当論考は、小浜逸郎氏のブログ「ことばの闘い」から転載したものです。一週間ほど前にアップされたものです。私は、次のようなメッセージを付けて、当論考をツイッターで拡散しました。「感動的な論考です。書くことは、決断することです。読むこともまた決断することです。」(編集長記)
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アメリカ大統領選もあと一週間に迫りました。ヒラリー氏かトランプ氏か、世界中が注目しています。
今回の大統領選は、いろいろな意味で、史上まれに見るセンセーショナルな選挙だと言えるでしょう。どういう意味でそういえるのか、以下思いつくままに列挙してみます。
①政治の素人で泡沫候補だったトランプ氏が、あれよあれよという間に16人もの共和党候補を出し抜いて大統領候補に昇りつめた。
②一年前には民主党員ですらなかった自称社会主義者・バーニー・サンダース候補が予備選で46%の票を取るという大健闘を示した。
③ヒラリー氏のパーキンソン氏病が疑われている。一説に余命一年。
④トランプ氏が「メキシコとの国境に万里の長城を築く」「イスラム教徒の入国を制限する」「日本は米軍の基地費用を全額支払うべきだ」「日本や韓国は核武装してもかまわない」など、いわゆる「暴言」を発していると報道された。
⑤ヒラリー氏が私用メールで公的問題をやり取りし、FBIが捜査したが7月時点でいったん打ち切られた。しかし投票日10日前になって捜査を再開すると発表した。
⑥両者への不支持率が、これまでになく高い。
⑦有力共和党員の中に、トランプ氏を支持しないと宣言する議員が何人も現れ、民主、共和両党のエスタブリッシュメントが、こぞってトランプつぶしに走っている。
⑧ヒラリー氏が国際金融資本家や投機筋から驚くべき巨額の選挙資金を得ていることが取りざたされている。クリントン財団にはチャイナ・マネーを含む膨大な裏金が流れ込んでいるとも言われている。
⑨トランプ氏の過去の女性蔑視的な発言やセクハラ疑惑がヒラリー陣営によって暴露され、彼は発言のほうは認めて謝罪したがセクハラ疑惑は否定した。
⑩マスメディアのほとんどが民主党寄りであり、トランプ氏自身もテレビ討論におけるその偏りを指摘している。
⑪トランプ氏は結果が出る前から「この選挙は不正選挙の疑いがある。自分が落選した場合には投票やり直しを申し立てる」と広言している。独自のテレビ局を創設するという噂もある。
まだありますが、このくらいで。
さてこれらの情報の向こう側に何が見えてくるでしょうか。
①と②について、どうしてこういう現象が起きたのか、日本のマスコミはほとんど論じませんが、理由は明らかです。すでに6月の時点でこのブログにも書きましたが、
http://blog.goo.ne.jp/kohamaitsuo/e/a4185972e8dadf6f0151dc4b0a24fb67これまでエスタブリッシュメント(ほとんどが白人エリート層)の統治によって成り立ってきた民主・共和の二大政党制秩序が、あまりにひどい格差社会(いわゆる「1%対99%」問題)の出現と中間層の脱落によって、崩壊の危機にさらされているのです。国際政治・米国金融アナリストの伊藤貫氏によれば、米国民の五割は百万円以下の金融資産しか持たず、65歳以上の引退者の三分の一は貯蓄ゼロの状態、一方ヘッジファンド業者トップの年収は時には五千億円に達するといいます。
③のヒラリー重病説は確たる証拠があるわけではありませんが、それを疑わせるに足る多くの動画が流れており、また事実9月には「肺炎」と称して入院しました。数年前には脳梗塞で倒れています。
この重病説が事実なら、ヒラリー氏は、すでに大統領の任務をこなす能力を喪失しているのに、彼女の支持基盤の一つである金融資本家層によって無理に立てられた傀儡だということになります。私はその公算が高いと思います。米国で初めての「黒人」大統領の次は、初めての「女性」大統領。この看板が、実態とは裏腹に、人権やポリティカル・コレクトネスをことさら前面に押し出すアメリカという国の国民性にマッチすることは疑いがありませんから。
④のトランプ氏のいわゆる「暴言」ですが、これも先のブログ記事に書きました。「万里の長城」は、南米やメキシコからの不法移民がいかに多いかを物語っています(一説に現在二千万人超)。いくら国境警備員が努力しても水の泡だそうです。ちなみにトランプ氏は、不法移民を規制せよ、テロリストへの警戒を強めよと言っているのであって、合法的に合衆国国民になった移民やイスラム教徒を排斥しろと言っているのではありません。民主党の人道的理想主義の甘さと失敗を批判しているわけです。
なお日本との安全保障問題に関するトランプ発言については後述。
⑤のメール捜査再開問題ですが、ヒラリー氏とトランプ氏の支持率にはこれまで水があいていたのに、これによってトランプ氏がヒラリー氏に肉迫したと公式メディアは伝えています。しかし、アメリカのマスコミは、日本以上にリベラル左派の傾向が強く、もともと水があいていたという報道自体、当てになりません。第一回討論会後のWEBによる百万人規模を対象とした世論調査では、トランプ氏が大差をつけたというデータもあります。第二回討論会後は、さらに圧勝だったそうです。
