浅草界隈には、まだ路地が点在していました。
子どもたちといっしよに路地をカメラを手に駆けめぐりました。
懐かしい風景です。
Will Tsutomu-kun be able to tag the getting away fellows?
Our life is a Playing tag.
こちら、自由が丘ペット探偵局 作者 古海めぐみ
14
ペット捜索者には、迷子チラシ貼りと動物病院と保健所
の聞き込みを契約した一日の時間の中で行うだけの者も
いるが、犬飼健太は地道な足取り捜査を極力実践するの
をモットーとしている。
つまりこの日のように小雨なら小雨の中でも犬道を求め
て電柱と植え込みの領域を一ブロッグづつ歩くか、
バイクで回る。
必ずおしっこをする電柱や植え込みが犬道なら、ネコ道
は塀と生垣である。住宅が密集している箇所でのブロッ
ク塀はその家と家の間に挟まれているので犬と比べると
個人の家の敷地まで入り込めない分ずっと猫の方が見つ
けにくい。
犬の場合、特に大型犬の案件だと目撃情報がほとんど
発見の決め手になる。
四つ角で出会う犬連れか、子供には、こんなフラフラ
歩いていた迷子の犬は見なかったかと写真を見せて
聞き込みをする。
健太は、この日も朝九時から雨の中ずっと等々力エリア
の隣の上野毛・玉川エリアまでバイクと徒歩で五時間練
り歩いて聞き込みをうんざりするほどしたので本当は、
多摩堤通りのドッグカフェで一服し昼寝ぐらいしたかっ
たが、新しい仕事を頼まれたからには、休んでなんか
いられなかった。
何の保証もないフリーランスと同じで仕事があるとき
にしっかりと稼がないとないときには何ヶ月もないと
いうことは幾らでもある。
むしろダブルヘッターで仕事ができる幸運に感謝しな
ければならない。
だから健太は、安田の車の走り去った方角へホンダの
50ccのバイクに乗って多摩川沿いを走っている
うちに疲れも吹っ飛びなんだか気分がアドレナリって
パチパチ発火してきたのはいいことだと口笛を吹いた。
夕方雨はほとんど小降りになって幹線道路を疾走
する健太の全身を包み込んだが、その小さな雨粒が
霧のようにバイクのハンドルを握る健太の長い睫毛に
へばり付いて黄金の水滴をキラキラと宿してブラブラ
揺れては、明るい風に吹き飛んで後方へ消えて行った。
川の上流に広がる空から黒い雲がみるみる千切れて
オレンジ色の夕焼けが照り付けてきた。
ちょうど小田急線の喜多見と狛江の間の高架下を潜り
抜けたとき、健太のバイクのハンドルの中央に取り付
けられた受信機が警報音とともに赤いランプが点滅した。
「聖子ちゃん。さっそく来たか。」
と健太は、受信機の液晶部分をタッチするとナビ
画面が現われた。
カラスの聖子ちゃんの位置をナビ画面がしっかりと
地図上に赤い十字マークの点となって点し示していた。
聖子ちゃんに付けた発信機が半径百メートル圏内に入る
と健太のナビが反応し、その位置を知らせてくれる。
健太のバイクは、ナビに従って住宅街の方へどんどん
入って行き、疎水の畑と隣接したひとつの古い二階建
ての一軒屋に辿りついた。
疎水のガードレール脇に健太は、バイクを停めてヘル
メットを脱いだときには、もう雨は完全にあがっていた。
調布へ抜ける道路沿いに疎水と平行して戸建の築年数
の古い住宅団地が並んでいて、カラスの聖子ちゃんがと
まった青いスレート屋根の家はその外れに位置しその真横
は生産緑地のわずかばかりダイコン畑が広がっていた。
カアカア・・カアカア・・
聖子ちゃんが健太を見て空を旋回し始めた。
「OK!有難う。聖子ちゃん。もう一仕事たのむよ。」
と口笛を鋭くピーと一回吹いた。
