引き続きになりますが、9月10日の日経新聞(32面「経済教室」)に、「政策『先送り』 今こそ脱却を」とのタイトルでこれまでの消費税増税問題に関するいくつかの寄稿を総括するような形で武蔵野大学の奥野正覚教授による寄稿が掲載されていました。
プライマリーバランスの悪化が指摘されるようになって久しい日本の経済・財政政策に対する至極「まっとうな意見」として感じられたので、記録かたがたここに要約しておきたいと思います。( …しつこくてスミマセン。)
一国の経済が成長するためには、技術やニーズの変化に合わせて「衰退産業」から「成長産業」にヒトやモノやカネが移動することが必要です。 奥野氏は、バブル期以降の日本ではこうした移動が人為的に妨げられてきたことにより、社会が持つリソースを経済成長に十分活用できていないとしています。
産業構造の転換に当たっては、個別的・一時的な痛みを和らげ失業者問題などをソフトランディングさせるため、「産業調整政策」と呼ばれる一群の政策がとられることが多いわけですが、これらの政策が日本経済の構造調整を妨げてきているとの指摘です。
一般的にいわゆる産業調整政策は、①積極的産業調整政策(成長産業への政府援助など)、②消極的産業調整政策(衰退産業の雇用や資源利用の支援など)、③環境整備政策(職業訓練等の失業者の産業間移動の支援など)という3つ分野の政策で構成されています。
バブル崩壊後の日本では、景気の悪化は政府の経済政策の失敗がもたらしたものという責任論も強く、また政局の混乱などもあって経済規模の延命策としての消極的産業調整政策が多用されてきたきらいがあると奥野氏は言います。
具体的には、雇用調整助成金などにより本来市場から退出すべき産業や企業の雇用を助成したり、金融円滑化法に基づく金融支援により淘汰されるべき企業が支援されたり、あるいは解雇規制を強めることによって本来産業間を移動すべき労働者の雇用を保障したりしてきたのではないか、…このような指摘です。
消極的産業調整政策は、短期的には失業を抑えるプラスの効果を発揮しますが、長期的に見れば成長産業への資源(リソース)の移動を抑制することにより一国全体の経済成長を妨げる両刃の剣です。そうした観点から奥野氏は、現在の日本の潜在成長率が低迷している背景には、新陳代謝を妨げ日本の構造調整を遅らせるこれらの政策的措置があったと言わざるを得ないとしています。
さて、バブル期以降、日本は通常は「必要不可欠」と考えられるような経済・財政政策や制度改革を実態として先送りしてきたと奥野氏は指摘します。それは、①大規模な不良債権の処理であり、②社会保障制度改革であり、③今回ようやく政策課題に上っている消費税増税などを指しています。それでは、何故、バブル後の日本でこのような「先送り」が多発してきたのでしょうか。
この理由について奥野氏は、以下のように説明しています。
① 一般にプロジェクトには、「コスト先行型」と「コスト遅行型」の2種類がある。
② 「コスト先行型」とは、不良債権処理のように先に対価を払って対策を講じ、処理が済めば経済回復という利益が後から得られるものを言う。
③ 一方「コスト遅行型」とは、景気が悪いときに財政出動や減税をすると景気は一時的に回復し政策の利益が得られるが、そのコストに当たる財政赤字などが遅れてやってくるものである。
④ 政権基盤が脆弱で長期政権が望めない場合は、コストの成果を政権自らがの功績に出来ない可能性が想定できることから「コスト先行型」プロジェクトには先送りについての強いインセンティブが生じる。
⑤ 逆にこうした政権基盤が弱い政権にとってインセンティブが強いのは、負担が後になって効いてくるバラマキ政策のような「コスト遅行型」の政策となる。
こうした考え方を踏まえ、日本的先送りが目立った背景には、バブル期以降は「国民や既得権益者からの反対」という先行的なコストが非常に大きかったため、歴代の政権はコスト先行型の経済・財政政策を先送りしてきたというのが奥野氏の指摘です。さらに、バブル期以降の日本の政権の多くが政権基盤が弱く短命であったため、コスト遅行型のプロジェクトが採用されがちであったとしています。
そういう意味で言えば、安倍政権は国民の信頼も厚く、久々に強い政権基盤を持ち少なくとも3年程度は政権を維持するものと期待されているます。今回の消費税増税は是非先送りせず、予定どおり実施すべきだというのが奥野氏の結論です。2020年オリンピック・パラリンピックの東京開催も決まりました。少し古いコピーになってしまいましたが、「いつやるの?」と聞かれれば、当然「今でしょ!」ということになりますね。
コスト先行型であったとしてもコスト遅行型であったとしても、最終的に負担を負うのは国民であることに変わりはありません。政府は国民に対して政策の必要性をきちんと説明し、最も適切なタイミングで効果的な政策を打つことが国民の信認に応えるという事になろうかと思います。
9月12日の読売新聞(朝刊)の1面に、安倍総理が4月からの3%の消費税増税の意向を固めたとのスクープが掲載されていました。また、その一方で、政府は同じタイミングで5兆円規模の経済対策も実施する方針との報道もなされています。
低所得者対策として、例えば国民一人一人に1万円の現金を支給することなども検討されているようですが、そうした対策の経済効果というのも未知数な部分が大きいのではないかと思います。願わくは、政府には政治的な思惑を優先させることなく、各階各層の意見を聞いた上で政策の効果を十分に検討し、理性的な対応をしてもらいたいものだと改めて思うところです。
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