伊勢亀山城は、文永2年(1265年)に伊勢平氏の関実忠によって伊勢国鈴鹿郡若山に築城された。その後、関氏の時代に現在の位置に移された。元亀4年(1573年)織田信長により関盛信が追放されるまで関氏十六代の居城であった。天正18年(1590年)に岡本宗憲が22,000石で入城し、天守、本丸、二の丸、三の丸などを増築した。岡本宗憲は、関ヶ原の戦では西軍に属して戦い滅亡。その後、伊賀(伊勢)街道の要衛として目まぐるしく城主は入れ替わったが、延亭元年(1744年)石川総慶が城主になると、以後は石川家十一代で明治維新を迎えることになる。明治6年(1873年)の廃城令により、ほとんどの構造物は取り壊された。現在は、天守台、多聞櫓、石垣・堀など一部が残るだけである。
[所在地:三重県亀山市本丸町]
<アクセス>JR関西本線・亀山駅から約12分
▼本丸高石垣と多聞櫓
▼復元された二の丸帯曲輪
2013/02/05 訪城