すると聖子ちゃんは、急降下して青いスレート屋根の家
の一階キッチン窓の庇にふわっと舞い降りた。
「まったくあの子は、どうしょうもないバカ息子だよ。
今年も受験失敗しちゃって二浪なんて・・今時恥ずかしくて
・・予備校のお金もかかるのに、パソコンの新しいの
買いたいなんて・・・」
健太は、イヤホンから聞こえてくる音声を携帯受信機の
ボリュームツマミで最大にしてポケットから単眼鏡を取り
出すとその青い一軒屋のキッチンの方を覗いた。
そこには、夕食の支度をしている安田美貴の姿があった。
そしてそのすぐ後ろにテーブルに座ってビールを飲んで
いる夫の禿頭の痩せた安田次郎がいた。
「オレはあいつにもう電気の専門学校でもいいからどこか
に通った方がいいとは言ったんだが・・あのアパートに
引き篭もったきり出てきやしない。」
「あんたの教育が悪いからよ。お父さんからもらった
アパートに高校生から一人暮らしさせて・・・他人に貸
したらお金だってはいってくるし、無理にチワワに子を
産ませなくったってよかったのに・・・」
「だってあいつが勉強するから独立した部屋がほしいっ
て言うから・・・」
「で二浪じゃない・・あの子のパソコンのためにチワワの
エンジェルちゃんに今年もう一回がんばって赤ちゃん
産んでもらわなくちゃなんないのよ・・・」
「まあ、こっちもショウバイだもんな・・産んで貰わ
ないと・・」
健太は、疎水を乗り越えてダイコン畑の中に入って
青い家の裏手へ回った。
ガレージの中に犬のケージが積み上げられて激しく
ワンワンと数十匹の犬が吠え立てた。
「でもエンジェルももう疲れ気味だもんね。
元気なオスがいないと今度ばかりは、時間がかかる
かもよ・・・」
「あの元気な甲斐犬のオスみたいなのをまた手に入
れないとな・・」
健太はデジカメの望遠を最大にして犬舎の中を写真
に撮った。一番奥でうな垂れている白いチワワが目
に隈をつくって絶えず動き回って健太のレンズと
目が合った。
14
ペット捜索者には、迷子チラシ貼りと動物病院と保健所
の聞き込みを契約した一日の時間の中で行うだけの者も
いるが、犬飼健太は地道な足取り捜査を極力実践するの
をモットーとしている。
つまりこの日のように小雨なら小雨の中でも犬道を求め
て電柱と植え込みの領域を一ブロッグづつ歩くか、
バイクで回る。
必ずおしっこをする電柱や植え込みが犬道なら、ネコ道
は塀と生垣である。住宅が密集している箇所でのブロッ
ク塀はその家と家の間に挟まれているので犬と比べると
個人の家の敷地まで入り込めない分ずっと猫の方が見つ
けにくい。
犬の場合、特に大型犬の案件だと目撃情報がほとんど
発見の決め手になる。
四つ角で出会う犬連れか、子供には、こんなフラフラ
歩いていた迷子の犬は見なかったかと写真を見せて
聞き込みをする。
健太は、この日も朝九時から雨の中ずっと等々力エリア
の隣の上野毛・玉川エリアまでバイクと徒歩で五時間練
り歩いて聞き込みをうんざりするほどしたので本当は、
多摩堤通りのドッグカフェで一服し昼寝ぐらいしたかっ
たが、新しい仕事を頼まれたからには、休んでなんか
いられなかった。
何の保証もないフリーランスと同じで仕事があるとき
にしっかりと稼がないとないときには何ヶ月もないと
いうことは幾らでもある。
むしろダブルヘッターで仕事ができる幸運に感謝しな
ければならない。
だから健太は、安田の車の走り去った方角へホンダの
50ccのバイクに乗って多摩川沿いを走っている
うちに疲れも吹っ飛びなんだか気分がアドレナリって
パチパチ発火してきたのはいいことだと口笛を吹いた。
夕方雨はほとんど小降りになって幹線道路を疾走
する健太の全身を包み込んだが、その小さな雨粒が
