【大地の子】山崎豊子の小説の題ではない。
1983年に邦訳されたジーン・アウル『大地の子エイラ』(評論社)のタイトルの一部だ。クロマニヨン人の娘エイラとネアンデルタール人の部族「洞窟熊」の青年とが結ばれ、子供が生まれる物語だ。時代設定は紀元前3万年、場所はクリミア半島になっている。別に強姦されるわけではない。
手元にある本は初版だから出てすぐ買って読んだのであろう。物語としては楽しかったが、混血する話は荒唐無稽だと思った。
「ワシントン共同」がネアンデルタール人の遺伝子が現生人類に入っている証拠が見つかったと報じている。
http://www.47news.jp/CN/201401/CN2014012901001602.html
これもわけがわからないから、NYTとワシントンポスト(WP)の記事を読んだ。
NYTはスタッフのカール・ジンマー記者による執筆。
http://www.nytimes.com/2014/01/30/science/neanderthals-leave-their-mark-on-us.html?hpw&rref=science&_r=0
WPはフリーのミーライ・キム記者が執筆している。
http://www.washingtonpost.com/national/health-science/neanderthal-genes-found-in-modern-humans/2014/01/29/f7f81852-8774-11e3-a5bd-844629433ba3_print.html
ともに長文の解説報道で読ませる。両方を合わせると事態がよくわかる。
それらによると、
これまでネアンデルタール人と現生人類の混血については、考古学的な状況証拠しかなかった。またミトコンドリアDNAは化石骨から抽出できたが、これはゲノムのほんの一部に過ぎず、現生人類との関係については確実なことがいえなかった。
ところが、シベリアの洞窟で13万年前のネアンデルタール人の化石骨が多く見つかり、ことにその女性の足指は保存が完璧だった。(図1)![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/2a/3b/4137f8aa4ca1798abf75986db611622d_s.jpg)
同じ1/30付「ネイチャー」に、ハーヴァード大ライヒ教授らの重要な論文が掲載されたのだが、STAP細胞騒ぎのため霞んでしまった。
この足の指骨から抽出されたDNAをPCR法で増幅し、断片化されたDNAを読み取り、つなぎ合わせてネアンデルタール人ゲノムの解読に成功した。
このゲノムの内、ネアンデルタール特異的なものが現代人に入っているかどうかを調べると、1)アフリカ人には入っていないが、2)アフリカ以外ではヨーロッパ人でもアジア人でも全遺伝子DNAの1~3%に認められる、というものだ。
ドイツのマックス・プランク研究所、シアトルのワシントン大学などもからんだ研究なので、誤認ではないだろう。
また興味深いのは、1)頭髪と体毛の遺伝子にはネアンデルタール人由来のものが多くからんでいる。2)ある種の病気への罹りやすさにからむ遺伝子(Ⅱ型糖尿病、SLE、クローン病)はネアンデルタール人由来である、という事実だ。
「サイエンス」1/20号掲載のワシントン大学からの報告もあり、いまや現生人類の「出アフリカ」後、ネアンデルタール人が絶滅する約2万年前くらいまでに、中東のどこかで混血が起こったのは間違いないようだ。つまりジーン・アウルが小説で描いたような設定(クリミア半島での混血)は荒唐無稽ではなく、実際にありえたということだ。
ヴィクトル・ユーゴーの小説「アイスランドのハン(邦題:氷島奇談)」(1823)はドイツのネアンデルタール渓谷で化石人骨が見つかる以前に書かれている。しかし、ここに登場する、大男で強力な力を持つ凶暴なハンは、まるで実在のネアンデルタール人をモデルにしたように見える。あるいはアイスランドには実際に「ハン伝説」があったのかも知れない。
もしあったとすると、それはマイクル・クライトン「北人伝説」(1976)の中にも反映されているかも知れない。「ヒマラヤの雪男」伝説もそうではないか…
といろいろ連想が膨らむ。
http://www.syugo.com/3rd/germinal/review/0004.html
