【ガガンボ】
4/15、朝は気温が12度くらいで、母屋勝手口のドアを開けたら、側壁に巨大なガガンボが、どこかから這い出てきたまま、フリーズして動かなくなっていた。接近して肉眼で観察したら、胸部に美事な「平均棍(haltere)」が見えた。体長が4cmくらいあり、翅に斑紋がないので、本邦最大の「ミカドガガンボ」ではないかと思うが、確信はない。(写真1)
(写真1)
複眼の二つの眼が緑色をしており、2枚の翅の後、後部胸節に太鼓のばち状の「平均棍(ハルテーレ)」が突き出している。(調子が悪かったカメラは、マニュアルを読んで、メモリーカードを初期化したら撮影できるようになったし、「焦点合わせ」を「スポット測光」に変えたら、狙ったポイントに焦点が合うようになった。)
撮影後に虫を捕まえて、今度は35%エタノールでなく「純アセトン」の液を入れたビンに浸けたら、ほとんど即死した。アセトンは脱脂作用があるので、表面に脂肪分が多い動物だと、人工産物ができやすいが、ガガンボなら大丈夫だろう。アセトンで固定後、ピンセットでつまみ出し、ティシューで余分なアセトンを吸い取り、邪魔になる脚と翅をハサミで切り取り、USB顕微鏡で、平均棍の出る部分と先端のかたちを観察した。(写真2)
(写真2)
左側の平均痕は翅に平行に突き出しているが、右側のものは、上に直角に突き出ており、分かりにくい。(この45度の意味については、後に英語WIKI記載分の翻訳の箇所で述べる。)
黒い胸甲部のすぐ下にある白い帯の部分から、左右の平均棍の基部が立ち上がっており、右側の同じ位置から上向きに生えているのが、かろうじて読み取れる。
右の翅は根元で、切断してある。平均棍を観察するじゃまになるので、6本の脚は全部根元で切断してある。こうして見ると、1)平均痕は根部が可動性であり、上下左右に動く、2)平均棍の先端は、太鼓のバチというよりも、ちりとり刷毛の先端に似ているのが見てとれる。むしろその上にある翅に類似しており、後翅が退化・変容したものと思われる。
つまり普通の4枚羽根をした昆虫から、後翅が退化して、ハエ、蚊、ブヨ、アブ、ガガンボなどの「双翅目」が生まれたのであり、後翅をつくっていた遺伝子が平均棍(ハルテーレ)をつくっていると考えられる。
平均棍(ハルテーレ)の機能について、日本語の本にはあまり書いてないが英語WIKIにはこうある。
<Halteres act as a balancing and guidance system, helping these insects to perform their fast aerobatics. In addition to providing rapid feedback to the muscles steering the wings, they also play an important role in stabilizing the head during flight.>
ハルテーレは、これを持つ昆虫の体のバランスとナビゲーション機能をもち、空中での敏速な行動を補助している。主翼の運動を司っている筋肉の運動をすばやくフィードバックするだけでなく、飛翔中に頭部を安定させるのに重要な役割を果たしている。
<If the body of the insect changes direction in flight or rotates about its axis, the vibrating halteres thus exert a force on the body, which can be viewed as the Coriolis effect in action.
