美津島明編集「直言の宴」

政治・経済・思想・文化全般をカヴァーした言論を展開します。

母親就業率のランク付けに見る欺瞞 (小浜逸郎)

2015年06月17日 19時02分49秒 | 小浜逸郎
*編集者記:以下は、小浜逸郎氏ブログ「ことばの闘い」の掲載記事を転載したものです。

母親就業率のランク付けに見る欺瞞 (小浜逸郎)

2015年06月12日 20時07分56秒 | 経済



 これから書くことは、政府の女性政策に対する批判であり、同時に、世間で当然と思われている考え方に対する異議申し立てです。その考え方とは、女性が社会に出て労働者として働くことは無条件によいことだというものです。
 まず言っておくと、さまざまな女性を「女性」という抽象的な言葉で一括りにして、だれが、人生のどんな時期に、どういう条件下で働くのがよいのかを一切問おうとしないところに、この考え方の最大のまやかしがあります。ここには、男女共同参画社会などの美名のもとに仕組まれた巧妙なトリックがあるのですが、女性差別はけしからんという一見だれも逆らえない現代の大原則のために、ほとんどの人がそのトリックを見抜けません。
 この原則の前では、女性政策やそれを支える世間の考え方に違和感を感じた男たちがいても、逆襲を恐れて口をつぐんでしまいます。安倍政権の「すべての女性が輝く政策パッケージ」なるものも、当然、このトリックを存分に利用しているのです。
 ちなみに誤解を受けないようあらかじめことわっておきますが、私は、女性が社会で働くことそのものを否定するような保守反動オヤジではありません。むしろ、できるだけ多くの女性が幸せな人生を送ってほしいことを切に願う、真の意味の「フェミニスト」なのです。
そのことは、以下の文章をきちんと読んでいただければ、必ずわかってもらえると思います。

 まず、下のグラフを見てください。これは、子どもを抱えた25歳から44歳までの女性の就業率を都道府県別に表したもので、総務省の「平成24年就業構造基本調査」に掲載されています。



 一見して明らかなように、山陰、北陸、東北などの人口の少ない農村部で高く、首都圏、関西圏、政令指定都市のある県など、大都市を抱えた地域では低くなっています。これについて、総務省自身は、格別のコメントを記していませんが、民間のサイトであるまぐ2ニュース「働くお母さんが多い都道府県第1位は島根県。上位は日本海側に集中」には、次のように書かれています。(http://www.mag2.com/p/news/16593

就業率ワースト12都道府県

1位  神奈川県
2位  兵庫県
3位  埼玉県
4位  千葉県
5位  大阪府
6位  奈良県
7位  北海道
8位  京都
9位  滋賀県
10位  山口県
11位  愛知県
12位  京都府

就業率上位は島根県など、日本海側に集中

 育児をしている女性の就業率1位は島根県、それに続くのは山形県、福井県、鳥取県、富山県と日本海側の県が目立った。就業率下位は、都市部から周辺のベッドタウンとして栄える地域が目立つ。都市部よりも地方、特に日本海側の地域で就業率が高い点について、47求人.comでは「3世代世帯の多さ」と比例することが要因のひとつとみている。
 47求人.com調査によると、3世代同居率が高い都道府県ランキング(厚生労働省「平成25 年国民生活基礎調査」)でも、上位の山形県、福井県、鳥取県、富山県がトップ5にランクイン(島根県は13 位)。3世代で暮らしている方が、子育てをしている女性が働きやすいという子育て環境の地域差がうかがえる。


