仏教では、ヴェーダ宗教の「アートマン」を否定して「アナートマン」、「アートマンではない」という意味、これを漢訳の時に「非我」「無我」と訳した。
ヴェーダ宗教のウパニシャッド(奥義書)では、アートマンとは個の原理であり、宇宙の原理であるブラフマンと同一のもの、アートマンを悟れば宇宙の真理も悟れる。
個の主体であるアートマンは、常に認識する主体で、認識された対象は、すべてアートマンではない。
初期仏教で「無我」は、「アートマンはない」と言って我に執着する人々を戒める言葉だったが変わり、アートマンという存在の完全否定の意味。