自由が丘で巨大なケーキを発見。
イチゴものっていて立派。
食べきれない大きさだけれど
美味しそうな甘い匂いがしないんだ。
そしたら
お菓子の匂いをプンプンさせた子供がケーキの中に
入っていったよ。
うーん。単なるテント。
ケーキ型お家。
にんげんの考えることってわからん。
イチゴものっていて立派。
食べきれない大きさだけれど
美味しそうな甘い匂いがしないんだ。
そしたら
お菓子の匂いをプンプンさせた子供がケーキの中に
入っていったよ。
うーん。単なるテント。
ケーキ型お家。
にんげんの考えることってわからん。
地球岬 作者大隅 充
18
オレは、しばらく疎らに車が駐車しているだだっ広い
アスファルトの空間を歩き回った。そして唯一かつて
C号棟の外水道のあった場所に並木で植えられていた
プラタナスが一本だけ駐車場の外れに残っていた。
それは海風に疲れてぽつんと辛そうに立っていた。
チャータは白線だけで敷石のない広い駐車場をぐる
ぐると走り回ってその老プラタナスの根元におしっこ
をした。
オレは、パチンと両手を叩いてチャータを呼び寄せた。
チャータは思い切り走ってオレの胸に飛び込んで来た。
そしてペロペロ狂ったようにオレの顔を舐めた。
「糞は、ちゃんと取ってくれよ。」
ドテラを着た鼻の頭に黒子のある婆さんが松葉ボウキ
を持って駐車場の入り口から声をかけた。
オレは、そんなことたあ、わかってるよとイラっとき
たがその婆さんがマンガのキャラクターみたいに皺く
ちゃで滑稽だったのでグウっ堪えて静かに頷いた。
「あんた。誰か探しに来たんだろ。」
図星だった。この婆ばあは、顔に似合わず鋭いなあと
一瞬ひるんだら、こんな死にかけた婆さんがセントラ
ルパークに集まった全世界のラッパーの誰よりもクー
ルな顔でオレを睨んだ。
「このアパートはね。通称人探しアパートと言って、
一年に何人もかつて住んでいた人の消息を尋ねて来る
んでね・・・おまえもそんな顔で掲示板を見とったさ。
さっき。」
タダもんじゃねえ。この婆ばあ。
「もうここもわしらがじきくたばって取り壊しじゃい」
「あの、宮沢という人。C号棟にいたんですが・・知
ってます。」
オレは、できめだけ丁寧に聞いた。
婆さんは又クールに空を睨んだかと思ったら、またまた
ふうっとマンガの間抜けな表情にカメレオンのように
戻った。
「はい。宮沢さん。確かに一昨年までいたけど出て行っ
たよ。」
「そうっすか・・・・」
「製鉄所の圧延工場で火傷して働けんようなってC号棟
が壊される前に母恋へ引越して行った。」
「母恋?」
「ああ。妹さんがいるとか言うとった。」
チャータが何もない空に向かって急に吠え出した。
「イモウトサントコ、イッタンジャロ」
入れ歯が抜けそうで空気の漏れた発音で付け加えてしゃ
べった。
オレは一瞬婆さんが何を言っているのか日本語が理解で
きない状態に陥った。
何かこのクールマンガの婆さんが聞いたこともない外国
語でしゃべっている。
母恋。
妹ー。
「港の向こうにある地名じゃて。」
「地名?」
「母恋ってとこがあるべさ。」
「妹って・・・母さん?」
最後の母さんはきれいな発音にならなかった。
チャータは、オレのズボンの裾を咥えて、行こうとワンワ
ンと鳴きたてた。
「うるせい。犬だよ。やかましい。」
と婆さんは、松葉ホウキを振り回してチャータを追い立
てた。チャータは、婆さんに関わっても仕方ないとばか
りにホウキを軽々と避けてオレを早くこの崩れかかった
人探しアパートから出て行こうと表通りへ走り出た。
「宮沢さんは生きているかどうか・・酷い火傷だったか
ら。もう行っても妹さんのことにいないかもしれないよ」
「あの、母恋のどこかわかります?」
