ある宇和島市議会議員のトレーニング

阪神大震災支援で動きの悪い体に気づいてトレーニングを始め、いつのまにかトライアスリートになってしまった私。

【アトランティス】難波先生より

2013-05-10 12:48:41 | 難波紘二先生
【アトランティス】大陸の跡か?と5/8の「リオデジャネイロ=共同」記事が伝えている。(産経、中国とも同一記事を掲載。)
 記事の中で、「アトランティス伝説」が最初に出現するとされる、プラトンの『ティマイオス』に言及されている。
 アトランティス(Atlantes)はアトラス(Atlas)の複数形で、単数のアトラスは、モロッコとアルジェリアを境する山脈の名前として今も残っている。元来、重いものを支える「柱」の意味で、頭蓋骨を支える脊椎骨の第2番目の骨がアトラス(軸椎)だし、ギリシア神話では天空を支える巨人がアトラスである。
 アトランティスはその複数形だから、「大陸」ではありえない。


 ブラジル政府の発表には誤りが二つある。第一は、プラトンは『ティマイオス』で「ジブラルタル海峡の西に、今は沈んだアトランティスがあった」といっているのであり、ブラジルとアルゼンチンの東なんてとんでもないことは述べていない。まったくの方向違いだ。
 第二は、南米の東海岸のかたちと、アフリカの西海岸のかたちは、切り抜けばぴったり合うので、これがゴンドワナ大陸を形成していて、プレート移動により分離・移動し、大西洋(Atlantic Ocean)が形成されたと考えて矛盾がない。つまり巨大大陸が存在する余地がない。
 『ティマイオス』に書かれているように、「アジアとアフリカを合わせたよりも大きい島」が別の大陸として存在していたとしたら、もとのゴンドワナ大陸とどのように接続していたのか? ブラジル政府は注目を浴びるために、これら明白な事実に触れていないし、矛盾点を説明しようともしていない。


 「中国」が掲載している情報記事「クリック」には「共同配信」として「アトランティスにはオリハルコンという幻の金属を使う、高度な文明と強大な軍事力があったが、約1万2000年前に大地震と洪水により海中に沈んだと、『ティマイオス』に書いてある」となっている。そんなことは書かれていない!「産経」記事はこの部分をカットしている。整理部の能力が問われる記事だ。
 
 そもそもプラトンは、死んだ自分の叔父クリティアスの祖父であるクリティアスが友人の賢者ソロンから聞いた話として、主客であるティマィオスの前座に、話をさせている。叔父のクリティアスはアテネの「三十人独裁政権」の中枢にいた人物で、民主派により殺されている。『ティマイオス』に出てくるソクラテスも、もちろん独裁制崩壊後の裁判で有罪となり処刑されている。
 プラトンが曾祖父のクリティアスを持ち出しているのは、「アテネ第一の家柄であり、賢人ソロンが曾祖父の友人だった」ことをひけらかしたいためである。


 プラトンの著作では、1)一次資料(自分が直接見聞したこと) 、 2)二次資料(伝聞、書物に書いてあること)、3)三次資料(また聞きあるいは出所不明の文書)が同列に扱われている。
 ソロン→祖父クリティアス→その孫の話者クリティアスという間接構造は、「アトランティスの話は、ソロンがエジプトの神官から聞いた話」であることにより、もっと複雑になっている。


 なぜそういう複雑な前座の話が挿入されているかというと、主役の「ロクリスのティマイオス」が実在の人物でないからである。『プラトン全集12 ティマイオス, クリティアス』(岩波書店, 1975)を見ると、クリティアスが祖父から聞いたアトランティスの話はp.12~25までたった14ページで、後は「ロクリスのティマイオス」による話がp.26~178まで続く。話の内容は、幾何学、物理学、宇宙論からはじめて解剖学、医学、精神病論まである。とてもプラトンの学力で書けるような代物ではない。


 ディオゲネス・ラエルティオスは『ギリシア哲学者列伝』(岩波文庫)で「プラトンはクロトナのピロラオスの書物を買い求め、それを剽窃して『ティマイオス』を書いた」と述べている。当時の書物は巻物だったから、はじめに別な話を書いておけば、すぐにはバレないと思ったのであろう。もっともピロラオスの書物は失われている。
 これについても、「プラトンは哲学者の中で、自分が一番だと思われたいため、弟子に命じて他の哲学者の書物を買い集めさせ、破棄した。このため多くの他流派の哲学者の書物が失われた」とラエルティオスが書いている。


 それはともかく、クリティアスが語るアトランティスの話は、ジブラルタル海峡の西にある島で、ソロンがエジプトの神官から話を聞いた時点(およそ前550年)に、「エジプトの都市はギリシアに1000年遅れて始まった。我々の都市は8000年の歴史がある」。(これはギリシアの文明がエジプトに波及したという「西欧優位論」で、これについてはM. バナール『黒いアテナ』(藤原書店, 2005)が、「ギリシア文明はエジプトからの波及として生まれた」ことの強力な証拠を提出している。ギリシアに文字をもたらしたカドモスがフェニキアからの移民であることを考えても、それは明らかだろう。)


