松本零士原作の「銀河鉄道999」がアニメ化されて30周年になることを記念し、
杉並アニメーションミュージアムにて企画展が開催されています。
会場にはテレビ版・劇場版の原画、キャラクター設定資料、ポスター、
シナリオなどが展示されていましたが、特にヒロイン・メーテルの設定
ボードが印象的でした。
彼女の描き方について細かく指定が書き込まれており、あの美しい目
に関しては「睫毛の根本は太く、毛先は細く」とか「アップの時は瞳に
タッチを入れる」などなど、実に綿密。謎めいたヒロインの美貌は
こうして作られていたんだなぁと、感慨深かったです。
また、銀河鉄道999号の客車内を再現した実物大ジオラマのコーナーもあり、
ここでは記念撮影も出来ます。
館内には大スクリーンのアニメシアターも併設されていて、
テレビ版・劇場版999の上映も鑑賞出来ます。
企画展の他に常設展では、日本のアニメの歴史やアニメの制作過程など
を詳しく紹介していて、これまた見応え充分。決して広いスペースの
ミュージアムではありませんが、企画展も常設展も入館無料とは思え
ない充実ぶりです。
一度足を運ばれてみては如何でしょうか?
銀河鉄道999の世界展は、8月24日まで開催中です。
杉並アニメーションミュージアムにて企画展が開催されています。
会場にはテレビ版・劇場版の原画、キャラクター設定資料、ポスター、
シナリオなどが展示されていましたが、特にヒロイン・メーテルの設定
ボードが印象的でした。
彼女の描き方について細かく指定が書き込まれており、あの美しい目
に関しては「睫毛の根本は太く、毛先は細く」とか「アップの時は瞳に
タッチを入れる」などなど、実に綿密。謎めいたヒロインの美貌は
こうして作られていたんだなぁと、感慨深かったです。
また、銀河鉄道999号の客車内を再現した実物大ジオラマのコーナーもあり、
ここでは記念撮影も出来ます。
館内には大スクリーンのアニメシアターも併設されていて、
テレビ版・劇場版999の上映も鑑賞出来ます。
企画展の他に常設展では、日本のアニメの歴史やアニメの制作過程など
を詳しく紹介していて、これまた見応え充分。決して広いスペースの
ミュージアムではありませんが、企画展も常設展も入館無料とは思え
ない充実ぶりです。
一度足を運ばれてみては如何でしょうか?
銀河鉄道999の世界展は、8月24日まで開催中です。
(ある日の母子の会話)
ねえ、ママ。浜辺チョー暑そう。
うーん。
だって連日猛暑日だよ。
ぼく、海浜公園で倒れるかも・・
大丈夫。室内のすずしいところで中華たべて、ショッピング。
パパと行ったビッグサイトに行きたい。
いいよ。
お盆にパパ、帰ってくるの?
そうよ。お花飾って迎えないとね。
ねえ、ママ。浜辺チョー暑そう。
うーん。
だって連日猛暑日だよ。
ぼく、海浜公園で倒れるかも・・
大丈夫。室内のすずしいところで中華たべて、ショッピング。
パパと行ったビッグサイトに行きたい。
いいよ。
お盆にパパ、帰ってくるの?