「さあ。そりゃわからんよ。」
とホウキを担いでA号棟のモルタル壁のハゲハゲの階段
口へ背中を向けて歩き出した。
オレは、チャータが先頭に走り出した後を追って港へ走
り出した。
母恋ー。
そこにもしかしたら母さんがいるかもしれない。
母さんは死んだと聞いていた。しかし伯父さんには妹は
母さんしかいない。
あの、クールマンガの婆さんがボケて勘違いで言ってい
るのか、それとも本当に母さんがひっそりと生きていた
のか。頭の中がぐるぐる木漏れ日のような想像の光の輪
が回って目が回りそうになった。
そしてオレは、坂道を転がるように足がもつれて前へ前
と急いだ。
前をしっかり見て足をすすめても頭の中はいつまでも止
め処ないひとつの言葉が洗濯機のドラムが回るようにく
るくる絶え間なく巡って離れない。
母恋。
チャータは、まるで競争しているようにうれしそうにぴ
ょんぴょんオレの行く手で跳ねた。
18
オレは、しばらく疎らに車が駐車しているだだっ広い
アスファルトの空間を歩き回った。そして唯一かつて
C号棟の外水道のあった場所に並木で植えられていた
プラタナスが一本だけ駐車場の外れに残っていた。
それは海風に疲れてぽつんと辛そうに立っていた。
チャータは白線だけで敷石のない広い駐車場をぐる
ぐると走り回ってその老プラタナスの根元におしっこ
をした。
オレは、パチンと両手を叩いてチャータを呼び寄せた。
チャータは思い切り走ってオレの胸に飛び込んで来た。
そしてペロペロ狂ったようにオレの顔を舐めた。
「糞は、ちゃんと取ってくれよ。」
ドテラを着た鼻の頭に黒子のある婆さんが松葉ボウキ
を持って駐車場の入り口から声をかけた。
オレは、そんなことたあ、わかってるよとイラっとき
たがその婆さんがマンガのキャラクターみたいに皺く
ちゃで滑稽だったのでグウっ堪えて静かに頷いた。
「あんた。誰か探しに来たんだろ。」
図星だった。この婆ばあは、顔に似合わず鋭いなあと
一瞬ひるんだら、こんな死にかけた婆さんがセントラ
ルパークに集まった全世界のラッパーの誰よりもクー
ルな顔でオレを睨んだ。
「このアパートはね。通称人探しアパートと言って、
一年に何人もかつて住んでいた人の消息を尋ねて来る
んでね・・・おまえもそんな顔で掲示板を見とったさ。
さっき。」
タダもんじゃねえ。この婆ばあ。
「もうここもわしらがじきくたばって取り壊しじゃい」
「あの、宮沢という人。C号棟にいたんですが・・知
ってます。」
オレは、できめだけ丁寧に聞いた。
婆さんは又クールに空を睨んだかと思ったら、またまた
ふうっとマンガの間抜けな表情にカメレオンのように
戻った。
「はい。宮沢さん。確かに一昨年までいたけど出て行っ
たよ。」
「そうっすか・・・・」
「製鉄所の圧延工場で火傷して働けんようなってC号棟
が壊される前に母恋へ引越して行った。」
「母恋?」
「ああ。妹さんがいるとか言うとった。」
チャータが何もない空に向かって急に吠え出した。
「イモウトサントコ、イッタンジャロ」
入れ歯が抜けそうで空気の漏れた発音で付け加えてしゃ
べった。
オレは一瞬婆さんが何を言っているのか日本語が理解で
きない状態に陥った。
何かこのクールマンガの婆さんが聞いたこともない外国
語でしゃべっている。
母恋。
妹ー。
「港の向こうにある地名じゃて。」
「地名?」
「母恋ってとこがあるべさ。」
「妹って・・・母さん?」
最後の母さんはきれいな発音にならなかった。
チャータは、オレのズボンの裾を咥えて、行こうとワンワ
ンと鳴きたてた。
「うるせい。犬だよ。やかましい。」
と婆さんは、松葉ホウキを振り回してチャータを追い立
