本人民共和国憲法(草案)(一九四六、六、二九発表)

前文
第一章 日本人民共和国
第二章 人民の基本的権利と義務
第三章 国会
第四章 政府
第五章 国家財政
第六章 地方制度
第七章 司法
第八章 公務員
第九章 憲法改正

前文

天皇制支配体制によつてもたらされたものは、無謀な帝国主義侵略戦争、人類の生命と財産の大規模な破壊、人民大衆の悲惨にみちた窮乏と飢餓とであつた。こ の天皇制は欽定憲法によつて法制化されてゐた様に、天皇が絶対権力を握り人民の権利を徹底的に剥奪した。それは特権身分である天皇を頂点として、軍閥と官 僚によつて武装され、資本家地主のための搾取と抑圧の体制として、勤労人民に君臨し、政治的には奴隷的無権利状態を、経済的には植民地的に低い生活水準 を、文化的には蒙昧と偏見と迷信と盲従とを強制し、無限の苦痛をあたへてきた。これに反対する人民の声は、死と牢獄とをもつて威嚇され弾圧された。この専 制的政治制度は日本民族の自由と福祉とに決定的に相反する。同時にそれは近隣植民地・半植民地諸国の解放にたいする最大の障害であつた。
われらは苦難の現実を通じて、このやうな汚辱と苦痛にみちた専制政治を廃棄し、人民に主権をおく民主主義的制度を建設することが急務であると確信する。こ の方向こそかつて天皇制のもとにひとしく呻吟してきた日本の人民と近隣諸国人民との相互の自由と繁栄にもとづく友愛を決定的に強めるものである。
ここにわれらは、人民の間から選ばれた代表を通じて人民のための政治が行はれるところの人民共和政体の採択を宣言し、この憲法を決定するものである。天皇 制はそれがどんな形をとらうとも、人民の民主主義体制とは絶対に相容れない。天皇制の廃止、寄生地主的土地所有制の廃絶と財閥的独占資本の解体、基本的人 権の確立、人民の政治的自由の保障、人民の経済的福祉の擁護――これらに基調をおく本憲法こそ、日本人民の民主主義的発展と幸福の真の保障となるものであ る。日本人民の圧倒的多数を占める勤労人民大衆を基盤とするこの人民的民主主義体制だけが帝国主義者のくはだてる専制抑圧政治の復活と侵略戦争への野望と を防止し、人民の窮極的解放への道を確実にする。それは人民の民主的祖国としての日本の独立を完成させ、われらの国は国際社会に名誉ある当然の位置を占め るだらう。日本人民はこの憲法に導かれつつ、政治的恐怖と経済的窮乏と文化的貧困からの完全な解放をめざし、全世界の民主主義的な平和愛好国家との恒久の親睦をかため、世界の平和、人類の無限の向上のために、高邁な正義と人道を守りぬくことを誓ふものである。

第一章 日本人民共和国

第一条 日本国は人民共和制国家である。
第二条 日本人民共和国の主権は人民にある。主権は憲法に則つて行使される。
第三条 日本人民共和国の政治は人民の自由な意志にもとづいて選出される議会を基礎として運営される。
第四条 日本人民共和国の経済は封建的寄生的土地所有制の廃止、財閥的独占資本の解体、重要企業ならびに金融機関の人民共和政府による民主主義的規制にもとづき、人民生活の安定と向上とを目的として運営される。
第五条 日本人民共和国はすべての平和愛好諸国と緊密に協力し、民主主義的国際平和機構に参加し、どんな侵略戦争をも支持せず、またこれに参加しない。

第二章 人民の基本的権利と義務

第六条 日本人民共和国のすべての人民は法律の前に平等であり、すべての基本的権利を享有する。
第七条 この憲法の保障する基本的人権は不可侵の権利であつて、これを犯す法律を制定し、命令を発することはできない。
政府が憲法によつて保障された基本的人権を侵害する行為をなし、またかやうな命令を発した場合は人民はこれに服従する義務を負はない。
第八条 人民は日本人民共和国の法律と自己の良心以外にはどんな権威またはどんな特定の個人にたいしても服従または尊敬を強要されることはない。人種、民 族、性別、信教、身分または門地による政治的経済的または社会的特権はすべて廃止され今後設置されえない。皇族、華族の制度はこれを廃止する。称号、勲章 その他の栄典はどんな特権をも伴はない。かやうな栄典の授与はあたへられた者にたいしてのみ効力をもつ。
第九条 人民は民主主義的な一切の言論、出版、集合、結社の自由をもち、労働争議および示威行進の完全な自由を認められる。
この権利を保障するために民主主義的政党ならびに大衆団体にたいし印刷所、用紙、公共建築物、通信手段その他この権利を行使するために必要な物質的条件を提供する。
民主主義的大衆団体の国際的聯繋の自由は保障され助成される。
第十条 人民に信仰と良心の自由を保障するため宗教と国家、宗教と学校は分離され、宗教的礼拝、布教の自由とともに反宗教的宣伝の自由もまた保障される。
第十一条 人民は居住、移転、国外への移住、国籍の離脱ならびに職業選択の自由をもつ。
第十二条 人民の住宅の不可侵と通信の秘密は法律によつて保護される。
第十三条 人民は身体の不可侵を保障され、何人も裁判所の決定または検事の同意なしには逮捕拘禁されることはない。
公務員による拷問および残虐な行為は絶対に禁止される。
第十四条 何人も裁判所で裁判を受ける権利を奪はれず、裁判は迅速公平でなければならない。
第十五条 人民を抑留、拘禁した場合、当該機関は例外なく即時家族もしくは本人の指名する個人に通知しなければならない。また本人の要求があれば拘束の理由は直ちに本人および弁護人の出席する公開の法廷で明示されなくてはならない。
第十六条 何人も自己に不利益な供述をすることを強要されない。強制、拷問または脅迫のもとでの自白もしくは不当に長期にわたる抑留または拘禁の後の自白 は、これを証拠とすることはできない。何人も自己に不利益な自白だけによつては有罪とされず、または刑罰を科せられない。
第十七条 被告人はどんな場合にも弁護の権利を保障され、事件の資料について精通する権利と法廷において自国語で陳述する権利とを保障される。
第十八条 どんな行為もあらかじめ法律によつてこれにたいする罰則を定めたものでなければ刑罰を科せられない。刑罰は犯罪の重要さに応じて科せられる。何人も同一の行為のために二度処罰されることはない。
第十九条 死刑はこれを廃止する。
第二十条 国家は裁判の結果無罪の宣告をうけた被告人にたいしては精神上、物質上の損害を賠償しなければならない。
第二十一条 受刑者の取扱ひは人道的でなければならない。受刑者の労賃と労働時間は一般企業の労働条件を基準として決定される。
女子の被拘禁者にたいしては特にその生理的特性にもとづく給養を保障し、妊娠、分娩の際には衛生的処置を保障しなければならない。
第二十二条 刑罰は受刑者の共和国市民としての社会的再教育を目的とする。受刑者にたいして合法的に科された刑罰を更に加重するやうな取扱を行つた公務員はその責任を問はれる。
第二十三条 受刑者を含む被拘禁者にたいして進歩的民主主義的出版物の看読を禁止することはできない。
第二十四条 勤労にもとづく財産および市民としての生活に必要な財産の使用・受益・処分は法律によつて保障され、その財産は相続を認められる。社会的生産手段の所有は公共の福祉に従属する。財産権は公共の福祉のために必要な場合には法律によつて制限される。
第二十五条 人民は性別を問はずすべての国家機関の公務員に選任される権利をもつ。
第二十六条 人民は個人または団体の利害に関しすべての公共機関に口頭または文書で請願または要求を提出する権利をもつ。何人もこの請願または要求をしたためにどんな差別待遇もうけることはない。
第二十七条 女子は法律的・経済的・社会的および文化的諸分野で男子と完全に平等の権利をもつ。
第二十八条 婚姻は両性の合意によつてのみ成立しかつ男女が平等の権利をもつ完全な一夫一婦を基本とし純潔な家族生活の建設を目的とする。社会生活におい て家長および男子の専横を可能とする非民主的な戸主制ならびに家督相続制はこれを廃止する。夫婦ならびに親族生活において女子にたいする圧迫と無権利とを もたらす法律はすべて廃止される。
第二十九条 寡婦およびすべての生児の生活と権利は国家および公共団体によつて十分に保護される。
第三十条 人民は労働の権利をもつ。すなはち労働の質と量にふさはしい支払をうける仕事につく権利をもつ。この権利は民主主義的経済政策にもとづく失業の 防止、奴隷的雇傭関係および労働条件の排除、同一労働に対する同一賃銀の原則、生活費を基準とする最低賃銀制の設定によつて現実に確保され、労働法規によ つて保障される。
第三十一条 勤労者の団結権、団体交渉・団体協約その他団体行動をする権利は保障される。被傭者は企業の経営に参加する権利をもつ。
第三十二条 労働の期間および条件は労働者の健康、人格的威厳または家庭生活を破壊するものであつてはならない。十八歳以下の未成年者はその身心の発達を阻害する労働にたいして保護され、十六歳以下の幼少年労働は禁止される。
第三十三条 人民は休息の権利をもつ。この権利は一週四十時間労働制、一週一日・一年二週間以上の有給休暇制、休養のための諸施設ならびに労働諸法規によつて保障される。
第三十四条 勤労婦人は国家および雇主からその生理的特性にたいする配慮をうけ、産前産後の有給休暇、母子健康相談所、産院、保育所等の設備によつてその労働と休息の権利を保障される。
第三十五条 人民は老年、疾病、労働災害その他労働能力の喪失および失業の場合に物質的保障をうける権利をもつ。この権利は国家または雇主の負担による労働災害予防設備、社会保険制度の発展、無料施療をはじめとする広汎な療養施設によつて保障される。
第三十六条 家のない人民は国家から住宅を保障される権利をもつ。この権利は国家による新住宅の大量建設、遊休大建築物、大邸宅の開放、借家人の保護によつて保障される。
第三十七条 すべての人民は教育をうけ技能を獲得する機会を保障される。初等および中等学校の教育は義務制とし、費用は全額国庫負担とする。上級学校での就学には一定条件の国庫負担制を実施する。
企業家はその経営の便宜のために被傭者の就学を妨げることはできない。
第三十八条 日本人民共和国は人民の科学的研究、芸術的創造の自由を保障し、人民のあらゆる才能と創意の発展を期し、研究所、実験所、専門的教育機関、文化芸術諸施設を広汎に設置する。
第三十九条 日本人民共和国は民主主義的活動、民族解放運動、学術的活動のゆゑに追究される外国人にたいして国内避難権を与へる。
第四十条 日本人民共和国に居住する外国人の必要な権利は法律によつて保障される。
第四十一条 人民は日本人民共和国の憲法を遵守し、法律を履行し、社会的義務を励行し、共同生活の諸規則に準拠する義務をもつ。

