若葉のころ 作者大隅 充
25
島津君のスナックでのぷち同窓会は、五人しか集ま
らなかった。ここも駅前の商店街の中にあり、スナッ
クというより洋風居酒屋に近かった。女は私とオマツ
にもう一人文芸部のタムラの三人で男は、島津君とい
つもつるんでいた吉村君だった。
11時半まで会はナリキヨ先生と西高のことに終始
したが私は、この島津君たちとのスポーツや賭け事の
話はついて行けず、孤独感を味わう。特に島津君のや
たら「独身」と何回も自分を強調する態度がむしろ虫
唾がはしる。だれでもそういえば堀の深く背が高く今
でも西高のバスケの顧問もやるくらいのスポーツマン
でおまけにスナックの経営者でもある自分に恋心を抱
いてくれると思っているバカさ加減が実に子供だなあ
と思ってしまう。
そして又もうひとり・JAの農業指導員をやってい
る吉村君は、二人の娘がいるというのに地元ケーブル
テレビのディレクターでちょこちょこレポーターとし
ても有線テレビに顔を出しているボーイッシュなタム
ラに焼酎のボトルの交換度とカラオケのマイク持つ回
数が増える度に「昔から好きだった」とラブコールが
異様にねちっこくなって、女三人、ますます白けてし
まう。それこそ島津君が「おまえ。日ごろ種牛しか相
手してねぇから久々の人間のメスで酔っぱらい過ぎ!」
と割って入らなければもっと悲惨な同窓会になってい
ただろう。
しかし今度はフラフラの吉村君がターゲットを私に
替えようとマイクを胸にチャゲアスの「セイ・イエス」
のデュエットをねだって来たときには、正直困ったな
と思ったけどオマツがすかさず西高の校歌を歌おうと
助け舟を出してくれて、この一番の歌詞もうる覚えの
酔っ払い種牛指導員を見事撃退することができた。
深夜散会して駅前大通りをオマツとタクシーをそれ
ぞれ捕まえるまで肩くんで西高校歌を三番まで繰り返
して歌う。
仰げば岩木山。われらの胸に輝く未来。
夢と自由の翼を羽ばたけば、希望の空。
ああ。われら、西高。心も熱き北斗人。
ああ。われら、西高。清き純情の防人。
私は、オマツと別れて鶴田までタクシーに乗ってし
ばらく、別れ際オマツが言った校歌の三番の最後の「
サキモリ」って意味わかると思い出し笑いして言った
言葉が気になって頭から離れなかったがとうとう思い
当たらなかった。
次の日がんセンターに成清先生を一緒に見舞いに行
ったオマツに昨日の西高校歌のナゾかけの答えを教え
てと言ったが首を横に振って、本当に覚えてないのと
教えてくれない。ケチと粘ったりしている内に先生の
病室に着いてしまう。
「オマツです。すみれを連れて来ました。」
オマツは、慣れた手つきで仕切りカーテンを開けて先
生に呼びかける。
二人部屋の西日の差す右側で先生は、付き添いもな
く静かにひとりで眠っている。オマツは窓辺の花瓶に
目をやり、花が新しくなっているのを見て奥さん、看
えられて帰ったばかりなんだと納得してベッドの下か
ら丸椅子を取り出して座る。私は、布団の胸の上で手
を組んでいる先生の痩せた指に触ってみる。
先生は、生まれたての赤ん坊のように小さな息で機
械仕掛けの時計になったように眠りつづけている。こ
の掛け時計は、ゼンマイが緩やかなシナリを残してガ
ラス蓋の外の世界と無関係に動きつづけているんだな
あと思う。
オマツは、先生の額に垂れた前髪をそっと撫で上げて
オデコにお絞りを当てる。
私は、もう一度先生の指を少し強く握ってみる。先
生は、変わらず眠りの底にいる。
おそらくこの掛け時計のゼンマイを巻く鍵はすでに失
われている気がしてハッとする。
「先生。すみれです。」
と言ったつもりが語尾が鼻声になってしまう。
結局私たちの訪問している間ナリキヨ先生は、目を
開けなかった。私は、病院の駐車場でオマツとアコー
ドに乗り込むとき先生の病室の窓をもう一度見上げる。
