
ちあきなおみと聴きくらべができるほどの歌手といえば、テレサテンくらいしかいません。そうして、これくらいのレベルになると、優劣を論じるのは野暮なことであって、歌心の微妙な違いを味わうという姿勢でにじり寄るのが妥当なのではないかと思われます。
まずは、『矢切の渡し』から。この曲は、石本美由起の作詞、船村徹の作曲による演歌で、ちあきなおみの歌として1976年に発表されました。梅沢富美男がお芝居で同曲を取り上げたことをきっかけに、1983年に多くの歌手によって競作され、中でも細川たかしのシングルが大ヒットし、彼はその年のレコード大賞を獲得しました。しかし、有線のチャートではちあき盤が首位を独走しており、ちあき盤を後発の細川盤が上回ることは一度もありませんでした。
矢切の渡し ちあきなおみ
テレサ・テン/矢切の渡し
ちあきなおみによる『矢切の渡し』がまるで映画を観ているような劇的な表現であるのに対して、テレサテンによる同曲は、駆け落ちをしてまでも恋路を貫こうとするふたりの密度の濃い情感に表現の力点が置かれているような印象があります。そうすることで、彼女は同曲におけるちあきなおみのイメージを払拭することに成功しています。それは、十分に意識的なものであると私は感じています。つまり、テレサテンはとても賢い歌い手なのです。彼女もまた、ちあきなおみと甲乙がつけがたいほどの、歌い手としての大変な力量の持ち主であることが、この一曲の聴きくらべで分かるのではないでしょうか。
次は、『さだめ川』。この曲も、作詞・石本美由起、作曲・船村徹のゴールデン演歌コンビによって作られた名曲です。『矢切の渡し』ほどの注目は浴びませんでしたが、曲の完成度は遜色ありません(私はこちらの方が好きなくらいです)。『矢切の渡し』と同様に、ちあきなおみのオリジナルです。ちあきなおみは、さすがに、まったく隙のない完璧な世界を作りあげています。『矢切の渡し』の場合もそうですが、このような完璧で圧倒的な世界を見せつけられた後に、それを別の歌い手がカバーするには、よほどの何かがなければ、オリジナルと比べたときに「惨敗」の印象を残すのがオチでしょう。惨酷な言い方になりますが、ほとんどのカバー曲は、その運命を逃れ得ていません。
ちあきなおみ - さだめ川
さだめ川 *** Teresa Teng
テレサテンは、この曲に「大陸的」としか形容のしようがないスケールの大きさとなんとも言えない魅力的なやわらかさを付与することで、オリジナルに勝るとも劣らない歌世界を作り上げることに、またもや成功しています。テレサテン恐るべし、の思いを新たにしました。
ちなみに、他の歌い手のバージョンもできうる限り聴いてみましたが、残念ながら、いずれも、ふたりの足元にも及びません。ふたりがいかに傑出した歌い手であるか、私は思い知りました。
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