【ミトコンドリア病】
4/30メルマガ【渡航心移植】で
<4/23の産経が「拡張型心筋症を病む10歳の少女が、募金2億円を達成し、米NY市のコロンビア大学病院で心移植手術待ちのため渡米する」という記事を報じた。
http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/140422/wlf14042219280022-n1.htm
途方もない額の費用だ。こうなるのは日本の移植医療が不備なためだ。…
記事を読んで驚いたのは、夫婦にはこれまで4人の子供が出来たが、女2人、男1人が同じ病気で亡くなっており、10歳まで生きたこの少女が唯一の生存児だということだ。… 比較的最近の病理学教科書を見ると、遺伝子異常による拡張型心筋症で、常染色体性優性遺伝するものに、脂肪酸のβ酸化異常によるものと、欠陥ミトコンドリアによる酸化的燐酸化の異常によるものとがあり、後者は幼児期に発症すると説明されている。
この子の場合は、恐らく後者であろう。
もしそうなら、心臓だけでなく全身の細胞に機能不全があることになり、残念ながら移植をしても健康な身体にはならないだろうと思う。…
生むべきかどうか一番迷ったのは親であろうと思いたい。ただ、全身性の遺伝子異常だったら、根本的治療法はなく(将来は可能になるかも知れない)、子供が可哀想だ。…出生前遺伝子診断や代理出産など、広義の生殖医療をもっと一般に普及することが重要だろう。ただ、初期の優生学がおかした人権侵害などの過ちは、二度と繰り返してはならない。>
と書いた。「教科書」とはRobbins & Cotran「Pathologic Basis of Diseases」第7版(2005)のことだ。
これに対して武田ブログで、
<(Dr. CKD)2014-05-10 23:06:拡張型心筋症の寄付の記事、ヘテロで発症するからミトコンドリア病うんぬん、というのも病理専門家としてはいささか恥ずかしい見識です。>
<(Ak)2014-05-11 06:52:4人の子全てが発症していることから、単なる優性遺伝でなく、ミトコンドリアを疑ったのは慧眼だと思います。単なる優性なら1/16の確立でしょう。ミトコンドリアが原因の場合、母親がどうして発症していないのかが私には分かりません。もし有力に説明できるような仮説をお持ちでしたらご教示くださると嬉しく存じます。>
という書き込みがあった。
拡張型心筋症および筋ジストロフィーには遺伝性のものがあり、常染色体(優性、劣性)、X染色体およびミトコンドリア遺伝子の異常に3分類される。これ自体は仮説ではない。
病理学という学問は、方法論としてまず関連疾患を全体的に把握し、そこから可能性のある疾患を絞り込み、鑑別診断をきちんと行い、他の可能性を除外して結論に到達する。
<4人の子供が出来たが、女2人、男1人が同じ病気で亡くなっており、10歳まで生きたこの少女が唯一の生存児>であるという与えられた事実から、「遺伝性の拡張型心筋症」と推論するのは病理学的には妥当だと思う。
<男女とも発症しているから「常染色体」に欠陥遺伝子があり、4人とも発症しているから優性遺伝子による>という推論も、X-linkedだとすると男女発症という事実の説明がつかないからだ。当初「常染色体」と考えたのは、男女の細胞にある普遍的な遺伝子という意味だ。常染色体上にある場合は優性遺伝子がからまないと、この家系の場合説明がつかない。
これを書いたときは「ミトコンドリア病」のことは思いつかなかった。
しかし、調べているうちにミトコンドリア遺伝子に欠陥があって起こる「ミトコンドリア性拡張型心筋症」という疾患があることを知った。そこで、
<脂肪酸のβ酸化異常によるものと欠陥ミトコンドリアによる酸化的燐酸化の異常によるものとがあり、後者は幼児期に発症すると説明されている。この子の場合は、恐らく後者であろう。>
と書いた。幼児期発症で経過が早く、性差がないのでミトコンドリア性の病気を考えるのが妥当だろう。「酸化的燐酸化の異常であろう」というのは、臨床的経過を加味しての「推測」である。反証が出ればいつでも撤回する。
今回あらためてPubMedを見ると「
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3025796/
これによると、環状のmtDNAは16,569塩基からなり、37個の遺伝子(タンパク質13, tRNA22, rRNA2)を持ち、核内に移動したMT遺伝子と合わせて1000個以上の遺伝子がMTのホメオスターシスに関与しているという。核内mtDNAのほとんどは両親に由来するから、MT病は非常に複雑な遺伝形式をとるいう。
