まさおレポート

当ブログへようこそ。広範囲を記事にしていますので右欄のカテゴリー分類から入ると関連記事へのアクセスに便利です。 

村上春樹 「海辺のカフカ」 2回目を読む

2011-06-05 | 小説 村上春樹

2011-06-05 初稿

2015/09/14 追記

「海辺のカフカ」 3年ぶりに2回目を読み直してみると面白味も一層確実に増してくる。この3年間に「1Q84」と「夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです」それに「The Long Goodbye」(レイモンド・チャンドラー村上訳)を読んだ。特に「夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです」は村上春樹作品の舞台裏を語ったインタビュー記事集で彼の作品を読み解くのに大変参考になる。しかし矛盾するが、この中で彼は作品の解説なるものが無意味であることを何回も強調している。解説ではなく、作品を何度も読み直して欲しい、その行為でしか内容を十分に楽しむことはできないと断言している。従って「夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです」の助けを借りて再読することは作者の本意ではないはずであるが、作者の思惑とは別に、つまり村上春樹には悪いのだが、このインタビュー記事を読んだ後では読み取りと楽しみが一層増したことを実感することになる。

遺体からでる気持ちの悪いもの 太平洋戦争末期に疎開先でUFO(らしきもの)を疎開先で見る。それを見た学童のナカタさんたち学童は意識を失うが、その後他の学童は意識が戻ると何の後遺症も見せずに回復する。その後ナカタさんだけは秀才から文字も読めない「頭のわるい人」に変身していた。その後50年ほど経ってナカタさんが猫殺しのジョニーウォーカーさん(中田カフカの父)を殺し、「入り口の石」を星野くんの助けを借りて見つけた後に安らかな眠りとともに亡くなる。

亡くなるとナカタさんの遺体からサンショウウオのようなエイリアンのような切っても叩いても平気な気持ちの悪い生物?がナカタさんの口から出てきて「入り口の石」に入ろうとする。「1Q84」では牛河の殺された遺体の口から小人が出てくるのと同じノリで、異形の人物の亡骸の口から邪悪かどうかわからないがとにかく気持ちの悪い存在が出てくるというのが村上ワールド共通の仕掛けになっている。どうもこのエイリアンがナカタさんを操っていたらしいと読めるが操るという言葉は不適当だと気がつく。ナカタさんはこの不気味なものに操られているにしては正直で素直で約束を守る人で、遠藤周作作品の「お馬鹿さん」の神父さんみたいな神に近い人なのだ。だからこの気持ちの悪いものは邪悪に見えて実はよくわからない。(これは恐らく彼女の恋人が全学連のバリケードで殺された時に。の小人と同じで、ここでも邪悪な存在とは言い切っていない。)

この気持ちの悪いものが入り込んだ後は影が薄くなる。つまり本体は生霊になって飛んでいき、そのために影が薄くなったと言いたいのだ。それは佐伯さんも同じで恐らく彼女の恋人が全学連のバリケードで殺された時以来、彼女も影が薄い。この影が薄いというの比喩ではなく実際に影が通常より薄くなりと描かれている。この影が薄いも彼の作品の定番で、「1Q84」でも青豆と天吾の影は確か薄い。源氏物語の六条御息所の生霊が葵上を取殺すが、生霊が活動しているときには本体は気を失ったようなもぬけの殻状態にある。つまりこの状態を影が薄いと言い換えたものらしい。

ではこの佐伯さんとナカタさんの生霊はどこへ行ったのか。つまり影の片割れはどこに行ったのか。作品の中でカーネル・サンダースとジョニーウォーカーが生霊らしいのだが、どちらかがナカタさんの片割れではないかと推測してみたがジョニーウォーカーは田村カフカの父の生霊であり違うようだ。

ナカタさんの生霊は実は佐伯さんであると仮定してみると話があう部分もある。二人が甲村記念図書館で出会うときに、お互いに昔から顔見知りのような、そしてその場で対面することが決まった運命でもあるかのような会話を交わすところがある。それにナカタさんが疎開先でエイリアンに遭遇しておかしくなった時期は彼が10歳くらいで、佐伯さんともそのくらいの年の差として描かれている。つまりナカタさんの生霊が飛び出したか追い出されたかして、佐伯さんのなかに入り込んだ。ナカタさんと佐伯さんは相前後して眠るように亡くなるところも推測を補強してくれる。

しかし話が合わないところもある。ナカタさんがジョニーウォーカーを殺した時に田村カフカも気を失って血まみれで倒れていた。つまりナカタさんは田村カフカの生霊であるとも読める。あるいは生霊はなにも一対一で乗り移るものではなく時には佐伯さんであり、ときには田村カフカにと複数に乗り打つ手るのかもしれない。まあ、よくわからないから面白いとも言えるので、再読を期待しておこう。次はなにかがわかるかもしれないし、「そんなことはどうでもいいんだよ」という作者の声が聞こえるかもしれない。確か、「夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです」のなかで、作品の中で仮設を設定した理由は説明されなくてもよい…という意味合いの発言があったような。つまり、そんな謎解きは作品の本質ではなく、結果としてその物語が面白いかどうかが「仮説の検証」ということだと述べているし、その通りだ、確かに面白い。特に比喩の表現とそのユーモアに、そして痛切に胸を打つ感動的な言葉に感心し、感動する。以下の引用は最も感動した部分であり、この作品の最高の盛り上がりを示すところだと思うのだが、例によって意味は幾通りにも読め、謎の一杯に詰まった文章でもある。いずれ三回目の読書を試みるが、その時に多少の解明がなされるだろうか。まあ、解明そのものは付録のようなものだが。