The insect detects this force with sensory organs known as campaniform sensilla located at the base of the halteres. >
(ハルテーレの棒状部分は飛行中に振動しており、昆虫が向きを変えると、すべての地上・空中の移動物体は地球の自転に伴い、(北半球では右に)変位する力(コリオリ力)が働くが、震動するハルテーレはこれを補正する作用をする。
ハルテーレの基部にある「鐘状の感覚子」という細胞が、ハルテーレに加わった歪みを検出して、主翼を動かす筋肉に伝える。)
ハルテーレの基部はピラミッド状をなし、USB顕微鏡で見ると、少なくとも三段構造をしている。その表面は硬いキチン質でない。表面かその直下に鐘状感覚子の細胞があるのであろう。
驚いたのはこのハルテーレの動きが、地磁気やコリオリ力の影響をまったく受けない、ジャイロコンパスと同じ原理に基づいていることだった。
<Every vibrating object tends to maintain its plane of vibration if its support is rotated, a result of Newton's first law.(すべての振動する物体は、その支軸が回転するならば、振動面を一定に保つのは、ニュートンの第一法則の結果である。)
<The planes of vibration of the two halteres are orthogonal to each other, each forming an angle of about 45 degrees with the axis of the insect; this increases the amount of information gained from the halteres.>(二つのハルテーレの振動面は互いに直交(orthogonal)しており、それぞれが昆虫の体軸に対して約45度の角度をなしている。これがハルテーレが得る情報の量を増大させる。)
私が止まっているガガンボを撮影した時には、2本のハルテーレは主翼と同じように、左右に突き出していた。アセトンのビンに入れられた瞬間、ガガンボは飛んで逃げようとして、ハルテーレを動かし、飛翔位置に持っていった。従って、左が横に突き出し、右が上に突き出して、左右が直行(オルソゴナル)になっているのは、パイロットがエンジンを全開にして飛び立とうとフラップを下げたのと同じことなのだ。
ガガンボに意識があるとすれば、少なくとも自分は飛んでいると思いながら、アセトンの蒸気のなかで「昇天」したことであろう。
<Halteres flap up and down as the wings do and operate as vibrating structure gyroscopes. >(ハルテーレは翼と同様に上下動して、振動しながらジャイロスコープと同じように作動する。)
フランスの物理学者レオン・フーコー(1819〜1968)がギロスコープ(Gyroscope)を考案したのは1852年である。このgyro-はギリシア語で「ジロ」と発音し、「円、環」の意味であり、本来は「ジロスコープ」と発音する。ところが日本では米語の誤読である「ジャイロ」という読み方が広まった。そこで「Jiro-」なし「Jyro-」で英語辞書を引くと、出て来なくて苦労するだろう。
フーコーというと、エイズで死んだ現代フランスの哲学者ミシェル・フーコーが有名だが、物理学者フーコーは、光の速度の正確な測定をおこない、光速が空気中と真空中など媒体中で異なることを示し、アインシュタインの「特殊相対性理論」の素材となる基礎的研究をおこなった重要な物理学者だ。
「岩波・生物学辞典・第5版」の平均棍(ハルテーレ)の説明では「オートジャイロ」説と「鼓舞器官(stimulatory organ)」説が書いてあり、さっぱり要領をえない。後者は1919年、ドイツの学者の説で、医学用語ならここは「(中枢)刺激器官」あるいは単に「感覚器官」と訳すところだ。隣に「鼓膜器官(tympanic organ)」が載っており、一瞬「え、音を聴く器官?」と思ってしまった。
「鼓舞器官」など、日本語の学術用語の訳が不適切である例のひとつに属するだろう。
ともかく、英語ではハルテーレは「ジャイロスコープ説」が有力だが、日本ではドイツ説(1919)がまだ信じられていて、「未決着」のようだ。
これだけ面白い構造と機能をした器官ならば、日本語で一般市民向けに書かれたよい解説書がありそうなものだ。生物学者の「UNKNOWN」さんに、ぜひともご紹介を願いたいものだ。
生物学者も医学を知らないまま、「再生医療」だの「線虫によるがんの早期発見」だのという、うろんなテーマを追わないで、本来の生物学研究に取り組んでもらいたい。