そうよ。お花飾って迎えないとね。
こちら、自由が丘ペット探偵局 作者 古海めぐみ
20
夜、春は等々力のマンションの寝室で何度も寝返りを打って寝付けず、
とうとう窓の外が白みはじめて新聞配達のバイクの止まったり走ったりする
エンジン音で睡眠というノリシロが完全になくなってしまったことを悟らされた。
どう考えてもあのハルおばちゃまが語っていた半次郎祖父ちゃんとの話やみんな
でランチしたことなどがウソだったとは、信じられない。ましてや認知症でボケ
ていたなんて思っても見なかった。
春は、結局一睡もせずに自由が丘デパートのスタジオに行った。
今日は頼まれた仕事はなかったが、朝から花のブツ撮りをやりたかった。
本当は、お客さんが来るまでホリゾントの蔭で寝ていたかった。
しかしあえてブツ撮りの練習をして体を使っていた方が気が楽だった。
ただし集中は長時間は続かなかった。
絞りやシャッタースピードの微妙な調整を何パターンか凝り、花の撮影に
専念して頭の中が空っぽになっていい感じだと思っていると自分の生きている
フィールドのことがどうしても入り込んできた。
自分が得意としていたフィールドワークとしての野生動物や雄大な風景を時の
流れとともに活写していく写真スタイルとは違う、人物やモノを撮っていくこと
に早く慣れて、この東京で自分の生活をしていかなければならない。
ここ、自由が丘が新しい自分にとってのフィールドだったハズなんだから・・・
母と半次郎祖父ちゃんとが用意してくれたこの写真館がちょうど自分の欠けて
いたパズルピースの穴を埋めるように自分の居場所をみつけ、しかもひとりで
生きてきたと思い違いをしていたことにあのハルおばちゃまに教えてもらって
さらに世界が広がって面白くなりかけていたところにあんな、まぼろしだった
みたいな現実を知らされても戸惑うだかりだよ、と春はメビウスの帯のように
くるくる同じ想念が回ってばかりだった。
午後2時を過ぎても誰も来なかった。開店以来はじめての閑な日だった。
すると春は、睡眠不足なんかすっかり忘れてなんだか奇妙な焦りとも渇望とも
つかない心細い切なさのさざ波が胸の内側の一番柔らかい襞にヒタヒタと打ち
寄せてくるのを感じた。
夕方このまま誰も来なければ店を早めに閉めてもいいかなと昼間撮った花の
写真の画像調整をモニターでやりながら思った。
ちょうどパソコンのシステムを落してカーテンを閉めようかと立ち上がった
ところ背広の男が入口から入ってきた。
「あの、猫田春さんですね。」
と胸から警察手帳を見せて春の正面で立ち止まった。
「はい・・。ああ。刑事さん。」
「福田です。今日は、ちょっと確認してもらいたい写真がありましてやってきました」
とプリントアウトされたカラー写真を春に見せた。
春は、手に取った。
写真に写っていたのは、ミニワゴン車に乗った若い男だった。
「どうですか。」と聞かれてもこんな若い男だったかしらと春は、自分を襲った
犯人だと断言する自信はなかった。
福田刑事は、さらにもう二枚の写真を差し出した。一枚は、コンビニから出てくる
全身像でもう一枚は、夕焼けに染まった河原でモデルガンで狙いをつける同じ男
の顔の写真だった。
春は、ああっとなった。男のシルエット気味の顎の形に見覚えがあった。
「この男です。」
「間違いないですか。」
「この顎の形を覚えています。このガムを噛んで少し角ばって曲がった感じが
似ています。これ、ガム噛んでますよね。刑事さん。」
福田刑事は、その写真を彼女から返してもらって見つめた。
「うん。これ、ガム噛んでるわ。確かに。」
「この人捕まったんですか。」
「いやいや。まだ連続傷害事件の犯人と決まったワケじゃないんですが、同じ
ミニワゴンに乗って狛江の多摩川で捨て猫をモデルガンで撃って虐待していた
ところを通報された男なんですよ。」
「虐待?」
「猫の目を撃ち抜いて三匹が犠牲になったんです。」
「ひどい!」
「猫田さんが襲われた菜の花畑にあった犯人の足跡のシューズの模様が同じだった
んで事情をさらに聞いているところなんです。」
春は、もう一度福田から写真を貰って見つめた。
「あの、この人、ハッカガムを持ってなかったですか。」
「ハッカ?」
福田刑事は、手帳のメモをめくって、ガムの項をみつけると
「はい。はい。確かにハッカ入りガムです。」と顔を上げた。
「ハッカの匂いを覚えいます。」
「有難うございます。近々署の方に来てもらうことになりますがそのときは
よろしくお願いします。」
「わかりました。」
と答えた春は、この日初めて欠伸をした。
20
夜、春は等々力のマンションの寝室で何度も寝返りを打って寝付けず、
とうとう窓の外が白みはじめて新聞配達のバイクの止まったり走ったりする
エンジン音で睡眠というノリシロが完全になくなってしまったことを悟らされた。