 さてこれを読んで、腑に落ちない感じを抱かれた方はいないでしょうか。
 まず、女性就業率の低い順に並べたランキングを、「ワースト12」とは何事でしょうか。なぜ家庭の外で働く女性の少ない県が「ワースト」なのか。ここには、これを書いた記者(「まぐまぐ編集部・まつこ」とあります)のフェミニズム的な偏見が露骨に出ています。
 別にこの記者に対して、個人的な非難を浴びせるつもりはありません。しかしこうした受けとめ方が、相当幅広く(特に知的な女性の階層に)行き渡っていることは確かだと思います。非就業者の中には、幼い子の育児に専念することを最重要と考える女性、生活に余裕があるので、わざわざ稼ぐ必要を感じない女性、家庭での役割を大切にしたいと考える専業主婦、社会の仕事に就くことに向いていないと感じている女性、など、さまざまな女性が含まれているはずです。就業率が低いことを「悪い」とみなす人は、そうした多様な生き方を否定していることになります。この単純な決めつけは、たとえば、元社民党党首の福島瑞穂氏などのような、出産・育児期にも女性は必ず働くべきで、そのために行政に対してもっぱら保育施設の充実を訴えていくという政治的立場と同じです。
 昔、あるテレビ番組で彼女が、M字曲線(出産、育児期に女性の就業率が下がって谷間をなすこと、先進国では日本に特徴的)の図が描かれていたボードに向かって歩いて行き、「こういうふうにまっすぐにするのがいいのだ」と、その図に向かって颯爽と線を引きなおすのを見たことがあります。なんて粗雑な人なのだろうと呆れたのですが、社民党の勢力が衰えても、この考え方は世間に浸透し、いまや自民党までがそれを率先して推奨する立場になっているのですね。なぜそうなるのかには、じつは理由があるのですが、それは後述します。
 現に働く母親が多く、待機児童が山ほどいるのだから、保育施設の充実が目下の政治課題だ、という話なら、もちろん理解できます。一刻も早くその政治課題を解決すべきでしょう。しかしそれは、あくまでも応急手当であって、そこには何が多くの出産・育児期の女性にとって一番ありがたいことか、政治はそれに対して何ができるのか、という本質的な問いが欠落しています。
 答えは言うまでもなく、物質的精神的な生活のゆとりであり、夫が十分に協力できるような体制であり、可愛い子どものために後ろ髪を引かれる思いをしなくても済むような環境でしょう。では、これらのことが満たされるためには、政策として何が必要か。これも明らかです。できるだけ多くの人が豊かに安心して暮らせるように、内需を拡大し、景気の好循環をもたらして国民経済を充実させることです。しかし、いまここでは詳しく述べませんが、安倍政権の経済政策を見ていると、この目的に逆行するようなことばかりしています。高い保育料を払うために、幼子との貴重な接触時間を削ってまで働きに出る、というのでは本末転倒で、シャレにもなりませんね。
 現在年収200万円以下のワーキング・プアは、1100万人もいて、男性は全勤労者の1割ですが、女性勤労者では、なんと4割を占めます。
http://www.komu-rokyo.jp/campaign/data/
http://heikinnenshu.jp/tokushu/workpoor.html

 そういう人たちの多くは、乳飲み子や幼子を抱えながら、働かなければ食べていけないので、仕方なく職に就いているのです。女性政策などを考える人たちは、概してパワー・エリートのキャリア女性で、こういう問題に対する実感に乏しく、自分たちの社会的地位・権力の平等の確保しか頭にないので、女性就業率の低さというような抽象的な数字を「よくないこと」とみなすのですね。彼らは、「働きたい女性を支援する」などという表現を平気で使いますが、しかしこの不況下で働く女性の実態をよく見れば、どの女性もみな「働きたがっている」などということはあり得ないのです。
 ちなみにいま、20代の独身女性の専業主婦願望は、なんと58.5%に及びます。ついでに申し添えておきますと、「夫は外で働き、妻は家庭を守るべき」という考え方に「賛成」と答えた人の割合が過半数を越え51.6%、反対派を大きく引き離しています。
http://magazine.gow.asia/life/column_details.php?column_uid=00003837
 欧米の例も出しておきましょう。
 少し古いですが、2001年に出版した拙著『男という不安』(PHP研究所)の中に、ピーズ夫妻の『話を聞かない男 地図が読めない女』(主婦の友社)の一節を引いた部分があります。そんなに社会心理が変動しているとも思えないので、それをここに再現しましょう。