第三章 国会

第四十二条 日本人民共和国の最高の国家機関は国会である。
第四十三条 国会は主権を管理し人民にたいして責任を負ふ。
第四十四条 国会はつぎの事項を管掌する。
一 内外国政に関する基本方策の決定
二 憲法の実行の監視
三 憲法の変更または修正
四 法律の制定
五 予算案の審議と確認
六 政府首席の任免と首席による政府員の任免の確認
七 国会常任幹事会の選挙、国会休会中において常任幹事会の発布した諸法規の確認
八 人民から提出された請願書の裁決
九 日本人民共和国最高検事局検事の任命
十 会計検査院長の任命
十一 各種専門委員会の設置
第四十五条 国会は法律の定める定員数からなる代議員によつて構成される一院制議会である。
第四十六条 日本人民共和国の立法権は国会だけがこれを行使する。
第四十七条 代議員として選挙され、かつ代議員を選挙する資格は、政治上の権利を有する十八歳以上のすべての男女に与へられる。選挙権、被選挙権は定住、資産、信教、性別、民族、教育その他の社会的条件によるどんな差別、制限をも加へられない。
第四十八条 代議員の選挙は比例代表制にもとづき平等、直接、秘密、普通選挙によつて行はれる。
第四十九条 代議員はその選挙区の選挙民にたいして報告の義務を負ふ。選挙民は法律の規定に従つて代議員を召還することができる。
第五十条 国会は四年の任期をもつて選挙される。
第五十一条 国会は代議員の資格を審議する資格審査委員会を選挙する。国会は資格審査委員会の提議により個々の代議員の資格の承認または選挙の無効を決定する。
第五十二条 国会は必要と認めた場合にはすべての問題に関して査問委員会および検査委員会を任命する。すべての機関および公務員はこれらの委員会の要求に応じて必要な資料と書類を提供する義務を持つ。
第五十三条 国会の会期は年二回を原則とする。臨時国会は国会常任幹事会の決定および代議員三分の二以上の要求によつて召集される。
第五十四条 国会は代議員数の三分の二以上の出席によつて成立する。
第五十五条 法律は国会において代議員の単純多数決によつて成立し、国会常任幹事会議長および書記の署名をもつて公布される。
第五十六条 国会における議事はすべて公開とする。
第五十七条 国会は議長一名、副議長二名を選挙し、議事の進行、国会内の秩序の維持にあたらせる。
第五十八条 代議員は国会の同意がなくては逮捕されない。国会の休会中は国会常任幹事会の承認を必要とし次期国会の同意を要する。
第五十九条 国会には代議員の三分の二以上の決議にもとづき解散を告示する権限がある。
第六十条 国会の任期が満了するかまたは国会が解散された場合には、四十日以内に総選挙が施行される。
第六十一条 総選挙施行後三十日以内に前国会常任幹事会は新国会を召集する。
第六十二条 国会は二十五名の国会常任幹事会を選挙する。
第六十三条 国会常任幹事会は議長および副議長各一名を選挙し、議長は日本人民共和国を代表する。
第六十四条 国会常任幹事会はつぎの事項を管掌する。
一 国会の召集および解散、総選挙施行の公告
二 国会休会中政府首席による政府員の任免の確認 ただしこれについては国会の事後確認を必要とする
三 国会の決定による人民投票の施行の公告
四 政府の決定および命令のうち法律に合致しないものの廃止
五 赦免権の行使
六 国際条約の批准
七 外国における日本人民共和国全権代表の任命および召還
八 日本駐剳外国代表者の信任状および解任状の受理
九 民主的栄典の授与
第六十五条 国会の任期が満了するかまたは国会が解散された場合には、国会常任幹事会は新たに選挙された国会によつて、新国会常任幹事会が選出されるまでこの権限を保持する。

第四章 政府

第六十六条 政府は日本人民共和国の最高の行政機関である。政府首席は国会によつて任命され、首席の指名にもとづき国会の承認をえた政府員とともに政府を構成する。
第六十七条 政府は国会にたいして責任を負ひ、国会の休会中は国会常任幹事会にたいして責任を負ふ。各政府員は政府の一般政策について全体的に、個人的行動については個人的に責任を問はれる。
第六十八条 国会が政府にたいする不信任案を採択した場合には政府は総辞職する。
第六十九条 政府は次の事項を管掌する。
一 一般的中央行政事務の遂行のために現行諸法規にもとづいて決定又は命令を発布し、かつその執行を検査すること
二 各省およびその管轄下にある国家の諸機関を統一的に指導すること
三 日本人民共和国の発展、公共の秩序の維持および基本的人権の保障のために必要な諸措置の施行
四 各省に附属する特別委員会または事務局の組織
五 対外関係の一般的指導
六 政府の権限に関する問題につき各省の訓令または指令もしくは地方議会の決定または命令で国法に合致しないものの取消
第七十条 政府の命令は日本人民共和国の全領域にわたつて施行される。
政府の命令の公布には当該政府員の署名と首席の副署とを必要とする。

第五章 国会財政

第七十一条 国家財政の処理には国会の議決を必要とする。
第七十二条 租税の賦課および徴収は変更されない限り一年を限つて効力をもつ。消費税はこれを廃止する。
第七十三条 国費の支出または国家債務の負担は国会の議決を経るを必要とする。
第七十四条 政府は毎会計年度の予算を作成し、国会の審議をうけ承認をえなければならない。事業計画については政府は毎年事業計画書を作成し、国会に提出しなければならない。
第七十五条 国家財政の決算はすべて毎年会計検査院の検査をうけ、政府は次年度にその検査報告とともにこれを国会に提出しなければならない。
会計検査院長は国会によつて任命され、職務の遂行につき国会に責任を負ふ。
会計検査院の組織と権限は法律によつて定められる。

第六章 地方制度

第七十六条 日本人民共和国はその領土内に、地方制度(村、町、市、県等)を認める。地方制度は法律にもとづいて運営される。
第七十七条 地方制度は第四十七条、第四十八条を基準とする選挙法によつて選挙される地方議会(村会、町会、市会、県会等)を基礎として運営される。
第七十八条 各級の地方議会はそれぞれの行政機関を選任する。行政機関はそれぞれの地方議会ならびに上級機関に責任を負ふ。
第七十九条 各級の地方議会はそれぞれの行政機関の活動を統轄し地方予算を審議、確認し、法律の範囲内において地方的問題を議決しまたは命令を発布する。
第八十条 政府機関の地方支部の活動は地方の権力機関の行政と合致するやう法律によつて調整される。

第七章 司法

第八十一条 日本人民共和国における裁判は人民の基本的権利の尊重を根本精神とし、人民の名により最高裁判所、地方裁判所、地区裁判所によつて行はれる。
第八十二条 裁判はこれを公開しその審理には陪審員の参加が必要である。
第八十三条 日本人民共和国の最高裁判機関は最高裁判所である。
第八十四条 最高裁判所の裁判官は国会の推薦にもとづき人民の信任投票によつて五年の任期をもつて選任される。
第八十五条 各下級裁判所の裁判官はそれぞれ地方の議会の推薦にもとづきそれぞれの地域の人民の信任投票によつて四年の任期をもつて選任される。
第八十六条 裁判官は独立的であり法律にのみ服従する。
第八十七条 検事の任務は人民が法律を正確に遵守するのを監督するにある。
第八十八条 最高検事局の検事は五年の任期をもつて国会により任命される。
第八十九条 下級検事局の検事は最高検事局の検事の確認を経て上級検事局がこれを任命する。
第九十条 検事局機関は、最高検事局の検事にだけ服従し、一切の地方機関から独立してその職務を行ふ。

第八章 公務員

第九十一条 公務員は民主主義と全人民の利益に奉仕し官僚主義に陥つてはならない。
第九十二条 公務員は廉潔を旨とし、一切の汚辱行為、職権濫用行為をすることを厳禁される。
国家は公務員およびその家族に必要な生活手段を保障する。
第九十三条 行政機関の公務員のうち議会によつて任免されるもの以外はその行政機関の長が任免する。
第九十四条 人民は公務員の罷免を議会その他の公共機関に要求する権利をもつ。
第九十五条 議会は公務員の活動を監視し、議会の確認によつて執行機関の長が任免する公務員にたいしても罷免を要求する権利をもつ。
第九十六条 警察署の責任者はその署の管轄区域内の人民によつて選出され、警察制度が官僚的支配機構として固着することを阻止する。

第九章 憲法改正

第九十七条 日本人民共和国憲法の改正発案権は国会に属する。
第九十八条 日本人民共和国の地方上級議会は、代議員の三分の二以上の同意をもつて憲法改正の提案権をもつ。
第九十九条 日本人民共和国の憲法の改正は、国会代議員の三分の二以上の出席によつて開会される国会において、三分の二以上の多数をもつて採択されねばならない。
第百条 日本人民共和国の共和政体の破棄および特権的身分制度の復活は憲法改正の対象となりえない。

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※出典

 http://www.ndl.go.jp/constitution/shiryo/02/119/119tx.html

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カイロ宣言・ ポツダム宣言

2013年07月01日 | 歴史資料

 Cairo Conference
カイロ宣言

Released December 1, 1943
1943年12月1日公開

The several military missions have agreed upon future military operations against Japan.
各軍事使節は、日本国に対する将来の軍事行動を協定した。

The Three Great Allies expressed their resolve to bring unrelenting pressure against their brutal enemies by sea, land, and air.
三大同盟国は、海路、陸路及び空路によって野蛮な敵国に仮借のない圧力を加える決意を表明した。

