(高麗山 高麗権現跡地)
神奈川県大磯町 高麗山『高来神社』
海を臨む標高168 M の高麗山に祭られている。
【創 建】 神功皇后(4世紀末)
古代より高麗山は、神の宿る山として崇められていた。
神功皇后が三韓征伐の後、高皇産霊と高麗大神和光(高麗権現)を祭り、
後に神功皇后、応神天皇、ニニギノ命が祭られた。
『参道』
社殿の裏から、高麗山の頂きまで登れる。15分〜20分ほど
左が男坂で、右が女坂。
『高麗山男坂』勾配はきつめですが、案外登り易い。
小さなお子様も登っていたり、、😌
『登頂へ続く石段』
山の頂きに祭られていた『高麗権現』さまは、
箱根神社と伊豆山神社に遷祀された。
頂きは跡地で、小さな祠だけがある。
頂上の祠の左奥に、尾根づたいに続くハイキングコースがあり、よく整備された山道を30分ほど歩くと平塚市の高麗山公園に着く。
人気のトレッキングコース
高麗山公園(湘南平)は、夜景が綺麗で太平洋を臨むスポットです😌。
7世紀末、朝鮮半島の北にあった高句麗が唐に滅ぼされると、高句麗の若光王は和国へ亡命し、こちら大磯へと上陸してきた。
高麗という地名の起源となる。
717年に僧行基が高麗寺を創建し【若光王】がまつられ、
神仏習合の時代を経て徳川家康権現が勧請された。
明治の神仏分離になると、高麗寺は廃寺となり高麗神社が残り旧観音堂に社殿が祭られたが、
高麗神社は高来神社に改名された。
【高来神社 社殿】(旧観音堂)
紆余曲折の歴史を超えてずっと在り続けてきたのは、
ここの山が聖地として崇められてきた由縁だろう。
(手水舎)
目立たないのでちょっと分かり難いですが、社殿を正面にみて境内の右側、奥の奥の方へ行くと下へ降りる小路があり、神水が頂ける。
(御神水)
高句麗の若光王はここから50㌔北にある埼玉県日高市の
高麗山の高麗神社の方に移っていった。
大和朝廷は高麗郡を設置し、若光王は朝廷より『高麗王』を賜って郡主となって高句麗の渡来人たちが集められ関東の開発にあたった。
埼玉県日高市の高麗山、高麗神社〜聖天院付近もちょっとしたトレッキングコース。
こちらも推すめしたいです。
箱根神社に遷し祭りされた後の跡地は、がらんとしてますが、
汗をかいてでも登りたい聖地✨✨
時間があればこちらを参拝した後、遷祀された
⛩️箱根神社にお参りするのも良いかもしれません。
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