閉められた窓ガラスに西日に映えた岩木山が映って
いる。私は、今にも成清先生が窓を開けて手を振って
くれるような幻想を抱いたが窓ガラスは、岩木山の白
い雲の帽子を被った姿を映したままただ見下ろしてい
るだけだった。
弘前駅ローターリーでオマツをアコードから降ろし
て別れた。
「・・でも先生のオデコまだ暖かかった。」
「来て良かった。私、先生に会えて良かった。ありが
とう。オマツ。」
そう言ってウィンドーを閉めようとした私をとどめて、
オマツは、そういえばと前置きして神妙な顔でナゾか
けの回答をきりだす。
「あの、三番の校歌の最後。『サキモリ』っていつも
トミーに茶化して歌っていたの。『詐欺・森』って」
私は、トミーの苗字が森だったことを思い出した。
ああ。われら、西高。清き純情の詐欺・森
25
島津君のスナックでのぷち同窓会は、五人しか集ま
らなかった。ここも駅前の商店街の中にあり、スナッ
クというより洋風居酒屋に近かった。女は私とオマツ
にもう一人文芸部のタムラの三人で男は、島津君とい
つもつるんでいた吉村君だった。
11時半まで会はナリキヨ先生と西高のことに終始
したが私は、この島津君たちとのスポーツや賭け事の
話はついて行けず、孤独感を味わう。特に島津君のや
たら「独身」と何回も自分を強調する態度がむしろ虫
唾がはしる。だれでもそういえば堀の深く背が高く今
でも西高のバスケの顧問もやるくらいのスポーツマン
でおまけにスナックの経営者でもある自分に恋心を抱
いてくれると思っているバカさ加減が実に子供だなあ
と思ってしまう。
そして又もうひとり・JAの農業指導員をやってい
る吉村君は、二人の娘がいるというのに地元ケーブル
テレビのディレクターでちょこちょこレポーターとし
ても有線テレビに顔を出しているボーイッシュなタム
ラに焼酎のボトルの交換度とカラオケのマイク持つ回
数が増える度に「昔から好きだった」とラブコールが
異様にねちっこくなって、女三人、ますます白けてし
まう。それこそ島津君が「おまえ。日ごろ種牛しか相
手してねぇから久々の人間のメスで酔っぱらい過ぎ!」
と割って入らなければもっと悲惨な同窓会になってい
ただろう。
しかし今度はフラフラの吉村君がターゲットを私に
替えようとマイクを胸にチャゲアスの「セイ・イエス」
のデュエットをねだって来たときには、正直困ったな
と思ったけどオマツがすかさず西高の校歌を歌おうと
助け舟を出してくれて、この一番の歌詞もうる覚えの
酔っ払い種牛指導員を見事撃退することができた。
深夜散会して駅前大通りをオマツとタクシーをそれ
ぞれ捕まえるまで肩くんで西高校歌を三番まで繰り返
して歌う。
仰げば岩木山。われらの胸に輝く未来。
夢と自由の翼を羽ばたけば、希望の空。
ああ。われら、西高。心も熱き北斗人。
ああ。われら、西高。清き純情の防人。
私は、オマツと別れて鶴田までタクシーに乗ってし
ばらく、別れ際オマツが言った校歌の三番の最後の「
サキモリ」って意味わかると思い出し笑いして言った
言葉が気になって頭から離れなかったがとうとう思い
当たらなかった。
次の日がんセンターに成清先生を一緒に見舞いに行
ったオマツに昨日の西高校歌のナゾかけの答えを教え
てと言ったが首を横に振って、本当に覚えてないのと
教えてくれない。ケチと粘ったりしている内に先生の
病室に着いてしまう。
「オマツです。すみれを連れて来ました。」
オマツは、慣れた手つきで仕切りカーテンを開けて先
生に呼びかける。
二人部屋の西日の差す右側で先生は、付き添いもな
く静かにひとりで眠っている。オマツは窓辺の花瓶に
目をやり、花が新しくなっているのを見て奥さん、看
えられて帰ったばかりなんだと納得してベッドの下か
ら丸椅子を取り出して座る。私は、布団の胸の上で手
を組んでいる先生の痩せた指に触ってみる。
