以下は単なる思い付きをメモしたものです。
それにしてもショーペンハウエルは随分思い切ったことを述べるものだ。「人類は滅びてしまうだろう。それでよいのだ。」とは。
「その慈悲は世界の苦悩を自分のものとすることからもたらされる。よって、人間は万物のための犠牲である」とは。
しかしこの思想、どことなく「幼年期の終わり」のオーバーロードやオーバーマインドを人間に置き換え、人間を家畜に置き換えると筋が通るような気がする。オーバーロードやオーバーマインドがなぜ人類を救済しようとするのかの回答になっている気もする。
それにしてもショーペンハウエルは恐ろしさを秘めた思想家ではある。
§68-2 家畜の救済
意志の否定を行う人の肉体は健全であり、生殖器を通じて性的衝動を表明してはいても、もはや新しい命を生み出そうとは思わない。自発的な純潔こそ、救済の第一歩である。世界中がこのような人ばかりになれば、人類は滅びてしまうだろう。それでよいのだ。ショーペンハウエル http://soqdoq.com/symposion/scp/%C2%A768-2-%E5%AE%B6%E7%95%9C%E3%81%AE%E6%95%91%E6%B8%88/
認識主観である人類が消滅すれば、この世界が消滅したに等しい。なぜなら、世界は表象であり、主観のないところに表象は無いからである。
人間の消滅は、次に動物界に影響を与える。人間は動物を利用する代わりに、救済を与えなければならない。万物は人間によって神のもとへ引き上げられねばならない。人間は万物に対する司祭である。その慈悲は世界の苦悩を自分のものとすることからもたらされる。よって、人間は万物のための犠牲である。