素朴な質問にちゃんと答えるのは、けっこうムズカシイ
私の塾に、中学一年生で理科のよくできる生徒がいます。科学的なことがらに対して人一倍興味もあります。iPS細胞やSTAP細胞についても、一通りのことは分かっていたりします。「再生医療の研究に関して、日本は世界のトップ・ランナーだね」などとこちらが言えば、力強くうなずいたりもするのです。「三〇歳の女の子が、あんなスゴイ研究成果をあげたのだから、中学生のキミが『よし、オレも一丁やったるか』という気持ちになって、奮起したってちっともおかしくないよね」と言ったら、赤面して「めっそうもない」というふうに首をすくめました。実はまんざらでもないのでしょう。彼は将来科学者になりたいのです。
教えている内容が中一の割には高度なので、ほかの生徒といっしょにできなくて、完全に一対一で教えています。昨年中に中一レベルの内容を終えてしまい、今年からは中2の内容を教えています。べつに先を急いでいるわけではないのですが、意欲と吸収力が人並み外れているのですね。
先日、化学反応式の直前のさまざまな化合を分子モデルで説明するところを教えていたときのことです。彼は物静かではあるのですが、「納得できるまで、きちんと理解したい」という思いがとても強いから、そういう思いが満たされないとき、小首をかしげたような姿勢になるので、こちらもすぐにそれと分かります。それで、ひととおり説明を終えた後「何か?」と質問をうながしてみたところ、鋭い質問がふたつ飛び出してきました。
ひとつめ。「鉄と酸素が化合して酸化鉄ができる。鉄は灰色で電気を通し強靭である。それに対して、酸化鉄は真っ黒で電気を通さず触れるとボロボロと崩れる。だから、そのふたつはまったく別の物質である。それは分かった。しかし、酸化鉄がボロボロと崩れるのを説明するとき、先生はサビの例を出した。で、ふつうサビは黒くなくてちょっと赤っぽい。それはどういうことなのか」
むろん、それをすり抜ける術はあります。「それらはちょっと違う物質である。詳しいことはいずれ教える」とかなんとか。しかし、彼が望んでいるのは、そういうことではないのです。先ほど言ったとおり、「納得できるまで、きちんと理解したい」のです。ところが、その質問に関して、彼のそういう思いを満たしてあげられるほどの正確な知識の持ち合わせは私にはありません。そういうときは、ごまかしたり、肩肘張ったりせずに、その場で調べることにしています。それで、インターネットで検索してみたところ、次のような事がらが判明しました。
それらは、「黒さび」および「赤さび」と呼ばれるもので、いずれも「酸化鉄」である点は共通していますが、組成が異なります。すなわち、「黒さび」の化学式がFe3O4(実際の数字は小さい。以下同様)であるのに対して、「赤さび」のそれはFe2O3です。だから、色がちがってくるのです。スチールウールをガスバーナーの火で熱して、火がついたら取り出し、ガラス管で空気を送って全体を燃やすと「黒さび」になります。同じスチールウールを湿気の多いところにおいておくとやがて「赤さび」になります。酸素との化合の仕方が急ならば「黒さび」になり、ゆっくりならば「赤さび」になる、と言ってもよいでしょう。
そういうことを、ネットの画面を見せながら説明すると、彼はようやく納得しました。ちなみに、酸化鉄は自然界では鉱物(ヘマタイト・マグネタイトなど)として、われわれの目に触れることになります。
ふたつめ。「鉄と硫黄の化合で硫化鉄ができる実験で、試験管に入った鉄粉と硫黄の混合物を加熱するのはなぜその上部なのか。加熱をやめても発熱反応で化合が続くのならば、その下部を加熱しても同じ反応があるはずなので化合するのではないか」
ごもっともな疑問ですね。一応当たらずとも遠からずの説明を試みたのですが、彼は遠慮深く小首をかしげたままなので、私は万事休すとなりました。で、困ったときのインターネットというわけで、調べてみたところ、ありました。世の中には、同じ疑問を持つ方がいらっしゃるのですね。
〔質問〕 ふと疑問に思った事なんですが,中学校の問題で,硫黄と鉄を加熱して硫化鉄ができる反応ありますよね.熱と光を発するため加熱をやめても反応が持続するということですが,このとき試験管に入れた硫黄と鉄の混合物の下部ではなく上部を加熱する理由は何ですか?上部は空気と接しているので,酸素の供給があるからですか?明確な理由が分かる方回答よろしくお願いします.