先生は、生まれたての赤ん坊のように小さな息で機
械仕掛けの時計になったように眠りつづけている。こ
の掛け時計は、ゼンマイが緩やかなシナリを残してガ
ラス蓋の外の世界と無関係に動きつづけているんだな
あと思う。
オマツは、先生の額に垂れた前髪をそっと撫で上げて
オデコにお絞りを当てる。
私は、もう一度先生の指を少し強く握ってみる。先
生は、変わらず眠りの底にいる。
おそらくこの掛け時計のゼンマイを巻く鍵はすでに失
われている気がしてハッとする。
「先生。すみれです。」
と言ったつもりが語尾が鼻声になってしまう。
結局私たちの訪問している間ナリキヨ先生は、目を
開けなかった。私は、病院の駐車場でオマツとアコー
ドに乗り込むとき先生の病室の窓をもう一度見上げる。
閉められた窓ガラスに西日に映えた岩木山が映って
いる。私は、今にも成清先生が窓を開けて手を振って
くれるような幻想を抱いたが窓ガラスは、岩木山の白
い雲の帽子を被った姿を映したままただ見下ろしてい
るだけだった。
弘前駅ローターリーでオマツをアコードから降ろし
て別れた。
「・・でも先生のオデコまだ暖かかった。」
「来て良かった。私、先生に会えて良かった。ありが
とう。オマツ。」
そう言ってウィンドーを閉めようとした私をとどめて、
オマツは、そういえばと前置きして神妙な顔でナゾか
けの回答をきりだす。
「あの、三番の校歌の最後。『サキモリ』っていつも
トミーに茶化して歌っていたの。『詐欺・森』って」
私は、トミーの苗字が森だったことを思い出した。
ああ。われら、西高。清き純情の詐欺・森
(ぽっぽ通信7月14日号)

サッカーのワールドカップの勝ちチームを
次々と的中させたドイツの水族館のたこパウル君。
世界中からオファーが来ているが引退するそうじゃ。
立派なもんだ。
めんちゃんも本当は何か占って貰いたかったかな。
・・・・まあ。ないかぁ・・
めんちゃんは、悩みのない顔してるからの。

うぅぅぅぅ・・
そんな・・・わかいお嫁さんがくるか?
占ってほしかったけど・・・黙ってよう。
古い家。
でも壁には、立派なお城のようなビル。
おそらくお金が貯まって
時代がたつとここは、
立派なビルに生まれ変わる筈だった。
夢がかなわず、絵になった。
で、いつのまにか
「明日は明るい」昭和の夢は、どこかへ~~~
(世が代わってシャッター商店街がふえたね)

駒込にはまだ昭和の香りが残っている。
でも壁には、立派なお城のようなビル。
おそらくお金が貯まって
時代がたつとここは、
立派なビルに生まれ変わる筈だった。
夢がかなわず、絵になった。
で、いつのまにか
「明日は明るい」昭和の夢は、どこかへ~~~
(世が代わってシャッター商店街がふえたね)

駒込にはまだ昭和の香りが残っている。
若葉のころ 作者大隅 充
24
久しぶりの弘前の朝は、凍てれる冷たさが同じ東北
でも岩手とは違う。春なのにまだまだ身の切られる寒
い空気が町中に漂っている。
盛岡のトミーのおばちゃんを見舞ってからそのまま
青森の弘前まで車を飛ばして陸奥鶴田の実家に着いた
のは、深夜一時を回っていた。母は、私が市営住宅の
外来車庫に車を入れる間に玄関を開けて待っていた。
律儀に寝ないで娘が帰って来ると知って遅くまで起
きていた。昔はこの母の律儀さがうっとしく感じて反
発もしたが自分が結婚して子供もでき、遠く離れて暮
らして年を重ねると逆に申し訳ないという気持ちが先
にたってうれしい寂しさを感じてしまう。そして元気
そうね。ああ、元気さ。一人暮らしは楽でいい。とい
つも聞くセリフを拝聴すると黙って居間に敷かれた懐
かしい花柄の布団で寝た。翌朝8時には朝食を母と一
緒にこれも黙って母手作りのわっこめしでとって夕方
のオマツとの待ち合わせまで十分時間があるので近所
の河原を散歩した。母は鶴田図書館の清掃のパートを
