嫉妬は犬も持っているのに気が付いたのは私が中学生のころで、お隣のスピッツを可愛がっていて、彼もよくなついていた。あるとき家の前でお向かいの若い犬シロの頭を撫でていたところ、それを目撃したスピッツ君は猛烈にダッシュして若い犬シロに襲いかかった。可愛そうなシロ君は何のことかよくわからずにすごすごと逃げて行った。その時の強い印象が今でも残っている。
普段おとなしいスピッツ君のあまりの激しい感情の爆発にこっちも心底驚いてしまった。もちろんそれまでにも大小の嫉妬は経験しているが、嫉妬という感情に露骨に向き合った初めての体験だったと思う。その激しさは母犬が生まれたばかりの子犬を守ろうとするときのそれと同じレベルで、嫉妬は母性本能と同じくらい強力なしろものなのだとそのとき学んだ。
その嫉妬にからんでのお話です。最近、知り合いのインドネシア人の息子がブラックマジックにかかったと聞いた。その息子はジャワ島の祖母のうちに一人でふらりと遊びに行って、ようやく帰ってきたらおかしくなった。夜に突然目つきがかわり、憑き物がついたようになり暴れるのだという。それが連夜続くので、気の毒に彼女は疲れ切っている。インドネシアの人はこんな病状に出くわすとブラックマジックだとして迷わずバリアンに相談にいく。彼女も例外ではなく、ジャワのバリアンとは電話で相談し、バリのバリアンには家に来てもらってブラックマジックを解いてもらう儀式を行った。
出入りのバリ人アグンに事の次第を話して感想を求めると「それはブラックマジックだよ。銃弾のように飛んでくる」といって銃を撃つ真似をした。銃と同じで狙った当人には当たらないで、後ろにいる他人に被害を及ぼすこともあると確信を持って言う。彼の祖母がその誤射の被害にあったらしい。それにしてもその息子は一体何に嫉妬されたのだろうと疑問を投げかけると、「ジャワ島からバリに移住しているだけで、豊かな生活をしていると思われ嫉妬される」アグンは確信を持っていう。こちらは半信半疑で聞いている。単にバリ島に移住しただけでそんなに豊かになるとは思えないと疑問をぶつけると「身近なものほどちょっとでも自分よりいい目にあうと、ブラックマジックの対象になる。身近でない人がいくら金持ちになろうが嫉妬はおきないので外国の観光客がいくらリッチでも気にもしないしブラックマジックもかけない」という。「アグン、君って人間心理をわかっているね」
「病状が現れてどのくらい経つの」とアグンが尋ねる。「まだ1週間程度だよ」「じゃあ、すぐ直るよ」と彼は回復を請け合う。これは精神病でよく聞く「固着する前なら直りやすい」と言われるのと同じことのようだ。
嫉妬は人間の根源的な生への欲望と密接に絡んでいる。というより生への欲望そのものにも見える。犬などでも同腹の子供たちがよりよく出る乳房を求めて激しく奪い合うのは生存競争であっても嫉妬の萌芽を感じる。また、親犬が子犬を舐めていて、他の子犬がその間に割り込んでいくのもより嫉妬に近くなっているがまだ嫉妬そのものとは言えない。嫉妬と生存欲とには似ているが違いを分けるある一線があるように思うが、うまく表現できない。ブッダはカルマを形成するのは根源的な生存欲だといったが、この生存欲とは嫉妬と置き換えたほうがふさわしいと直観的には思えるのだが、まだ自分で納得のいくレベルでは理解していない。
この厄介な嫉妬がブラックマジックを送り出すのだが、これに類するものは南米でもモロッコでも日本でもある。おそらく世界中にあるのだろうが、キリスト教やイスラム教国では表向き抑えられている。しかし土着の民間信仰的には生き残っている。日本でも源氏物語では六条御息所が葵の上を生霊で殺している、負けてはいない。
バリでも観光客はブラックマジックにかからないという。これは嫉妬の対象にならないためだろう。しかし南米では白人がかかった例がコリンウィルソンの著作で紹介されているが、これなど恋愛感情が仲立ちしているのでより身近な存在として嫉妬を覚えたのだろう。もうひとつかかりにくい理由が考えられる。日本人もすでに西洋文明になじんで長い。呪詛など迷信と考える人々が圧倒的多数だ。そうなると本人が信じていないので共鳴することが難しい。したがってかかりにくいのだと考えている。一方、バリ人をはじめかかりやすい人々は自らも他人を呪詛したりした経験があるか、それに近い感情を持ちがちなのだろう。そんな経験があるので、他人が呪詛すると受け入れる、つまり共鳴してしまうのだろうというのが私の理解です。人を呪わば穴二つのことわざはこんな事を意味しているのかもしれない。
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