ある宇和島市議会議員のトレーニング

阪神大震災支援で動きの悪い体に気づいてトレーニングを始め、いつのまにかトライアスリートになってしまった私。

【パリンドローム】難波先生より

2013-10-17 12:42:45 | 難波紘二先生
【パリンドローム】アナグラムというと、文字の並べ替えによりまったく違った意味を持たせることをいう。有名なものは「五十音表」から、同一文字を二度と用いず、和歌を作るものだろう。
 歴史的には「あめつち歌」が先行し、後に「いろは歌」が作られたらしい。
 http://ja.wikipedia.org/wiki/あめつちの詞


 http://ja.wikipedia.org/wiki/いろは歌
 このいろは歌を7字毎に表記し、
 「いろはにほへと
  ちりぬるをわか
  よたれそつねな
  らむうゐのおく
  やまけふこえて
  あさきゆめみし
  ゑひ も せす」
 と書き、各句末尾の字を拾うと「咎(とが)なくて死す」という文言が浮かび上がる。
 だからこれは無実の罪で太宰府に流された菅原道真が作った歌だという説があるが、真偽のほどは不明だ。これも一種の暗号=アナグラムである。


 アナグラムの1種に、文字列を後から読んでも同じになるようにするものがあり、日本語で回文、英語でパリンドーム(palindrome)という。
 たけやぶやけた。
 Madam, I'm Adam.
 がこれに相当する。


 長文の回文としては、江戸期に初夢を見るのに枕の下に敷いた「宝船」の絵に書き添えられた宝船回文がある。(「広辞苑」)
 「ながきよの とおのねぶりの みなめざめ なみのりぶねのおとのよきかな」
 (長き夜の遠の眠りの みな目覚め 波乗り船の音のよきかな)
 これは5,7,5,7,7の和歌形式なので、折り返し点である16字目が「ざ」になるが、「めざめ」という3文字パリンドローム語を配置しており、立派である。
 英語で最小のパリンドローム語は eye(目)である。


 回文では折り返し点にパリンドローム語が必要である。
 英語で最長のパリンドローム語は作歌ジェームス・ジョイスが小説「ユリシーズ」で用いた擬声語(オノマトペ)「tattarrattat (タッタラッタ)」だという。これは12文字からなる。


 Palindromeという言葉は英国の辞書編集者ベン・ジョンソンの造語で、ギリシア語のpalindoromos(逆に走る)に由来するという。日本語の「回文」は外国語の翻訳ではなさそうだ。
 上記「ながき夜の」の歌を円状に書いて、最後の「な」を省いてしまうと、「環状文字列」ができる。読み出し口が分からないと、意味不明となる。
 起始点がわかると、時計回りに読んでも、反時計回りに読んでも同じ意味になるという、不思議な文章ができる。


 これはまるでバクテリアの環状DNAとそっくりである。もっともバクテリアDNAの方が進歩していて、ちゃんと読み取り開始点が特殊な塩基配列により指定されている。
 DNA暗号は4種の塩基(A=アデニン、T=チアミン、C=シトシン、G=グアニン)のうち、3種の組合せであるアミノ酸をコードするので、相補的な塩基配列がパリンドロームになりやすい。
 1本鎖DNAに相補的なDNAはA=T、C=Gが対になるという法則(シャルガフの法則)があるので、
 G-A-T-C-X-X という塩基配列には
 C-T-A-G-X-X という塩基配列が相補的に形成される。
 右端のXのところに、下が逆向きに結合すれば、
 G-A-T-C-X-X-X-X-C-T-A-G
という1本鎖DNAができる。これはパリンドロームとなっている。


 パリンドロームの利点は、理由を生理学的に説明できないが、覚えやすい点にある。
ある未亡人は暗証番号に「118811」を使っている。こころは「いいパパいい」だそうだ。これは「181」がパリンドロームで、各数字を繰り返すことで6桁の数字がやはりパリンドロームになっている。


 恐らく日本の「回文」の歴史は「しりとり」のような言葉遊びからはじまり、一時期は環状に書いて読ませるという遊びがあったのではないかと思う。
 「文字鎖」は一種のしりとり歌で、他の人が詠んだ歌の終りの文字を、次の人が冒頭に付けて歌を作る。14世紀に宮中で始まったと増川宏一「日本遊戯史」(平凡社)にある。
 恐らくこれが庶民に波及したものが連歌であろう。


