美津島明編集「直言の宴」

政治・経済・思想・文化全般をカヴァーした言論を展開します。

高橋洋一は、「使えるエコノミスト」である(その1) ECBのマイナス金利

2014年06月18日 12時07分22秒 | 経済
私は、月曜日から金曜日まで『夕刊フジ』を買って読んでいます。それは、嫌韓嫌中記事を読んで溜飲を下げるためではなくて、高橋洋一氏のコラム「『日本』の解き方」を読むためです。彼は、維新の会をサポートしようとするところに、規制緩和を基本的に是とする姿勢が見られます(だからTPP参加には賛成の立場です)。そういう点について、私は彼をあまり評価しません。しかし、その他の彼の発言には、学ぶべきところが実に多いのです。

たとえば、ECB(欧州中央銀行・ドラキ総裁)が六月五日に導入を決定したマイナス金利について。マスコミでは、「初めての措置」ということばかりが取り沙汰されて、これが、金融政策としてどれほどの効果があるのか、さっぱり分かりませんでした。その点高橋氏は、それをきちんと分かりやすく論じます。結論を先に言えば、ECBのマイナス金利政策は、日銀やFRBの量的緩和ほどの効果が期待できない、となります。以下、彼の論の展開に即して、いささか言葉を補いながらその理由を述べましょう。

通常、中央銀行口座への市中銀行の預金には、利息がつきます。日本の場合、法定準備預金を超える預金額について、0.1%の利息がついています。それに対してECBの場合、法定準備預金には利子を付けますが、超過準備預金には付利していませんでした。ところが今回、それについて0.1%の手数料をもらうことにしたのです。これが、いわゆるマイナス金利です。

高橋氏によれば、マイナス金利をそのひとつとして含む金融政策は、民間部門で消費や投資の有効需要を作り出すために、「実質金利」(=名目金利-予想インフレ率)を下げます。通常であれば、名目金利を下げると、予想インフレ率が一定でも、実質金利は下がります。ところが、名目金利がゼロになるとそういう通常の手は使えなくなります。そこで、マネタリーベース(中央銀行が供給する通貨)を増やすと(いわゆるブタ積みが増えると)、予想インフレ率が上昇します。そうなると、名目金利がゼロでも、実質金利が下がります。これが、自国通貨の価値を下げ自国通貨安・株高をもたらすことはこの一年間の日本経済の現実それ自体によって実証されましたね。アンチ量的緩和派は、“量的緩和でブタ積みが増えた”と騒いでいますが、正統派のリフレ理論においては、デフレ脱却の前半期において、ブタ積みがインフレ期待を高めるとされているのですから、それは量的緩和批判として的外れです。

ここで、予想インフレ率の上昇を通じて実質金利を下げるためのマネタリーベースの増加が、すなわち量的緩和です(それと大胆な財政出動とを組み合わせればアベノミクスとなります)。量的緩和は、国債買いオペを伴うので、明示的に名目金利の上昇を抑え実質金利をマイナスにして、企業の投資行動や消費者の消費行動を促し、実体経済における有効需要を創出します。そうなると、ブタ積みされていたベースマネーが次第に市中に出回るようになります。市中銀行からの企業への貸出が増えるのですから、当然そうなります。

理論的には、大胆なマイナス金利を実施すれば、量的緩和と同じくらいの実質金利の低下を実現することができます。というのは、「実質金利=名目金利-予想インフレ率」という等式のうち、量的緩和による「予想インフレ率」の上昇分と同じ率の「マイナス金利」を設定すれば良いのですから。

では、今回のECBの措置が実質金利に与える影響は、どれほどのものなのでしょうか。高橋氏は、具体的数値を挙げてそれを説明します。

黒田日銀の量的緩和では、実質金利はマイナス0.5%からマイナス2.5%にもなり、下げ幅は2%である。今回のECBでは名目金利ゼロを名目金利マイナス0.1%にしただけで、実質金利の下げ幅はたった0.1%しかない。

これで、ECBの今回の措置が、危機に瀕したEU経済のデフレ圧力をはね返すだけの強力なものではないことが明らかです。どうりで、市場がほとんど反応を示さなかったはずです。

では、ECBはなぜ量的緩和ではなくマイナス金利政策を選択したのでしょうか。高橋氏によれば、ECBが量的緩和を選択した場合、それは国債の買取を伴い、「EUのどこの国の国債を買うか」でもめるからです。その問題をめぐってEU諸国の国益がぶつかり、収拾がつかなくなってしまうのですね。つまり、経済面での成熟度が異なる諸国家の寄せ集め、というEUの弱点が露呈されることをECBは恐れたのです。それをカモフラージュするために、ECBは、「財政ファイナンスをしない」と去勢を張っているのです。

高橋氏の優れたところは、ECBの金融政策を批判するだけではなくて、ちゃんと代替案を提示し助け舟を出している点です。彼によれば、量的緩和は、実は各国国債でなくとも債券の購入でもできるのだから、例えば、欧州投資銀行(EIB)が大量に債券を発行し、危機に瀕したギリシャなどの南欧諸国でインフラ整備を行う財政政策を発動し、同時にECBがその債券を購入し、量的緩和するという金融・財政のパッケージが、今のEUの仕組みにおけるベスト・チョイスです。そうすれば確かに、EUの弱点に制約された微温的なマイナス金利政策などという消極策に甘んじる必要がなくなります。国境を越えた問題について、そういうクレバーで建設的な提案ができる高橋氏は、たいしたものだと思います。    
(この稿、続く)

参考 高橋洋一「『日本』の解き方」(「夕刊フジ」6月12日号掲載)
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