This pressure is already mounting.
この圧力は、既に増大しつつある。

The Three Great Allies are fighting this war to restrain and punish the aggression of Japan.
三大同盟国は、日本国の侵略を制止し罰するため、今次の戦争を行っている。

They covet no gain for themselves and have no thought of territorial expansion.
同盟国は、自国のためには利得も求めず、また領土拡張の念も有しない。

It is their purpose that Japan shall be stripped of all the islands in the Pacific which she has seized or occupied since the beginning of the First World War in 1914, and that all the territories Japan has stolen from the Chinese, such as Manchuria, Formosa, and the Pescadores, shall be restored to the Republic of China.
同盟国の目的は、1914年の第一次世界戦争の開始以後に日本国が奪取し又は占領した太平洋におけるすべての島を日本国からはく奪すること、並びに満洲、台湾及び澎湖島のような日本国が清国人から盗取したすべての地域を中華民国に返還することにある。

Japan will also be expelled from all other territories which she has taken by violence and greed.
日本国は、また、暴力及び強慾により日本国が略取した他のすべての地域から駆逐される。

The aforesaid three great powers, mindful of the enslavement of the people of Korea, are determined that in due course Korea shall become free and independent.
前記の三大国は、朝鮮の人民の奴隷状態に留意し、やがて朝鮮を自由独立のものにする決意を有する。

With these objects in view the three Allies, in harmony with those of the United Nations at war with Japan, will continue to persevere in the serious and prolonged operations necessary to procure the unconditional surrender of Japan.
以上の目的で、三同盟国は、同盟諸国中の日本国と交戦中の諸国と協調し、日本国の無条件降伏をもたらすのに必要な重大で長期間の行動を続行する。

 

※出典

http://www.chukai.ne.jp/~masago/cairo.html
http://www.yale.edu/lawweb/avalon/wwii/cairo.htm

 

 


ポツダム宣言

 1945年7月26日 ポツダム(potsdam,germany)で署名(外務省訳)

 一 吾等合衆國大統領、中華民國政府主席及グレート、ブリテン國總理大臣ハ吾等ノ數億ノ國民ヲ代表シ協議ノ上日本國ニ對シ今次ノ戰爭ヲ終結スルノ機會ヲ與フルコトニ意見一致セリ

二 合衆國、英帝國及中華民國ノ巨大ナル陸、海、空軍ハ西方ヨリ自國ノ陸軍及空軍ニ依ル數倍ノ増強ヲ受ケ日本國ニ對シ最後的打撃ヲ加フルノ態勢ヲ整ヘタリ  右軍事力ハ日本國ガ抵抗ヲ終止スルニ至ル迄同國ニ對シ戰爭ヲ遂行スル一切ノ聯合國ノ決意ニ依リ支持セラレ且鼓舞セラレ居ルモノナリ

三 蹶起セル世界ノ自由ナル人民ノ力ニ對スルドイツ國ノ無益且無意義ナル抵抗ノ結果ハ日本國國民ニ對スル先例ヲ極メテ明白ニ示スモノナリ 現在日本國ニ對 シ集結シツツアル力ハ抵抗スルナチスニ對シ適用セラレタル場合ニ於テ全ドイツ國人民ノ土地産業及生活様式ヲ必然的ニ荒廢ニ歸セシメタル力ニ比シ測リ知レザ ル程度ニ強大ナルモノナリ 吾等ノ決意ニ支持セラルル吾等ノ軍事力ノ最高度ノ使用ハ日本國軍隊ノ不可避且完全ナル壊滅ヲ意味スベク又同様必然的ニ日本國本 土ノ完全ナル破滅ヲ意味スベシ

四 無分別ナル打算ニ依リ日本帝國ヲ滅亡ノ淵ニ陥レタル我儘ナル軍國主義的助言者ニ依リ日本國ガ引續キ統御セラルベキカ又ハ理性ノ經路ヲ日本國ガ履ムベキカヲ日本國ガ決定スベキ時期ハ到來セリ

五 吾等ノ條件ハ左ノ如シ
 吾等ハ右條件ヨリ離脱スルコトナカルベシ 右ニ代ル條件存在セズ 吾等ハ遅延ヲ認ムルヲ得ズ

六 吾等ハ無責任ナル軍國主義ガ世界ヨリ驅逐セラルルニ至ル迄ハ平和、安全及正義ノ新秩序ガ生ジ得ザルコトヲ主張スルモノナルヲ以テ日本國國民ヲ欺瞞シ之ヲシテ世界征服ノ擧ニ出ヅルノ過誤ヲ犯サシメタル者ノ権力及勢力ハ永久ニ除去セラレザルベカラズ

七 右ノ如キ新秩序ガ建設セラレ且日本國ノ戰爭遂行能力ガ破砕セラレタルコトノ確證アルニ至ル迄ハ聯合國ノ指定スベキ日本國領域内ノ諸地點ハ吾等ノ茲ニ指示スル基本的目的ノ達成ヲ確保スル為占領セラルベシ

八 カイロ宣言ノ條項ハ履行セラルベク又日本國ノ主權ハ本州、北海道、九州及四國竝ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルベシ

九 日本國軍隊ハ完全ニ武装ヲ解除セラレタル後各自ノ家庭ニ復歸シ平和的且生産的ノ生活ヲ營ムノ機會ヲ得シメラルベシ

十 吾等ハ日本人ヲ民族トシテ奴隷化セントシ又ハ國民トシテ滅亡セシメントスルノ意圖ヲ有スルモノニ非ザルモ吾等ノ俘虜ヲ虐待セル者ヲ含ム一切ノ戰爭犯罪 人ニ對シテハ嚴重ナル処罰ヲ加ヘラルベシ日本國政府ハ日本國國民ノ間ニ於ケル民主主義的傾向ノ復活強化ニ對スル一切ノ障礙ヲ除去スベシ言論、宗教及思想ノ 自由竝ニ基本的人権ノ尊重ハ確立セラルベシ

十一 日本國ハ其ノ經濟ヲ支持シ且公正ナル實物賠償ノ取立ヲ可能ナラシムルガ如キ産業ヲ維持スルコトヲ許サルベシ 但シ日本國ヲシテ戰爭ノ為再軍備ヲ為ス コトヲ得シムルガ如キ産業ハ此ノ限ニ在ラズ 右目的ノ爲原料ノ入手(其ノ支配トハ之ヲ區別ス)ヲ許可サルベシ 日本國ハ將來世界貿易関係ヘノ參加ヲ許サル ベシ

十二 前記諸目的ガ達成セラレ且日本國國民ノ自由ニ表明セル意思ニ從ヒ平和的傾向ヲ有シ且責任アル政府ガ樹立セラルルニ於テハ聯合國ノ占領軍ハ直ニ日本國ヨリ撤収セラルベシ

十三 吾等ハ日本國政府ガ直ニ全日本國軍隊ノ無條件降伏ヲ宣言シ且右行動ニ於ケル同政府ノ誠意ニ付適當且充分ナル保障ヲ提供センコトヲ同政府ニ對シ要求ス右以外ノ日本國ノ選択ハ迅速且完全ナル壊滅アルノミトス

 

詔 書

 

 朕深ク世界ノ大勢ト帝国ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ収拾セムト欲シ茲ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク

 朕ハ帝国政府ヲシテ米英支蘇四国ニ対シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ

 抑々帝国臣民ノ庸寧ヲ図リ万邦共栄ノ楽ヲ階ニスルハ皇祖皇宗ノ遺範ニシテ朕ノ眷々措カサル所曩ニ米英二国二占宣戦セル所以モ亦実ニ帝国ノ自存ト東亜ノ安 定トヲ庶幾スルニ出テ他国ノ主権ヲ排シ領土ヲ侵スカ如キハ固ヨリ朕カ志ニアラス 然ルニ交戦己二四歳ヲ閲シ朕カ陸海将兵ノ奮戦朕カ百僚有司ノ励精朕カ一億 衆庶ノ奉公各々最善ヲ尽セルニ拘ラス戦局必スシモ好転セス世界ノ大勢亦我ニ利アラス加之敵ハ新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ頻ニ無辜ヲ殺傷シ惨害ノ及フ所眞ニ 測ルヘカラサルニ至ル

 而モ尚交戦ヲ継続センカ終ニ我民族ノ減亡ヲ招来スルノミナラス延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ斯クノ如クハ朕何ヲ以テ億兆ノ赤子ヲ保シ皇祖皇宗ノ神霊ニ謝セムヤ是レ朕カ帝国政府ヲシテ共同言ニ応セシムルニ至レル所以ナリ

 朕ハ帝国ト共ニ終始東亜ノ解放ニ協カセル諸盟邦ニ対シ遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス 帝国臣民ニシテ戦陣ニ死シ職域ニ殉シ非命ニ斃レタル者及其ノ遺族ニ想ヲ 致セハ五内爲ニ裂ク且戦傷ヲ負ヒ災禍ヲ蒙リ家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ朕ノ深ク軫念スル所ナリ惟フニ今後帝国ノ受クヘキ苦難ハ固ヨリ尋常ニアラス爾 臣民ノ衷情モ朕善ク之ヲ知ル 然レトモ朕ハ時運ノ趨ク所堪へ難キヲ堪へ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カント欲ス

 朕ハ茲ニ国体ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ常二爾臣民ト共ニ在リ若シ夫レ情ノ激スル所濫ニ事端ヲ滋クシ或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ乱リ爲ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム

 宜シク挙国一家子孫相伝へ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ総力ヲ将来ノ猿設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ国体ノ精華ヲ発揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ

 爾臣民其レ克ク朕カ意ヲ体セヨ

  御名御璽

 昭和二十年八月十四日

  各国務大臣副署

 

the potsdam declaration

 

(1) we, the president of the united states, the president of the national government of the republic of china and the prime minister of great britain, representing the hundreds of millions of our countrymen, have conferred and agree that japan shall be given an opportunity to end this war.

 

(2) the prodigious land, sea and air forces of the united states, the british empire and of china, many times reinforced by their armies and air fleets from the west are poised to strike the final blows upon japan. this military power is sustained and inspired by the determination of all the allied nations to prosecute the war against japan until she ceases to resist.

(3) the result of the futile and senseless german resistance to the might of the aroused free peoples of the world stands forth in awful clarity as an example to the people of japan. the might that now converges on japan is immeasurably greater than that which, when applied to the resisting nazis, necessarily laid waste to the lands, the industry and the method of life of the whole german people. the full application of our military power, backed by our resolve, will mean the inevitable and complete destruction of the japanese armed forces and just as inevitably the utter devastation of the japanese homeland.