霧のようにバイクのハンドルを握る健太の長い睫毛に
へばり付いて黄金の水滴をキラキラと宿してブラブラ
揺れては、明るい風に吹き飛んで後方へ消えて行った。
川の上流に広がる空から黒い雲がみるみる千切れて
オレンジ色の夕焼けが照り付けてきた。
ちょうど小田急線の喜多見と狛江の間の高架下を潜り
抜けたとき、健太のバイクのハンドルの中央に取り付
けられた受信機が警報音とともに赤いランプが点滅した。
「聖子ちゃん。さっそく来たか。」
と健太は、受信機の液晶部分をタッチするとナビ
画面が現われた。
カラスの聖子ちゃんの位置をナビ画面がしっかりと
地図上に赤い十字マークの点となって点し示していた。
聖子ちゃんに付けた発信機が半径百メートル圏内に入る
と健太のナビが反応し、その位置を知らせてくれる。
健太のバイクは、ナビに従って住宅街の方へどんどん
入って行き、疎水の畑と隣接したひとつの古い二階建
ての一軒屋に辿りついた。
疎水のガードレール脇に健太は、バイクを停めてヘル
メットを脱いだときには、もう雨は完全にあがっていた。
調布へ抜ける道路沿いに疎水と平行して戸建の築年数
の古い住宅団地が並んでいて、カラスの聖子ちゃんがと
まった青いスレート屋根の家はその外れに位置しその真横
は生産緑地のわずかばかりダイコン畑が広がっていた。
カアカア・・カアカア・・
聖子ちゃんが健太を見て空を旋回し始めた。
「OK!有難う。聖子ちゃん。もう一仕事たのむよ。」
と口笛を鋭くピーと一回吹いた。
すると聖子ちゃんは、急降下して青いスレート屋根の家
の一階キッチン窓の庇にふわっと舞い降りた。
「まったくあの子は、どうしょうもないバカ息子だよ。
今年も受験失敗しちゃって二浪なんて・・今時恥ずかしくて
・・予備校のお金もかかるのに、パソコンの新しいの
買いたいなんて・・・」
健太は、イヤホンから聞こえてくる音声を携帯受信機の
ボリュームツマミで最大にしてポケットから単眼鏡を取り
出すとその青い一軒屋のキッチンの方を覗いた。
そこには、夕食の支度をしている安田美貴の姿があった。
そしてそのすぐ後ろにテーブルに座ってビールを飲んで
いる夫の禿頭の痩せた安田次郎がいた。
「オレはあいつにもう電気の専門学校でもいいからどこか
に通った方がいいとは言ったんだが・・あのアパートに
引き篭もったきり出てきやしない。」
「あんたの教育が悪いからよ。お父さんからもらった
アパートに高校生から一人暮らしさせて・・・他人に貸
したらお金だってはいってくるし、無理にチワワに子を
産ませなくったってよかったのに・・・」
「だってあいつが勉強するから独立した部屋がほしいっ
て言うから・・・」
「で二浪じゃない・・あの子のパソコンのためにチワワの
エンジェルちゃんに今年もう一回がんばって赤ちゃん
産んでもらわなくちゃなんないのよ・・・」
「まあ、こっちもショウバイだもんな・・産んで貰わ
ないと・・」
健太は、疎水を乗り越えてダイコン畑の中に入って
青い家の裏手へ回った。
ガレージの中に犬のケージが積み上げられて激しく
ワンワンと数十匹の犬が吠え立てた。
「でもエンジェルももう疲れ気味だもんね。
元気なオスがいないと今度ばかりは、時間がかかる
かもよ・・・」
「あの元気な甲斐犬のオスみたいなのをまた手に入
れないとな・・」
健太はデジカメの望遠を最大にして犬舎の中を写真
に撮った。一番奥でうな垂れている白いチワワが目
に隈をつくって絶えず動き回って健太のレンズと
目が合った。
こちら、自由が丘ペット探偵局 作者 古海めぐみ
13
待ち合わせの場所は、多摩堤通りの二階建てのドッグカフェだった。多摩川が
二階のデッキ席からちょうど真下に眺めることができた。