てた。チャータは、婆さんに関わっても仕方ないとばか
りにホウキを軽々と避けてオレを早くこの崩れかかった
人探しアパートから出て行こうと表通りへ走り出た。
「宮沢さんは生きているかどうか・・酷い火傷だったか
ら。もう行っても妹さんのことにいないかもしれないよ」
「あの、母恋のどこかわかります?」
「さあ。そりゃわからんよ。」
とホウキを担いでA号棟のモルタル壁のハゲハゲの階段
口へ背中を向けて歩き出した。
オレは、チャータが先頭に走り出した後を追って港へ走
り出した。
母恋ー。
そこにもしかしたら母さんがいるかもしれない。
母さんは死んだと聞いていた。しかし伯父さんには妹は
母さんしかいない。
あの、クールマンガの婆さんがボケて勘違いで言ってい
るのか、それとも本当に母さんがひっそりと生きていた
のか。頭の中がぐるぐる木漏れ日のような想像の光の輪
が回って目が回りそうになった。
そしてオレは、坂道を転がるように足がもつれて前へ前
と急いだ。
前をしっかり見て足をすすめても頭の中はいつまでも止
め処ないひとつの言葉が洗濯機のドラムが回るようにく
るくる絶え間なく巡って離れない。
母恋。
チャータは、まるで競争しているようにうれしそうにぴ
ょんぴょんオレの行く手で跳ねた。
お家へ帰ろう予告編
「さすらい」連載でおなじみの大隅さんが脚本を書いて
カメラおじさんがプロデュースした短編映画「お家へ帰ろう」
が下記の通り上映されます。
とき12月13日(日)11:30~12:20
12月14日(月)19:00~19:50
場所:下北沢駅南口TOLLYWOODトリウッド
tel03-3414-0433
story: チョーク絵でひとり遊ぶ少女と風来坊のおじさんとの
奇妙で暖かな交流を描くハートフル・コメディ。
cast: 「ボキャブラ天国」で活躍した芸人金谷ヒデユキが
さすらいのスナフキンを演じています。
千野紫音、島田聡子、三宅 史
同時上映:「西風」or「パチンコ風雲録」(西川弘志主演)
是非お友だちやお子さん連れでお越し下さい。
「さすらい」連載でおなじみの大隅さんが脚本を書いて
カメラおじさんがプロデュースした短編映画「お家へ帰ろう」
が下記の通り上映されます。
とき12月13日(日)11:30~12:20
12月14日(月)19:00~19:50
場所:下北沢駅南口TOLLYWOODトリウッド
tel03-3414-0433
story: チョーク絵でひとり遊ぶ少女と風来坊のおじさんとの
奇妙で暖かな交流を描くハートフル・コメディ。
cast: 「ボキャブラ天国」で活躍した芸人金谷ヒデユキが
さすらいのスナフキンを演じています。
千野紫音、島田聡子、三宅 史
同時上映:「西風」or「パチンコ風雲録」(西川弘志主演)
是非お友だちやお子さん連れでお越し下さい。
ひさしぶりというか、
2、3年ぶりにあずきちゃんに会ったよ。
いやー、すっかり大きな犬が苦手になった
ぼくとしてはワンと吠えちゃうかも・・・なんて
心配も吹っ飛び。クンクン匂いを嗅いだら
初恋の味、いや初恋の匂いがよみがえったよ。
うーん。まだ数ヶ月のガキの頃お互い
一緒に遊んだあの、夏の日々ー。
公園デビューではじめてのお友だちー。
あずきちゃんも、照れてペロリ!
4年前のアルバム
2、3年ぶりにあずきちゃんに会ったよ。
いやー、すっかり大きな犬が苦手になった
ぼくとしてはワンと吠えちゃうかも・・・なんて
心配も吹っ飛び。クンクン匂いを嗅いだら
初恋の味、いや初恋の匂いがよみがえったよ。
うーん。まだ数ヶ月のガキの頃お互い
一緒に遊んだあの、夏の日々ー。
公園デビューではじめてのお友だちー。
あずきちゃんも、照れてペロリ!