(4) the time has come for japan to decide whether she will continue to be controlled by those self-willed militaristic advisers whose unintelligent calculations have brought the empire of japan to the threshold of annihilation, or whether she will follow the path of reason.

(5) following are our terms. we will not deviate from them. there are no alternatives. we shall brook no delay.

(6) there must be eliminated for all time the authority and influence of those who have deceived and misled the people of japan into embarking on world conquest - for we insist that a new order of peace, security and justice will be impossible until irresponsible militarism is driven from the world.

(7) until such a new order is established and until there is convincing proof that japan's war-making power is destroyed, points in japanese territory to be designated by the allies shall be occupied to secure the achievement of the basic objectives we are here setting forth.

(8) the terms of the cairo declaration shall be carried out and japanese sovereignty shall be limited to the islands of honshu, hokkaido, kyushu, shikoku and such minor islands as we determine.

(9) the japanese military forces, after being completely disarmed, shall be permitted to return to their homes with the opportunity to lead peaceful and productive lives.

(10) we do not intend that the japanese shall be enslaved as a race or destroyed as a nation, but stern justice shall be meted out to all war criminals, including those who have visited cruelties upon our prisoners. the japanese government shall remove all obstacles to the revival and strengthening of democratic tendencies among the japanese people. freedom of speech, of religion, and of thought, as well as respect for the fundamental human rights shall be established.

(11) japan shall be permitted to maintain such industries as will sustain her economy and permit the exaction of just reparations in war. to this end, access to, as distinguished from control of raw materials shall be permitted. eventual japanese participation in world trade relations shall be permitted.

(12) the occupying forces of the allies shall be withdrawn from japan as soon as these objectives have been accomplished and there has been established in accordance with the freely expressed will of the japanese people a peacefully inclined and responsible government.

(13) we call upon the government of japan to proclaim now the unconditional surrender of all the japanese armed forces, and to provide proper and adequate assurances of their good faith in such action. the alternative for japan is prompt and utter destruction.

 

source

 

foreign relations of the united states:
the conference of berlin, 2 vols. (washington, d.c.: government printing office, 1960), ii, 147~1476.

on july 26 a declaration was issued, signed by the president and prime minister churchill and with the concurrence of generalissimo chiang kai-shek of nationalist china, that in its result was as fateful, if not more so, than the instruction of general handy to general spaatz. if the recipient of the potsdam declaration, the government of japan, had responded with the surrender that the president and prime minister asked for, the instruction of the day before would not have been carried out.
unfortunately the declaration was not an explicit warning that the nited states possessed nuclear weapons and would use them. truman was unwilling to be explicit, for congress had tolerated an unknown project costing nearly $2 billion and might object to an explanation offered an enemy government without informing the legislative body that paid the bill.
perhaps because the warning was only a general statement, the japanese govrnment responded with something approaching contempt. the prime minister chose to ignore it, employing the ambiguous word mokusatsu, which means literally "to kill with silence," although it carries a nuance of uncertainty. tokyo radio used the word, saying the government would mokusatsu the declaration and fight on. the english translation became "reject," and the president took it as a rebuff. years later he remembered, "when we asked them to surrender at potsdam, they gave us a very snotty answer. that is what i got. . . . they told me to go to hell, words to that effect."
in addition to being unaware that the united states possessed nuclear weapons, the japanese leaders also believed, foolishly, that they could negotiate with the americans, even though the japanese were thoroughly aware of the rapine and butchery associated with their nation's troops as they fought across east asia. involved in those deeds was the emperor himself about whose complicity the west knew little at the time and continued to know little until after the death of hirohito, when officials of the imperial household revealed quite a diferent emperor than the world seen: the emperor supported his military commanders and often gave political advice.
as the war was coming to an end the americans, british, and soviets were publicly stating that they would arraign war criminals, but tokyo officials deluded themselves into believing it would be possible to bargain to save the people involved; they had in mind an arrangement that would put the matter delicately, in terms of preserving the imperial institution, so that japanese authorities rather than the allies would hold war-crimes trials.

truman and the bomb, a documentary history
chapter 7: the potsdam declaration, july 26
edited by robert h. ferrell

 ※出典

http://home.c07.itscom.net/sampei/potsdam/potsdam.html#0p

 

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【金曜討論】 「憲法9条」

2013年06月28日 | 憲法論資料


【金曜討論】

「憲法9条」 佐藤正久氏「国防軍を持つことを明記」、小池晃氏「国民合意で9条を完全実施」

2013.6.28 07:51

 日本国憲法の改正論議で数十年にわたり、最大の論点であり続けてきたのが9条と自衛隊の問題だ。憲法に照らして自衛隊は合憲なのか、9条と自衛隊の矛盾をどう解決すべきなのか。自民党参院議員で防衛政務官の佐藤正久氏と、元参院議員で共産党副委員長の小池晃氏に見解を聞いた。(溝上健良)

                  ◇佐藤正久・参議院議員(伴龍二撮影)

 ≪佐藤正久氏≫

 ■前文も含め改正すべきだ

 --9条に照らして自衛隊は合憲か

 「私は合憲の立場だ。国連憲章に基づいて主権国家として日本は自衛権を持っているわけで、その行使の手段として自衛隊があるといえる。ただ自衛隊は警察予備隊が原点であり、憲法上は警察の非常に大きなものが自衛権を行使するような形になっていて、位置づけがあいまいなのが問題だ」

 --9条改正の是非について

 「自民党の憲法草案にあるように、前文も含めて改正すべきだ。基本的な考えとして『日本は侵略戦争はしません』と明確にした上で、自衛権を保持しており、国防軍を持つことを明記する。国防軍の役割についても憲法にきちんと書いておけば『改憲したら海外で戦争を仕掛けることになる』といった懸念も払拭されるだろう」

 --前文の改正も必要とのことだが

 「前文では日本以外はいい国で日本は悪い国という前提で『諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持』することになっている。今の憲法には自分の国や故郷、家族を守る義務と責任が書かれておらず、そのことは前文、そして9条、権利義務の章に盛り込むべきだ。今の憲法はあまりに権利と義務のバランスが悪く、新憲法できちんと整理する必要がある」

 --イラク派遣の際、憲法9条の限界を感じて苦労したことは

 「集団的自衛権は認められないという解釈がされているため、多国籍軍の一員として参加していながら他国の指揮は受けないとか、仮に他国の軍隊が襲われても助けに行けないといった問題があった。また他国の軍隊と違って武器使用にも厳しい制限があって、例えばもし駐屯地の外にいる民間の日本人が襲われたとしても助けに行けないという悩みもあった」

 --自民党が自衛隊を「国防軍」にする憲法草案を発表して、現役隊員の反応はどうか

 「自衛隊のままでいいという隊員もいるが、特に海外勤務経験のある隊員やOBからは軍としてきちんと位置づけてほしいとの声が多い。そもそもあれだけ大きな組織が憲法で明記されていないこと自体が問題だ。(自衛隊の英語名)セルフ・ディフェンス・フォースでは“自警団”といった意味合いがあり、それでは誇りが持てない」

 --国防軍というと「復古的だ」と言い出す人が必ず存在する

 「世界のほとんどの国は国防軍を持っているのが現実だ。どうも日本人は新しく物事を変えるときに雰囲気で論じがちな気がする。例えば防衛庁を防衛省にするときも猛反対があったが、今は当たり前になっていて、一体何が問題だったのかと思わされる。国防軍になっても今とそれほど実態が異なるわけではない。ただ法的にグレーだった部分がかなりクリアになるはずだ」

                  ◇【金曜討論】「憲法9条」 佐藤正久氏「国防軍を持つことを明記」、小池晃氏「国民合意で9条を完全実施」

 ≪小池晃氏≫

 ■必ずしも常備軍いらない

 --9条に照らして自衛隊は合憲か

 「憲法は『陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない』としており、自衛隊は9条2項に明白に違反する戦力、つまり軍隊そのものだ。私たちは対米従属の根源である日米安保条約を廃棄するとともに、自衛隊については、当面軍縮の措置をとり、国民の合意で9条を完全実施する、すなわち自衛隊の解消を目指すことを党綱領にうたっている。アジアの政治・軍事情勢が変わっていくことと『自衛隊をなくして大丈夫』という国民の合意が得られることが前提となる」

 --将来は廃止するとして、当面は自衛隊が必要だということか

 「解消に取り組む過渡的な時期はあるわけで、その間に外国から急迫不正の侵害があれば、必要なあらゆる手段をとって排除することは当然だ」

 --国の自衛権についてどう考える

 「国家には当然、自衛権があるが、必ずしも常備軍が必要だとは考えていない。侵略などがあったときに主権を守っていくのは国家に固有の権利だ。昭和21年の憲法制定議会では吉田茂首相から自衛権を否定するかのような答弁もあったが、それは違うという主張を当時も共産党はしてきた。党としては憲法の中に侵略戦争の禁止を明記することを求めたのであって、国に自衛権があるという見解は当時から現在まで一貫している。ただ、その自衛権も常備軍によらずに行使していこうというのが9条の規定だといえる」

 --常備軍によらない自衛権とはどういうことか、イメージしにくいが

 「中国や北朝鮮の現状をみればすぐに実現は難しいが、他国との争いは軍隊によらず外交交渉で解決する、というのが9条の精神だろう。よく9条を守るというと『平和ボケ』などといわれるが、むしろ外交上の問題が浮上するとすぐ軍事対応だ、となることはよほど『軍事ボケ』ではないか」

 --9条改正の是非について

 「断固として9条を変えてはいけない。海外派兵を可能にし、米国と一緒に武力行使できるようにすることが自民党による9条改正の目的であり、自衛の問題ではなくなっている」

 --昭和21年6月に共産党が発表した「日本人民共和国憲法」草案は今、どのような扱いになっているのか

 「当時、新しい国を白紙からつくろうと議論したもので、すでに時代的役割を終えた歴史的文書だ。前文も含め現行憲法の完全実施を目指すというのが、現在の私たちの立場だ」

 --共産党は「憲法改悪反対」を掲げているが、改正なら賛成なのか

 「各政党・団体の憲法案はまぎれもない改悪案ばかり。今、現実政治の憲法からの乖離(かいり)が問題で、憲法を守り生かしていくことこそが必要。共産党は護憲政党だと考えてもらっていい」