やっているというので私のお昼ご飯を用意して、へば
行ってくるっ。と自転車で出て行った。私は散歩から
帰って煮物の母のお昼ご飯を食べるとすぐにぐっすり
と寝てしまって起きたのは四時に近かった。うっすら
首筋に汗をかいてよく寝た。久々に起きたときにここ
はどこだっけという存在不明な感覚に陥った。そう。
実家か。幼年時代ではなく一児の母になった現在平成
の世なのだ。よく子供の頃昼寝をして寝ぼけたあのぐ
っすり眠った後の戸惑う感覚が甦ったようだ。
遠くで小学校の放課後のチャイムが鳴り響いてもう夕
方の気配が迫ってきた。
そこで私は、口紅だけ塗りなおしてオマツと待ちあ
わせの弘前へ急いで車を走らせたのだった。
うすく晴れ渡った空に岩木山がくっきりと映える。
あの数日前の豪雨がウソみたい。つくづく嵐の後には
必ず晴れ間がくると落ち込んだ人を励ますのに使われ
る常套句が本当なんだと思う。
ちょうど弘前駅前のロータリーについたのは五時前
だった。私は車から降りてショッピングプラザのある
ビルが待ち合わせだったのでショーウィンドーを見る
ように歩いていると後ろからオマツの声がする。
振り向くと歩道脇に停めたアコードに寄りかかってオ
マツが笑っている。
「わたしの前を車から降りてテクテク行ってしまうん
だもの。」
「うそ。いたの。歩道に。」
「いたさ。目の前に。ちゃんとすみれの運転している
車も判ったし・・・まあ。それよっかプチ同窓会まで
二時間あるし、知ってるとこの駐車場に入れて、お茶
でも飲もうっ。」
「わかった。」
といって車に二人で乗り込むと商店街のはずれの信用
金庫の駐車場に車を置いて、近くの古いレンガ造りの
喫茶店に入る。
「ここ高校のときからあったよね。」
「すみれはまじめだったからあんまり入ったことない
だろうけど、わたしとトミーは時々入ったことあった
のよ。」
「もしかして駅前で弘大の男子に引っ掛けられて喫茶
によく行ったってここのこと。」
「ただでコーヒー飲めたし、わざと柄のカーディガン
着てたら高校生ってわかんないってトミーの入れ知恵
もあったし、ただ大学生とダベルだけだもん。あのこ
ろは。」
「ふーん・・・」
と私はすっかりふっくらとしたショートカットのオマ
ツの目を見る。
オマツは、たぶん高校生の時からすると二倍近く太った
、クビレのない体を揺すってククっと笑うその笑い方が
「今だったらカッコいい人いたし、最後までつきあって
いたのに純情で残念なことした」と後悔しているのが明
らかな大人の邪気を含んでいる。
「そのトミーなんだけど・・・」
オマツは夏の積乱雲みたいに急に顔を黒雲で曇らせて私
に聞いてくる。
「トミーが海に投げ出されたなんてトミーのおばちゃん、
まったく信じていないの。」
「そう。そりゃそうね。あの頭のいいトミーがそんなミ
スはしないでしょ。」
「ただ私は、どうもポルシェを海に流されるとこに置い
たままにするだろうかとポルシェを嬉しそうに運転して
いる姿を見ているからそれもあり得ないなあ、って思う
の。」
オマツは、私がそういうと少し考えるように眉を顰
めて大きく息を吐いて答える。
「でもいちばんおばちゃんがトミーの身近にいるんだし
、いつものように男に狂って失踪して又戻ってくるって
言うんでしょ。」
「うん。」
私は、そう答えるしかなかった。
24
久しぶりの弘前の朝は、凍てれる冷たさが同じ東北
でも岩手とは違う。春なのにまだまだ身の切られる寒
い空気が町中に漂っている。
盛岡のトミーのおばちゃんを見舞ってからそのまま
青森の弘前まで車を飛ばして陸奥鶴田の実家に着いた
のは、深夜一時を回っていた。母は、私が市営住宅の
外来車庫に車を入れる間に玄関を開けて待っていた。
律儀に寝ないで娘が帰って来ると知って遅くまで起
きていた。昔はこの母の律儀さがうっとしく感じて反
