【チベット】中国政府による原語・宗教などへの弾圧に抗議して、「チベット自治区」でのチベット族住民自殺が相継いでいる。
「産経」の報道では今年に入り「76人が自殺を図り62人が死亡した」という。10月以後で焼身自殺が25人という痛ましい状況だ。
1911年の中国「辛亥革命」で清朝が倒れ、インドに亡命していた第13世ダライ・ラマが帰国し、1913年1月には「チベット独立宣言」も出されているが、1939年に即位した第14世現ダライ・ラマが太平洋戦争中に、日本軍にビルマ経由の「援蒋ルート」を潰された英国と中国政府による、インドー南チベット経由ー重慶へという代替「援蒋ルート」提案に対して「局外中立」を宣言して、これを拒否した。
これを恨まれて1950年には、中国人民解放軍2万人がチベットに侵攻。ダライ・ラマがが59年にインドに脱出・亡命した後、中国政府は「チベット自治区」を設立。以後、漢族が多く移住し、「自治区という名の支配区」が続いている。
現在の第14世ダライ・ラマは1935年5月生まれだから、今年77歳である。彼が生きているうちに、チベットが独立を回復することを祈りたい。
日本とは1900年、河口慧海の入国以来、なじみのある国だ。以後、「西蔵(チベット)」には、成田安輝、寺本婉雅、矢島保治郎、青木文教、多田等観などが留学し、多くの貴重な仏典をもたらした。
インドではサンスクリット語の仏典は失われたが、西蔵には残っていた。今日、「法華経」、「浄土三部経」(ともに岩波文庫)などを、1)漢訳、2)漢訳読み下し文、3)サンスクリット語からの和訳と、3種を並べて読めるのも、明治以後の先人による努力の賜物である。
「ラマ教」は差別用語でチベット仏教と呼ぶべきだという意見があるが、私はそうは思わない。日本の仏教など、中継点の中国から別々に輸入されて、「真言密教」、「天台宗」、「日蓮宗」、「浄土真宗」などいろいろあり、これを「日本仏教」としてひとくくりにするのさえ、比較宗教学の立場からみると無理がある。真言密教はシャーマニズムそのものであり、仏教ですらない。「浄土真宗」は「蓮如教」という名称が相応しいくらい、親鸞の教えとは無関係だ。
日蓮宗も「不施不取」派と「日蓮正宗」=創価学会との間には雲泥の差がある。後者いっそのこと「池田派」と名乗ったら分かりやすいだろう。
「産経」の報道では今年に入り「76人が自殺を図り62人が死亡した」という。10月以後で焼身自殺が25人という痛ましい状況だ。
1911年の中国「辛亥革命」で清朝が倒れ、インドに亡命していた第13世ダライ・ラマが帰国し、1913年1月には「チベット独立宣言」も出されているが、1939年に即位した第14世現ダライ・ラマが太平洋戦争中に、日本軍にビルマ経由の「援蒋ルート」を潰された英国と中国政府による、インドー南チベット経由ー重慶へという代替「援蒋ルート」提案に対して「局外中立」を宣言して、これを拒否した。
これを恨まれて1950年には、中国人民解放軍2万人がチベットに侵攻。ダライ・ラマがが59年にインドに脱出・亡命した後、中国政府は「チベット自治区」を設立。以後、漢族が多く移住し、「自治区という名の支配区」が続いている。
現在の第14世ダライ・ラマは1935年5月生まれだから、今年77歳である。彼が生きているうちに、チベットが独立を回復することを祈りたい。
日本とは1900年、河口慧海の入国以来、なじみのある国だ。以後、「西蔵(チベット)」には、成田安輝、寺本婉雅、矢島保治郎、青木文教、多田等観などが留学し、多くの貴重な仏典をもたらした。
インドではサンスクリット語の仏典は失われたが、西蔵には残っていた。今日、「法華経」、「浄土三部経」(ともに岩波文庫)などを、1)漢訳、2)漢訳読み下し文、3)サンスクリット語からの和訳と、3種を並べて読めるのも、明治以後の先人による努力の賜物である。
「ラマ教」は差別用語でチベット仏教と呼ぶべきだという意見があるが、私はそうは思わない。日本の仏教など、中継点の中国から別々に輸入されて、「真言密教」、「天台宗」、「日蓮宗」、「浄土真宗」などいろいろあり、これを「日本仏教」としてひとくくりにするのさえ、比較宗教学の立場からみると無理がある。真言密教はシャーマニズムそのものであり、仏教ですらない。「浄土真宗」は「蓮如教」という名称が相応しいくらい、親鸞の教えとは無関係だ。
日蓮宗も「不施不取」派と「日蓮正宗」=創価学会との間には雲泥の差がある。後者いっそのこと「池田派」と名乗ったら分かりやすいだろう。
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