アフリカ人には他の現生人類と較べて、頭髪と皮膚に大きな違いがある。頭髪や体毛はまばらか縮れていて少ない。皮膚は黒い。恐らくネアンデルタールは、その逆の形質を持っていたのではないか。がっちりして頭髪と体毛が豊かにある。
マウスには「ヌードマウス」という体毛を欠く変異種がある。
http://ja.wikipedia.org/wiki/ヌードマウス
胸腺を欠き、細胞性免疫に不全があるので腫瘍の移植実験などに用いられる。見かけは生まれたての新生児のように見えるが、生殖可能である。この異常の責任遺伝子は「FOX N1nu」と呼ばれ、FOX遺伝子ファミリーに属する。
面白いのはこの遺伝子(FOXN1nu)は胸腺の発育と体毛の成長という、一見無関係な現象にからんでいることだ。http://en.wikipedia.org/wiki/FOXN1
このためヒトでこの遺伝子に機能不全があると、免疫不全だけでなく、生まれつきの禿げ(先天性禿頭)や爪の形成不全症が生じる。ヌードマウスが無毛なのもこのせいである。
FOX遺伝子群には、「言語遺伝子」として知られるFOXP2遺伝子もある。
http://en.wikipedia.org/wiki/FOXP2
この遺伝子は鳥では「歌の学習能力」とからんでいる。間もなくウグイスが鳴き始めるが、ウグイスの初音は「ケキョ、ケキョ」であり、練習を重ねて、まともにさえずるようになる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/FOXP2
初期の現生人類がどのような言葉を話していたか、ネアンデルタール人はしゃべれたかなど、未解明の問題が多々ある。
「(ネアンデルタール人とホモ・サピエンスの混血という)自然の実験はなされた。われわれはそれを研究できる」と、ハーヴァード大学のデヴィッド・ライヒ教授はNYTの記者に語っている。ネアンデルタール人のFOX遺伝子群がどのように現生人類に受け継がれたかを研究することは、ヒトの言語の起源について有力な手がかりをもたらしてくれるかも知れない。
しかしその前に、証明してもらいたいことがある。ヒトとサルでは染色体の数が異なる。このため雑種形成が起こらない。ネアンデルタール人の染色体数は、現生人類と同じく23対46本で、生物学的に交配可能だったのだろうか?
1983年に邦訳されたジーン・アウル『大地の子エイラ』(評論社)のタイトルの一部だ。クロマニヨン人の娘エイラとネアンデルタール人の部族「洞窟熊」の青年とが結ばれ、子供が生まれる物語だ。時代設定は紀元前3万年、場所はクリミア半島になっている。別に強姦されるわけではない。
手元にある本は初版だから出てすぐ買って読んだのであろう。物語としては楽しかったが、混血する話は荒唐無稽だと思った。
「ワシントン共同」がネアンデルタール人の遺伝子が現生人類に入っている証拠が見つかったと報じている。
http://www.47news.jp/CN/201401/CN2014012901001602.html
これもわけがわからないから、NYTとワシントンポスト(WP)の記事を読んだ。
NYTはスタッフのカール・ジンマー記者による執筆。
http://www.nytimes.com/2014/01/30/science/neanderthals-leave-their-mark-on-us.html?hpw&rref=science&_r=0
WPはフリーのミーライ・キム記者が執筆している。
http://www.washingtonpost.com/national/health-science/neanderthal-genes-found-in-modern-humans/2014/01/29/f7f81852-8774-11e3-a5bd-844629433ba3_print.html
ともに長文の解説報道で読ませる。両方を合わせると事態がよくわかる。
それらによると、
これまでネアンデルタール人と現生人類の混血については、考古学的な状況証拠しかなかった。またミトコンドリアDNAは化石骨から抽出できたが、これはゲノムのほんの一部に過ぎず、現生人類との関係については確実なことがいえなかった。
ところが、シベリアの洞窟で13万年前のネアンデルタール人の化石骨が多く見つかり、ことにその女性の足指は保存が完璧だった。(図1)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/2a/3b/4137f8aa4ca1798abf75986db611622d_s.jpg)
