【フィロソフィアと哲学】久しぶりにロンドンの相澤さんからお手紙を頂いた。
論点は2点あり、第1は「フィロソフィア(Philo-sophia)」という言葉を最初に使ったのは誰か?という問題、第2は「哲学」という用語の起源に関する問題だ。
第1の点についてはローマの弁論家で政治家キケロ(BC 106-43)の「Tusculanae Disputationes(トゥスクルム荘対談集)」(BC 44)から引用されている。「自分はフィロソフォス(愛智者)だと最初に言ったのはピタゴラスだ」とキケロが述べたと主張されている。(キケロのラテン文のコピー同封あり)
この話はディオゲネス・ラエルティオス「ギリシア哲学者列伝」(岩波文庫)の「序章」と「ピタゴラス」の項にも書かれているが、ディオゲネスは出典をソシクラテス「哲学者たちの系譜」(前2世紀成立)としている。ピタゴラス(c.580BC-c.500BC)はサモス島に生まれ、若い頃にエジプトやメソポタミアに遊学し、輪廻転生説を受け容れた。後に南イタリアのギリシア人植民市クロトナに移住し、数学と音楽を中心に「ピタゴラス教団」を組織している。
他方アリストテレス(384-322 BC)は「形而上学」(344 BC頃)において、イオニア・ミレトスのターレス(625?- ?547)を「フィロソフィアの始祖」と述べている。日食を最初に予測した人物だ。ディオゲネスの著では、「何が最も困難なことか?」と問われてターレスが「自分自身を知ることだ」と答えたと記している。「汝自身を知れ」という言葉は、クセノフォン「ソクラテスの思い出」(前385頃成立、岩波文庫)によると、デルフォイの神殿の壁に刻まれた言葉だという。プラトン「プロタゴラス」(前433頃成立、岩波文庫)によると、「ギリシア七賢人」の筆頭にはミレトスの人ターレスが揚げられ、彼らがデルフォイ神殿の格言「汝自身を知れ」、「分を超えるなかれ」などの格言を残したという。
プラトン「ソクラテスの弁明」(角川文庫)には399年、アテネでの裁判における彼の弁明が記されている。その中で弟子のカイレポンがデルファイの神託を乞い、「ソクラテス以上の智者がいるか」と問うた話をしている。巫女の託宣は「ソクラテス以上の智者はいない」というものだった。この話が事実かどうかは疑わしいが、神殿の有名な格言「汝自身を知れ」を踏まえたものであるのは間違いないだろう。
ソクラテスはそこで、智者(ソフィステス=Sophistes)とされている多くの人と問答をして回った。ディオゲネスによるとこれが、ソクラテスが多くの人から憎まれることになった原因で、後の裁判の遠因だという。プラトン「プロタゴラス」は、ソフィステスの第一人者プロタゴラスとソクラテスの論争を描いている。
「ソクラテスの弁明」でソクラテスは「自分が智者だと主張している人物は、対話してみると実際は無知であることに無知である人だった」と述べている。そして「自分は、自分が無知であることを知っている分だけ、彼らより智恵がある。この意味でデルファイの神託は正しかった」、と語っている。フランスの新書に「クセジュ文庫」がある。Que sais je ?(ク・セ・ジュ=汝何を知れるや?)は、このソクラテスの言葉に由来するものであろう。
というわけで、ソクラテスを哲学(Philosophia)という用語の創始者だとする私の意見には根拠がないことが明らかになったので、お詫びして撤回したい。上記ディオゲネスの書では「智恵の愛(哲学)の起源は2種あり、一つはイオニア・ミレトスのターレスに始まるもの(イオニア学派)、もう一つは南イタリア・クロトナのピタゴラスに始まるもの(イタリア学派)だ」となっている。
時代的にはターレスの方が約100年前だが、「フィロソフィア」という用語の先取権がターレスにあるかピタゴラスにあるかを断定する証拠がない。ソクラテスでないことは確かだ。
もともと智恵(ソフィア=Sophia)という言葉はギリシア語に古くからあり、ここから「智恵ある人」をソフォス(Sophos)と呼ぶようになったのであろう。その頃のアテネにはギリシア各地から自らをソフォス(智者)と自称する多くの弁論家が集まった。多くは弁論の内容よりも弁論術を重んじたので「ソフィステス=ソフィスト:Sophist」と呼ばれた。
前5世紀後半のアテネはペリクレスの指導下に民主主義の黄金時代に入った。この時期に弁論術(修辞学)を得意とするソフィストがギリシア全土からアテネに集まってきた。おそらくこれに対抗する意味もあってフィロソフィア(愛智)、フィロソポス(愛智者)という言葉が一般化したのではなかろうか、と思っている。
第二の問題は、「フィロソフィア」がなぜ「哲学」という日本語に翻訳されたのか?という問題だ。この問題では「誰が最初に訳したのか?」「なぜこの用語がひろまったのか?」などの疑問の解明が必要となるので、別項にして述べたい。
「記事転載は事前にご連絡いただきますようお願いいたします」