昨日の夜から降り出した雨のおかげで川の水嵩が増して中州が小さな孤島に
なってそこに密生していたアシ原もろ共うす茶色の濁流に流されるのを必死で
堪えていて、さらに土手下に忘れられていた自転車が三分の一ほど水に
浸かっていた。
雨は、昼過ぎにやや小降りになった。
赤いテント屋根と透明なビニールの風除けが張られたそのデッキスペースには、
8席のテーブルセットがあり、お客は午後遅いながら半分は入っていた。
アゴヒゲの立派な老人とラブラドール、若い女の子と柴犬、そして佐藤沙織と
水島ミカとワンニャン天国堂の金のブレスレッドに金ブチメガネの中年女の
安田美貴。
そしてテーブルの下にピンクのバスケットに入ったプードルの子犬が上フタ
を押しのけて愛くるしい顔を覗かせている。
「吠えないですね。」
水島ミカは、そう言うと仔犬を抱き上げた。
「うんうん。いい子ですよ。大人しくて。生まれてちょうど二ヶ月目なの。」
丸まる太った頬をプルプルふるわせて人の良さそうな笑みを浮かべた安田美貴は、
ワンニャン天国堂プレスというパンフレッドをテーブルに置きながら
子プードルの顎を触った。
「随分安いですね。先天的な病気とか、この子大丈夫?」
今度は佐藤沙織がミカから子プードルを貰い受けながら、極端に感情を押さえた
口調で安田に尋ねた。
「うちはインターネットで直に販売しているので安く設定できるんです。余分な
マージンを一切省いて可愛いワンちゃんといい飼い主さんとの幸せな出会いを目指
しているの。」
笑った顔から急にまじめな顔になるとあの人の良さそうな雰囲気はどこへ行った
のか、少し冷たくて怖いくらいな表情になる。
しかしそんな美貴に負けまいと沙織は、プードルを抱きしめて聞き返した。
「わたしは、この前おたくでチワワを買ったんですけどね。すぐに水痘症で
死んだの!確かわたしのときは、痩せたおじさんだったけど・・・」
沙織は、最後のおじさんという言葉を発音したとき思わずマジマジと頭の禿げた
痩せぎすの五十男を思い出して、つい鼻の穴がピロンと膨らんだのをどうすること
もできなかった。
美貴は、ひとつも感情を壊さず晴れやかな善人の笑顔をみせて静かにしゃべりだした。
「チワワは、よくあるのよ。生まれたばかりだと獣医さんだってわからないのよお。
それに佐藤さんでしたっけ、あなたの担当したそのおじさんは、群馬のブリーダー
でうちに登録はしてたんですけど、今連絡がとれなくなってるんです。うちだって
幾らかお金貸しているもんで困ってるのお。本当よっ。」
「そんな・・・そんな・・まるで詐欺じゃない。」
「どうぞ訴えるなら訴えてちょうだい。契約書も血統書もありすから。」
沙織もミカも黙り込んだ。
ビニールの風除けに小さな雨粒がパチパチと当たる音が大きくなったり小さくなった
りした。
ぴぴぴぴぽぴぴぴ・・・
沙織のケイタイにメールが入った。
健太からだった。
今やっと迷子犬の捜索時間の今日の予定が 終わって、もうそちらに着く。
自由が丘探偵事務所。
遅いよ。と沙織は呟いてパチンとケイタイを閉じた。
「このプードル買わないのね。」
と美貴は、佐織の手から子プードルを奪いとってバスケットに仕舞い込んだ。
ワンワンワンー、フタが閉められるとき初めて仔犬が鳴いた。
「買わないって云っていません。」
ミカがテーブルのパンフレットを押さえて大きな声で言った。
「いえ。売りません。私ね。この子のためにも売りたくありません。あなたたち
にこの子を渡して幸せになるって希望がなくなったもん。いやよ。売らないわ。」
「何云ってるよ。へんな云われ方・・・」
ミカは、思わず立ち上がったけど沙織に手をとられて座った。