母親が本当に健康かどうかは不明だが、もし健康だとすれば、
1. mtDNAに異常があるが、母親の場合それを核遺伝子が補っている。
2. 卵母細胞のレベルでmtDNAに突然変異が生じ、これを持つミトコンドリアが進化的に優勢なクローンになった、
という二つの可能性を考えたい。それ以外にも説明はあると思う(例えば母親の発症が遅れている場合など)。
ミトコンドリアは自律的増殖能力を持っている。このためすべての臓器や組織のmtDNAが同じではなく、クローンの違いがあるようだ。これが病気の臓器分布や発症時期の違いにからんでいる可能性もある。酸素消費度の高い、脳、心臓、骨格筋でまず発症するのは肯ける。
ニック・レーン『ミトコンドリアが進化を決めた』(みすず書房, 2007)は、「5000人に1人」ミトコンドリア病があり、「加齢共に進行する」、「メンデルの法則に従わないものも多い」、「卵細胞中のミトコンドリアDNAのバラツキは驚くほど大きい」、「正常女性の卵子には、約半数にミトコンドリアのヘテロプラスミー(遺伝子が異なるものの混合)がある」、「受精卵が母親と父親のミトコンドリア(MT)のヘテロプラスミーになったものもある」、「ミトコンドリア病は数百ある」と述べている。
MT遺伝子の核内移動は個人の一生の中でも起き、このためバリスタ―・ホール症候群という珍しいMT病が発症した例があると、N.レーンは上記書で述べている。
親のブログを読んだが、主治医は「遺伝性」と告げていない。
http://mai-chan.jp/keii.html
ミトコンドリア病というのはほとんど知られていないから、もしこの病気なら、さもありなんと思う。Rbbins=Cotranの記述によると、拡張型心筋症の頻度は5万人に1人で、その25~35%(約3~4割)が家族性で、うち
1. 常染色体優性遺伝がもっとも多く、
2. X-linked遺伝
3. 常染色体劣性遺伝
4. ミトコンドリア遺伝
の4型に分かれるとある。
1.~3.では、心筋細胞の細胞骨格、収縮タンパク、カルシウム代謝関連タンパク質に異常が生じるが、4.では酸化的燐酸化が阻害されるので小児期に発症する。
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0140673609620237
ともかくmtDNAの検査が行われれば、もっと確定的なことがわかるだろう。
心臓移植がどうなるか経過を追いたい。以上の意見は当面「仮設」に留まる。
4/30メルマガ【渡航心移植】で
<4/23の産経が「拡張型心筋症を病む10歳の少女が、募金2億円を達成し、米NY市のコロンビア大学病院で心移植手術待ちのため渡米する」という記事を報じた。
http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/140422/wlf14042219280022-n1.htm
途方もない額の費用だ。こうなるのは日本の移植医療が不備なためだ。…
記事を読んで驚いたのは、夫婦にはこれまで4人の子供が出来たが、女2人、男1人が同じ病気で亡くなっており、10歳まで生きたこの少女が唯一の生存児だということだ。… 比較的最近の病理学教科書を見ると、遺伝子異常による拡張型心筋症で、常染色体性優性遺伝するものに、脂肪酸のβ酸化異常によるものと、欠陥ミトコンドリアによる酸化的燐酸化の異常によるものとがあり、後者は幼児期に発症すると説明されている。
この子の場合は、恐らく後者であろう。
もしそうなら、心臓だけでなく全身の細胞に機能不全があることになり、残念ながら移植をしても健康な身体にはならないだろうと思う。…
生むべきかどうか一番迷ったのは親であろうと思いたい。ただ、全身性の遺伝子異常だったら、根本的治療法はなく(将来は可能になるかも知れない)、子供が可哀想だ。…出生前遺伝子診断や代理出産など、広義の生殖医療をもっと一般に普及することが重要だろう。ただ、初期の優生学がおかした人権侵害などの過ちは、二度と繰り返してはならない。>
と書いた。「教科書」とはRobbins & Cotran「Pathologic Basis of Diseases」第7版(2005)のことだ。
これに対して武田ブログで、
<(Dr. CKD)2014-05-10 23:06:拡張型心筋症の寄付の記事、ヘテロで発症するからミトコンドリア病うんぬん、というのも病理専門家としてはいささか恥ずかしい見識です。>