同じ1/30付「ネイチャー」に、ハーヴァード大ライヒ教授らの重要な論文が掲載されたのだが、STAP細胞騒ぎのため霞んでしまった。
この足の指骨から抽出されたDNAをPCR法で増幅し、断片化されたDNAを読み取り、つなぎ合わせてネアンデルタール人ゲノムの解読に成功した。
このゲノムの内、ネアンデルタール特異的なものが現代人に入っているかどうかを調べると、1)アフリカ人には入っていないが、2)アフリカ以外ではヨーロッパ人でもアジア人でも全遺伝子DNAの1~3%に認められる、というものだ。
ドイツのマックス・プランク研究所、シアトルのワシントン大学などもからんだ研究なので、誤認ではないだろう。
また興味深いのは、1)頭髪と体毛の遺伝子にはネアンデルタール人由来のものが多くからんでいる。2)ある種の病気への罹りやすさにからむ遺伝子(Ⅱ型糖尿病、SLE、クローン病)はネアンデルタール人由来である、という事実だ。
「サイエンス」1/20号掲載のワシントン大学からの報告もあり、いまや現生人類の「出アフリカ」後、ネアンデルタール人が絶滅する約2万年前くらいまでに、中東のどこかで混血が起こったのは間違いないようだ。つまりジーン・アウルが小説で描いたような設定(クリミア半島での混血)は荒唐無稽ではなく、実際にありえたということだ。
ヴィクトル・ユーゴーの小説「アイスランドのハン(邦題:氷島奇談)」(1823)はドイツのネアンデルタール渓谷で化石人骨が見つかる以前に書かれている。しかし、ここに登場する、大男で強力な力を持つ凶暴なハンは、まるで実在のネアンデルタール人をモデルにしたように見える。あるいはアイスランドには実際に「ハン伝説」があったのかも知れない。
もしあったとすると、それはマイクル・クライトン「北人伝説」(1976)の中にも反映されているかも知れない。「ヒマラヤの雪男」伝説もそうではないか…
といろいろ連想が膨らむ。
http://www.syugo.com/3rd/germinal/review/0004.html
アフリカ人には他の現生人類と較べて、頭髪と皮膚に大きな違いがある。頭髪や体毛はまばらか縮れていて少ない。皮膚は黒い。恐らくネアンデルタールは、その逆の形質を持っていたのではないか。がっちりして頭髪と体毛が豊かにある。
マウスには「ヌードマウス」という体毛を欠く変異種がある。
http://ja.wikipedia.org/wiki/ヌードマウス
胸腺を欠き、細胞性免疫に不全があるので腫瘍の移植実験などに用いられる。見かけは生まれたての新生児のように見えるが、生殖可能である。この異常の責任遺伝子は「FOX N1nu」と呼ばれ、FOX遺伝子ファミリーに属する。
面白いのはこの遺伝子(FOXN1nu)は胸腺の発育と体毛の成長という、一見無関係な現象にからんでいることだ。http://en.wikipedia.org/wiki/FOXN1
このためヒトでこの遺伝子に機能不全があると、免疫不全だけでなく、生まれつきの禿げ(先天性禿頭)や爪の形成不全症が生じる。ヌードマウスが無毛なのもこのせいである。
FOX遺伝子群には、「言語遺伝子」として知られるFOXP2遺伝子もある。
http://en.wikipedia.org/wiki/FOXP2
この遺伝子は鳥では「歌の学習能力」とからんでいる。間もなくウグイスが鳴き始めるが、ウグイスの初音は「ケキョ、ケキョ」であり、練習を重ねて、まともにさえずるようになる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/FOXP2
初期の現生人類がどのような言葉を話していたか、ネアンデルタール人はしゃべれたかなど、未解明の問題が多々ある。
「(ネアンデルタール人とホモ・サピエンスの混血という)自然の実験はなされた。われわれはそれを研究できる」と、ハーヴァード大学のデヴィッド・ライヒ教授はNYTの記者に語っている。ネアンデルタール人のFOX遺伝子群がどのように現生人類に受け継がれたかを研究することは、ヒトの言語の起源について有力な手がかりをもたらしてくれるかも知れない。
しかしその前に、証明してもらいたいことがある。ヒトとサルでは染色体の数が異なる。このため雑種形成が起こらない。ネアンデルタール人の染色体数は、現生人類と同じく23対46本で、生物学的に交配可能だったのだろうか?
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