「コーヒー代400円。ここに置いたわよ。」
安田美貴はコインをコーヒーソーサーの中へカチンと入れて席を立った。
「ちょっと・・・待ってください・・・」
沙織が叫んだ。
美貴は太った体を揺すってドタドタとバスケットを抱えて階段を下りていった。
しばらくしてワン!と仔犬が出口で鳴く声がした。回りの客が沙織とミカを一瞬
振り返った。
ぴぴぴぴぽこぴぴぴ・・・
健太のメールが来た。
激しいおばさんだな。今問い詰めても法的 には逃げられるだけ。
と書かれたメールにドッグカフェを出る安田美貴の顔写真が添付されていた。
「あら、下にいるの。犬飼さん。」
と沙織がケイタイを覗いていたら健太が入ってきてテーブルに座った。
「いやあ、遅くなってどうもです。」
「もう帰っちゃったわ。」
「話は、だいたい聞きました。」
「?????」
「聖子ちゃんは、優秀な探偵助手でしてね。」
と窓手すりの下を指差した。
「ああ。カラス!」
ミカがびっくりして声に出した。
「あのカラスは聖子ちゃんと云ってね。首に小型マイクが見えるでしょ。」
「えーと、あの首輪?」
「そう。あの聖子ちゃんのマイクですべて聞きました。お話。」
と耳にしていたイヤホンを外して鞄からレシーバ端末機を取り出した。
ククックウ、クッククゥ・・
健太が鳴き声を発声すると、聖子ちゃんは小雨の中飛び立っていった。
「車のナンバーを記録したので住所は、すぐにわかるさ。で、何をぼくは
すればいい?」
「知り合いでまだまだいっぱい被害にあってる人がいるの。中には輸入禁止
の動物も扱ってるって話もあるんで、飼育場所だけでも確かめられれば
いいんです。」
沙織が涙目で訴えた。
「わかりました。場所と飼育状態を突き止めましょう。」
と再び健太は、立ち上がって階段を下りて出て行った。
13
待ち合わせの場所は、多摩堤通りの二階建てのドッグカフェだった。多摩川が
二階のデッキ席からちょうど真下に眺めることができた。
昨日の夜から降り出した雨のおかげで川の水嵩が増して中州が小さな孤島に
なってそこに密生していたアシ原もろ共うす茶色の濁流に流されるのを必死で
堪えていて、さらに土手下に忘れられていた自転車が三分の一ほど水に
浸かっていた。
雨は、昼過ぎにやや小降りになった。
赤いテント屋根と透明なビニールの風除けが張られたそのデッキスペースには、
8席のテーブルセットがあり、お客は午後遅いながら半分は入っていた。
アゴヒゲの立派な老人とラブラドール、若い女の子と柴犬、そして佐藤沙織と
水島ミカとワンニャン天国堂の金のブレスレッドに金ブチメガネの中年女の
安田美貴。
そしてテーブルの下にピンクのバスケットに入ったプードルの子犬が上フタ
を押しのけて愛くるしい顔を覗かせている。
「吠えないですね。」
水島ミカは、そう言うと仔犬を抱き上げた。
「うんうん。いい子ですよ。大人しくて。生まれてちょうど二ヶ月目なの。」
丸まる太った頬をプルプルふるわせて人の良さそうな笑みを浮かべた安田美貴は、
ワンニャン天国堂プレスというパンフレッドをテーブルに置きながら
子プードルの顎を触った。
「随分安いですね。先天的な病気とか、この子大丈夫?」
今度は佐藤沙織がミカから子プードルを貰い受けながら、極端に感情を押さえた
口調で安田に尋ねた。
「うちはインターネットで直に販売しているので安く設定できるんです。余分な
マージンを一切省いて可愛いワンちゃんといい飼い主さんとの幸せな出会いを目指
しているの。」
笑った顔から急にまじめな顔になるとあの人の良さそうな雰囲気はどこへ行った
のか、少し冷たくて怖いくらいな表情になる。
しかしそんな美貴に負けまいと沙織は、プードルを抱きしめて聞き返した。