4年前のアルバム
岩穴に閉じ込められた猟犬5匹を1週間ぶりに救助(09/11/21)
ぽっぽ通信のハトじいさん、うれしそうにやって来た。
いや。よかった。よかった。
熊本の山で15日に岩穴にはまった猟犬が五匹21日
やっと助けられたんじゃ。
結局岩を壊して危険な中出てきた。
一週間穴の中で氷と投げエサで過ごしたんじゃ。
やっぱり米国の熊狩り用に改良された猟犬。
プロットハウンド。さすが粘り強い。
これがめんちゃんだったら泣き通しで
とっくにお陀仏じゃな。
ふん。なんでいつもぼくと比較するの。
ぼくも元はハンター、
そんな穴に落ちるドジは踏みません。
ただもし落ちたらやっぱ泣くけどね。
ぽっぽ通信のハトじいさん、うれしそうにやって来た。
いや。よかった。よかった。
熊本の山で15日に岩穴にはまった猟犬が五匹21日
やっと助けられたんじゃ。
結局岩を壊して危険な中出てきた。
一週間穴の中で氷と投げエサで過ごしたんじゃ。
やっぱり米国の熊狩り用に改良された猟犬。
プロットハウンド。さすが粘り強い。
これがめんちゃんだったら泣き通しで
とっくにお陀仏じゃな。
ふん。なんでいつもぼくと比較するの。
ぼくも元はハンター、
そんな穴に落ちるドジは踏みません。
ただもし落ちたらやっぱ泣くけどね。
おしっこをしていると
近所のおばさんが、
「まあ、高くあげるねえ。」
と感嘆の声。
「へい。すいません。みっともなくて。
こいつ、ガキの頃からこれでもか! って足あげるんです。
たまに上げすぎて転びそうになります。」
とカメラおじさん。
ふん。勝手なこと言わないでよ。
ただおしっこしてるんじゃないんだよ。
男を上げてるの。俺はここに来たぞって、ね。
近所のおばさんが、
「まあ、高くあげるねえ。」
と感嘆の声。
「へい。すいません。みっともなくて。
こいつ、ガキの頃からこれでもか! って足あげるんです。
たまに上げすぎて転びそうになります。」
とカメラおじさん。
ふん。勝手なこと言わないでよ。
ただおしっこしてるんじゃないんだよ。
男を上げてるの。俺はここに来たぞって、ね。
地球岬 作者大隅 充
17
ぬくもりについて。こころが暖かいということ。人間
って、ちょっと柄にもなく偉そうに言うとぬくもりが
ないと生きていけない気がする。どんな冷徹な奴でも
幼い頃か大人になってからでもたとえば美味しいもの
を食べるとか、どんなに行きずりの他人でも自分のし
たことで有難うと言われることだけでもマッチ一本の
灯火をうれしく思う。あるいは新しいスニーカーを履
いて晴れた五月の空の下を歩くときなんかもぬくもり
の灯火が点る。
生きているということは、ぬくもりの灯火が消えて
は又繋いで点火していくことの連続ではないだろうか。
こんな最低のオレがこんなことを思うようになたった
のもすべてチャータのおかげなんだ。
こいつは、今オレの膝の上で寄り添って無防備に寝て
いる。オレがどんなに危険な人間かお構いなくぐっす
り信じ込んでオレに身を寄せてスヤスヤと休んでいる。
こいつのぬくもりがオレの腿に伝わって今オレの中の
人間としての血が脈打つのを生々しく聞くことができ
る。そしてこの生きものの暖かさがこの数日のササク
レ立った悪行の濁流の深く冷たい深海へ流れ落ちてい
くのをはじめてピタっと堰き止めてくれた。
オレは、生きていることをヤケバチにならずに真面
目に感じている。こんなことがオレに起こるなんて今
の今まで想像していなかった。
東室蘭駅に着くまで乗務員は廻って来なかった。
鷲別岳と製鉄所の煙突が窓からすぐ目の前に迫って
来るまでオレは、チャータを膝に乗せてシートに座
っていた。
次は東室蘭。と車内アナウンスされて電車が減速し始
めたらぐっすりと眠っていたチャータがむっくりと起