 イギリスの民間保険会社BUPAと美容と健康雑誌「トップサンテ」が五〇〇〇人の女性を対象に行なったアンケートでは、(中略)金銭的な問題さえなければ、専業主婦や無職でいたいという女性がほとんどで、仕事をすること自体に意味を見出していた人は二割に満たない。オーストラリアでも、十八~六十五歳の女性を対象に同じような調査が実施されている。人生で大事なことを順番に答えてもらうと、仕事を第一位に持ってきた人
は五%だけで、母親であること、という答えが断然多かった。回答者の年齢層を三十一~三十九歳に狭めると、仕事を重視する人は二%に落ちる。

 欧米でもこの通りです。考えてみれば当然で、社会で働くことには肉体的・精神的な辛さがつきもの。安月給としがない仕事で一生を過ごす人がほとんどです。まして人生の最も大切な時期である育児期に、子どもをあずけながらフルタイムのきつい労働に従事することがどんなに厳しいことか。だからM字曲線は、経済的に可能な限りで選び取る、日本人の賢い知恵を表しているのです。欧米では谷間がないからそれに早く追いつけなどと「ではの神」を主張することが、いかに浅薄であるかがわかるでしょう。
 人生にとって職業の意義は大事ですし、たまたま身に合った職業なら続けているうちに興味もファイトも湧いてくるでしょうが、金銭抜きで何でもいいからわざわざ「働きたい」などと思う人がたくさんいるはずがないのです。就業率の低さをそれだけ見て「よくないこと」と考えるような頭の持ち主は、「女性も男性並みに社会で働いてこそ平等が実現する」とか「人は働きたいから働くのだ」といった硬直したイデオロギーに騙されているか、そうでなければ、ある隠された意図のためにこうしたイデオロギーを利用しているのです。

 さて、さきほどの都道府県別の母親の就業率についての記事に戻りましょう。
 この記事には、「都市部よりも地方、特に日本海側の地域で就業率が高い点について、47求人.comでは「3世代世帯の多さ」と比例することが要因のひとつとみている。」とあります。じっさい、47求人.comにはそのように書かれており、3世代世帯の多さと就業率の高さとが相関するという結論が導かれそうです。
http://47kyujin.com/column/infographic-working-mother
 しかしここには、意識的にか無意識的にか、抜け落とされていることがあります。常識的に考えればすぐに思いつくことですが、都道府県別の平均年収が低いところほど、母親の就業率が高いのではないかという予想です。調べてみると、予想通りでした。
 厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」に基づくサイト「年収ラボ 都道府県別平均年収 成25年版」(http://nensyu-labo.com/2nd_ken_ranking.htm)によると、年収上位14位までの間に、上記のいわゆる「ワースト12都道府県」のうち、なんと10位までが収まることがわかります。見事な逆相関です。下に、例の母親の就業率の順位(ワーストではなく)を示します。

都道府県別年収ランキング



 逆も真なりで、平均年収34位から47位までの下位14県のうちに、就業率の高い県10県が収まります。



 この結果は、要するに、所得の高い大都市部では、夫婦の場合、夫の収入だけでも食べていける人が多いこと、反対に所得の低い地方では、妻が働かなければ食べていけない人が多いことを表しています。
 地方の疲弊に対して政府が取ろうとしている地方創生などの政策は、昔の竹下政権時代の「ふるさと創生」や民主党時代と同じようなただのバラマキ政策だったり(バラマキは受け取った側が貯金してしまえば何の経済効果にもつながりません)、もともと条件の違う地域同士を競争させるような政策だったり(これは地域間格差を一層助長させます)と、見当違いのことばかりしています。まずは東京一極集中の回避と地方経済の活性化のためにインフラを整備することが焦眉の課題なのに、そのために予算を組もうとはまったくしていません。
 こうした都市と農村との所得格差という切実な面を見ないで、ただ3世代世帯が多いから母親の就業率が高くなり、それが素晴らしいことであるかのように説くのは、非常に欺瞞的です。3世代世帯といっても、おじいちゃん、おばあちゃんは、無収入か、零細農業などによる微々たる収入しかないケースが多いのではないでしょうか。すると、だから孫の面倒を見てあげられてよいではないかというかもしれませんが、それはまた別の話です。低収入で多人数の家族を養わなくてはならないという面もあるわけですから。