「わたしは、この前おたくでチワワを買ったんですけどね。すぐに水痘症で
死んだの!確かわたしのときは、痩せたおじさんだったけど・・・」
沙織は、最後のおじさんという言葉を発音したとき思わずマジマジと頭の禿げた
痩せぎすの五十男を思い出して、つい鼻の穴がピロンと膨らんだのをどうすること
もできなかった。
美貴は、ひとつも感情を壊さず晴れやかな善人の笑顔をみせて静かにしゃべりだした。
「チワワは、よくあるのよ。生まれたばかりだと獣医さんだってわからないのよお。
それに佐藤さんでしたっけ、あなたの担当したそのおじさんは、群馬のブリーダー
でうちに登録はしてたんですけど、今連絡がとれなくなってるんです。うちだって
幾らかお金貸しているもんで困ってるのお。本当よっ。」
「そんな・・・そんな・・まるで詐欺じゃない。」
「どうぞ訴えるなら訴えてちょうだい。契約書も血統書もありすから。」
沙織もミカも黙り込んだ。
ビニールの風除けに小さな雨粒がパチパチと当たる音が大きくなったり小さくなった
りした。
ぴぴぴぴぽぴぴぴ・・・
沙織のケイタイにメールが入った。
健太からだった。
今やっと迷子犬の捜索時間の今日の予定が 終わって、もうそちらに着く。
自由が丘探偵事務所。
遅いよ。と沙織は呟いてパチンとケイタイを閉じた。
「このプードル買わないのね。」
と美貴は、佐織の手から子プードルを奪いとってバスケットに仕舞い込んだ。
ワンワンワンー、フタが閉められるとき初めて仔犬が鳴いた。
「買わないって云っていません。」
ミカがテーブルのパンフレットを押さえて大きな声で言った。
「いえ。売りません。私ね。この子のためにも売りたくありません。あなたたち
にこの子を渡して幸せになるって希望がなくなったもん。いやよ。売らないわ。」
「何云ってるよ。へんな云われ方・・・」
ミカは、思わず立ち上がったけど沙織に手をとられて座った。
「コーヒー代400円。ここに置いたわよ。」
安田美貴はコインをコーヒーソーサーの中へカチンと入れて席を立った。
「ちょっと・・・待ってください・・・」
沙織が叫んだ。
美貴は太った体を揺すってドタドタとバスケットを抱えて階段を下りていった。
しばらくしてワン!と仔犬が出口で鳴く声がした。回りの客が沙織とミカを一瞬
振り返った。
ぴぴぴぴぽこぴぴぴ・・・
健太のメールが来た。
激しいおばさんだな。今問い詰めても法的 には逃げられるだけ。
と書かれたメールにドッグカフェを出る安田美貴の顔写真が添付されていた。
「あら、下にいるの。犬飼さん。」
と沙織がケイタイを覗いていたら健太が入ってきてテーブルに座った。
「いやあ、遅くなってどうもです。」
「もう帰っちゃったわ。」
「話は、だいたい聞きました。」
「?????」
「聖子ちゃんは、優秀な探偵助手でしてね。」
と窓手すりの下を指差した。
「ああ。カラス!」
ミカがびっくりして声に出した。
「あのカラスは聖子ちゃんと云ってね。首に小型マイクが見えるでしょ。」
「えーと、あの首輪?」
「そう。あの聖子ちゃんのマイクですべて聞きました。お話。」
と耳にしていたイヤホンを外して鞄からレシーバ端末機を取り出した。
ククックウ、クッククゥ・・
健太が鳴き声を発声すると、聖子ちゃんは小雨の中飛び立っていった。
「車のナンバーを記録したので住所は、すぐにわかるさ。で、何をぼくは
すればいい?」
「知り合いでまだまだいっぱい被害にあってる人がいるの。中には輸入禁止
の動物も扱ってるって話もあるんで、飼育場所だけでも確かめられれば
いいんです。」
沙織が涙目で訴えた。
「わかりました。場所と飼育状態を突き止めましょう。」
と再び健太は、立ち上がって階段を下りて出て行った。