彼の家で炬燵に入りコーヒーを飲みながら昔話や同級生のことなどを語っていたが、自然に亡くなった奥様の話になった。癌で後3か月と医者から言われた時の苦悩を紛らわすために酒に溺れたという。酒を飲みだすと止まらなくなり朝まで飲み続けることも珍しくなくなった。アルコール中毒の特徴である連続飲酒が始まったという。しばらく反省して酒を慎むのだが何かの拍子で飲みだすと止まらなくなるのだという。
そのうち嫉妬妄想が始まったという。彼の友人が奥様の見舞いに来ると、その友人に電話をかけ、まったくあらぬ嫌疑をかけて難詰し始めるのだという。さすがに周りも見かねて専門病院に連れていき、断酒剤を服用しだした。その後奥様が亡くなられるまで断酒剤の効果で酒乱は納まった。断酒剤は服薬中に酒が入ると猛烈な苦しみをこうむることになる。それを恐れるあまりに飲酒に対する抑止効果をもつという。
奥様の葬儀の日に、断酒剤を飲んでいなかったのだろうか、弔問客に出す酒に思わず手が伸びた。それを見て激怒した長男に弔問客の目前で本気の回し蹴りを頭にまともに喰らったという。長男は日頃暴力を振るうような子ではない。奥様の最後の入院中に酒に溺れてまわりをハラハラさせ、それを見て腹に据えかねていた長男が葬儀の日に堪忍袋の緒を切ったのだろう。
ちょっと信じられないような話を聞いて幸一君の顔を眺めていた。うっすらと目頭が赤くなっている。小さいころから知っている彼は酒乱になるような雰囲気をもつ男では全くない。比較的裕福な家庭に育てられ、おっとりとした性格の彼がなぜアルコール中毒になったのか。なにか下地があったのだろうか。
幸一君は自営業のため、仕事の合間にお茶代わりに日本酒をちょっとひっかけてはまた元気をつけて仕事に戻るという生活を長年続けてきたという。さらに癌を患い退院後に転移の恐怖を紛らわすために酒を嗜んだという。ただ、このころはまだ連続飲酒に至るほどではない。
そんな話をし終わったころ、長男が帰ってきた。彼は小さい頃しか知らない。しかし面影のある顔で穏やかにこちらに笑いかけた。「おやじ、晩飯に鶏肉と野菜を買ってきたで」といいながら2階に上がっていった。幸一君と私は目でお互いになにかを納得し合った。
(フィクションです)
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