どう考えてもあのハルおばちゃまが語っていた半次郎祖父ちゃんとの話やみんな
でランチしたことなどがウソだったとは、信じられない。ましてや認知症でボケ
ていたなんて思っても見なかった。
春は、結局一睡もせずに自由が丘デパートのスタジオに行った。
今日は頼まれた仕事はなかったが、朝から花のブツ撮りをやりたかった。
本当は、お客さんが来るまでホリゾントの蔭で寝ていたかった。
しかしあえてブツ撮りの練習をして体を使っていた方が気が楽だった。
ただし集中は長時間は続かなかった。
絞りやシャッタースピードの微妙な調整を何パターンか凝り、花の撮影に
専念して頭の中が空っぽになっていい感じだと思っていると自分の生きている
フィールドのことがどうしても入り込んできた。
自分が得意としていたフィールドワークとしての野生動物や雄大な風景を時の
流れとともに活写していく写真スタイルとは違う、人物やモノを撮っていくこと
に早く慣れて、この東京で自分の生活をしていかなければならない。
ここ、自由が丘が新しい自分にとってのフィールドだったハズなんだから・・・
母と半次郎祖父ちゃんとが用意してくれたこの写真館がちょうど自分の欠けて
いたパズルピースの穴を埋めるように自分の居場所をみつけ、しかもひとりで
生きてきたと思い違いをしていたことにあのハルおばちゃまに教えてもらって
さらに世界が広がって面白くなりかけていたところにあんな、まぼろしだった
みたいな現実を知らされても戸惑うだかりだよ、と春はメビウスの帯のように
くるくる同じ想念が回ってばかりだった。
午後2時を過ぎても誰も来なかった。開店以来はじめての閑な日だった。
すると春は、睡眠不足なんかすっかり忘れてなんだか奇妙な焦りとも渇望とも
つかない心細い切なさのさざ波が胸の内側の一番柔らかい襞にヒタヒタと打ち
寄せてくるのを感じた。
夕方このまま誰も来なければ店を早めに閉めてもいいかなと昼間撮った花の
写真の画像調整をモニターでやりながら思った。
ちょうどパソコンのシステムを落してカーテンを閉めようかと立ち上がった
ところ背広の男が入口から入ってきた。
「あの、猫田春さんですね。」
と胸から警察手帳を見せて春の正面で立ち止まった。
「はい・・。ああ。刑事さん。」
「福田です。今日は、ちょっと確認してもらいたい写真がありましてやってきました」
とプリントアウトされたカラー写真を春に見せた。
春は、手に取った。
写真に写っていたのは、ミニワゴン車に乗った若い男だった。
「どうですか。」と聞かれてもこんな若い男だったかしらと春は、自分を襲った
犯人だと断言する自信はなかった。
福田刑事は、さらにもう二枚の写真を差し出した。一枚は、コンビニから出てくる
全身像でもう一枚は、夕焼けに染まった河原でモデルガンで狙いをつける同じ男
の顔の写真だった。
春は、ああっとなった。男のシルエット気味の顎の形に見覚えがあった。
「この男です。」
「間違いないですか。」
「この顎の形を覚えています。このガムを噛んで少し角ばって曲がった感じが
似ています。これ、ガム噛んでますよね。刑事さん。」
福田刑事は、その写真を彼女から返してもらって見つめた。
「うん。これ、ガム噛んでるわ。確かに。」
「この人捕まったんですか。」
「いやいや。まだ連続傷害事件の犯人と決まったワケじゃないんですが、同じ
ミニワゴンに乗って狛江の多摩川で捨て猫をモデルガンで撃って虐待していた
ところを通報された男なんですよ。」
「虐待?」
「猫の目を撃ち抜いて三匹が犠牲になったんです。」
「ひどい!」
「猫田さんが襲われた菜の花畑にあった犯人の足跡のシューズの模様が同じだった
んで事情をさらに聞いているところなんです。」
春は、もう一度福田から写真を貰って見つめた。
「あの、この人、ハッカガムを持ってなかったですか。」
「ハッカ?」
福田刑事は、手帳のメモをめくって、ガムの項をみつけると
「はい。はい。確かにハッカ入りガムです。」と顔を上げた。
「ハッカの匂いを覚えいます。」
「有難うございます。近々署の方に来てもらうことになりますがそのときは
よろしくお願いします。」
「わかりました。」
と答えた春は、この日初めて欠伸をした。
博多湾と玄界灘を隔てる半島、通称「海の中道」の中央部にマリンワールド
という水族館があります。
カラフルな熱帯魚を下から眺められるトンネル水槽、オオカミウオやタカア
シガニなどを見られるジオラマ水槽、直径2.7m高さ10mの水槽が2~3階
まで続いている吹き抜け水槽、そして20種類以上の鮫の大群などが見られる
パノラマ大水槽と、多種多様な展示水槽があり、間近に魚たちを観察する
ことが出来ます。
特に約150尾の鮫が優雅に泳ぐパノラマ大水槽は圧巻!