「私は遠い昔、捨ててはならないものを捨てたの」と佐伯さんは言う。「私がなによりも愛していたものを。私はそれがいつか失われてしまうことを恐れたの。だから自分の手でそれを捨てたの。だから自分の手でそれを捨てないわけにはいかなかった。奪い取られたり、なにかの拍子に消えてしまったりするくらいなら、捨ててしまったほうがいいと思った。もちろんそこには薄れることのない怒りの感情もあった。でもそれはまちがったことだった。それは決して捨てられてはならないものだった」(下巻P381)

「あなたに私のことを覚えていてほしいの」と佐伯さんは言う。そして僕の目をまっすぐに見る。「あなたさえ覚えていてくれたら、ほかのすべての人に忘れられてもかまわない」(下巻P428)

追記 2015/9/14

村上春樹「海辺のカフカ」登場人物の名前は源氏物語ゆかりかもしれないと想像してみるのも面白い。村上春樹が名前は非常に大切だと新刊本でかいていたこと、「海辺のカフカ」が源氏物語にインスパイアされたこと、大島本と大島さんが頭の中で結びついたことでメモしてみた。

大島さん 甲村記念図書館の司書 カフカに源氏物語を勧める。

大島本 - Wikipedia

大島本
源氏物語の写本としての大島本は、ほぼ全巻が揃い、青表紙本系統の本文を持つ源氏物語の写本のうち、現存最善本と考えられている。現在出版されている『源氏物語』の学術的な校訂本は、ほとんどこの大島本を底本にしている。 

佐伯さん 甲村記念図書館の責任者

佐伯 梅友 源氏物語研究者

源氏物語講読〈下〉 | 佐伯 梅友 | 本-通販 | Amazon.co.jp

 ナカタさん

中田 武司 源氏物語研究者

源氏物語―完訳 | 紫式部, 中田 武司 | 本-通販 | Amazon.co.jp

 


君はこれから世界でいちばんタフな15歳の少年にならなくちゃいけないんだ。なにがあろうとさ。そうする以外に君がこの世界を生きのびていく道はないんだからね。そしてそのためには、ほんとうにタフであるというのがどういうことなのか、君は自分で理解しなくちゃならない。 上 P.8   カラスと呼ばれる少年

 

それも決まりなんだ。目を閉じちゃいけない。目を閉じても、ものごとはちっとも良くならない。目を閉じて何かが消えるわけじゃないんだ。それどころか、次に目を開けたときにはものごとはもっと悪くなっている。私たちはそういう世界に住んでいるんだよ、ナカタさん。しっかりと目を開けるんだ。目を閉じるのは弱虫のやることだ。現実から目をそらすのは卑怯もののやることだ。君が目を閉じ、耳をふさいでいるあいだにも時は刻まれているんだ。コツコツと 上 P.253   ジョニー・ウォーカー


田村カフカくん、僕らの人生にはもう後戻りができないというポイントがある。それからケースとしてはずっと少ないけれど、もうこれから先には進めないというポイントがある。そういうポイントが来たら、良いことであれ悪いことであれ、僕らはただ黙ってそれを受け入れるしかない。僕らはそんなふうに生きているんだ 上 P.280   大島さん


世界は日々変化しているんだよ、ナカタさん。毎日時間が来ると夜が明ける。でもそこにあるのは昨日と同じ世界ではない。そこにいるのは昨日のナカタさんではない。わかるかい?上 P.329   ハギタさん


世の中のほとんどの人は自由なんて求めてはいないんだ。求めていると思いこんでいるだけだ。すべては幻想だ。もしほんとうに自由を与えられたりしたら、たいていの人間は困り果ててしまうよ。覚えておくといい。人々はじっさいには不自由が好きなんだ。 下 P.152   大島さん

起こってしまったことというのは、粉々に割れてしまったお皿と同じだ。どんなに手を尽くしても、それはもとどおりにはならない。
下 P.305   カラスと呼ばれる少年


あなたには私のことを覚えていてほしいの。あなたさえ私のことを覚えていてくれれば、ほかのすべての人に忘れられたってかまわない
下 P.379   佐伯さん


僕らはみんな、いろんな大事なものをうしないつづける、ベルが鳴りやんだあとで彼は言う。大事な機会や可能性や、取りかえしのつかない感情。それが生きることのひとつの意味だ。でも僕らの頭の中には、たぶん頭の中だと思うんだけど、そういうものを記憶としてとどめておくための小さな部屋がある。きっとこの図書館の書架みたいな部屋だろう。そして僕らは自分の心の正確なありかを知るために、その部屋のための検索カードをつくりつづけなくてはならない。掃除をしたり、空気を入れ替えたり、花の水をかえたりすることも必要だ。言い換えるなら、君は永遠に君自身の図書館の中で生きていくことになる 下 P.422   大島さん


世界はメタファーだ、田村カフカくん でもね、僕にとっても君にとっても、この図書館だけはなんのメタファーでもない。この図書館はどこまで行ってもこの図書館だ。僕と君のあいだで、それだけははっきりしておきたい下 P.425   大島さん

 

 

 

 


コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。