き出してオレのギブスからはみ出た手の甲をペロリ
と舐めた。
オレは、地球岬に行く前に行っておきたいところが
あった。それは、母さんの住んでいた製鉄団地だった。
それは東室蘭から山沿いへバスで登ったところにあった。
東室蘭駅前広場でチャータを鞄から出して少し街を歩
かせた。チャータはバス停のポールに元気よく片足を
あげて小便をかなり長いことした。ベンチでタバコを
吸っていたタクシーのおっさんが何か文句を言いたそ
うにオレらを睨みつけていたが無視してスタスタバス
道を歩いた。
四つ角にたこ焼き屋があったので2パック買ってど
こか公園で食べようと繁華街のメインストリートを抜
けて行った。チャータはノーリードでトコトコオレの
後をついて来た。
ランチの用意で店の外に看板やデッキチェアを出して
いたイタリアンレストランや和食居酒屋の店員が珍し
そうに首輪のないチャータを見送った。
繁華街からオフィス街へ大きな通りを車が少なかった
のでガードレールを乗り越えて渡ろうとした時、今ま
でオレの後ろをチョロチョロ追っ駆けていたチャータ
が急にオレの前へ飛び出て来て立ち止まると低く唸った。
オレは、たこ焼きを手に持ったまま通りを渡るのを止
めた。
すると目の前を信号無視でバイクがものすごいスピー
ドで走り去った。オレは、慌てて身を引っ込めてガー
ドレールにシリモチをついた。そのとき手に持って
いたたこ焼きが道路に派手に飛び散った。
バカヤロウ!轢き殺す気かと怒鳴ろうと立ち上がる
と今度はパトカーがその暴走バイクを追って道路に
転がったたこ焼きを踏み潰して走り抜けて行った。
チャータは歩道からガードレール越しにワンワン
と吠え立てた。
又してもチャータに助けられた。
お前は、いったいどういう犬なんだ。
オレは、心の中でつぶやいて歩道に戻るとチャータ
を抱きしめた。
チャータは、あまりベタベタするのが嫌いらしくす
るりとオレの腕から抜けるとトコトコと又信号のあ
る角へと涼やかな顔で歩き出した。
オレは、今度は逆に大人しくチャータの後をついて
歩いた。
× × ×
製鉄所の煙突が港から突き出ていた。
製鉄団地のある中島の高台から室蘭港がぐるりと見
渡せた。粉っぽい塩素の匂いが港の潮風と混ざり合
って天塩とも小樽とも違う独特な空気が懐かしい。
この町は前に来たときとほとんど変ってなかった。
ただ崖道を登り詰めた平地に並んだ製鉄団地の棟
数が半分になって東側の棟二つがなくなって駐車場
になっていた。
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ぬくもりについて。こころが暖かいということ。人間
って、ちょっと柄にもなく偉そうに言うとぬくもりが
ないと生きていけない気がする。どんな冷徹な奴でも
幼い頃か大人になってからでもたとえば美味しいもの
を食べるとか、どんなに行きずりの他人でも自分のし
たことで有難うと言われることだけでもマッチ一本の
灯火をうれしく思う。あるいは新しいスニーカーを履
いて晴れた五月の空の下を歩くときなんかもぬくもり
の灯火が点る。
生きているということは、ぬくもりの灯火が消えて
は又繋いで点火していくことの連続ではないだろうか。
こんな最低のオレがこんなことを思うようになたった
のもすべてチャータのおかげなんだ。
こいつは、今オレの膝の上で寄り添って無防備に寝て
いる。オレがどんなに危険な人間かお構いなくぐっす
り信じ込んでオレに身を寄せてスヤスヤと休んでいる。
こいつのぬくもりがオレの腿に伝わって今オレの中の
人間としての血が脈打つのを生々しく聞くことができ
る。そしてこの生きものの暖かさがこの数日のササク
レ立った悪行の濁流の深く冷たい深海へ流れ落ちてい