<(Ak)2014-05-11 06:52:4人の子全てが発症していることから、単なる優性遺伝でなく、ミトコンドリアを疑ったのは慧眼だと思います。単なる優性なら1/16の確立でしょう。ミトコンドリアが原因の場合、母親がどうして発症していないのかが私には分かりません。もし有力に説明できるような仮説をお持ちでしたらご教示くださると嬉しく存じます。>
という書き込みがあった。
拡張型心筋症および筋ジストロフィーには遺伝性のものがあり、常染色体(優性、劣性)、X染色体およびミトコンドリア遺伝子の異常に3分類される。これ自体は仮説ではない。
病理学という学問は、方法論としてまず関連疾患を全体的に把握し、そこから可能性のある疾患を絞り込み、鑑別診断をきちんと行い、他の可能性を除外して結論に到達する。
<4人の子供が出来たが、女2人、男1人が同じ病気で亡くなっており、10歳まで生きたこの少女が唯一の生存児>であるという与えられた事実から、「遺伝性の拡張型心筋症」と推論するのは病理学的には妥当だと思う。
<男女とも発症しているから「常染色体」に欠陥遺伝子があり、4人とも発症しているから優性遺伝子による>という推論も、X-linkedだとすると男女発症という事実の説明がつかないからだ。当初「常染色体」と考えたのは、男女の細胞にある普遍的な遺伝子という意味だ。常染色体上にある場合は優性遺伝子がからまないと、この家系の場合説明がつかない。
これを書いたときは「ミトコンドリア病」のことは思いつかなかった。
しかし、調べているうちにミトコンドリア遺伝子に欠陥があって起こる「ミトコンドリア性拡張型心筋症」という疾患があることを知った。そこで、
<脂肪酸のβ酸化異常によるものと欠陥ミトコンドリアによる酸化的燐酸化の異常によるものとがあり、後者は幼児期に発症すると説明されている。この子の場合は、恐らく後者であろう。>
と書いた。幼児期発症で経過が早く、性差がないのでミトコンドリア性の病気を考えるのが妥当だろう。「酸化的燐酸化の異常であろう」というのは、臨床的経過を加味しての「推測」である。反証が出ればいつでも撤回する。
今回あらためてPubMedを見ると「
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3025796/
これによると、環状のmtDNAは16,569塩基からなり、37個の遺伝子(タンパク質13, tRNA22, rRNA2)を持ち、核内に移動したMT遺伝子と合わせて1000個以上の遺伝子がMTのホメオスターシスに関与しているという。核内mtDNAのほとんどは両親に由来するから、MT病は非常に複雑な遺伝形式をとるいう。
母親が本当に健康かどうかは不明だが、もし健康だとすれば、
1. mtDNAに異常があるが、母親の場合それを核遺伝子が補っている。
2. 卵母細胞のレベルでmtDNAに突然変異が生じ、これを持つミトコンドリアが進化的に優勢なクローンになった、
という二つの可能性を考えたい。それ以外にも説明はあると思う(例えば母親の発症が遅れている場合など)。
ミトコンドリアは自律的増殖能力を持っている。このためすべての臓器や組織のmtDNAが同じではなく、クローンの違いがあるようだ。これが病気の臓器分布や発症時期の違いにからんでいる可能性もある。酸素消費度の高い、脳、心臓、骨格筋でまず発症するのは肯ける。
ニック・レーン『ミトコンドリアが進化を決めた』(みすず書房, 2007)は、「5000人に1人」ミトコンドリア病があり、「加齢共に進行する」、「メンデルの法則に従わないものも多い」、「卵細胞中のミトコンドリアDNAのバラツキは驚くほど大きい」、「正常女性の卵子には、約半数にミトコンドリアのヘテロプラスミー(遺伝子が異なるものの混合)がある」、「受精卵が母親と父親のミトコンドリア(MT)のヘテロプラスミーになったものもある」、「ミトコンドリア病は数百ある」と述べている。
MT遺伝子の核内移動は個人の一生の中でも起き、このためバリスタ―・ホール症候群という珍しいMT病が発症した例があると、N.レーンは上記書で述べている。
親のブログを読んだが、主治医は「遺伝性」と告げていない。
http://mai-chan.jp/keii.html
ミトコンドリア病というのはほとんど知られていないから、もしこの病気なら、さもありなんと思う。Rbbins=Cotranの記述によると、拡張型心筋症の頻度は5万人に1人で、その25~35%(約3~4割)が家族性で、うち
1. 常染色体優性遺伝がもっとも多く、
2. X-linked遺伝
3. 常染色体劣性遺伝
4. ミトコンドリア遺伝
の4型に分かれるとある。
