【メディアスクラムとエンバーゴ】
セウォル号沈没事件の直後、7時間にわたり朴槿恵大統領の所在が不明だったことを日本語のコラムに書いたとして、「名誉毀損罪」で在宅起訴され「出国禁止」状態が500日も続いた、「産経」前ソウル支局長の手記、加藤達也「なぜ私は韓国に勝てたか」(産経新聞出版局)を読んで、面白い発見があった。(本自体も韓国の「情治社会」とメディアの現状を知らせる価値が高い。)
ひとつは「メディアスクラム」という用語だ。
「ナッツ・リターン」事件で不愉快な行為があった搭乗員を降ろすため、誘導路を動きはじめていた大韓航空機をゲートに引き換えさせた同社女性副社長に対する、韓国メディアの過剰なバッシングを指して用いられている。
本人は帰国してから何度も謝罪会見をしたのだが、その時に着ていた黒いコートがイタリア製最高級ブランドで、値段が1000万ウォン(約100万円)もすると報じられ、
「火に油を注いでしまったのです。韓国では、一度池に落ちた犬は徹底的に叩くのです。
こうした問題は、日本では<メディアスクラム>として以前から社会問題化し、それに対するメディア側の対応も進んでいます。」(p.141〜142)
という文脈で用いられている。
同じ「メディアスクラム」という言葉が小保方晴子「あの日」(講談社)の第10章の章題名に使用されている。2014/4/1に「理研調査委」の発表が行われ、STAP細胞論文などの「捏造・改ざん」を認定した。
その後、メディアの取材・報道はきわめて加熱した。これを記述した章が「メディアスクラム」だが、本文中にこの語はなく、小保方自前の「語彙」ではないように思われる。
もう一つは「報道解禁日」に関するものだ。昔、身代金誘拐事件などでは、人質の命が最重要だから、人質が解放されるまでは、各社が自主協定して「報道自粛」をしていた。(本田靖春「誘拐」、ちくま文庫)
上記、加藤記者の著書には2014/7に、「産経」ソウル支局が「新しい駐日韓国大使が内定した」というスクープ記事を書いたところ、「記事の解禁指定日時を破った」として「青瓦台(大統領府)」への「出入り禁止処分」となったことが書かれている。(実はこの処分が、次に「コラムで名誉毀損」事件が起きる伏線になっている。)
加藤記者によると、
<「解禁指定」というのは、「事前に情報を告げる代わりに、記事にするのは指定された解禁日に足並みを揃えてください」という約束事です。
しかし、この決まりは青瓦台に詰めている韓国の国内メディアを対象としたものであり、日本メディアはそんな約束をした覚えもないし、そのような枠組みにも入っていない。
私たちは青瓦台とは関係のないニュースソースからウラを取って記事にしている。>
というふうに、青瓦台の対応が「理不尽きわまりない」としている。
しかし、「日本の記者クラブなどにも同様のケースはありますが」とも書いており、日本にも一種の「報道管制」システムが(誘拐事件以外にも)あると見てよいだろう。
須田桃子「捏造の科学者」(文藝春秋)には、
<2014年、1月28日、神戸理研CDBで15:00〜17:30まで、STAP細胞に関する記者会見が開かれ、資料の配付と説明が行われた。ネイチャーと理研が設定した「報道解禁日時は1/30午前3時」だった。>(要旨)とある。
「ハプニングもあった。ネイチャーのお膝元の英国で、あるメディアが報道解禁日時を無視して、いちはやく報道した。この<解禁破り>を受けて、ネイチャーは29日午後8時20分頃に報道規制を解き、日本のメディアも一斉にネット上のウェブサイトで記事を発信した。」(p/32)と、上記「産経」加藤記者と異なり、外国メディアの「解禁破り」が問題にされている。
「あの日」によると、1/28にはCDBで23:00から約2時間、「外国メディア向け記者会見」が英語で行われている。ネイチャーの編集者が司会と進行に携わっている。終わったのは1/29午前1時である。
この「報道解禁」について小保方は「エンバーゴ(embargo)」(経済封鎖)という用語を用いている。これが「報道解禁日時」の意味で用いられているのだが、ちと須田記者の理解とは違うようだ。