                  ◇

【プロフィル】佐藤正久

 さとう・まさひさ 昭和35年、福島県生まれ。52歳。防衛大学校卒、米陸軍指揮幕僚大学卒。陸上自衛隊で最終階級は1等陸佐。平成19年に退官し、同年から参院議員。近著に「ヒゲの隊長 絆の道」。

                  ◇

【プロフィル】小池晃

 こいけ・あきら 昭和35年、東京都生まれ。53歳。東北大医学部卒。病院勤務医を経て、平成10年から共産党参院議員を2期務める。今年2月から党副委員長。著書に「どうする日本の年金」など。

(c) 2013 The Sankei Shimbun & Sankei Digital

 

 

 

 

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サンフランシスコ平和条約

2013年06月25日 | 歴史資料

 

データベース『世界と日本』
日本政治・国際関係データベース
東京大学東洋文化研究所 田中明彦研究室

[文書名] サンフランシスコ平和条約(日本国との平和条約)

[場所] サンフランシスコ
[年月日] 1951年9月8日
[出典] 日本外交主要文書・年表(1),419‐440頁.主要条約集,5‐32頁.
[備考] 
[全文]

 連合国及び日本国は、両者の関係が、今後、共通の福祉を増進し且つ国際の平和及び安全を維持するために主権を有する対等のものとして友好的な連携の下に 協力する国家の間の関係でなければならないことを決意し、よつて、両者の間の戦争状態の存在の結果として今なお未決である問題を解決する平和条約を締結す ることを希望するので、

 日本国としては、国際連合への加盟を申請し且つあらゆる場合に国際連合憲章の原則を遵守し、世界人権宣言の目的を実現するために努力し、国際連合憲章第 五十五条及び第五十六条に定められ且つ既に降伏後の日本国の法制によつて作られはじめた安定及び福祉の条件を日本国内に創造するために努力し、並びに公私 の貿易及び通商において国際的に承認された公正な慣行に従う意思を宣言するので、

 連合国は、前項に掲げた日本国の意思を歓迎するので、

 よつて、連合国及び日本国は、この平和条約を締結することに決定し、これに応じて下名の全権委員を任命した。これらの全権委員は、その全権委任状を示し、それが良好妥当であると認められた後、次の規定を協定した。

  第一章 平和

   第一条

 (a) 日本国と各連合国との間の戦争状態は、第二十三条の定めるところによりこの条約が日本国と当該連合国との間に効力を生ずる日に終了する。

 (b) 連合国は、日本国及びその領水に対する日本国民の完全な主権を承認する。

  第二章 領域

   第二条

 (a) 日本国は、朝鮮の独立を承認して、済州島、巨文島及び欝陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。

 (b) 日本国は、台湾及び澎湖諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。

 (c) 日本国は、千島列島並びに日本国が千九百五年九月五日のポーツマス条約の結果として主権を獲得した樺太の一部及びこれに近接する諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。

 (d) 日本国は、国際連盟の委任統治制度に関連するすべての権利、権原及び請求権を放棄し、且つ、以前に日本国の委任統治の下にあつた太平洋の諸島に信託統治制度を及ぼす千九百四十七年四月二日の国際連合安全保障理事会の行動を受諾する。

 (e) 日本国は、日本国民の活動に由来するか又は他に由来するかを問わず、南極地域のいずれの部分に対する権利若しくは権原又はいずれの部分に関する利益についても、すべての請求権を放棄する。

 (f) 日本国は、新南群島及び西沙群島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。

   第三条

 日本国は、北緯二十九度以南の南西諸島(琉球諸島及び大東諸島を含む。)孀婦岩の南の南方諸島(小笠原群島、西之島及び火山列島を含む。)並びに沖の鳥 島及び南鳥島を合衆国を唯一の施政権者とする信託統治制度の下におくこととする国際連合に対する合衆国のいかなる提案にも同意する。このような提案が行わ れ且つ可決されるまで、合衆国は、領水を含むこれらの諸島の領域及び住民に対して、行政、立法及び司法上の権力の全部及び一部を行使する権利を有するもの とする。

   第四条

 (a) この条の(b)の規定を留保して、日本国及びその国民の財産で第二条に掲げる地域にあるもの並びに日本国及びその国民の請求権(債権を含む。) で現にこれらの地域の施政を行つている当局及びそこの住民(法人を含む。)に対するものの処理並びに日本国におけるこれらの当局及び住民の財産並びに日本 国及びその国民に対するこれらの当局及び住民の請求権(債権を含む。)の処理は、日本国とこれらの当局との間の特別取極の主題とする。第二条に掲げる地域 にある連合国又はその国民の財産は、まだ返還されていない限り、施政を行つている当局が現状で返還しなければならない。(国民という語は、この条約で用い るときはいつでも、法人を含む。)

 (b) 日本国は、第二条及び第三条に掲げる地域のいずれかにある合衆国軍政府により、又はその指令に従つて行われた日本国及びその国民の財産の処理の効力を承認する。

 (c) 日本国とこの条約に従つて日本国の支配から除かれる領域とを結ぶ日本所有の海底電線は、二等分され、日本国は、日本の終点施設及びこれに連なる電線の半分を保有し、分離される領域は、残りの電線及びその終点施設を保有する。

  第三章 安全

   第五条

 (a) 日本国は、国際連合憲章第二条に掲げる義務、特に次の義務を受諾する。

  (i)その国際紛争を、平和的手段によつて国際の平和及び安全並びに正義を危うくしないように解決すること。

  (ii)その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使は、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎むこと。

  (iii)国際連合が憲章に従つてとるいかなる行動についても国際連合にあらゆる援助を与え、且つ、国際連合が防止行動又は強制行動をとるいかなる国に対しても援助の供与を慎むこと。

 (b) 連合国は、日本国との関係において国際連合憲章第二条の原則を指針とすべきことを確認する。

 (c) 連合国としては、日本国が主権国として国際連合憲章第五十一条に掲げる個別的又は集団的自衛の固有の権利を有すること及び日本国が集団的安全保障取極を自発的に締結することができることを承認する。

  第六条

 (a) 連合国のすべての占領軍は、この条約の効力発生の後なるべくすみやかに、且つ、いかなる場合にもその後九十日以内に、日本国から撤退しなければ ならない。但し、この規定は、一又は二以上の連合国を一方とし、日本国を他方として双方の間に締結された若しくは締結される二国間若しくは多数国間の協定 に基く、又はその結果としての外国軍隊の日本国の領域における駐とん{前2文字強調}又は駐留を妨げるものではない。

 (b) 日本国軍隊の各自の家庭への復帰に関する千九百四十五年七月二十六日のポツダム宣言の第九項の規定は、まだその実施が完了されていない限り、実行されるものとする。

 (c) まだ代価が支払われていないすべての日本財産で、占領軍の使用に供され、且つ、この条約の効力発生の時に占領軍が占有しているものは、相互の合意によつて別段の取極が行われない限り、前期の九十日以内に日本国政府に返還しなければならない。

  第四章 政治及び経済条項

  第七条

 (a) 各連合国は、自国と日本国との間にこの条約が効力を生じた後一年以内に、日本国との戦前のいずれの二国間の条約又は協約を引き続いて有効とし又 は復活させることを希望するかを日本国に通告するものとする。こうして通告された条約又は協約は、この条約に適合することを確保するための必要な修正を受 けるだけで、引き続いて有効とされ、又は復活される。こうして通告された条約及び協約は、通告の日の後三箇月で、引き続いて有効なものとみなされ、又は復 活され、且つ、国際連合事務局に登録されなければならない。日本国にこうして通告されないすべての条約及び協約は、廃棄されたものとみなす。

 (b) この条の(a)に基いて行う通告においては、条約又は協約の実施又は復活に関し、国際関係について通告国が責任をもつ地域を除外することができる。この除外は、除外の適用を終止することが日本国の通告される日の三箇月後まで行われるものとする。

   第八条

 (a) 日本国は、連合国が千九百三十九年九月一日に開始された戦争状態を終了するために現に締結し又は今後締結するすべての条約及び連合国が平和の回 復のため又はこれに関連して行う他の取極の完全な効力を承認する。日本国は、また、従前の国際連盟及び常設国際司法裁判所を終止するために行われた取極を 受諾する。

 (b) 日本国は、千九百十九年九月十日のサン・ジェルマン=アン=レイの諸条約及び千九百三十六年七月二十日のモントルーの海峡条約の署名国であるこ とに由来し、並びに千九百二十三年七月二十四日にローザンヌで署名されたトルコとの平和条約の第十六条に由来するすべての権利及び利益を放棄する。

 (c) 日本国は、千九百三十年一月二十日のドイツと債権国との間の協定及び千九百三十年五月十七日の信託協定を含むその附属書並びに千九百三十年一月 二十日の国際決済銀行に関する条約及び国際決済銀行の定款に基いて得たすべての権利、権原及び利益を放棄し、且つ、それらから生ずるすべての義務を免かれ る。日本国は、この条約の最初の効力発生の後六箇月以内に、この項に掲げる権利、権原及び利益の放棄をパリの外務省に通告するものとする。

   第九条

 日本国は、公海における漁猟の規制又は制限並びに漁業の保存及び発展を規定する二国間及び多数国間の協定を締結するために、希望する連合国とすみやかに交渉を開始するものとする。

   第十条

 日本国は、千九百一年九月七日に北京で署名された最終議定書並びにこれを補足するすべての附属書、書簡及び文書の規定から生ずるすべての利得及び特権を 含む中国におけるすべての特殊の権利及び利益を放棄し、且つ、前期の議定書、附属書、書簡及び文書を日本国に関して廃棄することに同意する。

   第十一条

 日本国は、極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾し、且つ、日本国で拘禁されている日本国民にこれらの法廷が 課した刑を執行するものとする。これらの拘禁されている物を赦免し、減刑し、及び仮出獄させる権限は、各事件について刑を課した一又は二以上の政府の決定 及び日本国の勧告に基く場合の外、行使することができない。極東国際軍事裁判所が刑を宣告した者については、この権限は、裁判所に代表者を出した政府の過 半数の決定及び日本国の勧告に基く場合の外、行使することができない。