〔ベスト・アンサー〕教育熱心な中学の先生しか答えられないかも。推定なら出来ます。硫黄の沸点445℃付近なので、もし底部に火がついたら付近にある硫黄が沸騰しその上にある粉末の鉄と硫黄を吹き上げるから。 粉末の混合物なので(スチールウールを使っても同様)中にたくさんの空気を含んでおり、それが膨張するだけでも十分危険。上に火がつく分には融けた硫黄を通して泡が上がるだけで危険は少ない。
この質問に対する答え方には、実は、さまざまなバリエーションがありました。そのなかで、上記のものが、私にはいちばん分かりやすかったので、「ベスト・アンサー」としました。ちなみに、質問のなかの「上部は空気と接しているので,酸素の供給があるからですか」というのはまったくの見当ちがいですね。なぜなら、鉄と硫黄の化合には、酸素や窒素はまったく関わっていないからです。また、この実験には、これが火山活動で起こっていることであり、マグマと同じ反応をしていることを学ぶ、という深い意味があることも今回初めて知りました。
以上のような内容を、自分なりのアレンジをして説明したところ、彼はやっと納得してくれました。そういうときの表情は、なかなかのものです。彼の、すとんと落ちた感触がこちらに伝わってくるのです。
生徒の、素朴で、こちらが答えにくい質問には、実は深い意味合いが含まれているケースが多いことを、あらためて思い知りました。そういえば、哲学関係の読書会で哲学に造詣の深いある方が、あるとき「素朴な疑問ほど大切なのだ。それをためらわずに表出することはとても重要なことなのだ。だから、素人臭い疑問を提示するのを恥ずかしがってはいけない」と言っていたのを思い出しました。
とはいうものの、生徒の質問ならなんでもOK、どれも素晴らしいというわけではありませんよ。私の説明をちゃんと聞いていないことがはっきりと分かる質問に対しては、私は、かなり無愛想です。そういえば、学習塾対象の私立中高の説明会で、こちらに「お前さぁ、ちゃんと説明を聞いてろよ」と思わせる質問をする同業者が必ずといっていいほどいます。「お前もそうだよ」と思われないように、一応気をつけてはいるつもりですが、さて・・・
私の塾に、中学一年生で理科のよくできる生徒がいます。科学的なことがらに対して人一倍興味もあります。iPS細胞やSTAP細胞についても、一通りのことは分かっていたりします。「再生医療の研究に関して、日本は世界のトップ・ランナーだね」などとこちらが言えば、力強くうなずいたりもするのです。「三〇歳の女の子が、あんなスゴイ研究成果をあげたのだから、中学生のキミが『よし、オレも一丁やったるか』という気持ちになって、奮起したってちっともおかしくないよね」と言ったら、赤面して「めっそうもない」というふうに首をすくめました。実はまんざらでもないのでしょう。彼は将来科学者になりたいのです。
教えている内容が中一の割には高度なので、ほかの生徒といっしょにできなくて、完全に一対一で教えています。昨年中に中一レベルの内容を終えてしまい、今年からは中2の内容を教えています。べつに先を急いでいるわけではないのですが、意欲と吸収力が人並み外れているのですね。
先日、化学反応式の直前のさまざまな化合を分子モデルで説明するところを教えていたときのことです。彼は物静かではあるのですが、「納得できるまで、きちんと理解したい」という思いがとても強いから、そういう思いが満たされないとき、小首をかしげたような姿勢になるので、こちらもすぐにそれと分かります。それで、ひととおり説明を終えた後「何か?」と質問をうながしてみたところ、鋭い質問がふたつ飛び出してきました。
ひとつめ。「鉄と酸素が化合して酸化鉄ができる。鉄は灰色で電気を通し強靭である。それに対して、酸化鉄は真っ黒で電気を通さず触れるとボロボロと崩れる。だから、そのふたつはまったく別の物質である。それは分かった。しかし、酸化鉄がボロボロと崩れるのを説明するとき、先生はサビの例を出した。で、ふつうサビは黒くなくてちょっと赤っぽい。それはどういうことなのか」
むろん、それをすり抜ける術はあります。「それらはちょっと違う物質である。詳しいことはいずれ教える」とかなんとか。しかし、彼が望んでいるのは、そういうことではないのです。先ほど言ったとおり、「納得できるまで、きちんと理解したい」のです。ところが、その質問に関して、彼のそういう思いを満たしてあげられるほどの正確な知識の持ち合わせは私にはありません。そういうときは、ごまかしたり、肩肘張ったりせずに、その場で調べることにしています。それで、インターネットで検索してみたところ、次のような事がらが判明しました。