「論文発表には<エンバーゴ>と呼ばれる発表解禁日が掲載される雑誌社によって決定される。この解禁日よりも前に研究者が対外的に発表してしまうと、契約違反として掲載が中止されることもある。ネイチャーから論文発表の解禁日についての連絡が来て、電話での海外メディア向けの記者会見をネイチャーが主催で行うとの連絡も来た。」(「あの日」p.132)
これを読むかぎり「エンバーゴ」は、あくまで論文の著者が出版社に対して負う義務であって、報道機関が負う義務ではない、と理解される。
日本時間1/29午前1時は、ロンドンでは1/28午後5時であり「英国報道機関」が、直ぐに裏づけ取材に入り、1/29夕刻までに詳細な報道を行っても、何ら「ルール違反」ではない。
(これを知ったネイチャーが1/29午後8時20分、日本メディアに対する「報道規制」を解き、その夜の「報道ステーション」がトップニュースで流した。)
ここは加藤記者のいう、
<「解禁指定」というのは、「事前に情報を告げる代わりに、記事にするのは指定された解禁日に足並みを揃えてください」という約束事です。
しかし、この決まりは青瓦台に詰めている韓国の国内メディアを対象としたものであり、日本メディアはそんな約束をした覚えもないし、そのような枠組みにも入っていない。
私たちは青瓦台とは関係のないニュースソースからウラを取って記事にしている。>という指摘が妥当だと思う。
日本は「記者クラブ」という制度で「解禁指定」が当たり前になっているので、本来の報道活動を行っている「英国のあるメディア」が、須田記者には「解禁破り」の「ルール違反」として見えたのであろう。
ともかくこの「エンバーゴ」のことで、何で日本の新聞が1/30になって初めて報じたSTAP細胞について、1/29付のNYTがあそこまで突っ込んだ「調査報道」ができたのか、不思議だったが、
http://blog.goo.ne.jp/motosuke_t/e/d7bb0e2bd291f629b25ea947fcdc72e9
まさに<私たちは青瓦台(理研CDB/ネイチャー)とは関係のないニュースソースからウラを取って記事にしている。>ということで、腑に落ちた。
セウォル号沈没事件の直後、7時間にわたり朴槿恵大統領の所在が不明だったことを日本語のコラムに書いたとして、「名誉毀損罪」で在宅起訴され「出国禁止」状態が500日も続いた、「産経」前ソウル支局長の手記、加藤達也「なぜ私は韓国に勝てたか」(産経新聞出版局)を読んで、面白い発見があった。(本自体も韓国の「情治社会」とメディアの現状を知らせる価値が高い。)
ひとつは「メディアスクラム」という用語だ。
「ナッツ・リターン」事件で不愉快な行為があった搭乗員を降ろすため、誘導路を動きはじめていた大韓航空機をゲートに引き換えさせた同社女性副社長に対する、韓国メディアの過剰なバッシングを指して用いられている。
本人は帰国してから何度も謝罪会見をしたのだが、その時に着ていた黒いコートがイタリア製最高級ブランドで、値段が1000万ウォン(約100万円)もすると報じられ、
「火に油を注いでしまったのです。韓国では、一度池に落ちた犬は徹底的に叩くのです。
こうした問題は、日本では<メディアスクラム>として以前から社会問題化し、それに対するメディア側の対応も進んでいます。」(p.141〜142)
という文脈で用いられている。
同じ「メディアスクラム」という言葉が小保方晴子「あの日」(講談社)の第10章の章題名に使用されている。2014/4/1に「理研調査委」の発表が行われ、STAP細胞論文などの「捏造・改ざん」を認定した。
その後、メディアの取材・報道はきわめて加熱した。これを記述した章が「メディアスクラム」だが、本文中にこの語はなく、小保方自前の「語彙」ではないように思われる。
もう一つは「報道解禁日」に関するものだ。昔、身代金誘拐事件などでは、人質の命が最重要だから、人質が解放されるまでは、各社が自主協定して「報道自粛」をしていた。(本田靖春「誘拐」、ちくま文庫)
上記、加藤記者の著書には2014/7に、「産経」ソウル支局が「新しい駐日韓国大使が内定した」というスクープ記事を書いたところ、「記事の解禁指定日時を破った」として「青瓦台(大統領府)」への「出入り禁止処分」となったことが書かれている。(実はこの処分が、次に「コラムで名誉毀損」事件が起きる伏線になっている。)