論点は2点あり、第1は「フィロソフィア(Philo-sophia)」という言葉を最初に使ったのは誰か?という問題、第2は「哲学」という用語の起源に関する問題だ。
第1の点についてはローマの弁論家で政治家キケロ(BC 106-43)の「Tusculanae Disputationes(トゥスクルム荘対談集)」(BC 44)から引用されている。「自分はフィロソフォス(愛智者)だと最初に言ったのはピタゴラスだ」とキケロが述べたと主張されている。(キケロのラテン文のコピー同封あり)
この話はディオゲネス・ラエルティオス「ギリシア哲学者列伝」(岩波文庫)の「序章」と「ピタゴラス」の項にも書かれているが、ディオゲネスは出典をソシクラテス「哲学者たちの系譜」(前2世紀成立)としている。ピタゴラス(c.580BC-c.500BC)はサモス島に生まれ、若い頃にエジプトやメソポタミアに遊学し、輪廻転生説を受け容れた。後に南イタリアのギリシア人植民市クロトナに移住し、数学と音楽を中心に「ピタゴラス教団」を組織している。
他方アリストテレス(384-322 BC)は「形而上学」(344 BC頃)において、イオニア・ミレトスのターレス(625?- ?547)を「フィロソフィアの始祖」と述べている。日食を最初に予測した人物だ。ディオゲネスの著では、「何が最も困難なことか?」と問われてターレスが「自分自身を知ることだ」と答えたと記している。「汝自身を知れ」という言葉は、クセノフォン「ソクラテスの思い出」(前385頃成立、岩波文庫)によると、デルフォイの神殿の壁に刻まれた言葉だという。プラトン「プロタゴラス」(前433頃成立、岩波文庫)によると、「ギリシア七賢人」の筆頭にはミレトスの人ターレスが揚げられ、彼らがデルフォイ神殿の格言「汝自身を知れ」、「分を超えるなかれ」などの格言を残したという。
プラトン「ソクラテスの弁明」(角川文庫)には399年、アテネでの裁判における彼の弁明が記されている。その中で弟子のカイレポンがデルファイの神託を乞い、「ソクラテス以上の智者がいるか」と問うた話をしている。巫女の託宣は「ソクラテス以上の智者はいない」というものだった。この話が事実かどうかは疑わしいが、神殿の有名な格言「汝自身を知れ」を踏まえたものであるのは間違いないだろう。
ソクラテスはそこで、智者(ソフィステス=Sophistes)とされている多くの人と問答をして回った。ディオゲネスによるとこれが、ソクラテスが多くの人から憎まれることになった原因で、後の裁判の遠因だという。プラトン「プロタゴラス」は、ソフィステスの第一人者プロタゴラスとソクラテスの論争を描いている。
「ソクラテスの弁明」でソクラテスは「自分が智者だと主張している人物は、対話してみると実際は無知であることに無知である人だった」と述べている。そして「自分は、自分が無知であることを知っている分だけ、彼らより智恵がある。この意味でデルファイの神託は正しかった」、と語っている。フランスの新書に「クセジュ文庫」がある。Que sais je ?(ク・セ・ジュ=汝何を知れるや?)は、このソクラテスの言葉に由来するものであろう。
というわけで、ソクラテスを哲学(Philosophia)という用語の創始者だとする私の意見には根拠がないことが明らかになったので、お詫びして撤回したい。上記ディオゲネスの書では「智恵の愛(哲学)の起源は2種あり、一つはイオニア・ミレトスのターレスに始まるもの(イオニア学派)、もう一つは南イタリア・クロトナのピタゴラスに始まるもの(イタリア学派)だ」となっている。
時代的にはターレスの方が約100年前だが、「フィロソフィア」という用語の先取権がターレスにあるかピタゴラスにあるかを断定する証拠がない。ソクラテスでないことは確かだ。
もともと智恵(ソフィア=Sophia)という言葉はギリシア語に古くからあり、ここから「智恵ある人」をソフォス(Sophos)と呼ぶようになったのであろう。その頃のアテネにはギリシア各地から自らをソフォス(智者)と自称する多くの弁論家が集まった。多くは弁論の内容よりも弁論術を重んじたので「ソフィステス=ソフィスト:Sophist」と呼ばれた。
前5世紀後半のアテネはペリクレスの指導下に民主主義の黄金時代に入った。この時期に弁論術(修辞学)を得意とするソフィストがギリシア全土からアテネに集まってきた。おそらくこれに対抗する意味もあってフィロソフィア(愛智)、フィロソポス(愛智者)という言葉が一般化したのではなかろうか、と思っている。
第二の問題は、「フィロソフィア」がなぜ「哲学」という日本語に翻訳されたのか?という問題だ。この問題では「誰が最初に訳したのか?」「なぜこの用語がひろまったのか?」などの疑問の解明が必要となるので、別項にして述べたい。
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