ちなみにこのメール問題は、国家機密を私用メールで漏らしたのですから、明らかに重大な違法行為です。⑨のセクハラ疑惑などの比ではありません。
⑥の両者の不支持率の高さは、二人のキャラに対する感情的反発が大きいでしょうが、ヒラリー氏の場合は、きれいごとを言っていても⑧のような事情が一部の国民に見抜かれていることが関係しているでしょうし、トランプ氏の場合は、成り上がり物の品格のなさや、人種差別的ととられかねない発言からくるものでしょう。大衆社会では、イメージで決まってしまう部分が大きいですから。いずれにしても、この不支持率の高さは、今回の大統領選における、特に民主党サイドでのかつてない腐敗ぶりを物語っています。トランプ氏はタブーにひるむことなくその欺瞞性を突いたので、現状維持派から嫌われた面もあると思います。現状維持派とは、アメリカが打ち出してきた「普遍的価値」としての自由、人権などの息苦しい建前をまだ信じている人たちのことです。
⑦の共和党上層部によるトランプつぶしこそは、アメリカ社会がどういう状況にあるかを象徴しています。すでに語ったように、いまのアメリカは世界に類を見ない超格差社会です。共和党の政治エリートもまた、ウォール街の金融資本家やエスタブリッシュメントと密着しているので、その現実を突きつけられるのはたいへん都合が悪い。そこで反ホワイトハウスの代表として登場したトランプ氏の告発を躍起になってつぶそうとしたわけです。
いったん代表として選ばれた候補者を引きずりおろそうというのは、結束の乱れを周知させてしまう利敵行為であり、はなはだみっともない。でもなりふり構わずそれをしてしまうほどにいまのアメリカは、二極体制ではもたなくなっているのでしょう。資本主義・自由主義のあり方という地点から、根本的に体制を見直さなくてはなりません。
ちなみにトランプ氏は、プアホワイトにだけ支持されているというようなことを言う人がいますが、不正確です。中間層から脱落してしまった白人か、脱落の不安を抱いている白人から強力に支持されているのです。またたしかに黒人への浸透はいまいちであるものの、ヒスパニックからはけっこう支持されています。
黒人貧困層はオバマ氏への期待をヒラリー氏にそのままつないでいるのでしょうが、その期待は現実には裏切られており、この八年間に黒人の平均的生活水準はまったく改善されていないどころか、さらに悪化しています。自由平等、人権尊重、マイノリティ擁護のイデオロギーに騙されているのです。
またヒスパニックは、新たに侵入して来ようとするヒスパニックが同一人種のコミュニティで賃金低下競争を招き、治安も悪化させる可能性が濃厚なので、それを恐れています。だからそれを防いでくれる人を望んでいるのです。
⑩⑪の偏向や不正は相当のものらしい。マスメディアは民主党を陰で操る富裕層に牛耳られています。民主党政権は不法移民にも免許証を交付しますから有権者登録ができます。またアメリカではそもそも本人確認がきわめて難しく、二つの州にまたがって二回投票することも可能です。さらに、タッチパネル投票なのでUSBメモリーを使って登録された投票を大幅に変えてしまう不正もできるそうです。
投票前に不正を指摘する候補者というのは前代未聞ですが、そんなことをするのは戦術的に不利であることをトランプ氏が知らないはずはありません(事実、オバマ氏に痛烈に揶揄されましたね)。それでも、あえてやるというのは、選挙戦術に長けたヒラリー陣営のやり口がよほど狡猾なのを感知してのことなのだろうと私は想像します。もっとも不正申し立ては、自分が勝てばやらないとちゃっかり言ってはいましたが。
以上述べてきたことは、要約すれば、アメリカの民主主義は瀕死の状態にあること、それをトランプ氏が身命をかけて告発しようとしていることを意味します。アメリカは、すでに民主主義国ではなく、ごく少数の強者とその番犬どもが君臨する帝国です。
私は、この間の選挙戦の経過を遠くからうかがい、信頼のおける情報を知るに及んで、もし自分がアメリカ人だったら、トランプ氏を支持したいと思うようになりました。
たとえば彼は、金融資本の過度の移動の自由のために極端な格差を生んでしまった今のグローバル資本主義体制に批判的で、銀行業務を制限するグラス・スティーガル法の復活を唱えています。また死に体と化している国内製造業を復活させるためにTPPにも明確に反対の立場を取っています。スローガンの「アメリカ・ファースト」とは、孤立主義の標榜ではありません。イラク戦争以来、多くのアメリカ国民の命を犠牲にし、膨大な戦費を費やしてきたのに、アラブや北アフリカの「民主化」に失敗し、ただ混乱をもたらしただけに終わった過去を反省し、まず国内の立て直しを最優先にするというごく当然の宣言にほかなりません。