とても神秘的で長時間眺めていても飽きない程です。また、アザラシや
ラッコに会える海洋動物プールもあり、愛らしい仕草を眺めているとつい
つい時間を忘れてしまいます。
1500人収容のショープールも併設されていて、
アシカやイルカの見事なショーも鑑賞出来るので、ゆっくり時間を取って
行かれることをお薦めします。
という水族館があります。
カラフルな熱帯魚を下から眺められるトンネル水槽、オオカミウオやタカア
シガニなどを見られるジオラマ水槽、直径2.7m高さ10mの水槽が2~3階
まで続いている吹き抜け水槽、そして20種類以上の鮫の大群などが見られる
パノラマ大水槽と、多種多様な展示水槽があり、間近に魚たちを観察する
ことが出来ます。
特に約150尾の鮫が優雅に泳ぐパノラマ大水槽は圧巻!
とても神秘的で長時間眺めていても飽きない程です。また、アザラシや
ラッコに会える海洋動物プールもあり、愛らしい仕草を眺めているとつい
つい時間を忘れてしまいます。
1500人収容のショープールも併設されていて、
アシカやイルカの見事なショーも鑑賞出来るので、ゆっくり時間を取って
行かれることをお薦めします。
こちら、自由が丘ペット探偵局 作者 古海めぐみ
19
次の日。朝から爽やかな青空になった。
しかし犬飼健太は、自由が丘の呑川緑道を預かり犬のキャバリアの散歩を
させながら心の中に靄がたち込めているのをどうにも晴らせないでいた。
ものごとの成り行きには、いつもどこか少しづつ綻びていて、慌てて留めた
シャツのボタンのしばらく進んではじめてズレていることに気づいて一から
やり直す、みたいな間の抜けた経験と似たことがよくあるものだ。
迷子犬ナナの発見の一報が調布の保健所からもたらされたのが今朝一番の
9時にこれから犬の散歩に出ようかとしていたところだった。すぐに田村
良弘に電話したが、それは自分の犬じゃないしもう関係ないからとツッケン
ドンに怒鳴られ、じゃ彼女の清水さんに連絡したいと申し出ると、一切彼女
のものは焼いて捨ててしまったのでわからないと益々ケンモホロロだった。
掛け違いー。
ちょっとした気持ちの掛け違いじゃねえか。
何云ってんだ。カワカミ犬の雑種一匹の命がかかってんだ。もしかしたら
珍しいオオカミ犬かもしれないんだ。てめいらの好きだ嫌いだの痴話喧嘩に
いくら逞しいと云ってもまだ子犬が殺されてしまうんだ。ふざけるな。健太
はつい大きな声を出していた。 気がついたら、健太は、預かり犬のキャバ
リアのリードを力まかせにグイグイと引っ張っていた。キャバリアは、植え
込みと歩道の間でうんちをしながら引きずられていた。
くうーんーーー。
おおお。悪かったよ。と慌てて健太は、手製のペットボトルでつくったバキ
ュームでうんちを吸い取った。
ナナの確認に行かなくちゃならないけど健太は実物に遭っていない。飼い主
でしか確認のしようがない。どうすることもできない自分にシャツのボタン
が最後のところで揃わない間抜けなもどかしさと徒労を感じて煙突のない蒸
気機関のようにプーと膨れて爆発しそうだった。
そして掛け違いは、健太だけでなく猫田春にも起こっていた。時間がハル
おばちゃまランチの後にさかのぼるけど、上田祐二、サチ、健太と和風カフ
ェで別れて春は、ハルさんと写真館に帰った。午後の三時に近かった。
ワインに火照っていたハルさんをソファに座らせて、冷たいお水を飲ませよ
うと1階の自販機でミネラルウォーターを買いに行っている間にハルさんが
いなくなった。
すぐに階段へ走ってみると、階段室の窓から駅前ロータリーをサクサクと歩
いていくハルさんを見つけたが追いかけても間に合わなかった。
どうして黙っていなくなったのだろう。まだ少し酔いが残っていたので風に
吹かれでも行ったのか。しかしその日の夕方になっても夜になってもついに
スタジオには姿を見せなかった。しかも仕上がりのポートレート写真と人物