 「しりとり」は語尾が「る」で終わる「きせる、アイドル、スタイル、青蛙、青汁、アカゲザルetc」を語彙として沢山もっている方が、「る」で始まる日本語名詞は少ないから、たいてい勝者となる。日本語語の語彙能力を競う知的遊戯だから、清少納言、紫式部などの才女が輩出した11世紀にありそうなものだが、増川の記載にはない。


 「小学館・国語大辞典」には「奥義抄」(平安後期)に回文歌(かいぶんうた)「むらくさに くさのなはもし そなはらは なそしもはなの さくにさくらむ」という歌が載っているとある。著者は藤原清輔(1104-1177)だ。
 「進化言語学」の見地からいうと、日本語の回文は万葉仮名がひら仮名に進化し、紙と筆も安価になり、ことばを文字として紙に書くことが容易になった11世紀に誕生したと考えるのが妥当だろう。
 回文は「文字鎖」の一種だが、後から読んでも意味が通じるという点で特殊である。これを作るには、文字に書いて推敲しながら完成して行くしか手がないだろう。とくに長文のものはそうだ。


 そういう研究が日本でほとんど進展していないのは、索引のついた資料が少なく、研究者が脳をムダなことに使っているからだ。(Kindelを使ってあきれたのは日本語電子ブックの多くが「横書きモード」にすると「タブレットを横にして縦書きを読む」ようにフォーマットされていることだ。バカじゃないかと思う。タブレットはもともと縦にして片手にもち、横書きを読むように設計されている。パソコン画面と同じように、全部を横書きすれば英語だろうとドイツ語だろうとフランス語だろうと、そのまま読めるではないか、)
 Kindleのよいのは語句索引機能があることだ。たとえば夏目漱石「こころ」には「アイロニー」という言葉が2回出てくる。257行目と1312行目だ。
No.257「私ほどに滑稽もアイロニーも認めていないらしかった。」
No.1312「私はその笑いのうちに、些(ちっ)とも意地の悪いアイロニーを認めなかった。」
 前者では滑稽の類語として用いられている。
 後者は「私」が「先生」の家に卒業報告の挨拶行くと、先生が祝の夕食会を開いてくれ、杯をとって「おめでとう」と笑いながら言ってくれる。その笑いの性質を描写した箇所である。
 ふたつの「アイロニー」の使い方は、微妙に違っている。


 「こころ」の「先生」は遺産相続で傷ついた過去があり「私」に同じ過ちを繰り返さないように忠告する。この問題は「こころ」の大きなテーマの一つだ。では「財産」という単語はどれだけ出てくるか。22箇所である。「財産家」は3回だ。
 こういうふうに電子化された本なら、索引がなくてもすぐに必要な単語の位置を探せるが、どうせ電子化するなら横書き機能を付加すべきだと思う。読む方はそっちが遙かに楽だ。だが紙本に鎖訓を付けるのが先だろう。


 索引から回文へ、回文からパリンドロームに話がそれた。
 西洋で発見された最古のパリンドロームは、西暦79年にヴェスビオス火山の噴火により埋没した、イタリアの都市ポンペイ(ヘラクレネイムとする説もある)から発掘されたという「サトール方形(Sator square)」で、これはパリンドロームの傑作である。



SATOR AREPO TENET OPERA ROTASという5文字の文字列が、横に5行に書かれ、右下から読むとパリンドロームになり、右上から「牛耕読み」(折り返して読む)をしても、右下から上に縦に読んでも、左上から下に縦に読んでも、同じことが起きる。(添付1)
 これはSATORという語の第2文字が、第2語の冒頭に、同様に第3字以後がそれぞれ第3語以後の冒頭文字になっているためだ。
 だから頭文字だけを読んでもSATORというアナグラムになっている。


 こうした芸当が可能なのは5文字の5語からなり、中心に位置する語がTENETというパリンドローム語であるためだ。このため「方形」に書くと、縦横のTENETが「十字形」をなす。文意は不明確で「農夫 アレポは 廻る 車輪を 保持している」と訳されている。ラテン語としての意味よりも、明らかに言葉遊びとして面白がられたのであろう。
 (実はこの十字架のアナグラムが、一部のクリスチャンが神聖視するのと異なり、「サトール方形」が本当に79年の遺跡から出土したのか、疑わしい点である。ちょうど「いろは歌」を菅原道真の暗号と考えるのに似たところがある。)
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