   第十二条

 (a) 日本国は、各連合国と、貿易、海運その他の通商の関係を安定した且つ友交的な基礎の上におくために、条約又は協定を締結するための交渉をすみやかに開始する用意があることを宣言する。

 (b) 該当する条約又は協定が締結されるまで、日本国は、この条約の最初の効力発生の後四年間、

  (1)各連合国並びにその国民、産品及び船舶に次の待遇を与える。

    (i)貨物の輸出入に対する、又はこれに関連する関税、課金、制限その他の規制に関する最恵国待遇

    (ii)海運、航海及び輸入貨物に関する内国民待遇並びに自然人、法人及びその利益に関する内国民待遇。この待遇は、税金の賦課及び徴収、裁判を 受けること、契約の締結及び履行、財産権(有体財産及び無体財産に関するもの)、日本国の法律に基いて組織された法人への参加並びに一般にあらゆる種類の 事業活動及び職業活動の遂行に関するすべての事項を含むものとする。

  (2)日本国の国営商企業の国外における売買が商業的考慮にのみ基くことを確保する。

 (c) もつとも、いずれの事項に関しても、日本国は、連合国が当該事項についてそれぞれ内国民待遇又は最恵国待遇を日本国に与える限定においてのみ、 当該連合国に内国民待遇又は最恵国待遇を与える義務を負うものとする。前段に定める相互主義は、連合国の非本土地域の産品、船舶、法人及びそこに住所を有 する人の場合並びに連邦政府をもつ連合国の邦又は州の法人及びそこに住所を有する人の場合には、その地域、邦又は州において日本国に与えられる待遇に照ら して決定される。

 (d) この条の適用上、差別的措置であつて、それを適用する当事国の通商条約に通常規定されている例外に基くもの、その当事国の対外的財政状態若しく は国際収支を保護する必要に基くもの(海運及び航海に関するものを除く。)又は重大な安全上の利益を維持する必要に基くものは、事態に相応しており、且 つ、ほしいままな又は不合理な方法で適用されない限り、それぞれ内国民待遇又は最恵国待遇の許与を害するものと認めてはならない。

 (e) この条に基く日本国の義務は、この条約の第十四条に基く連合国の権利の行使によつて影響されるものではない。また、この条の規定は、この条約の第十五条によつて日本国が引き受ける約束を制限するものと了解してはならない。

   第十三条

 (a) 日本国は、国際民間航空運送に関する二国間又は多数国間の協定を締結するため、一又は二以上の連合国の要請があつたときはすみやかに、当該連合国と交渉を開始するものとする。

 (b) 一又は二以上の前期の協定が締結されるまで、日本国は、この条約の最初の効力発生の時から四年間、この効力発生の日にいずれかの連合国が行使し ているところよりも不利でない航空交通の権利及び特権に関する待遇を当該連合国に与え、且つ、航空業務の運営及び発達に関する完全な機会均等を与えるもの とする。

 (c) 日本国は、国際民間航空条約第九十三条に従つて同条約の当事国となるまで、航空機の国際航空に適用すべきこの条約の規定を実施し、且つ、同条約の条項に従つて同条約の附属書として採択された標準、方式及び手続を実施するものとする。

  第五章 請求権及び財産

   第十四条

 (a) 日本国は、戦争中に生じさせた損害及び苦痛に対して、連合国に賠償を支払うべきことが承認される。しかし、また、存立可能な経済を維持すべきも のとすれば、日本国の資源は、日本国がすべての前記の損害又は苦痛に対して完全な賠償を行い且つ同時に他の債務を履行するためには現在充分でないことが承 認される。

 よつて、

  1 日本国は、現在の領域が日本国軍隊によつて占領され、且つ、日本国によつて損害を与えられた連合国が希望するときは、生産、沈船引揚げその他の作 業における日本人の役務を当該連合国の利用に供することによつて、与えた損害を修復する費用をこれらの国に補償することに資するために、当該連合国とすみ やかに交渉を開始するものとする。その取極は、他の連合国に追加負担を課することを避けなければならない。また、原材料からの製造が必要とされる場合に は、外国為替上の負担を日本国に課さないために、原材料は、当該連合国が供給しなければならない。

  2(I) 次の(II)の規定を留保して、各連合国は、次に掲げるもののすべての財産、権利及び利益でこの条約の最初の効力発生の時にその管轄の下にあるものを差し押え、留置し、清算し、その他何らかの方法で処分する権利を有する。

  (a)日本国及び日本国民

  (b)日本国又は日本国民の代理者又は代行者

並びに

  (c)日本国又は日本国民が所有し、又は支配した団体

   この(I)に明記する財産、権利及び利益は、現に、封鎖され、若しくは所属を変じており、又は連合国の敵産管理当局の占有若しくは管理に係るもの で、これらの資産が当該当局の管理の下におかれた時に前記の(a)、(b)又は(c)に掲げるいずれかの人又は団体に属し、又はこれらのために保有され、 若しくは管理されていたものを含む。

 (II)次のものは、前記の(I)に明記する権利から除く。

  (i)日本国が占領した領域以外の連合国の一国の領域に当該政府の許可を得て戦争中に居住した日本の自然人の財産。但し、戦争中に制限を課され、且つ、この条約の最初の効力発生の日にこの制限を解除されない財産を除く。

  (ii)日本国政府が所有し、且つ、外交目的又は領事目的に使用されたすべての不動産、家具及び備品並びに日本国の外交職員又は領事職員が所有したすべての個人の家具及び用具類その他の投資的性質をもたない私有財産で外交機能又は領事機能の遂行に通常必要であつたもの

  (iii)宗教団体又は私的慈善団体に属し、且つ、もつぱら宗教又は慈善の目的に使用した財産

  (iv)関係国と日本国との間における千九百四十五年九月二日後の貿易及び金融の関係の再開の結果として日本国の管轄内にはいつた財産、権利及び利益。但し、当該連合国の法律に反する取引から生じたものを除く。

  (v)日本国若しくは日本国民の債務、日本国に所在する有体財産に関する権利、権原若しくは利益、日本国の法律に基いて組織された企業に関する利益又はこれらについての証書。但し、この例外は、日本国の通貨で表示された日本国及びその国民の債務にのみ適用する。

 (III)前記の例外から(i)から(v)までに掲げる財産は、その保存及び管理のために要した合理的な費用が支払われることを条件として、返還されなければならない。これらの財産が清算されているときは、代りに売得金を返還しなければならない。

 (IV)前記の(I)に規定する日本財産を差し押え、留置し、清算し、その他何らの方法で処分する権利は、当該連合国の法律に従つて行使され、所有者は、これらの法律によつて与えられる権利のみを有する。

 (V)連合国は、日本の商標並びに文学的及び美術的著作権を各国の一般的事情が許す限り日本国に有利に取り扱うことに同意する。

 (b)この条約に別段の定がある場合を除き、連合国は、連合国のすべての賠償請求権、戦争の遂行中に日本国及びその国民がとつた行動から生じた連合国及びその国民の他の請求権並びに占領の直接軍事費に関する連合国の請求権を放棄する。

   第十五条

 (a) この条約が日本国と当該連合国との間に効力を生じた後九箇月以内に申請があつたときは、日本国は、申請の日から六箇月以内に、日本国にある各連 合国及びその国民の有体財産及び無体財産並びに種類のいかんを問わずすべての権利又は利益で、千九百四十一年十二月七日から千九百四十五年九月二日までの 間のいずれかの時に日本国内にあつたものを返還する。但し、所有者が強迫又は詐欺によることなく自由にこれらを処分した場合は、この限りではない。この財 産は、戦争があつたために課せられたすべての負担及び課金を免除して、その返還のための課金を課さずに返還しなければならない。所有者により若しくは所有 者のために又は所有者の政府により所定の期間内に返還が申請されない財産は、日本国政府がその定めるところに従つて処分することができる。この財産が千九 百四十一年十二月七日に日本国に所在し、且つ、返還することができず、又は戦争の結果として損傷若しくは損害を受けている場合には、日本国内閣が千九百五 十一年七月十三日に決定した連合国財産補償法案の定める条件よりも不利でない条件で補償される。

 (b) 戦争中に侵害された工業所有権については、日本国は、千九百四十九年九月一日施行の政令第三百九号、千九百五十年一月二十八日施行の政令第十二 号及び千九百五十年二月一日施行の政令第九号(いずれも改正された現行のものとする。)によりこれまで与えられたところよりも不利でない利益を引き続いて 連合国及びその国民に与えるものとする。但し、前記の国民がこれらの政令に定められた期限までにこの利益の許与を申請した場合に限る。

 (c)(i)日本国は、公にされ及び公にされなかつた連合国及びその国民の著作物に関して千九百四十一年十二月六日に日本国に存在した文学的及び美術的 著作権がその日以後引き続いて効力を有することを認め、且つ、その日に日本国が当事国であつた条約又は協定が戦争の発生の時又はその時以後日本国又は当該 連合国の国内法によつて廃棄され又は停止されたかどうかを問わず、これらの条約及び協定の実施によりその日以後日本国において生じ、又は戦争がなかつたな らば生ずるはずであつた権利を承認する。

 (ii)権利者による申請を必要とすることなく、且つ、いかなる手数料の支払又は他のいかなる手続もすることなく、千九百四十一年十二月七日から日本国 と当該連合国との間にこの条約が効力を生ずるまでの期間は、これらの権利の通常期間から除算し、また、日本国において翻訳権を取得するために文学的著作物 が日本語に翻訳されるべき期間からは、六箇月の期間を追加して除算しなければならない。

   第十六条

 日本国の捕虜であつた間に不当な苦難を被つた連合国軍隊の構成員に償いをする願望の表現として、日本国は、戦争中中立であつた国にある又は連合国のいず れかと戦争していた国にある日本国及びその国民の資産又は、日本国が選択するときは、これらの資産と等価のものを赤十字国際委員会に引き渡すものとし、同 委員会は、これらの資産を清算し、且つ、その結果生ずる資金を、同委員会が衡平であると決定する基礎において、捕虜であつた者及びその家族のために、適当 な国内機関に対して分配しなければならない。この条約の第十四条(a)2(II)の(ii)から(v)までに掲げる種類の資産は、条約の最初の効力発生の 時に日本国に居住しない日本の自然人の資産とともに、引渡しから除外する。またこの条の引渡規定は、日本国の金融機関が現に所有する一万九千七百七十株の 国際決済銀行の株式には適用がないものと了解する。