 ところで、なぜ、政府及び公式の世論は、女性の就業率が高まることを無条件によしとしているのでしょうか。単にフェミニズム的なイデオロギーに毒されているだけとは考えられません。そこには次のようなからくりがあります。
 男性と女性の賃金格差は、だいたい10:7で、この比は何年も変わっていません。これは地位と勤続年数とがその主たる理由をなしています。多くの働く女性は、これに対して不平等だという声を挙げず、あきらめムードです。また、責任ある地位や長い期間にわたる勤務を女性自身があまり望まないという点も見逃せません。ですから、それはそういうものという慣習が定着しています。
 さて企業主は、もちろんできるだけ安い賃金で労働者を雇おうとします。それはこの不況時代には自然な成り行きです。そのことで個々の企業主を責めるわけにはいきません。そうした企業主の意向にとって、この慣習の定着はまことに都合がよい。つまり男性よりもはるかに安い女性労働力を利用することは、外国人労働者や派遣労働者を雇うのと同じメリットがあるわけです。取り換えも解雇も男性正社員より簡単にできます。
 ことに、より単純な労働において、この傾向がはっきり出ます。というか、単純労働的な部分をより多く女性にゆだねること、正社員や昇進への道を封じておくことで、結果的に女性の低賃金が固定されるといってもよいでしょう。
 安倍自民党政権は、「すべての女性が輝く政策パッケージ」などと謳って、女性をおだて上げていますが、その本質は、低賃金労働者を労働市場に招き寄せようという経団連など財界の意向をオブラートにくるんでそのまま差し出しているだけのことにすぎません。いま経団連など大企業の集まりは、グローバル企業が多く、国内の賃金が高ければ生産拠点を海外に移して安い労働力を得ようとします。こうして国内の労働者も賃金競争に巻き込まれてしまうわけです。
 ちょっと考えてみましょう。現実にこの不況下で、女性の就業率を挙げるべく労働市場に誘い込めば、低賃金できつい労働に耐えなくてはならない女性が大多数を占めるに決まっています。そういう状況下で、「輝く」ことなどできるはずがないではありませんか。
 ここにこそ、この政策の最大の欺瞞があります。それは、デフレ不況に対して適切な経済政策を打たないで済ませるための目くらましに他ならないのです。
 現にこの政策パッケージの中身をつぶさに検討すると、ドボジョ(土木女子)やトラガール(女性トラック運転手)を増やそうなどという提言が大真面目に出てきて驚かされます。
http://www.kantei.go.jp/jp/headline/brilliant_women/pdf/20141010package.pdf
 そういうことを得意とする肉食系の若い女性が少数ながらいても別におかしくありませんが、政策としてそれを増やすということは、労働のきつさに比べて賃金の安い肉体労働に女性を巻き込んでやろうという意図がありありで、まさに問うに落ちず語るに落ちるというべきです。女性には女性に合った職業があるはずでしょう。
 ところでその女性向きの職業の一つである看護師さんは、いま若い人のなり手がなくて現場ではたいへんです。資格があるのに辞めていく看護師さんが激増しているのです。せっかくの潜在的な供給力がつぶされているわけです。理由は簡単で、一般の職業に比べて深夜勤務など労働条件が厳しいのに給料が安いからです。
http://a href="http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12601000-Seisakutoukatsukan">-"Sanjikanshitsu_Shakaihoshoutantou/0000025363.pdf

 私たちは、「すべての女性が輝く」などというまやかしの謳い文句や、母親の就業率をもっと上げるべきだなどという考え方にけっして騙されないようにしましょう。本当に女性に輝いてもらうためには、彼女たちが物質的にも精神的にも豊かになり、ゆとりをもってその女性性や母性に磨きをかけられるようになることが必要です。そのためには、日本が全体として不況から脱却することを何よりも優先させなくてはならないのです。

*以上の論考は、ポータルサイト「ASREAD」に掲載されている「すべての女性がぼやく政策パッケージ――女性政策の欺瞞を暴く」と併せ読んでいただければ幸いです。
http://asread.info/archives/1680
コメント (2)
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