この彼の政治的スタンスは、好悪の念を超えてアメリカの一般庶民の深層心理に届くはずですから、私はトランプ氏が勝つと思います。またたとえ敗れたとしても、いったん開いたパンドラの匣は元に戻りません。彼は強力な問題提起者としてその名を遺すはずです。
もちろん、彼が大統領になったとしても、この腐敗した帝国の毒気に当てられて、同じ穴の狢になってしまうかもしれない。あるいは、彼の気骨がそれを許さないとすれば、あの野蛮と文明の同居した恐ろしい国では、ひょっとして暗殺の憂き目に遭うかもしれないとまで思います。
同盟国である日本にとって、もしトランプ氏が大統領になったらどうなるのかという問題が残っていますね。
先に述べたように、彼は安保条約の片務性を批判して、日本に応分の人的物的負担を求めています。これはアメリカからすれば当然の話で、日本が真に同盟関係を大切にするなら、この提言にきちんと付きあうべきです。そうして、その方が日本にとってもよいのです。なぜなら、対米従属と対米依存から少しでも脱却して、自分の国は自分で守るという世界常識を身につけるよい機会だからです。
中国の脅威からわが国を守るためにはもちろんアメリカの協力が必要です。しかし協力を正々堂々と要請できるためには、まずこちらが自立した構えをきちんと見せなくてはなりません。平和ボケした日本人の多くは、何となく現状にずるずる甘えて、ヒラリー氏が大統領になってくれればこのままの状態が維持できると考えているようですが、はかない希望的観測というものです。彼女は、よく知られているように、名うての親中派です。日本のために中国と闘う気など毛頭ありません。
私たちはこのことをよく肝に銘じて、トランプ氏が大統領になったほうがよほど「戦後レジーム」の脱却に寄与すると自覚すべきなのです。脅されて突き放されて、初めて目覚める――これが日本人のパターンです。自主防衛の機運を高め、法的にも物量的にもその準備を急ぐことができます。
トランプ氏はまた、TPPに反対しています。これも日本にとって幸いするでしょう。なぜならTPPは、アメリカのグローバル企業にとってのみ都合のよい条約で、これを呑めば、皆保険制度をはじめとした日本のさまざまなよき制度慣行が破壊されるからです。安倍政権は、率先してこれを批准するというバカなことをやっていますが、自ら墓穴を掘っているのです。経済条約が日米軍事同盟の強化につながるわけではないということがわからないのですね。てんやわんやのアメリカの実態もよく観ず、自由主義イデオロギーという「普遍」幻想に酔っているのです。
ヒラリー氏もTPPに反対しているではないかという人がいるかもしれません。誤解している人が多いのですが、ヒラリー氏の反対は、トランプ氏のそれとは違って、今の条約規定よりももっと自分たちに都合よくなるように再交渉しようという考えです。具体的には、大きなシェアを占める製薬会社の利益拡大を図って、これと癒着している自分たちの利益につなげようというグローバリズムそのものの魂胆に発しているのです。
日本人はお人好しで消極的、情緒的で戦略思考が苦手です。でもいざとなると敢然と立ちあがる気概がないわけではありません。トランプ新大統領というショック療法を正面から受け入れ、歓迎する覚悟を速やかに固めましょう。
【参考資料】
1.http://www.msn.com/ja-jp/news/world/%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%B3%E6%B0%8F%E5%84%AA%E4%BD%8D%E3%81%AB%E5%A4%89%E5%8C%96%E3%82%82%EF%BC%9D%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%83%AB%E6%8D%9C%E6%9F%BB%E5%86%8D%E9%96%8B%E3%80%81%E6%8A%95%E7%A5%A8%E5%89%8D%E3%81%AB%E6%BF%80%E9%9C%87%E2%80%95%E7%B1%B3%E5%A4%A7%E7%B5%B1%E9%A0%98%E9%81%B8/ar-AAjyjTN?ocid=sf#page=2
2.http://www.mag2.com/p/money/25640?utm_medium=email&utm_source=mag_W000000204_tue&utm_campaign=mag_9999_1101&l=bcw1560714
3.http://www.mag2.com/p/money/25621?l=bcw1560714
4.「Liberty」2016年12月号
5.「CFR FAX NEWS」2016年10月16日号
6.「正論」2016年12月号
7.「マスコミが報じないトランプ台頭の秘密」江碕道朗(青林堂)
8.産経新聞2016年10月30日付
(初出:2016年11月02日 02時08分00秒)
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