「気分障害」というのも日本語としては何やら少し不思議な響きを持った言葉ですが、きちんとした定義を持つれっきとした医学用語として最近は耳にする機会も増えてきました。
もちろんこれは、単に「気分がすぐれない」というような一時的な精神状態(いわゆる「気分」)を表すようなものではなく、「ある程度の期間にわたって持続する感情の変調により苦痛を感じたり、日常生活に何らかの支障をきたしたりする状態」を指す用語ということです。
Web上などで「気分障害(mood disorder)」を説明するもう少し分かり易い表現を探してみると、文字通り気分が沈んだり「ハイ」になったりするパターンの病的な症状を示す症候群に付与された「病名」…ということになるのでしょうか。以前は「感情障害」などとも呼ばれていたようですが、泣いたり笑ったりする「感情」の障害というよりも、もっと長く続く身体全体の変調を伴う病気という意味で「気分障害」と名付けられたということです。
この「気分障害」と呼ばれる症状に対して、現在の精神医学はこれを大きく二つに分けてそれぞれ別の病気として扱っています。
その一つは「うつ病」であり、もう一つが「双極性障害」、いわゆる「躁うつ病」です。また、その他にも「気分変調症」、「気分循環症」、「抑うつ気分を伴う適応障害」、「器質性気分障害」、「内科疾患に伴う気分障害」など、気分障害をもたらせた原因や程度の違いなどによりそれぞれ病名として一般化(パターン化)されている症状もあるようです。
こうした「気分障害」は、先進各国では「ストレスが多い(と言われる)現代社会」に内包された現代人の大きなリスクのひとつとして、また社会や経済に無視できないロスをもたらす存在として広く認識されており、政策的にもその対策が強く求められるようになっています。
一方、昨今では、メディアに登場する医師などから「うつ病は、ストレスにさらされれば誰でもなる可能性がある」という意味で、「心の風邪のようなもの」などという言い方が一般的になされるようになっています。
こうしたことからも分かるように、病気としての「気分障害」「うつ」に対する偏見や誤解が解消されるにつれ、これまで「うつ」が纏ってきた非生産的で何故か大きな声で言えないようなマイナスなイメージも次第に変化を見せており、加療により完治可能な(特別ではない)病気として市民権を得始めているようです。<o:p></o:p>
さて、週刊「PRESIDENT」誌では、「職場の心理学」と題した連載コラムにおいて職場における心理学の活用法や仕事と働き手の気持ちの問題などを毎号分かり易く解説しています。最新号(2013.3.3)では、都内でメンタルクリニックを開業する精神科医の山本亜希氏が、臨床医学の立場から見た職場における「気分障害」の現状と、「うつ」への認識の変化に伴う問題点などについて興味深い視点を投げかけています。
山本氏は、最近とみに多くなった現象として、初めてクリニックを受診する患者から「休職したいので診断書を出してください」といきなり要望されるケースを挙げています。「職場に行けない」「仕事に行きたくない」…職場における人間関係のトラブルと気分の沈滞を前提に、すぐに診断書を欲しがる最近の患者との感覚のギャップに医師として戸惑いを感じることが多いというものです。
従来「気分障害」は、意欲や活動性が極端に低下した重篤な状態となって初めて精神医療の対象となっていましたが、近年ではある意味「気分変調症」といったようなそう激しくない落ち込みが持続するような状態も疾患の範囲に含まれるようになり、投薬、治療の対象となっていると山本氏は言います。
このような臨床現場の傾向に対し、山本氏は、医師が診断によって重篤感のない気分変動までも含めて病名を付すことは、時に患者が人生の課題に対峙する機会を奪うことになるのではないかと強く懸念しています。乗り越えるべき人生の障害や葛藤に突き当たっている未完成な個人に対し、安易に病気として認定し、困難を回避させ、抗うつ薬を処方することは果たして本人の利益となるのか、いたずらに成長の機会を奪うことになるのではないかという(これはもはや医学の範疇を超えた)問題です。
こうしたことから、医師は診断をつける際に常に慎重であるべきだと山本氏は言います。特に10年ほど前から、いわゆる「新型うつ」と呼ばれる症状を訴える患者が占める割合が増加しており、これがさらに職場や診療の現場に混乱を引き起こしているということです。
この「新型うつ」の特徴を整理すると、
(1)自分の好きな仕事や活動の時だけ元気になる
(2)「鬱」で休職することに抵抗が少なく逆に逆境を利用する傾向がある
(3)身体的疲労感や不調感を伴うことが多い
(4)自責感に乏しく他罰的で勤務先の会社や上司のせいにしがちである
(5)どちらかというと真面目で負けず嫌いな生来の性格が影響している
ということになります。
これだけ見ると「救いようがない」と言うか、どうもあまり良い印象は受けませんが、ここに共通してみられる特徴的な心性は、①役割意識に乏しく、②他責的・他罰的で、③薬物が奏効せず、そして④遷延化しやすいという点にあるようです。
実際それらの多くはパーソナリティ障害(パーソナリティ障害の傾向を持つ者)が遠因していると考えられており、多分に自己愛的、回避的心性を読み取ることができることから、これを病気として扱わない立場の医師も多いと山本氏は述べています。
山本氏によれば、うつ病の概念の広がりと歩調を合わせるかのように「気分障害」で受診する患者数が急増しているのも事実で、厚生労働省の「患者調査」によると1996年の43万3000人から2008年の104万1000人へと、12年間で2.4倍に膨らんでいるということです。
こうした状況を踏まえ、山本氏はうつ病で社員が休職した場合の会社の負担がどのくらいになるかを試算しています。年収600万円(月収50万円)の社員が、発症3か月、休職6か月、試し期間3か月で復職した場合を想定すると、6ヶ月間の休職期間中は本人への給与負担が無かったとしても、これをフォローする社員の人件費(残業代)などを考慮すれば会社のコストは481万5000円にも及びます。売上営業利益率が5%の企業であれば、この負担をカバーするのに1億円近い売り上げを必要とするという規模のリスクです。
近年、「明らかな病気とは言えないが、健康とも言えない」というケースに数多く遭遇するようになったと山本氏は指摘しています。これは、精神科の敷居が低くなったことにより、これまでは病気として認
そうした中で、臨床現場の精神科医にとって、従来のように患者の訴えに寄り添い「休職させる」ことだけが仕事ではないだろうと山本氏は言います。初診の段階から「医師は診断書を出してくれる人」と考える風潮自体が間違いであり、また、医師が安易にそれに応じてしまうことは社会保険制度や社会のコスト増加させることに繋がってしまう。そこには「社会的」な存在としての医師の自覚が必要だ、というものです。
このような状況を回避し医師が正しい診断を下して治療するため不可欠なものとして、患者本人に加え、職場の上司と医師(産業医)との連携に山本氏は重きを置いています。
それができれば、日常の勤務態度を勘案した診断をしたり、休職という判断をする前に業務の負担を減らしたり、必要に応じた配置転換を行ったりというような対応を行うことができる。そうしたきめ細やかな対応を積み重ねることにより、気分障害による患者本人の負担はもとより、従業員の休職による会社の負担や家族、社会の負担も大幅に減らすことができると山本氏は言います。
様々な職場、様々な状況のもと、感情も気分もその時々のストレスの影響を大きく受けることになります。その中で、自らの精神状況ときちんと向き合い、必要に応じて専門家としての医師の判断を仰ぎ、整理された(感情的でない)環境の中でこれをコントロールしていくというシステマチックな対応が必要なのだろうと感じるところです。
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