春夏秋冬 花 mikio

季節のサボテン花、多肉植物の栽培と紹介、地域の花々、
巨樹、自然風景の紹介 造園士。

首かけのイチョウ 巨樹

2019-10-28 | 巨樹


日比谷公園内のガーディニングショー
を見て、当然都内でも1本公孫樹の中でも、物語を持つ、樹齢400年 
幹回り6.5m 樹高21.5mの前に立ち、半年ぶりに下から見上げました。このイチョウには
思い出が沢山詰まってます。

当時このイチョウは日比谷見付の近くの道路の脇にあったそうで
現在は日比谷交差点となってます。明治34年の地域一帯の、

道路拡張工事で伐採寸前まで進んでました。断固反対して伐採を拒んで日比谷公園開設を進めてた
本田先生が、(自分の首にかけても)イチョウの木を2週間で公園内の

今の松本楼の場所に移動した経緯があります。 それ故に(首かけのイチョウ)と、長く
呼ばれてます。 多くの巨樹には物語が刻み込まれてます。 

松本楼は日比谷公園開設と同じころのレストラン、何度も私たちは
このレストランに学生時代は入りました。 当時から

イチョウの巨樹は知ってました。










































この場所が現在の日比谷交差点です。右の緑が日比谷公園です。
ここから松本楼までは400m近くあります。 移動したのが100年前の話で当時でもイチョウの木は
大木であったと思われます。 昔のこととはいえ驚きです。 話は変わりますが

昭和43~46年、当時は学生運動の核マル派、全共闘、全学連、赤軍派 各派の覇権争いで
大学は荒れに荒れてた時代でした。46年には学生運動が日比谷公園も拠点となり警察と全学連の抗争で
火炎瓶で松本楼は全焼。 しかし銀杏の巨樹は水分を多く含む樹木であったので

助かったと思われます。  日比谷公会堂の前に思い出すのが各派の
旗がなびく姿が今でも覚えてます。新宿騒乱事件 
、東大安田講堂、忘れもしません。















スダジイ 巨樹 台風

2019-10-13 | 巨樹


昨夜の台風の風に川口安行地区、
九重神社の御神木、2対のスダジイの巨樹のうち1本に、脇のイチョウの木が傾向いて

折れてスダジイに寄りかかれば、御神木のうちの一つが確実に折れてしまうと
被害が出ると神社から安行の事務所に連絡が入り、早朝カーゴ付きの

レンタル車を借りて境内に出向く。後方のスダジイに今にも倒れそうな
イチョウの大きな木、倒れたら多分1本の御神木は

太枝が折れてしまう危惧、親方がカーゴに載り、グレーンは自分が運転、
建設時代の頃の操作が今役立つ、 写真は撮ることが出来ませんが

剪定は親方、1時間もしないうちに危険な大枝を電動ノコで剪定して終了。

スダジイの幹回り6m強、樹高15m、樹齢500年。


















一番苦労したのは車両を
境内の中の巨樹の前の小さなスペースに入れること、切り返しの連続でやっと一番の

場所に入れられました。 九重神社は今や全国区、御朱印の聖地、いつ来ても
境内は御朱印をもらう人で10時過ぎには社務所前は行列でした。
午前中に作業は終わり拝殿に手を合わせ安行事務所に帰宅。





























巨樹の定義は地上1.3mの場所の
幹回りが5mを越すものこれが巨樹と言われ

5m以下~3mまでが巨木と環境省や巨樹を見る会の定義付けがあります。
2本のスダジイは椎の木ともいわれ、空中にうねる様に太枝を絡ましてまるで蛇のごとく。

穴の開く部分は枝が腐り空洞化してますが、生きてます。巨大な支え棒は5年前の

設置、その姿は昔の人が生きる樹木の姿を神格化して、御神木として

崇められて長くこの場所に生き続けてきたのだと思います。
親方とともに御神木に力を貸すことが出来て感謝です。

事務所に帰りお昼休み台風の被災地が映し出され、これほどまでとは
正直驚きました。 お見舞い申し上げます。












































千本公孫樹  巨樹 葛飾八幡宮

2019-10-10 | 巨樹

葛飾に植え替えの依頼で
長く来てます、葛飾八幡宮に帰りに立ち寄りました。

お目当ては久しぶりの巨樹に対面。見ての通り多数の幹が寄り集まり

まるで根元から1本の大樹が伸びてるように見える
ことから千本公孫樹の名で呼ばれる下総国総鎮守、葛飾八幡の御神木。

古くからこの御神木は江戸名所図会にも書かれ、神前石の脇に
銀杏の大樹あり、神木と記すと言われ、現在 樹高22m、幹回り10.2m
、推定樹齢1200年の千本公孫樹と言われてます。








