発もしたが自分が結婚して子供もでき、遠く離れて暮
らして年を重ねると逆に申し訳ないという気持ちが先
にたってうれしい寂しさを感じてしまう。そして元気
そうね。ああ、元気さ。一人暮らしは楽でいい。とい
つも聞くセリフを拝聴すると黙って居間に敷かれた懐
かしい花柄の布団で寝た。翌朝8時には朝食を母と一
緒にこれも黙って母手作りのわっこめしでとって夕方
のオマツとの待ち合わせまで十分時間があるので近所
の河原を散歩した。母は鶴田図書館の清掃のパートを
やっているというので私のお昼ご飯を用意して、へば
行ってくるっ。と自転車で出て行った。私は散歩から
帰って煮物の母のお昼ご飯を食べるとすぐにぐっすり
と寝てしまって起きたのは四時に近かった。うっすら
首筋に汗をかいてよく寝た。久々に起きたときにここ
はどこだっけという存在不明な感覚に陥った。そう。
実家か。幼年時代ではなく一児の母になった現在平成
の世なのだ。よく子供の頃昼寝をして寝ぼけたあのぐ
っすり眠った後の戸惑う感覚が甦ったようだ。
遠くで小学校の放課後のチャイムが鳴り響いてもう夕
方の気配が迫ってきた。
そこで私は、口紅だけ塗りなおしてオマツと待ちあ
わせの弘前へ急いで車を走らせたのだった。
うすく晴れ渡った空に岩木山がくっきりと映える。
あの数日前の豪雨がウソみたい。つくづく嵐の後には
必ず晴れ間がくると落ち込んだ人を励ますのに使われ
る常套句が本当なんだと思う。
ちょうど弘前駅前のロータリーについたのは五時前
だった。私は車から降りてショッピングプラザのある
ビルが待ち合わせだったのでショーウィンドーを見る
ように歩いていると後ろからオマツの声がする。
振り向くと歩道脇に停めたアコードに寄りかかってオ
マツが笑っている。
「わたしの前を車から降りてテクテク行ってしまうん
だもの。」
「うそ。いたの。歩道に。」
「いたさ。目の前に。ちゃんとすみれの運転している
車も判ったし・・・まあ。それよっかプチ同窓会まで
二時間あるし、知ってるとこの駐車場に入れて、お茶
でも飲もうっ。」
「わかった。」
といって車に二人で乗り込むと商店街のはずれの信用
金庫の駐車場に車を置いて、近くの古いレンガ造りの
喫茶店に入る。
「ここ高校のときからあったよね。」
「すみれはまじめだったからあんまり入ったことない
だろうけど、わたしとトミーは時々入ったことあった
のよ。」
「もしかして駅前で弘大の男子に引っ掛けられて喫茶
によく行ったってここのこと。」
「ただでコーヒー飲めたし、わざと柄のカーディガン
着てたら高校生ってわかんないってトミーの入れ知恵
もあったし、ただ大学生とダベルだけだもん。あのこ
ろは。」
「ふーん・・・」
と私はすっかりふっくらとしたショートカットのオマ
ツの目を見る。
オマツは、たぶん高校生の時からすると二倍近く太った
、クビレのない体を揺すってククっと笑うその笑い方が
「今だったらカッコいい人いたし、最後までつきあって
いたのに純情で残念なことした」と後悔しているのが明
らかな大人の邪気を含んでいる。
「そのトミーなんだけど・・・」
オマツは夏の積乱雲みたいに急に顔を黒雲で曇らせて私
に聞いてくる。
「トミーが海に投げ出されたなんてトミーのおばちゃん、
まったく信じていないの。」
「そう。そりゃそうね。あの頭のいいトミーがそんなミ
スはしないでしょ。」
「ただ私は、どうもポルシェを海に流されるとこに置い
たままにするだろうかとポルシェを嬉しそうに運転して
いる姿を見ているからそれもあり得ないなあ、って思う
の。」
オマツは、私がそういうと少し考えるように眉を顰
めて大きく息を吐いて答える。
「でもいちばんおばちゃんがトミーの身近にいるんだし
、いつものように男に狂って失踪して又戻ってくるって
言うんでしょ。」
「うん。」
私は、そう答えるしかなかった。