MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯965 ポスト・グローバリズムの行方(1)

2018年01月12日 | 日記・エッセイ・コラム


 米国民がドナルド・トランプという(ある意味強力な)トリックスターを指導者に担いだ大統領選挙(一般投票)から、昨年11月8日で1年を迎えました。

 移民政策や経済対策、北朝鮮問題も含む安全保障への対応などトランプ政権の混迷は深まる一方ですが、米国民の「変革」への期待というものが、この1年で(メディアなどが指摘するほど)萎んだわけでもないようです。

 米国民のトランプ政権への支持率などを見る限り、ポピュリズム(大衆迎合主義)の台頭を許した庶民の内向き志向は根深く、かつての米国に戻る復元力は今のところ乏しいという声も聞かれます。

 実際、トランプ政権が「アメリカン・ファースト」の路線を強く打ち出したことで、戦後70年続いた米国主導の世界秩序がこれまでとは異なる方向に動き出しているのは事実です。米国一強のグローバリズムへの決別をエポックとして示した彼の出現は、今後の世界にとって(私たちが考えている以上に)大きな意味を持っているのかもしれません。

 トランプ大統領がやろうとしているのは、米国が他の国と同様、自分の利益を第一に考える国になるということでしょう。基本的に1対1の外交、経済、安全保障関係の中で自国の利益を求める「普通の国」、つまり米国を利己主義的な超大国に回帰させるということです。

 難民問題や英国のEU離脱、極右勢力の台頭などに揺れるヨーロッパの政治情勢も含め、時代がグローバリズムからアンチ・グローバリズムに向かう中、これからやって来るポスト・グローバリズムの時代は一体どのようなものになっていくのか。

 こうした(世界的規模での)動きにカ関し、11月1日の総合情報誌「GQ」に、神戸女学院大学名誉教授で思想家の内田樹(うちだ・たつる)氏が「ポスト・グローバリズム時代の構造的危機」と題する興味深い論評を寄せています。

 例えばフランスのマクロン新大統領がこれからどういう政策を採るにしても、ヨーロッパ全体では既に「アンチ・グローバリズム」の流れにあると内田氏はこの論評で指摘しています。

 EUという大きな枠組みは残るとしても、それを構成する国民国家がより小さな政治単位に分割されてゆく「地域主義」がこれからの主流になる。これは文明史的な流れなので、一国家の個別的な政策で押しとどめることができないだろうというのが、今後のヨーロッパ世界の動きに関する内田氏の認識です。

 17世紀以来、基礎的な国際政治単位として営まれてきた「国民国家」が不安定となり、今日では国家が国民を適切に代表することができなくなってきていると氏は言います。

 氏によれば、例えばイギリスには以前からスコットランド独立の動きがあり、ウェールズも独立を志向している。ベルギーは人口1100万人超の小国であるにもかかわらず、地域・言語で6の連邦構成主体に分割され地域対立も深いことで知られているということです。

 また、イタリアでは豊かな北イタリアが貧しい南イタリアのために税金を払うのは嫌だと言い南北対立が深刻化していて、スペインのカタルーニャ州では、州民が税金として支出する額とスペイン中央政府から還元される額に大きな隔たりがあるとして、独立運動が政治問題化しているのが現実だと氏は説明しています。

 一方、内田氏によれば、アメリカの州単位でも、実は同様の事態が起きているということです。

 ジョージア州フルトン郡にある富裕層ばかりが住むサンディ・スプリングスという街では、自分たちが払う税金が貧困層の福祉に使われるのは納得できないと住民が言い出して、郡から独立することを住民投票で決めてしまった。

 その結果、職員を減らして警察と消防を充実させた市では税金が安くなり治安も良くなったが、富裕層が独立していなくなったフルトン郡では税収が一気に減り、福祉は薄くなり病院は閉鎖、街灯が消されて治安も悪くなって住民たちが困窮するようになったということです。

 それでも、米国内では、サンディ・スプリングスのケースを「なんとよい考えだ」と支持する人たちが多いと内田氏はしています。自分たちが払った税金は自分たちのために使われるべきで貧乏人がタダ乗りすることを許さないというロジックのもと、現在全米で30いくつかの市が「独立」を計画中だということです。

 内田氏は、これもまたアンチ・グローバリズムの(流れの中にある)一つの表れだと指摘しています。

 大きな共同体が、(利害や特性を共有する)より小さな同質性の高い集団に分かれていく。グローバリズムに対するアンチではあってもそこには「公共」という概念が空洞化していて、私利私欲をあからさまに追求するという構成員の意思を原動力にして分裂が玉突き的に生じていくということです。

 格差のエネルギーの高まりに伴い、エントロピーの法則に基づいて内部的な反発が強まり、社会が不可逆的に拡散の方向に向かっているとでも表現すればよいのでしょうか。

 利害関係によって、グローバルな世界観ばかりでなく、民族や国家、地域までもが分断されていく…そうした歴史の大きな変化の中に生きていることを、私たちはもう一度しっかり自覚した方がいいのかもしれません。(「ポスト・グローバリズムの行方(2)」につづく)




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