MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯442 終身雇用制と労働市場改革

2015年11月29日 | 社会・経済


 環太平洋経済連携協定(TPP)の大筋合意が実現し、世界最大規模の自由市場の誕生がいよいよ現実のものになろうとしています。
 
 国際的な競争の激化が見込まれる中、農業分野をはじめとして、世界に直接つながる市場を勝ち抜くための産業競争力の強化に向けた国内的な準備が、日本経済の喫緊の課題となっています。

 安倍政権の看板政策である(元祖)アベノミクスの基本方針である「3本の矢」が示されてから、既に3年近い月日が過ぎました。しかし、その中でも最も重要とされている「第3の矢」である「成長戦略」についてははっきりとした形として方向づけられた観はなく、今なお「道半ば」と評価する声が大きいようです。

 新規市場の開拓や生産性向上の足かせとなっている岩盤規制をどう改めて行くのか。日本経済は、国民の「痛み」を乗り越え、いくつかの選択を行わなくてはならない重要な局面を迎えていると言ってよいでしょう。

 そうした中、11月6日の日本経済新聞では、アジア成長研究所所長の八田達夫氏が、「岩盤規制支える体制崩せ」と題する論評において、特に労働市場改革の(喫緊の)必要性に関する興味深い指摘を行っているのでここに概要を整理しておきたいと思います。

 八田氏はこの論評において、未だ数多く残る岩盤規制の中で最も早く改めなければならないのは、いわゆる「雇用規制」だと見ています。人材を最大の資源とする日本の産業構造の中で、雇用規制こそが有能な人物の中途退職を妨げ、労働市場を硬直化させているという指摘です。

 日本の社会がこれまで「当然のこと」として受け入れてきた終身雇用制度には、社員に安心感を与え、企業への忠誠心を培うというメリットがあると八田氏は言います。このためこれを(戦略として)自主的に採用する企業があるのは自然であり、氏も終身雇用契約の全てを否定している訳ではありません。

 しかしその一方で、差別や人権侵害による解雇を禁じたうえで、解雇可能な雇用契約を結ぶ自由もまた保障すべきであるというのが八田氏の見解です。

 現在の制度は、契約の自由を守っていると称しながら、実質的にこれを否定していると氏は説明しています。

 終身雇用制度の下では、新しい(例えばITCを専門とする)技術者が必要になっても、現在雇用している(例えば機械技術者のような)技術者を解雇できない。従って、元からいる技術者に新しい技術を学ばせることになるが、企業はそうした状況を見越して、現在の技術能力よりも学習能力を持っていそうな有名大学出身者を採用することになる。そしてそれが、(極端な)学歴と新卒の重視を引き起こしているということです。

 一方、この制度の下では、有能でない人も一度運良く採用されれば、その会社に一生居座ることができてしまうことになる。このため有能な人、必要とされている人が中途採用されるための席が開かず、結果的に、いくら実社会で優秀なことを示しても、卒業時に大企業に採用されなかった人には中途採用の機会が与えられないと、八田氏は現状を説明しています。

 また、会社を飛び出してベンチャー企業を興したいという意欲のある人も、失敗した際の再就職のリスクを思い会社に縛りつけられている。結局、終身雇用制は、企業が他社から有能な人を中途採用することも、自社の有能な社員が転職することも妨げているという指摘です。

 氏は、企業は優秀な人を常に採用したいと考えており、有能でないことが分かった人を契約に基づいた条件で解雇できれば、直後に有能な人を雇うことになると言います。またそうなれば中小企業も大企業から人材を獲得しやすくなり、起業も進み有能な人の労働市場は流動化、活性化するということです。

 それでは、なぜそれができないのか。その原因は、既に終身雇用されている人の政治力にあるというのが、この問題に対する氏の認識です。

 さらに、有期雇用の非正規社員を不当に差別しているのも同じ理由だと八田氏は説明していいます。

 経営難の際はまず有期雇用社員を優先的に解雇することを義務付ける判例法を立法府は放置しており、さらに雇用期間を5年を超えて延長することも阻んでいる。いずれも有期雇用者の契約の自由を奪うことにより競争を制限し、既に雇用されている労働者のみを守っているという指摘です。

 八田氏は、このように既得権益の政治力により硬直化した労働市場に「契約の自由」を取り戻し、流動性を確実に高めることが岩盤規制改革の根幹だとしています。労働力人口の減少による労働需給のひっ迫が懸念される中、労働力の流動性を高めることで労働市場が活性化し、年齢や性別、学歴などの影響を受けにくい、能力本位で適材適所の雇用が生まれるということです。

 さて、(そうは言っても)労働弱者を切り捨てる競争主義的な雇用環境を、そのまま是認すべきではないことは勿論です。雇用改革を進めるに際しては、一方で適正な補償やセーフティーネットの強化が求められることは当然であり、不適切な解雇に対してはそれなりのペナルティが必要であることは論を待ちません。

 しかしその一方で、労働力の減少や国際間の競争といった社会や経済環境の変化に合わせ、国民の間の理解と合意を得ながら、様々な働き方を許容していく形へと制度の更新を進めていくことの必要性を、この論評から私も改めて感じたところです。


 


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