4/15、朝は気温が12度くらいで、母屋勝手口のドアを開けたら、側壁に巨大なガガンボが、どこかから這い出てきたまま、フリーズして動かなくなっていた。接近して肉眼で観察したら、胸部に美事な「平均棍(haltere)」が見えた。体長が4cmくらいあり、翅に斑紋がないので、本邦最大の「ミカドガガンボ」ではないかと思うが、確信はない。(写真1)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/54/c6/b0a06851cf68e7ad02b67260e462e9ec_s.jpg)
複眼の二つの眼が緑色をしており、2枚の翅の後、後部胸節に太鼓のばち状の「平均棍(ハルテーレ)」が突き出している。(調子が悪かったカメラは、マニュアルを読んで、メモリーカードを初期化したら撮影できるようになったし、「焦点合わせ」を「スポット測光」に変えたら、狙ったポイントに焦点が合うようになった。)
撮影後に虫を捕まえて、今度は35%エタノールでなく「純アセトン」の液を入れたビンに浸けたら、ほとんど即死した。アセトンは脱脂作用があるので、表面に脂肪分が多い動物だと、人工産物ができやすいが、ガガンボなら大丈夫だろう。アセトンで固定後、ピンセットでつまみ出し、ティシューで余分なアセトンを吸い取り、邪魔になる脚と翅をハサミで切り取り、USB顕微鏡で、平均棍の出る部分と先端のかたちを観察した。(写真2)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/48/7a/38fc56d7f06fb504c9db06dfe1c31925_s.jpg)
左側の平均痕は翅に平行に突き出しているが、右側のものは、上に直角に突き出ており、分かりにくい。(この45度の意味については、後に英語WIKI記載分の翻訳の箇所で述べる。)
黒い胸甲部のすぐ下にある白い帯の部分から、左右の平均棍の基部が立ち上がっており、右側の同じ位置から上向きに生えているのが、かろうじて読み取れる。
右の翅は根元で、切断してある。平均棍を観察するじゃまになるので、6本の脚は全部根元で切断してある。こうして見ると、1)平均痕は根部が可動性であり、上下左右に動く、2)平均棍の先端は、太鼓のバチというよりも、ちりとり刷毛の先端に似ているのが見てとれる。むしろその上にある翅に類似しており、後翅が退化・変容したものと思われる。
つまり普通の4枚羽根をした昆虫から、後翅が退化して、ハエ、蚊、ブヨ、アブ、ガガンボなどの「双翅目」が生まれたのであり、後翅をつくっていた遺伝子が平均棍(ハルテーレ)をつくっていると考えられる。
平均棍(ハルテーレ)の機能について、日本語の本にはあまり書いてないが英語WIKIにはこうある。
<Halteres act as a balancing and guidance system, helping these insects to perform their fast aerobatics. In addition to providing rapid feedback to the muscles steering the wings, they also play an important role in stabilizing the head during flight.>
ハルテーレは、これを持つ昆虫の体のバランスとナビゲーション機能をもち、空中での敏速な行動を補助している。主翼の運動を司っている筋肉の運動をすばやくフィードバックするだけでなく、飛翔中に頭部を安定させるのに重要な役割を果たしている。
<If the body of the insect changes direction in flight or rotates about its axis, the vibrating halteres thus exert a force on the body, which can be viewed as the Coriolis effect in action.
The insect detects this force with sensory organs known as campaniform sensilla located at the base of the halteres. >
(ハルテーレの棒状部分は飛行中に振動しており、昆虫が向きを変えると、すべての地上・空中の移動物体は地球の自転に伴い、(北半球では右に)変位する力(コリオリ力)が働くが、震動するハルテーレはこれを補正する作用をする。
ハルテーレの基部にある「鐘状の感覚子」という細胞が、ハルテーレに加わった歪みを検出して、主翼を動かす筋肉に伝える。)
ハルテーレの基部はピラミッド状をなし、USB顕微鏡で見ると、少なくとも三段構造をしている。その表面は硬いキチン質でない。表面かその直下に鐘状感覚子の細胞があるのであろう。
