2019/5/29の記事を加筆し再投稿。
ずっと考えているんです。
計画が見直しになっても ならなくても、森周辺の猫たちは、どうなるのだろうと。
餌やり禁止、飼い猫条例、獣医師や愛護団体まで殺処分推進。
TNRはして貰えないのか。
地域猫として生きていけないのか。
島内譲渡は閉ざしたままなのか。
捕獲されたら7日間で殺されるのか。
島内譲渡は閉ざしたままなのか。
捕獲されたら7日間で殺されるのか。
🌸奄美大島の猫を殺処分から救う為の猫カフェ設立
夢は、居場所を奪われた猫たちの幸せ探し💖
それは、奄美のねこたちと小さな命を守りたい皆んなの願いです。
どうぞ お力添えを願います🙏
初めてなんですよ。
これを通してしまえば、将来にどのような影響があるのか、想像をして下さい。
「駆除やむなし」の前例を奄美で行使してしまっていたら。
もしも再び、東日本大震災での福島のような事態が起きたら。
置き去りにされ繁殖した犬猫はどうなりますか?
飼い主のいない動物の命のハードルを下げることになりませんか?
✴駆除では解決しません
断言します。
この計画を進めれば、猫に限らず駆除行為は未来永劫続きます。
つまり、計画は失敗するということ。
日頃、皆さんは思っているはずです。
処分を望みセンターへ持ち込む、或いは不要になったと遺棄することに対して
「自分で殺処分のボタンを押せ」
「自ら血眼になって里親を探せ」と。
目前で命が絶たれるわけではないから、責任が希薄になり、罪悪感がなくなるのだと。
本来は人と共に暮らすべき猫に「駆除」の選択をするのは、共生社会と真逆の思考を持つ(与える)ことだと思います。
どうして、動物虐待愛好家がこの計画に歓喜したのでしょう。
「害獣撲滅」の根っこが同じだからではないでしょうか。
✴人間が責任をとる
『猫はお腹が減っていなくても動く小動物がいれば狩ります。』
猫は狩猟本能があります。
ノネコだからではありません。
古今東西全ての猫かそうであり、私たちは それを(ネズミ避けなどで)利用してきました。
また、野生が残るのは猫の持つ大きな魅力でもあります。
そもそも、そうした特性のある猫を森に追いやり、生息させるようにした原因はどこにあるのでしょうか。
猫が悪いのですか?
命を差し出して償わなければなりませんか?
我々人間がしたことではないでしょうか。
だからこそ、人間が考え動かなければならないということ。
責任を負わなければならないということ。
✴保護譲渡を逃げ道にしない
『森に戻ってしまう事のないよう譲渡』
そのための保護譲渡であれば、それは保護でも譲渡でもありません。
駆除の一環です。
猫が幸せになれるよう、八方手を尽して保護活動をしている方々に失礼です。
「殺さなきゃイイんでしょ、文句を言うなら引き取ってよ」
その本音を見透かされ、批判が出るのだと思います。
ホゴホゴホゴと、そこに解決策を見出すのであれば、駆除計画を「保護計画」と あらため改めたらいかがでしょう。
✴本当に方法はないのか?
10年かけて捕獲は、へそで茶を沸かします。
もともと住民から排出された猫たち、自治体なり地域で対処すべきところを、国民の税金から予算が下りているのです。
皆さん、駆除ではなく共存できるためにお金を使って欲しいと願っているはずです。
密林に猫の親子がいたとしましょう。
私は、即座に迷いなく「救い出さなければ!」です。
森にいる猫へ、放置し排除するではなく、一刻も早く手を差し伸べるです。
なぜなら、それを「仕方ない」とは決して思わないからです。
✴未来への波紋
私が看過できないと思ったのは、ピースワンコにNOと声を上げている人が、TNRを否定していたことから。
なぜ、TNR反対なのかを探ってみると奄美での駆除是非を巡ってが発端のように見受けられました。
このような輩は、決して方向転換はしないでしょう。
「自分は正しい」と信じ込んでいるから。
そして、それを承認してくれる人を探し求めるでしょう。
それだけ、人の意識を変えるのは難しく、時間を要します。
ようやくTNRの結果が現れ、道筋が見えて来ました。
ここまで何十年もかかっているのです。
安易に安直に「駆除然るべし」としないで頂きたい。
目指す風景が違うのです。
人の都合で、打ち捨てられた命を 悪と排除して得る世界遺産登録か。
人が知恵を巡らし額に汗して、犠牲なく守った世界に誇れる共存共生の島なのか。
~関連記事~
■ 奄美ノネコ駆除問題の真相
■ TNR 活動を否定する人へ
■ ノネコ問題/TNR は非人道的手段?
