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ある宇和島市議会議員のトレーニング

阪神大震災支援で動きの悪い体に気づいてトレーニングを始め、いつのまにかトライアスリートになってしまった私。

【訂正】難波先生より

2013-10-22 12:32:37 | 難波紘二先生
【訂正】前便で<コッポラの映画は「ゴッドファーザー」を最初に見た。マーロン・ブランドが演じるマフィアのボス、ドン・コルネオーネが素晴らしかった。あれ以来、「ドン」といえば親分を意味するという、日本語が生まれた。それまでは「静かなるドン」のように、ドナウ川を意味する言葉だった。>と書いたら、ウィーンからSFCに戻ったK君から、2点を指摘指摘するメールが来た。
 コメントありがとうございました。


 1)<ショロホフの「静かなるドン」のドン河とドナウ川は別ものです。ドンはロシアを流れてアゾフ海をへて黒海に注ぐもので,ドナウはドイツ,オーストリア,スロヴァキア、ハンガリーなどの東欧諸国を経て黒海にもっと西から注ぐものです。>
 2)<親分を意味するドンという言葉はゴッドファーザー以来だということですが,オペラ愛好者の間ではヴェルデイのドンカルロスがよく知られているはずでドンがスペイン語やイタリア語でGentleman, Nobility, Boss, Sir などを意味することはずっと前から知られていると思います。関連の有る言葉ですが,ご存知の通り,オックスフォードやケンブリッジの教授にはDonという呼称がつかわれます。>


 まず第1点、「ドン川とドナウ川は別もの」というご指摘はその通りでした。黒海の東、クリミア半島の北東に位置する「アゾフ海」に注ぐ川のひとつが「ドン川」でした。
 この辺りには、ドン川、ドネツ川(Donets)、ドニエプル川(Donyepr)、ドニエストル川(Donestr)、ドナウ川(Donau)とやたらdonが頭に付く川の名前が多い。


 英語WIKIはDon River:http://en.wikipedia.org/wiki/Don_River_(Russia) で、
<The current name derives from Scythian (East Iranian) Dānu "river",[citation needed] akin to Ossetic don "river", and Pashto dand (ډنډ) or dun (depending on dialect) "pond, lake".>
 と古代スキタイ語に由来する可能性を指摘している。Donが「川」の意味で、トルコ語の系統だとしたら、後に形容語尾-ets、-yepr、-estr、-auが付いて、別の川の名称になったとしても不思議はない。


 高校時代に愛唱されたロシア民謡に「ステンカ・ラージン」がありますが、歌詞の中に「ドン・コサックの群にいまわくそしり」という句が出てきます。コサックの族長ステンカ・ラージンが美姫にうつつを抜かし、族長としてのつとめを疎かにしていることを部下が不満に思うくだりです。
 この「ドン」の意味が今イチわからなかったのですが、K君の指摘を受けてショーロホフ「静かなドン」(「新集世界の文学31~33」, 中央公論社)を開いて見て、タイトルは「静かなドン川」の意で、「ドン・コサック」とはドン川流域に住む遊牧騎馬民族コサックのことをいうと知りました。
 ドンとドナウは語源が共通するかもしれないが、固有名詞としては別の川でした。お詫びして訂正いたします。


 それにしても私は、ブルガリアとルーマニアという黒海に面する国に行きながら、結局、黒海を見ることはありませんでした。ブルガリアのブラショフという町に、スキタイの王墓があり、それを見物したら紀元前1,000年頃の墓なのに、石室が「前方後円」をしていて、後円部の天蓋は石造りのドームになっており、驚いたことがあります。
 また黒い陶器の水差しには十字架と「らせん」が模様として使われていました。
 もう金製の装飾品はうじゃうじゃある。いま思う、とついでに黒海沿岸まで足を伸ばしておけばよかった。


 ついで第2点の「ドン(Don)」の由来の件ですが、「ドン・キホーテ」、「ドン・フアン」、「ドン・カルロス」という小説・オペラは知られています。しかし、この「ドン」が、ご指摘のようにイタリア語、スペイン語で男性の敬称で、英語のマスターにあたることは日本では知らない人が多いと思います。少なくとも私は、固有名詞だと思っていました。英語のジョンのような。