驚いたのはこのハルテーレの動きが、地磁気やコリオリ力の影響をまったく受けない、ジャイロコンパスと同じ原理に基づいていることだった。
<Every vibrating object tends to maintain its plane of vibration if its support is rotated, a result of Newton's first law.(すべての振動する物体は、その支軸が回転するならば、振動面を一定に保つのは、ニュートンの第一法則の結果である。)
<The planes of vibration of the two halteres are orthogonal to each other, each forming an angle of about 45 degrees with the axis of the insect; this increases the amount of information gained from the halteres.>(二つのハルテーレの振動面は互いに直交(orthogonal)しており、それぞれが昆虫の体軸に対して約45度の角度をなしている。これがハルテーレが得る情報の量を増大させる。)
私が止まっているガガンボを撮影した時には、2本のハルテーレは主翼と同じように、左右に突き出していた。アセトンのビンに入れられた瞬間、ガガンボは飛んで逃げようとして、ハルテーレを動かし、飛翔位置に持っていった。従って、左が横に突き出し、右が上に突き出して、左右が直行(オルソゴナル)になっているのは、パイロットがエンジンを全開にして飛び立とうとフラップを下げたのと同じことなのだ。
ガガンボに意識があるとすれば、少なくとも自分は飛んでいると思いながら、アセトンの蒸気のなかで「昇天」したことであろう。
<Halteres flap up and down as the wings do and operate as vibrating structure gyroscopes. >(ハルテーレは翼と同様に上下動して、振動しながらジャイロスコープと同じように作動する。)
フランスの物理学者レオン・フーコー(1819〜1968)がギロスコープ(Gyroscope)を考案したのは1852年である。このgyro-はギリシア語で「ジロ」と発音し、「円、環」の意味であり、本来は「ジロスコープ」と発音する。ところが日本では米語の誤読である「ジャイロ」という読み方が広まった。そこで「Jiro-」なし「Jyro-」で英語辞書を引くと、出て来なくて苦労するだろう。
フーコーというと、エイズで死んだ現代フランスの哲学者ミシェル・フーコーが有名だが、物理学者フーコーは、光の速度の正確な測定をおこない、光速が空気中と真空中など媒体中で異なることを示し、アインシュタインの「特殊相対性理論」の素材となる基礎的研究をおこなった重要な物理学者だ。
「岩波・生物学辞典・第5版」の平均棍(ハルテーレ)の説明では「オートジャイロ」説と「鼓舞器官(stimulatory organ)」説が書いてあり、さっぱり要領をえない。後者は1919年、ドイツの学者の説で、医学用語ならここは「(中枢)刺激器官」あるいは単に「感覚器官」と訳すところだ。隣に「鼓膜器官(tympanic organ)」が載っており、一瞬「え、音を聴く器官?」と思ってしまった。
「鼓舞器官」など、日本語の学術用語の訳が不適切である例のひとつに属するだろう。
ともかく、英語ではハルテーレは「ジャイロスコープ説」が有力だが、日本ではドイツ説(1919)がまだ信じられていて、「未決着」のようだ。
これだけ面白い構造と機能をした器官ならば、日本語で一般市民向けに書かれたよい解説書がありそうなものだ。生物学者の「UNKNOWN」さんに、ぜひともご紹介を願いたいものだ。
生物学者も医学を知らないまま、「再生医療」だの「線虫によるがんの早期発見」だのという、うろんなテーマを追わないで、本来の生物学研究に取り組んでもらいたい。
(ハルテーレの棒状部分は飛行中に振動しており、昆虫が向きを変えると、すべての地上・空中の移動物体は地球の自転に伴い、(北半球では右に)変位する力(コリオリ力)が働くが、震動するハルテーレはこれを補正する作用をする。)
この部分、原文は合っているが、難波先生の和訳は間違っています。
コリオリ力は、たしかに地球上の経度方向に運動する物体(正確には自転軸に垂直な面内で運動する物体)に見かけ上働くが、その大きさは回転の角速度と物体の移動速度に比例します。地球の自転の角速度はご存知の通り、2π/dayと非常に遅く、フーコーの振り子や台風のように長時間作用させるか、大砲の弾のように非常に大きい速度を持たない限り検出できない。お風呂の栓を抜いたときの渦が常に左回りではないことは実験してみれば簡単に分かることでしょう。
平均棍は、高速で振動(角速度の大きい回転運動)することにより、昆虫の飛行方向の変化を検出しています。地球の自転は関係ないですよ。