
靖国神社の境内に「遊就館」という博物館があります。ここには、日本の戦争中の事物の展示がされています。画像はあまりに有名な海軍機「零戦」です。
この「零戦」は昭和49(1974)年南洋、ラバウルの旧日本海軍航空基地で見つかった主翼胴体と昭和59(1984)年ミクロネシア、ヤップ島で発見された5機の零式艦上戦闘機を日本に持ち帰り、復元が昭和55(1980)年頃から始まりました。
この機体は昭和18年11月25日ごろ三菱重工、名古屋大江工場で製作されましたが40年間も南洋の熱帯に放置されていた為に機体の殆どが朽ち果て、復元するのは不可能と思われました。しかしそれらの機体をすべて完全に分解して使用できる部品を調べたところ内部の部品はかなり使える事が分りました。
主要機体はラバウルから里帰りした四二四○-一(4240-1)の主翼胴体の使用できる部品と、その他の使用できる部品を集め新しく作りましたが 、特に主翼の桁の製作は一番重要なものでした。
機体を解体したところ、四二四○号機と四二四一号機の部品が使用されており、当時の工場がいかに混乱していて生産を急いでいたか想像できます。
と・・・説明書きにありました。ちなみに飛行可能かどうかまでは記載されていませんでした。最後までお読み頂き、有難う御座いました。


モデルのお二人はTさんとMさんです。

初めて使用されたのは昭和19年11月8日、ウルシー環礁、パラオのコッスル水道に在泊の艦船攻撃のためでした。

「彗星」と「桜花」です。どちらも海軍機です。「彗星」は日本の航空機としては珍しい液冷エンジン(愛知「アツタ」32型)を搭載するも、整備の難しさや生産が追いつかず、稼働率が低すぎて戦力にならなかったそうな。画像をクリックするとエンジンを見ることができます。
歴史上で実用された有人のロケット戦闘機はこの「桜花」とドイツのメッサーシュミット「Me-163」だったと思います。もっとも「桜花」は艦船攻撃で「Me-163」は爆撃機への迎撃と使用目的は異なりましたが・・・。いずれにせよ、音速を超える速さで攻撃されるということは、被害を受けた後に接近してくる音が聞こえてくる訳で、相手国の兵隊さんはさぞ恐怖したに違いありません。陸海軍の共同開発の「秋水」は実用化の前に終戦となりました。
海ゆかばみずづくかばね 山ゆかば草むすかばね
大君の辺にこそ死なめ かへりみはせじ
「万葉集」の内 大伴 家持