全国には巨樹と言われる

樹木は約3200本、その8割が社寺仏閣の地域に存在いたします。つまり多くが御神木となり

信仰する人の心のより所になってます。 境内にはクスノキ、イチョウの木 ケヤキの木、

これらが多く存在して、巨樹の中でも本数のベスト3です。

クスノキは防腐剤を含み社寺などの補強や害虫を寄せ付けない、イチョウの木は水分を含み大火を防ぐ、

ケヤキは材が柔らかく建材にすぐ利用される、これらが境内に

多くあるのが理由です。 昔の人の知恵と言われてます。それらが大切にされて今は巨樹になる理由です。




























大銀杏 巨樹 52 

2019-09-11 | 巨樹


埼玉東松山、坂戸方面に
1年ぶりにガステリア(多肉)の培養土持ち込みで約40鉢の植え替えの仕事を終えて、

帰宅途中に近くの正法寺に立ち寄る。 今年初めてで参道を歩き
お目当ては、樹齢300年 幹回り11.1m 樹高20m越えのイチョウの
巨樹に出会うため。 巨樹の中でもイチョウの本数は

多くありますが、中でも正法寺のイチョウの根回りはヘビが絡み合う
圧倒的な迫力姿は自然の驚異で、まさに仰天で、他では見られない異様な光景です。 
その姿は初めて見た15年前に比べ、さらに凄さを増してます。

















      


見ての通りこのイチョウは
千本イチョウと言われる数本のイチョウの集合体です。しかし
埼玉では1本のイチョウの巨樹として扱ってます。真横から見ると
このむき出しの根は本来は土の中にあったのが長い年月で
土が流失したと思われます。 それで根がむき出しになったと
言われてます。根回りは地表の20m以上まで根が広がってます。




   



正法寺の本堂は周りを
岩盤で囲まれてます。それ故に岩殿観音との名称がつけられてます。
1300年の歴史を持つ関東の名刹と言われるお寺様です。




        











先ほどから夕立です。
物凄い雨が降り出してます。 安行地区 帰宅。




























国内最大 ユリノキの巨樹

2019-05-11 | 巨樹
明治8~9年、30粒のユリノキの種から育った
1本が上野東京国立博物館前に明治14年に植栽されてから約140年、今やこの場所の

ユリノキは樹齢140年ながら幹回り5.9m 樹高24m 樹齢140年、ユリノキの
成長の早さを見せてくれてます。 この場所に入るのは当然入場券が必要です。
平成館の大好きな東寺の仏像を見に来て、さらにユリノキの巨樹に久しぶりに対面をいたしました。














  



    


大地に根を張る凄まじさはユリノキの特徴を表してます。
圧倒的な迫力で迫ります。 




    








チューリップ型の花、さらに去年の実残りも見られます。
















































象の足 ケヤキの巨樹 48

2019-01-31 | 巨樹
埼玉県さいたま市中央区、日枝神社境内には
県下一のケヤキの巨樹が御神木として鎮座してます。 樹齢400年 幹周り9.1m 主幹は折れてますが樹高25m 最大の特徴は
巨大な姿を支える根廻、通称、ゾウの足の凄さにあります。 ケヤキは特に地上に根を張る性質があり、
巨樹ならではの凄さを見せてくれます。

またケヤキは特有の病原菌地中のウイルスが木に上がり、巨大なコブを作り上げて樹木を弱らせてしまいます。
このケヤキも昔から大コブが沢山見られ、そしてコブが巨大になり重みに耐えかねて地上に落ちてしまいます。
そこから腐り始めて多くのケヤキの巨樹が亡くなってきました。














巨大なこぶが落ち中が空洞になってますが、それでも生き続けてます。











Ⅰの鳥居が巨樹の前に、2の鳥居が小さな本殿の前にあります。
驚いたことに去年立ち寄った時は古い建物の本殿がありましたが、新設の本殿が工事中でした。地域の人の
心の拠り所の古い本殿でした。












午後からの所沢帰りに急に立ち寄り、路上駐車で
5分で撮影をして安行地区に帰りました。 巨樹の元気な姿を見られ安心をいたしました。










推定樹齢2000年 クスの木 巨樹 47

2019-01-28 | 巨樹
九州を除き本州最大の巨樹の楠は熱海近くの、来宮神社の
境内奥の場所に御神木として拝められてます。 あくまでも推定樹齢2000年 幹周り23.9m 樹高26m 樹形は見ての通り
大きく2つに株別れして、1つは昭和49年の台風で大きく損傷をして地上5mの場所で折れて、今は鉄板で中に
水か入らぬようにふさがれてます。 


実は来宮神社は御住職様がご子息に変わられてここ数年、煌びやかな本殿や境内の社務所もすっかり
近代的になり、カフェまで敷地にでき、いまや若い方々などが、大勢こられすっかり昔の姿がなくなりました。
熱海では異質の神社になってますが、これは部外者がとやかく言えません。 年間に訪れる参拝客は
驚くほどの人数になってます。  大楠の回りも様変わりしてます。   観光タクシーの運ちゃんは嘆いてましたが?


正面からの撮影ですが、この巨樹の前に五色の垂れ幕で覆われた大きな賽銭箱がありますが、カットしての撮影です。
東西南北からの眺めです。大楠からご利益のための賽銭箱?




