画とを写真館HALのカウンターに置いたまま。せっかくあんなに喜んだ写
真を忘れて帰ってしまった。
掛け違いは、予期しない落とし穴。
春は、よく考えると注文書にハルおばちゃまの住所を書いてもらったが電話
の記入がなかった。そのときはまあ、いいかっと思っていたがこんなことに
なるなら無理しても聞いとけばよかったと思ったが後の祭りだった。
春にとってこのハルおばちゃまとの掛け違いはこれだけにとどまらなかった。
三日後にやってきたその掛け違いも落とし穴もメガトン級だった。
それは、ちょうど春が子供のスタジオ撮影を終らしてお昼にしようかという
ときだった。
五十がらみの二人とも白髪の夫婦がやってきて、「うちの母は来ていないか」
と受付に訪ねてきた。水野正と清美と名乗った。
よくよく聞いてみるとハルおばちゃまだった。
ポートレート写真を見せると、開襟シャツの夫の正がやや涙目でそうです、
これですと大きく頷いた。
「もう三日帰って来ないんで警察に捜索願いを出してきたところなんです。」
春は、小さな流氷の上に残されて荒巻く氷の海に流されていくエゾジカの子
のように孤立感と恐怖と後悔とにぐるぐる巻きになるのを感じた。
「ちょくちょくこんなことが去年からあって、母は、痴呆が始っていてそろ
そろ施設に申し込もうとしていたところだったんです。」
「では、ここに行くということは云っていたんですか。おばちゃま。」
春が信じられないという顔で聞くと、ガリガリに痩せた妻の清美が細い声で
答えた。
「お義母さんの鞄にここの開店チラシが入っていていなくなる日に渋谷から
一度電話をしてきたんで自由が丘のこの店に来てみたんです。」
「で、昔ここにあったネコタ画材店のことはおっしゃっていたんですか。
若い頃この近くに住んでいたとか・・・」
「はあ?画材店?」
水野正が驚いた顔をした。
「若いときも何も母と私は札幌生まれでずっと北海道にいました。仕事の関係
で八王子にが来てまだ十年ぐらいです。」
「では私のお爺ちゃんと交流があったという話は・・・・」
妻の清美が急に冷たい笑いを漏らした。
「だから早く施設に入れようって言ったでしょ!」と夫を睨み付けた。
「そんなこと云ったって・・お前。」
「私、知らないよ。もう。あっちこっちで作り話ばかり云い散らかして。お
義母さん。」
「病気なんだから仕方ないだろ。」
「何よ。他人にこうして迷惑ばかりかけて。」
冷たい火花が散っている中、春は割って入った。
「ちょっと待ってください。ハルおばちゃまの云っていたこと、作り話?」
「すいません。ご迷惑かけて・・」
夫婦は、われに返って頭をさげた。
19
次の日。朝から爽やかな青空になった。
しかし犬飼健太は、自由が丘の呑川緑道を預かり犬のキャバリアの散歩を
させながら心の中に靄がたち込めているのをどうにも晴らせないでいた。
ものごとの成り行きには、いつもどこか少しづつ綻びていて、慌てて留めた
シャツのボタンのしばらく進んではじめてズレていることに気づいて一から
やり直す、みたいな間の抜けた経験と似たことがよくあるものだ。
迷子犬ナナの発見の一報が調布の保健所からもたらされたのが今朝一番の
9時にこれから犬の散歩に出ようかとしていたところだった。すぐに田村
良弘に電話したが、それは自分の犬じゃないしもう関係ないからとツッケン
ドンに怒鳴られ、じゃ彼女の清水さんに連絡したいと申し出ると、一切彼女
のものは焼いて捨ててしまったのでわからないと益々ケンモホロロだった。
掛け違いー。
ちょっとした気持ちの掛け違いじゃねえか。
何云ってんだ。カワカミ犬の雑種一匹の命がかかってんだ。もしかしたら
珍しいオオカミ犬かもしれないんだ。てめいらの好きだ嫌いだの痴話喧嘩に
いくら逞しいと云ってもまだ子犬が殺されてしまうんだ。ふざけるな。健太
はつい大きな声を出していた。 気がついたら、健太は、預かり犬のキャバ
リアのリードを力まかせにグイグイと引っ張っていた。キャバリアは、植え