 「イタリア語辞典」でDonを見ると「神父」とあります。「スペイン語辞典」では小文字のdonは「才能、タレント」という意味で、大文字のDonは敬称で、女の場合はDonaとなる、とあります。歌手のマドンナMa-Donnaは、Ma-Donaに由来するもので「私の女主人」という意味の、ふざけた芸名です。


 さてその「ドン」の日本での受容ないし用例ですが、コッポラの映画「ゴッドファーザー」の日本公開が1972年です。http://ja.wikipedia.org/wiki/ゴッドファーザー_(映画)
 もしこの映画以前に「親分」とか「ボス」という意味で、日本語として広く使われていたとしたら、日本語辞典に含まれていないといけません。
 ところが、
 1.小学館「国語大辞典」(1981):1)「スペイン、イタリアで男性の名の前につける敬称」、2)ソ連の川の名称、
 2.岩波「広辞苑第3版」(1982):1.「1)スペインで男性の名前の前につける敬称、2)ある方面での実力者、ボス」、2.「ヨーロッパ・ロシアの川」
 3.三省堂「新明解国語辞典」(1985):語の採録なし。
 4.角川「類語国語辞典」(1985):語の採録なし。
 5.三省堂「大辞林」(1988):1.「1)スペイン、イタリアなどで王族・貴族などに付けられる敬称、2)首領、かしら(用例「暗黒街のー」)、2.「ソ連南西部にある川」 



1, 2, 4, 5はいずれも大型辞典ですが、かろうじて2.(1982)と5.(1988)に現在の意味に似た語彙が載せられています。「広辞苑第6版」(2008)では、ドンに「2)首領、ボス。(用例「財界の-)」という語釈が載っています。
 6.「American College Dictionary」(1964)には上記1.以外に、「俗語:英国の大学で用いられ、大学教師を意味する」とあります。
 従って映画「ゴッドファーザー」(1972)の公開以前には、「ドン」という言葉は一般には使用されていなかっただろうといえると思います。


 「ドン」という言葉を普及させたのは何と言っても自民党竹下派の黒幕、金丸信に対する当時のメディア用語「政界のドン」でしょう。このドンは「闇の帝王」というような意味で用いられました。
 http://ja.wikipedia.org/wiki/金丸信#.E6.94.BF.E7.95.8C.E3.81.AE.E3.83.89.E3.83.B3
 後、1992年に5億円の不正献金と翌93年に巨額の脱税が発覚し、議員辞職に追い込まれています。これで「ドン」に「不正な、邪悪な」というニュアンスが付加されるようになりました。


 コッポラ監督の映画「ゴッドファーザー」は1990年に第三部が公開されており、この時までに「ドン」がマフィアの親分を意味することは、広く日本人に知られていました。1988年の「大辞林」に「暗黒街のドン」という用例が載っていることから見ると、80年代後半「バブル景気」の最中、地上げ屋が横行した頃に、この言葉が普及したように思われます。
 しかし貴兄のお説のように既存の(つまり「広辞苑第3版」1982 が説明するような)「敬称」に由来するのか、それともコッポラの映画に由来するのかを決定するのは難しいように思います。


 三省堂「新明解語源辞典」(2011)には、ドン:「実力者、首領。アメリカの俗語で尊敬すべき人というような意味を持つようになり、実力者、特に隠然たる力をもつ大立者を指すようになった。ボスと同義」とあります。
 「日本戦後重大事件史 1945-2010」(新人物文庫, 2011)に出てくる用例は、2004年にBSE騒ぎに便乗して農水省から約50億円の補助金を騙しとって逮捕された、食肉卸業の最大手ハンナン・グループの経営者浅田満が「食肉のドン」と書かれています(P. 282)。金丸の場合は、背後に稲川会という暴力団が付いていましたし、浅田の場合はいわゆる「被差別」と関係がありました。ですからこれらの場合「ドン」は負のイメージで報じられています。


 こういう負の意味をもつ言葉は、ちょうど「生理的用を足す場所」の名前が、戦後だけでも便所、W.C.、御不浄、お手洗い、トイレと変化したように、ブローカー、フィクサー、ボス、ドンなどと変化してきました。言葉は生きているから、常に変化しますね。
 ちなみに「ドン」でネット検索すると「ドン引き」という新語が生まれているようです。http://zokugo-dict.com/20to/donbiki.htm
 このドンはオノマトペ(擬音、擬態語)で、「どんと」の短縮されたものでしょう。
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