唯一手を添えることが出来る、裏側の場所。見ての通り、本来は楠の樹皮は
暗褐色で縦割りの樹皮ですが、すでに上の部分はまったく異質の樹皮になってます。








    



      








昔に撮影した10年近くたってますが当時の入り口は
奥の場所にもあり境内は森に覆われてました。 そこに幽鬼漂う、クスの巨樹が見えますが、前に近づくことさえ
ためらうような姿をしてました。 周りは荒れ果てて、崩れかかった小道、賽銭箱もありますが、薄汚れ
、樹木の2つに分かれる株の真上に、蛇がうごめ、絡みつく様な姿を見せてくれてました。 巨樹の本当の姿を
見せてもらった過去でした。







  


生きてゆくためには巨樹も人の支えが必要です。
元気で再び巡り合える日を。  熱海に出向く最大の目標はこの楠に出会うために出向きます。




















東京都谷中、大雄寺のクスノキの巨樹 46

2019-01-21 | 巨樹
1年半ぶりに谷中方面に出向きました。数年前から谷中は外国の
来日客で賑わって、今もキャリーバックを引きずり谷中の狭い道を歩き、お寺様や古い町並み、喫茶店に入る
人たちを見てきました。谷中はすっかり様変わりをしてます。

そんな町並みの中、大雄寺の有名なクスノキの巨樹が鎮座してます。 樹齢300年 幹周り6.2m 樹高15m以上の巨樹は
御神木として大切に保存されてます。 この巨樹には歴史が語り継がれてます。












巨樹の脇には幕末の3舟、勝海舟 山岡鉄舟 そして故人の高橋泥舟のお墓が
巨樹の脇に眠ってます。彼らはこの木を愛し3人は、当時の大きさは分かりませんが、巨樹の下で酒を飲み交わし、
日本の未来を語りあったと言われてます。  大雄寺のご住職様からお聞きしたのが、もう10年前以上、日本はこれから
何処に向かうのでしょうか。この巨樹だけはいつも手を添えて後にします。



  



  



  



  


谷中の道 町並み 大雄寺に通じる道はまったく月日は
流れましたが 変わってません。 喫茶店は近くの東京芸術大学の学生さんで賑わってます。
自分もあんな時代があったと急に思い出しました。




    



















東京大空襲の爪跡 スダジイの巨樹 45

2019-01-10 | 巨樹
昨日の帰宅途中に東京都文京区駒込、栄松院の境内の駐車場に
車を留め置き、久しぶりにスダジイの巨樹を眺める。 驚いたことに枯れてた大株の幹が途中から伐採されてました。
巨樹を見る会の会員である自分は、このスダジイは樹齢800年 幹周り9.2m 樹高10mと聞いてますが、あえて
数値をそのまま載せました。 前回の訪れた時の写真で比較してみてください。

73年前下町に東京大空襲の際に焼夷弾を落とされた駒込地区、幹に爪跡が残り、炭化した後、大きな
株は後方の生き永らえたスダジイを守るため、途中まで伐採されたと聞いてます。太陽光線をあてる、通風を
良くするための伐採処置と理解いたしました。







2018年、6月








伐採された樹木は無造作に横に置かれてます。






  


もっとも激しい炭化跡、初めて手を添えた過去、墨跡が
真っ黒に手につきました。 それよりも驚いたのが触れた瞬間に、良くわからないのですが、電気が走り
あわてて後退りした過去が今でも思い出します。






  

後方の2本のスダジイです。2018年の写真です。昨日の撮影が
ぼやけているので載せられません。何故だか不明?


 


数百年生き続ける傷の無い巨樹も稀にありますが、
このスダジイの様に傷を負ってもなおかつ、後方の2対の幹はこれからも生き続けます。そう願いたいです。






























都内一のクスの木の  巨樹 44

2019-01-09 | 巨樹
浅草からの帰宅途中、春日通りを進み、後楽園の方面から
本郷弓町のオフィス街に入り、名称 本郷弓町の大楠の前に車を止めました。 半年振りにこの巨樹の前に立ち
ました。 都内最大の楠は、樹齢600年 樹高20m 幹周りが9m弱、巨樹の多くが社寺仏閣にある中で
マンションの前にたたずむ姿は驚きの巨樹です。

多くの歴史を経て武士の時代から明治にかけてさらに時代は進み、土地の所有者が変わり、屋敷も何度か壊された
と聞いてますが 過去の敷地の一角に残された楠はどれ位の大きさかは、わかりませんが、今こうして生き延びてきた
姿を見るにつけ、地域の人に守られ、崇められて、御神木として、本郷弓町に残る姿を見せてくれます。




















数百年生き続ける巨樹は、主幹が折れたり、幹が空洞になり
その姿は変遷して痛々しい姿を自分は多く見てきました。 弓町の大楠は見ての通り樹形もまっすぐ、ビルの6階まで
伸び上がり、幹も空洞化してなく、樹皮も美しく まれな巨樹です。 虫を寄せ付けない、また腐りがないのは楠は虫などを寄せ付けない
防虫効果の高い油分の多い液体を、樹木が含んでます。  




      


  


楠の横にはビルの1階におしゃれなレストランがあり、大昔に
ここで食事をしたことがここに来る度に思い出されます。食事をしながら楠を見る。 真冬の中、緑濃い樹木は、
圧倒的な迫力と長い歴史を感じました。