   第十七条

 (a) いずれかの連合国の要請があつたときは、日本国政府は、当該連合国の国民の所有権に関係のある事件に関する日本国の捕獲審検所の決定又は命令を 国際法に従い再審査して修正し、且つ、行われた決定及び発せられた命令を含めて、これらの事件の記録を構成するすべての文書の写を提供しなければならな い。この再審査又は修正の結果、返還すべきことが明らかになつた場合には、第十五条の規定を当該財産に適用する。

 (b) 日本国政府は、いずれかの連合国の国民が原告又は被告として事件について充分な陳述ができなかつた訴訟手続において、千九百四十一年十二月七日 から日本国と当該連合国との間にこの条約が効力を生ずるまでの期間に日本国の裁判所が行なつた裁判を、当該国民が前記の効力発生の後一年以内にいつでも適 当な日本国の機関に再審査のため提出することができるようにするために、必要な措置をとらなければならない。日本国政府は、当該国民が前記の裁判の結果損 害を受けた場合には、その者をその裁判が行われる前の地位に回復するようにし、又はその者にそれぞれの事情の下において公平且つ衡平な救済が与えられるよ うにしなければならない。

   第十八条

 (a) 戦争状態の介在は、戦争状態の存在前に存在した債務及び契約(債券に関するものを含む。)並びに戦争状態の存在前に取得された権利から生ずる金 銭債務で、日本国の政府若しくは国民が連合国の一国の政府若しくは国民に対して、又は連合国の一国の政府若しくは国民が日本国の政府若しくは国民に対して 負つているものを支払う義務に影響を及ぼさなかつたものと認める。戦争状態の介在は、また、戦争状態の存在前に財産の滅失若しくは損害又は身体損害若しく は死亡に関して生じた請求権で、連合国の一国の政府が日本国政府に対して、又は日本国政府が連合国政府のいずれかに対して提起し又は再提起するものの当否 を審議する義務に影響を及ぼすものとみなしてはならない。この頃の規定は第十四条によつて与えられる権利を害するものではない。

 (b) 日本国は、日本国の戦前の対外債務に関する責任と日本国が責任を負うと後に宣言された団体の債務に関する責任とを確認する。また、日本国は、こ れらの債務の支払再開に関して債権者とすみやかに交渉を開始し、他の戦前の請求権及び債務に関する交渉を促進し、且つ、これに応じて金額の支払を容易にす る意図を表明する。

   第十九条

 (a) 日本国は、戦争から生じ、又は戦争状態が存在したためにとられた行動から生じた連合国及びその国民に対する日本国及びその国民のすべての請求権 を放棄し、且つ、この条約の効力発生の前に日本国領域におけるいずれかの連合国の軍隊又は当局の存在、職務遂行又は行動から生じたすべての請求権を放棄す る。

 (b) 前記の放棄には、千九百三十九年九月一日からこの条約の効力発生までの間に日本国の船舶に関していずれかの連合国がとつた行動から生じた請求権 並びに連合国の手中にある日本人捕虜及び非拘留者に関して生じた請求権及び債権が含まれる。但し、千九百四十五年九月二日以後いずれかの連合国が制定した 法律で特に認められた日本人の請求権を含まない。

 (c) 相互放棄を条件として、日本国政府は、また、政府間の請求権及び戦争中に受けた滅失又は損害に関する請求権を含むドイツ及びドイツ国民に対する すべての請求権(債権を含む。)を日本国政府及び日本国民のために放棄する。但し、(a)千九百三十九年九月一日前に締結された契約及び取得された権利に 関する請求権並びに(b)千九百四十五年九月二日後に日本国とドイツとの間の貿易及び金融の関係から生じた請求権を除く。この放棄は、この条約の第十六条 及び第二十条に従つてとられる行動を害するものではない。

 (d) 日本国は、占領期間中に占領当局の指令に基づいて若しくはその結果として行われ、又は当時の日本国の法律によつて許可されたすべての作為又は不 作為の効力を承認し、連合国民をこの作為又は不作為から生ずる民事又は刑事の責任に問ういかなる行動もとらないものとする。

   第二十条

 日本国は、千九百四十五年のベルリン会議の議事の議定書に基いてドイツ財産を処分する権利を有する諸国が決定した又は決定する日本国にあるドイツ財産の 処分を確実にするために、すべての必要な措置をとり、これらの財産の最終的処分が行なわれるまで、その保存及び管理について責任を負うものとする。

   第二十一条

 この条約の第二十五条の規定にかかわらず、中国は、第十条及び第十四条(a)2の利益を受ける権利を有し、朝鮮は、この条約の第二条、第四条、第九条及び第十二条の利益を受ける権利を有する。

 

  第六章 紛争の解決

   第二十二条

 この条約のいずれかの当事国が特別請求権裁判所への付託又は他の合意された方法で解決されない条約の解釈又は実施に関する紛争が生じたと認めるときは、 紛争は、いずれかの紛争当事国の要請により、国際司法裁判所に決定のため付託しなければならない。日本国及びまだ国際司法裁判所規程の当事国でない連合国 は、それぞれがこの条約を批准する時に、且つ、千九百四十六年十月十五日の国際連合安全保障理事会の決議に従つて、この条に掲げた性質をもつすべての紛争 に関して一般的に同裁判所の管轄権を特別の合意なしに受諾する一般的宣言書を同裁判所書記に寄託するものとする。

  第七章 最終条項

   第二十三条

 (a) この条約は、日本国を含めて、これに署名する国によつて批准されなければならない。この条約は、批准書が日本国により、且つ、主たる占領国とし てのアメリカ合衆国を含めて、次の諸国、すなわちオーストラリア、カナダ、セイロン、フランス、インドネシア、オランダ、ニュー・ジーランド、パキスタ ン、フィリピン、グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国及びアメリカ合衆国の過半数により寄託された時に、その時に批准しているすべての国に関 して効力を生ずる。この条約は、その後これを批准する各国に関しては、その批准書の寄託の日に効力を生ずる。

 (b) この条約が日本国の批准書の寄託の日の後九箇月以内に効力を生じなかつたときは、これを批准した国は、日本国の批准書の寄託の日の後三年以内に日本国政府及びアメリカ合衆国政府にその旨を通告して、自国と日本国との間にこの条約の効力を生じさせることができる。

   第二十四条

 すべての批准書は、アメリカ合衆国政府に寄託しなければならない。同政府は、この寄託、第二十三条(a)に基くこの条約の効力発生の日及びこの条約の第二十三条(b)に基いて行われる通告をすべての署名国に通告する。

   第二十五条

 この条約の適用上、連合国とは、日本国と戦争していた国又は以前に第二十三条に列記する国の領域の一部をなしていたものをいう。但し、各場合に当該国が この条約に署名し且つこれを批准したことを条件とする。第二十一条の規定を留保して、この条約は、ここに定義された連合国の一国でないいずれの国に対して も、いかなる権利、権原又は利益も与えるものではない。また、日本国のいかなる権利、権原又は利益も、この条約のいかなる規定によつても前記のとおり定義 された連合国の一国でない国のために減損され、又は害されるものとみなしてはならない。

   第二十六条

 日本国は、千九百四十二年一月一日の連合国宣言に署名し若しくは加入しており且つ日本国に対して戦争状態にある国又は以前に第二十三条に列記する国の領 域の一部をなしていた国で、この条約の署名国でないものと、この条約に定めるところと同一の又は実質的に同一の条件で二国間の平和条約を締結する用意を有 すべきものとする。但し、この日本国の義務は、この条約の最初の効力発生の後三年で満了する。日本国が、いずれかの国との間で、この条約で定めるところよ りも大きな利益をその国に与える平和処理又は戦争請求権処理を行つたときは、これと同一の利益は、この条約の当事国にも及ぼさなければならない。

   第二十七条

 この条約は、アメリカ合衆国政府の記録に寄託する。同政府は、その認証謄本を各署名国に交付する。

 以上の証拠として、下名の全権委員は、この条約に署名した。千九百五十一年九月八日にサン・フランシスコ市で、ひとしく正文である英語、フランス語及びスペイン語により、並びに日本国により作成した。

(全権委員署名略)

 

 

 

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【「国民の憲法」要綱 シンポジウム詳報(2)】サッチャーの文民統制見習え

2013年05月16日 | 憲法論資料

 

【「国民の憲法」要綱 シンポジウム詳報(2)】サッチャーの文民統制見習え
2013.5.16 07:58

 ≪前 文≫

 田久保氏「前文は、最初に憲法全体の性格、最後に決意を表明し、その間で日本の歴史と特徴、意気込み、尊重する価値観、国家目標の『(◆)独立自存の道義国家』を書いた。文学的、哲学的な響きを持つ名文だ」



 第一条(国柄) 日本国は、天皇を国の永続性および国民統合の象徴とする立憲君主国である。

 第二条(国の元首) 天皇は、日本国の元首であり、国を代表する。

 第三条(皇位の継承) 皇位は、皇室典範の定めるところにより、皇統に属する男系の子孫がこれを継承する。

 第四条(天皇の権能、内閣の補佐および責任)

  2 天皇のすべての国事行為および公的行為は、内閣がこれを補佐し、その責任を負う。

 第七条(天皇の国事行為および公的行為)

  2 天皇は、左の公的行為を行う。

  一 伝統に基づく皇室祭祀を行う。

 第八条(皇室典範の改正) 皇室典範の改正は、事前に皇室会議の議を経ることを必要とする。

 第一四条(国旗および国歌) 日本国の国旗は日章旗、国歌は君が代である。



国民統合の「象徴」男系維持

 ≪第一章 天皇≫

 ≪第二章 国の構成≫

 百地氏「現行憲法の問題は、個人があって国家がなく家族がないことだ。国家には2つの側面がある。1つは権力機構で『ステート』。これに対し、歴史的、伝統的な国民の共同体『ネーション』がある。合わせて『ネーションステート』。歴史的な共同体の上に政府が存在するのが近代国家だ。