■ 奄美自然環境センターの狙い
■ 研究者に騙されるな!ノネコ問題
■ 環境省に騙されるな!ノネコ問題
■ 奄美ノネコ駆除の問題点1
■ 奄美ノネコ駆除の問題点2
■ 奄美ノネコ駆除の問題点3
■ 奄美大島の猫3千匹殺処分計画
【 ねこてん 公式HP 】
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どうぞ お力添えを願います🙏
奄美大島におけるノネコ駆除は 問題ありまくりです。
計画の見直しをする必要があります。
計画の見直しをする必要があります。
✴愛護動物の駆除は動愛法違反
いかなる理由があろうともです。
なぜ、奄美大島だけで許されるのでしょうか。
これを環境省が主導していることも禍根を残すことになります。
いかなる理由があろうともです。
なぜ、奄美大島だけで許されるのでしょうか。
これを環境省が主導していることも禍根を残すことになります。
初めてなんですよ。
これを通してしまえば、将来にどのような影響があるのか、想像をして下さい。
「駆除やむなし」の前例を奄美で行使してしまっていたら。
もしも再び、東日本大震災での福島のような事態が起きたら。
置き去りにされ繁殖した犬猫はどうなりますか?
飼い主のいない動物の命のハードルを下げることになりませんか?
✴駆除では解決しません
断言します。
この計画を進めれば、猫に限らず駆除行為は未来永劫続きます。
つまり、計画は失敗するということ。
日頃、皆さんは思っているはずです。
処分を望みセンターへ持ち込む、或いは不要になったと遺棄することに対して
「自分で殺処分のボタンを押せ」
「自ら血眼になって里親を探せ」と。
目前で命が絶たれるわけではないから、責任が希薄になり、罪悪感がなくなるのだと。
本来は人と共に暮らすべき猫に「駆除」の選択をするのは、共生社会と真逆の思考を持つ(与える)ことだと思います。
どうして、動物虐待愛好家がこの計画に歓喜したのでしょう。
「害獣撲滅」の根っこが同じだからではないでしょうか。
✴人間が責任をとる
『猫はお腹が減っていなくても動く小動物がいれば狩ります。』
猫は狩猟本能があります。
ノネコだからではありません。
古今東西全ての猫かそうであり、私たちは それを(ネズミ避けなどで)利用してきました。
また、野生が残るのは猫の持つ大きな魅力でもあります。
そもそも、そうした特性のある猫を森に追いやり、生息させるようにした原因はどこにあるのでしょうか。
猫が悪いのですか?
命を差し出して償わなければなりませんか?
我々人間がしたことではないでしょうか。
だからこそ、人間が考え動かなければならないということ。
責任を負わなければならないということ。
✴保護譲渡を逃げ道にしない
『森に戻ってしまう事のないよう譲渡』
そのための保護譲渡であれば、それは保護でも譲渡でもありません。
駆除の一環です。
猫が幸せになれるよう、八方手を尽して保護活動をしている方々に失礼です。
「殺さなきゃイイんでしょ、文句を言うなら引き取ってよ」
その本音を見透かされ、批判が出るのだと思います。
ホゴホゴホゴと、そこに解決策を見出すのであれば、駆除計画を「保護計画」と あらため改めたらいかがでしょう。
✴本当に方法はないのか?
10年かけて捕獲は、へそで茶を沸かします。
もともと住民から排出された猫たち、自治体なり地域で対処すべきところを、国民の税金から予算が下りているのです。
皆さん、駆除ではなく共存できるためにお金を使って欲しいと願っているはずです。
密林に猫の親子がいたとしましょう。
私は、即座に迷いなく「救い出さなければ!」です。
森にいる猫へ、放置し排除するではなく、一刻も早く手を差し伸べるです。
なぜなら、それを「仕方ない」とは決して思わないからです。
✴未来への波紋
私が看過できないと思ったのは、ピースワンコにNOと声を上げている人が、TNRを否定していたことから。
なぜ、TNR反対なのかを探ってみると奄美での駆除是非を巡ってが発端のように見受けられました。
このような輩は、決して方向転換はしないでしょう。
「自分は正しい」と信じ込んでいるから。
そして、それを承認してくれる人を探し求めるでしょう。
それだけ、人の意識を変えるのは難しく、時間を要します。
ようやくTNRの結果が現れ、道筋が見えて来ました。
ここまで何十年もかかっているのです。
安易に安直に「駆除然るべし」としないで頂きたい。
目指す風景が違うのです。
人の都合で、打ち捨てられた命を 悪と排除して得る世界遺産登録か。
人が知恵を巡らし額に汗して、犠牲なく守った世界に誇れる共存共生の島なのか。
~関連記事~
■ 奄美ノネコ駆除問題の真相
■ TNR 活動を否定する人へ
■ ノネコ問題/TNR は非人道的手段?
■ 奄美自然環境センターの狙い
■ 研究者に騙されるな!ノネコ問題
■ 環境省に騙されるな!ノネコ問題
■ 奄美ノネコ駆除の問題点1
■ 奄美ノネコ駆除の問題点2
■ 奄美ノネコ駆除の問題点3
■ 奄美大島の猫3千匹殺処分計画
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