奇跡講座のテキストを、第20章 聖霊の心眼 まで読み進めています。
秋晴れというのに、何もやる気が起きません。ようやく昨日、
ルーティン、プラス買出し、今日は、なんとかトイレ掃除までは
やりました。あとは洗濯など。
この間の買出しのときは「全ての責任は自分で負う」ということが
浮かび、昨日は、「自分が何かは自分で決められない」ということが
浮かんで、だいぶリラックスできました。
そしたら、義理の妹から連絡あり。娘の誕生日に合わせて
「要らんワイ、ゴミを送るな」という暴言が頭に浮かんで(重症)、
怒りでパニックしたので、すぐに聖霊に助けを求めました。
パニックしたまんま、落ち着いた内容の返事は出せました。
(と思います。)
一応、テキストを読んでいると、身体にまつわる全てのことは幻想
ということが強調されていて、それに賛同できたとしても、それしか
見えないし、その中で生活することしか今は出来ない。
交友関係がどんどん広がっていく私の周辺とは裏腹に、私はますます
孤立していってますが、私としては癒されています。ヘタに関わろう
とするから思ったようにならないと攻撃的になるような気がしてます。
どんなに義理の妹や友人たちに腹が立ったように見えても、
私は彼らの本来の姿である神聖性を心眼しなければならない。
彼らをそのように見ることは自分をそのように見ることに他ならず。
自我の私は待つだけ。何もしなくて良い。自我に神聖性を
取り込むことは出来ない。
はぁ。学び。
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