 『国民の憲法』はこの国家観を前提に、第一章で国民共同体としての国家とそれを象徴する天皇、第二章で近代国家の3要素の国民、領土、主権を定めた。

 『憲法は権力を縛るものだ』という議論があり、確かに立憲主義は国家権力の乱用を防ぐものだが、それが全てではない。権力機構に対応する憲法の中にも、権力を縛る制限規範と権力そのものを付与する授権規範がある。

 国民共同体としての国家を考えると、『国のすがた・かたち』としての憲法が必要だ。『コンスティチューション(憲法)』は国体、国柄という訳語の方がふさわしいとされる。その意味での条文が日本国憲法には存在しない。

 そこで、『国民の憲法』第一章は第1条で、わが国の(◆)国柄を明記した。国家は歴史的連続性と空間的広がりで成り立っている。その国家の永続性と国民統合の象徴が天皇。まさに国民共同体としての国家、国柄を示す規定だ。

 日本は立憲君主国だ。戦後『共和制だ』という議論もあったが、そうした論議の余地をなくすために、立憲君主国であること、天皇が元首で国を代表することも明記した。立憲君主の特徴は『君臨すれども統治せず』。建前としては権能を持っているが、実際は内閣の輔弼(ほひつ)や助言によって行う。現行憲法は建前の権限まで剥奪し丸腰にした。それでは権威も保てない。『国政に関する権能を有しない』という条項から天皇は一切、政治に関わってはいけないかのような誤解もある。これらを改めた。

 天皇の公的行為、いわゆる象徴行為も明記した。国会開会式でのお言葉は、現行憲法でも認められるが、共産党は違憲だとして出席していない。公的行為と明記し、国家、国民のための祈りである宮中祭祀(さいし)も公的行為とした。

 第二章では『国の構成』を明らかにした。国家の目的は『国は、その主権と独立を守り、公の秩序を維持し、かつ国民の生命、自由および財産を保護しなければならない』とした。

 国民主権も明記したが、現行憲法では国民一人一人が全能かのような誤解がある。そこで、主権は代表者や憲法改正、国民投票法を通じて行使するとした。

 『国旗は日章旗、国歌は君が代である』とも明示した。『とする』より、確立しているものを確認するので『である』がよい。

 ちなみに聖徳太子は十七条の憲法。『国民の憲法』は117条の憲法。『いいな憲法』と読める」

 大原氏「『象徴』という言葉は国民に受け入れられているため採用した。皇位継承は、現行憲法では『世襲』とあるだけ。(◆)女系でも同一の血統なら世襲だとの議論があり混乱を招いている。男系に限定するため『男系の子孫』とした。『男系の男子孫』という意見もあるが、過去に男系の女性天皇が10代8人いた。将来は男系の女性天皇まではあり得るという含みだ。

 皇室典範の改正は国会の単純な議決で決まることになっているが、皇室の存在や地位の変更に関わる事柄に皇室が関わらないのは不適切だ。皇室の意向も配慮できるよう皇室会議の議を経ることとした」



サッチャーの文民統制見習え

 第一五条(国際平和の希求) 日本国は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国が締結した条約および確立された国際法規に従って、国際紛争の平和的解決に努める。

 第一六条(軍の保持、最高指揮権) 国の独立と安全を守り、国民を保護するとともに、国際平和に寄与するため、軍を保持する。



 ≪第三章 国防≫

 田久保氏「国家の柱は政治、経済、国防。日本の政治は一流とは言えず経済はまだ一流だが、国防はどうか。自衛隊は憲法に規定もない。その欠陥が現れているのが国民感情だ。27年前、沖縄県で20歳の自衛隊員が革新派に妨害され、成人式に遅刻した。防衛省の事務次官は認証官だが、制服組のトップは違う。ある首相は『私が自衛隊の最高指揮官とは知らなかった』と言った。

 『国民の憲法』は軍の保有を定めた。軍は(◆)シビリアンコントロール(文民統制)で政治家が判断をする。サッチャー首相は(◆)フォークランド紛争で、軍が反対する決断を下した。これが本当の文民統制で、何のたれ兵衛が歴史観が違う論文を書いたからクビを切れ、というのは違う」

 佐瀬氏「現行憲法第9条は日本の防衛、安全保障を考える原点、一丁目一番地だ。解釈がなくても意味が明瞭でなければならない。だが、入り組んだ解釈なしでは、白か黒かも分からない。現行憲法制定時、米国は徹底的な非軍事化を追求した。日本は『(◆)芦田修正』で『自衛権は保有する』との解釈を生み出す余地を確保したが、第9条は論争点であり続けている。

 言いたいことは『国民の憲法』の第15、16条に結実している。戦争放棄は消失し『国際紛争の平和的解決に努める』が入った。第16条は軍の保持を定めた。『軍』と表記する前には自衛軍、国防軍、国軍のどれにするかで議論があった。

 重要な問題の第1点は、自衛権の保有に言及していないことだ。国家が自衛権を保有することは、非保有を謳わない限り自明だ。国連憲章第51条は個別的・集団的自衛権を国家固有の権利としている。わざわざ言及するのは同義語反復だ。

 第2点は、現行憲法第9条の欠陥が、前文の国際社会についての幻想性と双生児の関係にあることだ。前文では、国際社会は『平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている』とある。絵空事のような文言だ。『国民の憲法』は『われら日本国民は、恒久平和を希求しつつ、国の主権、独立、名誉を守ることを決意する』とした」

(c) 2013 The Sankei Shimbun & Sankei Digital



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坂元一哉 対米ミサイル阻めずに同盟国か

2013年05月03日 | 憲法論資料


【正論】「国民の憲法」考 

大阪大学大学院教授・坂元一哉 対米ミサイル阻めずに同盟国か

2013.5.1 03:23

 中国の軍事的台頭、北朝鮮の核およびミサイル開発によって、日本を取り巻く国際情勢は一段と厳しさを増している。中国は不条理な主張に基づいて公船による領海侵犯を繰り返すし、北朝鮮は日本に向かって「無慈悲な」核攻撃まで口にするようになった。

《最大のごまかし安保条約5条》

 日本が、日米同盟をこれまで以上に強化して、自国と地域の安全を図るのは当然のことだろう。そのための課題はいろいろだが、集団的自衛権は行使できないという政府の憲法解釈は、急いで改めるべきである。

 日本が集団的自衛権を行使できるようになれば、日米同盟は二重の意味で強化される。

 一つは、同盟協力の幅を拡大できるという意味での強化。例えばいま、日本周辺の地域で日本の平和と安全に重要な影響を与える事態(周辺事態)が発生したとする。その場合、日本はその事態に対応する米軍に対し、日本周辺の公海上でも補給などの支援を行うことができる。

 だが、その支援は、武力行使と「一体化」すれば、集団的自衛権の行使になる。そういう理由から場所や内容が制限されている。

 もし集団的自衛権の行使が可能なら、「一体化」するしないの曖昧な議論なしに、支援のありようを考えることができるだろう。補給に限らず、状況によっては米艦船の防護もできるから、同盟協力の実効性は格段に向上する。

 もう一つは、同盟協力の基盤を固めるという意味での強化。日米同盟は、国連憲章に明記された集団的自衛権に基づく同盟である。しかし、実際の同盟協力は、同盟の一方(日本)が集団的自衛権の行使はできないという、変則的な形でなされてきた。そのことにはごまかしもつきまとう。

 一番のごまかしは、安保条約第5条、日本有事の日米共同対処における日本の行動を、それが在日米軍を守るものであっても、個別的自衛権で説明するところだろう。この条文ができた安保改定時の関係者で、内閣法制局長官もつとめた高辻正巳氏は後年、国内ではそう説明したが、これは集団的自衛権の行使であり、米国はそう理解したと回顧している。

 こういうごまかしをやめ、日米協力を双方の集団的自衛権で説明すれば、同盟の基盤はより確固としたものになろう。ごまかしは協力の相互性を見えにくくして双方に不満をもたらし、同盟を脆弱(ぜいじゃく)にするだけである。

《自衛隊規定の条文ない欠陥》

 この点、軍事技術の発達で、集団的自衛権の行使に関する日本の姿勢が、同盟協力の基盤を弱めるばかりか、一挙に壊してしまいかねない恐れが出てきたことにも注意がいる。しばしば指摘されるが、将来、ミサイル防衛の能力が高まり、日本が米国の領土に飛んでいく核ミサイルを撃ち落とせるようになっても、いまの姿勢のままでは法的に撃ち落とせない。これは、理屈のうえでそうなる、というだけで同盟の精神基盤をおかしくする話である。

 産経新聞が発表した「国民の憲法」要綱はその第16条で、「国の独立と安全を守り、国民を保護するとともに、国際平和に寄与するため、軍を保持する」と、実力組織である「軍」の保持とその目的を明記している。もし、こういう条文がいまの憲法にあれば、集団的自衛権の行使は問題なくできるようになるだろう。

 結局のところ、いまの憲法で集団的自衛権の行使が問題になるのは、憲法の条文に、国家最大の実力組織である自衛隊に関する規定がないからである。これは間違いなくこの憲法の欠点であり、「国民の憲法」はそのことを改めて気づかせてくれる。

《「他」国民保護できるように》

 憲法に「16条」のような条文をいれ、自衛隊の保持を明記し、同様の目的を書き込む。そうすれば、たとえ9条がそのままであっても、集団的自衛権の行使はできないとの憲法解釈は出てこないだろう。いまの憲法を「16条」のような条文を持つものに改正するのは、これからの日本の安全保障にとって望ましいし、必要なことだと思う。

 ただ、それにはなお時間がかかる。その一方で集団的自衛権の行使容認は焦眉の課題になっている。まずは政府の憲法解釈を変更し、限定的でもよいから、この権利の行使を可能にすることを探るのが賢明だろう。

 政府は、自衛隊の実力行使の目的は、必要最小限の「自」国民保護であり、それは憲法に違反しないとしてきた。では、必要最小限の「他」国民保護はどうか、と問うのが解釈変更のポイントになる。憲法にはそのための実力行使を直接禁ずる規定はない。国際社会の変化、軍事技術の発達、日本の国家としての発展と、憲法の精神を総合的に考え合わせて、それができるとなれば、必要最小限の集団的自衛権行使もできるようになるはずである。(さかもと かずや)

(c) 2013 The Sankei Shimbun & Sankei Digital


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