加藤記者によると、
<「解禁指定」というのは、「事前に情報を告げる代わりに、記事にするのは指定された解禁日に足並みを揃えてください」という約束事です。
しかし、この決まりは青瓦台に詰めている韓国の国内メディアを対象としたものであり、日本メディアはそんな約束をした覚えもないし、そのような枠組みにも入っていない。
私たちは青瓦台とは関係のないニュースソースからウラを取って記事にしている。>
というふうに、青瓦台の対応が「理不尽きわまりない」としている。
しかし、「日本の記者クラブなどにも同様のケースはありますが」とも書いており、日本にも一種の「報道管制」システムが(誘拐事件以外にも)あると見てよいだろう。
須田桃子「捏造の科学者」(文藝春秋)には、
<2014年、1月28日、神戸理研CDBで15:00〜17:30まで、STAP細胞に関する記者会見が開かれ、資料の配付と説明が行われた。ネイチャーと理研が設定した「報道解禁日時は1/30午前3時」だった。>(要旨)とある。
「ハプニングもあった。ネイチャーのお膝元の英国で、あるメディアが報道解禁日時を無視して、いちはやく報道した。この<解禁破り>を受けて、ネイチャーは29日午後8時20分頃に報道規制を解き、日本のメディアも一斉にネット上のウェブサイトで記事を発信した。」(p/32)と、上記「産経」加藤記者と異なり、外国メディアの「解禁破り」が問題にされている。
「あの日」によると、1/28にはCDBで23:00から約2時間、「外国メディア向け記者会見」が英語で行われている。ネイチャーの編集者が司会と進行に携わっている。終わったのは1/29午前1時である。
この「報道解禁」について小保方は「エンバーゴ(embargo)」(経済封鎖)という用語を用いている。これが「報道解禁日時」の意味で用いられているのだが、ちと須田記者の理解とは違うようだ。
「論文発表には<エンバーゴ>と呼ばれる発表解禁日が掲載される雑誌社によって決定される。この解禁日よりも前に研究者が対外的に発表してしまうと、契約違反として掲載が中止されることもある。ネイチャーから論文発表の解禁日についての連絡が来て、電話での海外メディア向けの記者会見をネイチャーが主催で行うとの連絡も来た。」(「あの日」p.132)
これを読むかぎり「エンバーゴ」は、あくまで論文の著者が出版社に対して負う義務であって、報道機関が負う義務ではない、と理解される。
日本時間1/29午前1時は、ロンドンでは1/28午後5時であり「英国報道機関」が、直ぐに裏づけ取材に入り、1/29夕刻までに詳細な報道を行っても、何ら「ルール違反」ではない。
(これを知ったネイチャーが1/29午後8時20分、日本メディアに対する「報道規制」を解き、その夜の「報道ステーション」がトップニュースで流した。)
ここは加藤記者のいう、
<「解禁指定」というのは、「事前に情報を告げる代わりに、記事にするのは指定された解禁日に足並みを揃えてください」という約束事です。
しかし、この決まりは青瓦台に詰めている韓国の国内メディアを対象としたものであり、日本メディアはそんな約束をした覚えもないし、そのような枠組みにも入っていない。
私たちは青瓦台とは関係のないニュースソースからウラを取って記事にしている。>という指摘が妥当だと思う。
日本は「記者クラブ」という制度で「解禁指定」が当たり前になっているので、本来の報道活動を行っている「英国のあるメディア」が、須田記者には「解禁破り」の「ルール違反」として見えたのであろう。
ともかくこの「エンバーゴ」のことで、何で日本の新聞が1/30になって初めて報じたSTAP細胞について、1/29付のNYTがあそこまで突っ込んだ「調査報道」ができたのか、不思議だったが、
http://blog.goo.ne.jp/motosuke_t/e/d7bb0e2bd291f629b25ea947fcdc72e9
まさに<私たちは青瓦台(理研CDB/ネイチャー)とは関係のないニュースソースからウラを取って記事にしている。>ということで、腑に落ちた。
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