 ところがヘラクレスの柱(ジブラルタル海峡)の向こうの西側に一つの大きな島があった。
 この島に諸王侯の強大な勢力が台頭して、ヨーロッパやリビア(アフリカ)に侵略を開始した。アテネはそれに対する反抗勢力の中心となって戦っていたが、ある日、大洪水と大地震が起こり、ギリシアの戦士と侵略者、さらにはこのアトランティス島が、一夜にして海中に没してしまった。
 というのが、物語の要旨で、「1万2000年前」とはどこにも書いてないし、「オリハルコン」なる金属のことも書いてない。

 前600年から、9000年遡り、それから現時点までの計算をすれば「今から約1万2000年前」というのは、必ずしも誤りでないが、記者は漫画本の読み過ぎではないか。もっと原典を確かめる努力をしてもらいたい。
 北大西洋はローラシア大陸から北米が分離して、南大西洋はゴンドワナ大陸から南米が分離して生じたもので、それぞれ9,000万年前と1億5,000万年前のことだ。(J.F.ルール『地球大図鑑』, ネコ・パブリッシング , 2005)  プラトン説とは何の関係もない。


 新聞社の「整理部」というのは出版社の「校閲部」と同じような機能をもっている。アトランティス大陸だとか、ムー大陸だとか、青森県に比婆山のピラミッドだとか、そういう記事はちゃんとチェックしてもらいたい。


 この話は誰が考えても作り話で、プラトンはわざわざ『ティマイオス』中で、ソクラテスに「これが作り話でなく、本当の話だということは、きわめて重大な点でしょう」(p.26)と言わせている。この作品に出て来る4名の人物のうち、ティマイオスは架空の人物。ソクラテス、クリティアス、ヘルモクラテスはすべて死者である。死人に口なしという。


 前1世紀のギリシアの地理学者ストラボンは、その『地誌』において、ポセイドニオスの書物から引用して「アトランティスの発明者は、歴史的矛盾が生じないように、アトランティスを沈没させた」と述べている。(Strabo「Geography 1」,Penguin Classic,p. 393) アトランティスの話がプラトンの作り話であることは、以下の事実でさらに裏打ちされる。


 まず、全40冊という膨大な『歴史の図書館』(本邦未翻訳, Loeb Classic)というギリシア語の歴史・地誌を書いた、前1世紀のディオドロスはアトランティス伝説にまったく触れていない。
 次に、紀元1世紀に、ラテン語で書いた1世紀ローマのプリニウスによる浩瀚な『博物誌』(雄山閣)にも、アトランティスの話が出てくるはずだが、一切ない。
 エジプトの神官が賢人ソロンに語ったのが本当であれば、かならず別系統の話が存在するはずだ。
 アトランティスの話を書いたのはクリティアスでなくプラトンである。クリティアスが本当にプラトンにこの話をしたのなら、他の人にも話したはずで、やはりプラトン経由でない話が残るはずだ。プラトンの書物にしかないということは、彼が創作したことを示している。


 ディオドロスが伝えるギリシア神話によると、ウラヌスの息子アトラスは、父からリビア(アフリカ)の西側、大洋に面する土地を与えられた。今日のモロッコからモーリタニアに至る地域である。そこにあるもっとも高い山を「アトラス山」(今日のアトラス山脈)と名づけ、そこに住む住民を「アトランティス人」と名づけた。このため、その海が「Oceanos Atlantico(アトラスの大海)」(大西洋)と呼ばれるようになった、という。プリニウスもアトラス山脈より内陸に住む未開の人種を「アトランティス族」と呼んでいる。


 これを書いていたら、米国のジョージア州に「アトランタ」という町があるのを思い出した。一部が大西洋に面しているが、大部分は内陸の州だ。何でここにAtlanta(アトランティス人の土地)があるのか、不思議に思った。調べてみると、元は「Atlanta Pacifico」というラテン名だったそうだが、これでは「平和なアトランタ」なのか、「太平洋の大西洋」なのか、意味がわからなくなる。そこで縮めて「アトランタ」としたのだそうだ。アパラチア山脈の南西端の山中の町だ。南北戦争では北軍のシャーマン将軍により、町全体が焼き払われている。
 http://ja.wikipedia.org/wiki/アトランタ#.E5.B8.82.E3.81.AE.E5.89.B5.E8.A8.AD.E3.81.A8.E5.88.9D.E6.9C.9F


 Atlas, Atlantes, Atlas Mt., Atlantic Ocean, Atlantaとローマ字で書けば、言葉のつながりと語源は誰にでも分かるが、なまじ「アトラス」「アトランティス」、「アトラス山脈」、「大西洋」、「アトランタ」と訳すと、何が何だかわからなくなる。これも困ったものだ。
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