1.~3.では、心筋細胞の細胞骨格、収縮タンパク、カルシウム代謝関連タンパク質に異常が生じるが、4.では酸化的燐酸化が阻害されるので小児期に発症する。
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0140673609620237
ともかくmtDNAの検査が行われれば、もっと確定的なことがわかるだろう。
心臓移植がどうなるか経過を追いたい。以上の意見は当面「仮設」に留まる。
> 1. mtDNAに異常があるが、母親の場合それを核遺伝子が補っている。
> 2. 卵母細胞のレベルでmtDNAに突然変異が生じ、これを持つミトコンドリアが進化的に優勢なクローンになった
の2つの可能性を挙げていただきました。1.の可能性については、子供の場合にどうして核由来の遺伝子がそれを補えないのか分かりません。
2.の可能性について、以前の私のコメントで、
「母親の始原生殖細胞系列のミトコンドリアにde novoに変異が生じたと仮定しても説明がつくように思いました。」
と書きました。因みに、「卵母細胞」は2回の極体放出を経て卵細胞になる細胞をさす言葉です。子孫全てに症状が出ている以上、変異が生じたのは「卵原細胞」かそれ以前です。(毎度毎度、細かい事を指摘してすいません。)
ミトコンドリアのヘテロプラスミーについて初めて知り、いくつか原著をあたってみました。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK1224/
このレビューによると、2つの変異(m.8993T>G とm.8993T>C)についてはその割合が安定しているため、親の遺伝子診断をする価値があるが、他のほとんどの変異については変化し得る、と書いてありました。母親の中ではマイナーだった変異ミトコンドリアのポピュレーションが、卵細胞の発生の過程でドミナントになったという可能性は十分考えられますね。
難波先生のメルマガは、専門家向けというより一般向けのもので、高校生物を履修していない読者には、始原生殖細胞と卵母細胞の違いはわからないと思います。枝葉末節まであまりに正確性を期し、殖細胞と卵母細胞の違いから解説すると、長くなって論旨がぼけてしまいます。
これを避けるため、難波先生は、論旨を明確にするために、始原生殖細胞、卵母細胞を総称して「卵母細胞」と呼んでいるのではないでしょうか。それに、仮に、拡張型心筋症の原因が脂肪酸のβ酸化の異常にあったとしても、この場合も移植後に全身性の異常が出る可能性が高いのではないでしょうか。
難波先生が一貫して主張されているのは「全身性の酸化的リン酸化異常を来たしている可能性が極めて高い患者への心臓移植の是非」である。専門家ではない私は理解しました。
患児と親御さんには残酷な話で受け入れられないでしょうが、この子に心移植をしても結局命が助からず、別の患児に移植できたであろう心臓が無駄になってしまう、
その点について問題提起をされているのでしょう。
「子供が可哀想」という難波先生のコメントは、まったくその通りだと思います。親が子供が欲しいというのは生き物として自然な感情ですが、痛い思いや苦しい思いをするのは結局子供です。親も悲しみを負うことになりますが、新しい子供を作れますが、子供一人一人にとっては唯一与えられる命です。本当に難しい問題です。
上のコメントの「枝葉末節まであまりに正確性を期し、殖細胞と卵母細胞の違い…」は、「枝葉末節まであまりに正確性を期し、始原生殖細胞と卵母細胞の違い…」の間違いでした。大変失礼いたしました。
Ak様は、別の記事に「結論を得るための中核をなすべき議論において正確を欠く…」とコメントされていましたが、科学者としてのAK様の真摯なスタンスが感じられます。
ところで、腎移植について、非専門家の私の素朴な疑問ですが、修復腎が認められず、生体腎移植は認められている根拠がわかりません。
生体腎移植後にドナーが残したほうの腎が腎不全を来たすリスクのほうが、修復腎の癌再発のリスクより低いからでしょうか。素人目には、生体腎移植はドナーの負荷(心理的プレッシャーも含めて)が極めて高いように感じます。
ここは、科学者のコミュニティではなく、宇和島市議の武田先生のブログです。武田先生が、難波先生のメルマガを転載してくださっているのは、武田先生、難波先生がともに、移植問題の解決にご尽力されているからです。
些末な議論ばかり続くと、武田先生が転載をお辞めになるかもしれません。しかし、そうなると、患者さんの望む医療の実現がいっそう遠くなりかねません。
難波先生のお話も伺えて感謝しております。きっと他にも多くの方がそうお考えだとおもいますよ。