それらは、「黒さび」および「赤さび」と呼ばれるもので、いずれも「酸化鉄」である点は共通していますが、組成が異なります。すなわち、「黒さび」の化学式がFe3O4(実際の数字は小さい。以下同様)であるのに対して、「赤さび」のそれはFe2O3です。だから、色がちがってくるのです。スチールウールをガスバーナーの火で熱して、火がついたら取り出し、ガラス管で空気を送って全体を燃やすと「黒さび」になります。同じスチールウールを湿気の多いところにおいておくとやがて「赤さび」になります。酸素との化合の仕方が急ならば「黒さび」になり、ゆっくりならば「赤さび」になる、と言ってもよいでしょう。
そういうことを、ネットの画面を見せながら説明すると、彼はようやく納得しました。ちなみに、酸化鉄は自然界では鉱物(ヘマタイト・マグネタイトなど)として、われわれの目に触れることになります。
ふたつめ。「鉄と硫黄の化合で硫化鉄ができる実験で、試験管に入った鉄粉と硫黄の混合物を加熱するのはなぜその上部なのか。加熱をやめても発熱反応で化合が続くのならば、その下部を加熱しても同じ反応があるはずなので化合するのではないか」
ごもっともな疑問ですね。一応当たらずとも遠からずの説明を試みたのですが、彼は遠慮深く小首をかしげたままなので、私は万事休すとなりました。で、困ったときのインターネットというわけで、調べてみたところ、ありました。世の中には、同じ疑問を持つ方がいらっしゃるのですね。
〔質問〕 ふと疑問に思った事なんですが,中学校の問題で,硫黄と鉄を加熱して硫化鉄ができる反応ありますよね.熱と光を発するため加熱をやめても反応が持続するということですが,このとき試験管に入れた硫黄と鉄の混合物の下部ではなく上部を加熱する理由は何ですか?上部は空気と接しているので,酸素の供給があるからですか?明確な理由が分かる方回答よろしくお願いします.
〔ベスト・アンサー〕教育熱心な中学の先生しか答えられないかも。推定なら出来ます。硫黄の沸点445℃付近なので、もし底部に火がついたら付近にある硫黄が沸騰しその上にある粉末の鉄と硫黄を吹き上げるから。 粉末の混合物なので(スチールウールを使っても同様)中にたくさんの空気を含んでおり、それが膨張するだけでも十分危険。上に火がつく分には融けた硫黄を通して泡が上がるだけで危険は少ない。
この質問に対する答え方には、実は、さまざまなバリエーションがありました。そのなかで、上記のものが、私にはいちばん分かりやすかったので、「ベスト・アンサー」としました。ちなみに、質問のなかの「上部は空気と接しているので,酸素の供給があるからですか」というのはまったくの見当ちがいですね。なぜなら、鉄と硫黄の化合には、酸素や窒素はまったく関わっていないからです。また、この実験には、これが火山活動で起こっていることであり、マグマと同じ反応をしていることを学ぶ、という深い意味があることも今回初めて知りました。
以上のような内容を、自分なりのアレンジをして説明したところ、彼はやっと納得してくれました。そういうときの表情は、なかなかのものです。彼の、すとんと落ちた感触がこちらに伝わってくるのです。
生徒の、素朴で、こちらが答えにくい質問には、実は深い意味合いが含まれているケースが多いことを、あらためて思い知りました。そういえば、哲学関係の読書会で哲学に造詣の深いある方が、あるとき「素朴な疑問ほど大切なのだ。それをためらわずに表出することはとても重要なことなのだ。だから、素人臭い疑問を提示するのを恥ずかしがってはいけない」と言っていたのを思い出しました。
とはいうものの、生徒の質問ならなんでもOK、どれも素晴らしいというわけではありませんよ。私の説明をちゃんと聞いていないことがはっきりと分かる質問に対しては、私は、かなり無愛想です。そういえば、学習塾対象の私立中高の説明会で、こちらに「お前さぁ、ちゃんと説明を聞いてろよ」と思わせる質問をする同業者が必ずといっていいほどいます。「お前もそうだよ」と思われないように、一応気をつけてはいるつもりですが、さて・・・
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