込みと歩道の間でうんちをしながら引きずられていた。
くうーんーーー。
おおお。悪かったよ。と慌てて健太は、手製のペットボトルでつくったバキ
ュームでうんちを吸い取った。
ナナの確認に行かなくちゃならないけど健太は実物に遭っていない。飼い主
でしか確認のしようがない。どうすることもできない自分にシャツのボタン
が最後のところで揃わない間抜けなもどかしさと徒労を感じて煙突のない蒸
気機関のようにプーと膨れて爆発しそうだった。
そして掛け違いは、健太だけでなく猫田春にも起こっていた。時間がハル
おばちゃまランチの後にさかのぼるけど、上田祐二、サチ、健太と和風カフ
ェで別れて春は、ハルさんと写真館に帰った。午後の三時に近かった。
ワインに火照っていたハルさんをソファに座らせて、冷たいお水を飲ませよ
うと1階の自販機でミネラルウォーターを買いに行っている間にハルさんが
いなくなった。
すぐに階段へ走ってみると、階段室の窓から駅前ロータリーをサクサクと歩
いていくハルさんを見つけたが追いかけても間に合わなかった。
どうして黙っていなくなったのだろう。まだ少し酔いが残っていたので風に
吹かれでも行ったのか。しかしその日の夕方になっても夜になってもついに
スタジオには姿を見せなかった。しかも仕上がりのポートレート写真と人物
画とを写真館HALのカウンターに置いたまま。せっかくあんなに喜んだ写
真を忘れて帰ってしまった。
掛け違いは、予期しない落とし穴。
春は、よく考えると注文書にハルおばちゃまの住所を書いてもらったが電話
の記入がなかった。そのときはまあ、いいかっと思っていたがこんなことに
なるなら無理しても聞いとけばよかったと思ったが後の祭りだった。
春にとってこのハルおばちゃまとの掛け違いはこれだけにとどまらなかった。
三日後にやってきたその掛け違いも落とし穴もメガトン級だった。
それは、ちょうど春が子供のスタジオ撮影を終らしてお昼にしようかという
ときだった。
五十がらみの二人とも白髪の夫婦がやってきて、「うちの母は来ていないか」
と受付に訪ねてきた。水野正と清美と名乗った。
よくよく聞いてみるとハルおばちゃまだった。
ポートレート写真を見せると、開襟シャツの夫の正がやや涙目でそうです、
これですと大きく頷いた。
「もう三日帰って来ないんで警察に捜索願いを出してきたところなんです。」
春は、小さな流氷の上に残されて荒巻く氷の海に流されていくエゾジカの子
のように孤立感と恐怖と後悔とにぐるぐる巻きになるのを感じた。
「ちょくちょくこんなことが去年からあって、母は、痴呆が始っていてそろ
そろ施設に申し込もうとしていたところだったんです。」
「では、ここに行くということは云っていたんですか。おばちゃま。」
春が信じられないという顔で聞くと、ガリガリに痩せた妻の清美が細い声で
答えた。
「お義母さんの鞄にここの開店チラシが入っていていなくなる日に渋谷から
一度電話をしてきたんで自由が丘のこの店に来てみたんです。」
「で、昔ここにあったネコタ画材店のことはおっしゃっていたんですか。
若い頃この近くに住んでいたとか・・・」
「はあ?画材店?」
水野正が驚いた顔をした。
「若いときも何も母と私は札幌生まれでずっと北海道にいました。仕事の関係
で八王子にが来てまだ十年ぐらいです。」
「では私のお爺ちゃんと交流があったという話は・・・・」
妻の清美が急に冷たい笑いを漏らした。
「だから早く施設に入れようって言ったでしょ!」と夫を睨み付けた。
「そんなこと云ったって・・お前。」
「私、知らないよ。もう。あっちこっちで作り話ばかり云い散らかして。お
義母さん。」
「病気なんだから仕方ないだろ。」
「何よ。他人にこうして迷惑ばかりかけて。」
冷たい火花が散っている中、春は割って入った。
「ちょっと待ってください。ハルおばちゃまの云っていたこと、作り話?」
「すいません。ご迷惑かけて・・」
夫婦は、われに返って頭をさげた。