くのをはじめてピタっと堰き止めてくれた。
オレは、生きていることをヤケバチにならずに真面
目に感じている。こんなことがオレに起こるなんて今
の今まで想像していなかった。
東室蘭駅に着くまで乗務員は廻って来なかった。
鷲別岳と製鉄所の煙突が窓からすぐ目の前に迫って
来るまでオレは、チャータを膝に乗せてシートに座
っていた。
次は東室蘭。と車内アナウンスされて電車が減速し始
めたらぐっすりと眠っていたチャータがむっくりと起
き出してオレのギブスからはみ出た手の甲をペロリ
と舐めた。
オレは、地球岬に行く前に行っておきたいところが
あった。それは、母さんの住んでいた製鉄団地だった。
それは東室蘭から山沿いへバスで登ったところにあった。
東室蘭駅前広場でチャータを鞄から出して少し街を歩
かせた。チャータはバス停のポールに元気よく片足を
あげて小便をかなり長いことした。ベンチでタバコを
吸っていたタクシーのおっさんが何か文句を言いたそ
うにオレらを睨みつけていたが無視してスタスタバス
道を歩いた。
四つ角にたこ焼き屋があったので2パック買ってど
こか公園で食べようと繁華街のメインストリートを抜
けて行った。チャータはノーリードでトコトコオレの
後をついて来た。
ランチの用意で店の外に看板やデッキチェアを出して
いたイタリアンレストランや和食居酒屋の店員が珍し
そうに首輪のないチャータを見送った。
繁華街からオフィス街へ大きな通りを車が少なかった
のでガードレールを乗り越えて渡ろうとした時、今ま
でオレの後ろをチョロチョロ追っ駆けていたチャータ
が急にオレの前へ飛び出て来て立ち止まると低く唸った。
オレは、たこ焼きを手に持ったまま通りを渡るのを止
めた。
すると目の前を信号無視でバイクがものすごいスピー
ドで走り去った。オレは、慌てて身を引っ込めてガー
ドレールにシリモチをついた。そのとき手に持って
いたたこ焼きが道路に派手に飛び散った。
バカヤロウ!轢き殺す気かと怒鳴ろうと立ち上がる
と今度はパトカーがその暴走バイクを追って道路に
転がったたこ焼きを踏み潰して走り抜けて行った。
チャータは歩道からガードレール越しにワンワン
と吠え立てた。
又してもチャータに助けられた。
お前は、いったいどういう犬なんだ。
オレは、心の中でつぶやいて歩道に戻るとチャータ
を抱きしめた。
チャータは、あまりベタベタするのが嫌いらしくす
るりとオレの腕から抜けるとトコトコと又信号のあ
る角へと涼やかな顔で歩き出した。
オレは、今度は逆に大人しくチャータの後をついて
歩いた。
× × ×
製鉄所の煙突が港から突き出ていた。
製鉄団地のある中島の高台から室蘭港がぐるりと見
渡せた。粉っぽい塩素の匂いが港の潮風と混ざり合
って天塩とも小樽とも違う独特な空気が懐かしい。
この町は前に来たときとほとんど変ってなかった。
ただ崖道を登り詰めた平地に並んだ製鉄団地の棟
数が半分になって東側の棟二つがなくなって駐車場
になっていた。
ドッグカフェは、大好き。
落ち着けるし、同類と出会えて
うまくいけばルンルンで遊ぶことも
できるし、おやつも貰えることだってあるよ。
ただ
にんげんたちが喜んで飲んでいる
コーヒーとやらがどうもいけない。
よくあんな泥水みたいな苦いもの飲むよ。
ええ?
苦いって、めんちゃん飲んだの? って?
え・・・・・あの・・・・
すいません。
落ち着けるし、同類と出会えて
うまくいけばルンルンで遊ぶことも
できるし、おやつも貰えることだってあるよ。
ただ
にんげんたちが喜んで飲んでいる
コーヒーとやらがどうもいけない。
よくあんな泥水みたいな苦いもの飲むよ。
ええ?
苦いって、めんちゃん飲んだの? って?
え・・・・・あの・・・・
すいません。