ちゅう年マンデーフライデー

「海炭市叙景」「マイ・バックページ」「東京公園」という日本映画について

 すっかりブログを書かなくなっていた。ツイッターが気楽でいいからだ。フェイスブックは、どちらかというと仕事上のネットワークづくりというか、否応なくそうなっているので、そう積極的に使っていない。ただ、ツイッターにしてもファイスブックにしても、毎日フォロワーからのメッセージやツイートがあるので、それをチェックしていると、なんだかすぐ時間がたってしまう。

 それに、なんといってもツイッターで、「つぶや句」という俳句を始めたのが大きい。毎日「季題」がリツイートされてきて、その季題に合わせて作っていたら、なんだか、自分勝手に作っていた頃よりも、上達したような気分になってきたのだ。そうこうするうちに、そろそろ200句に達する塩梅なのだ。とりあえず年内に1000句めざそうというわけで、毎日17文字をひねっている。

 そんなわけで、なんだか一時夢中で読んでいた西村賢太、佐藤泰志などの小説の類もこのところ停滞気味だ。根気がない。買ったままの文庫本が増えるばかりだ。

 その一方で、映画館には近年になく足を運んでいる。4月から観た映画。封切は、青山真治監督「東京公園」、山下敦弘監督「マイ・バックページ」、マイケル・ウィンターボトム監督「キラー・インサイド・ミー」、アーヴィン・チェン監督「台北の朝、僕は恋をする」、再上映で熊切和嘉監督「海炭市叙景」、名画座は、加藤泰「遊侠一匹」「緋牡丹博徒 花札勝負」、テオ・アンゲロプロス監督「エレニの旅」「蜂の旅人」、エドワード・ヤン監督「ヤンヤン思い出の夏」。多くはないが、できれば週一くらいは映画館に行きたい。

「海炭市~」は小説がよかったので、映画もぜひ見たいと思っていたところ下高井戸シネマにかかっていた。関係者のツイッターに煽られて、さぞや満員ではと思ったのだが、意外や空いていた。

 ロケ地の函館の市民の協力なくしてできなかった映画だが、その志が非常に高いのが、この映画を傑作にしたといってもいい。冒頭のタンカーの進水式もそうだが、市や市民の協力なくしてこんな場面は撮れまいと思うシーンによってこの映画の力強さは支えられている。それは、最近観た「マイ・バックページ」が70年代を描くのにいかにロケ地に苦労していたかがありありとうかがえるのを見れば、なおさらそう思わないわけにはいかない。

 オールロケで、しかも素人の役者を使い、複数のエピソードで構成される物語をクランクインから約一か月で撮ってしまったというのは、今日では奇跡的だろう。熊切監督は、時間や予算もあるだろうが、一つひとつのシークエンスをほぼ固定の長回しで撮り、役者の緊張感ある演技を引き出している。だから観る者はスクリーンにくぎづけになり固唾をのむ。

 冒頭のストライキに入る造船所の労働者たちが赤錆びた造船所の壁を背景に佇むショットは、この映画のすばらしさを予感させた。僕は、小説を読んだときカウリスマキ的世界をイオセリアーニ的長回しでエピソードを関連付けながらつないでいったら面白かろうと思っていた。出来上がった映画は、むしろジャ・ジャンクーを思わせた。

 脚本は、小説をベースにしながらも、映画「海炭市」としての物語を再構築しており、暮れの同じ時間を共有する海炭市に住む複数の人々の身に起こる出来事を描く。終盤、大晦日の路面電車に、登場人物が乗り合わせる場面がある。ここで複数の物語が出会うことになるが、それぞれが自分や家族と向き合うことによって再生していくという物語の骨組みがより鮮明になっていく。この映画が地元の人々の深い愛情に支えられているように、ここに出てくる人たちの誰もが、故郷である海炭市が人生の拠り所になっている。故郷を離れた路面電車の運転手の息子さえも、家には帰らなくてもこの街には帰ってくるのだ。街も人も変貌する。だが、海炭市を通過することによってしか再生できない人々の物語を真正面から描いている。ときどき挿入される海炭市の俯瞰ショット。銀色に輝く海の風景は、津波に襲われた東北の街の俯瞰ショットに似ており、あの津波で流されたのもまた、この映画に出てくるような、問題を抱えながらも再生に向かって生きている人々なのだと思うと涙が出てくるのだった。

 「海炭市~」に比べ、「マイ・バックページ」は、70年代の風景をロケで描くことの難しさを感じさせた映画だった。新聞社や下宿屋、バリケードの廃墟など室内はどうにかなる。屋外は時代劇より難しい。それにしても、いまこの原作を映画化する理由が終始僕には分からなかった。革命を夢想する遅れてきたおちこぼれ青年とその言動に共感してしまうエリート新聞記者。単にCCRの「雨を見たかい」を一緒に歌った(この長回しのシーンはよい)から共感してしまったのか。安田講堂に参加できなかった後ろめたさで、威勢だけはよい革命家気取りの男に、なぜ共感してしまうのか。

 妻夫木は好演しているし、山下監督の演出や近藤カメラマンの撮影も悪くない。だが、物語のプロットがいささか弱い。自衛官殺しの首謀者に対し「彼は思想犯だ」と擁護する(擁護するほかはない)主人公の心情が今の若い人たちに理解できるだろうか。第一、革命家気取りの松山のどこに魅かれるのか。カリスマ性みたいなものが全くない。騙されても仕方ないよなと得心できる部分がない。だから観る側が、松山にも妻夫木にも共感できないのだ。それは原作の悪さだろう。まあ、若い映画人が悪い原作をあたえられちゃったなと同情したくはなる。そもそも、自らの70年代体験を、ボブ・ディランを借りて「マイ・バックページ」などと感傷的なタイトルで総括してしまう時代の気分だけには目が利く原作者に僕は共感できないのだ。

 僕は、山下監督や近藤カメラマンの才能以外に、この映画に見るべき価値があるとすれば、それは、3.11以降、マスコミ周辺に正義の装いをしたペテン師が跋扈していることへの警鐘としてこの映画は機能するかもしれないということだ。「自粛」「被災地のため」「反原発」などを旗印に、市民のうしろめたさ、ルサンチマンを正義へと収斂させていく力こそ、妻夫木が共感してしまったものと同じなのだ。これに加担してはならぬ。

 「海炭市~」も「マイ・バックページ」も自分と向き合うことで再生を試みる映画という点で共通しているように見える。そうした意味で青山真治監督「東京公園」もまた、愛と再生の物語だ。いや、もっと強烈なファンタジーでありゾンビ映画で、それは同じゾンビ映画の黒沢清「東京ソナタ」への青山監督からの返信でもあるのだろう。

 まず、アントニオーニ「欲望」を思い起こしながら観たのだが、カウンターでゲイのマスター宇梶剛士(さりげなくゲイだとわかる仕草が秀逸)と春馬が話す姿を斜め後ろからとらえた場面とか、炬燵で三浦春馬と榮倉奈々が会話する切り替えしショットは、脇に置かれたワインボトルの存在まで、誰もがあの巨匠を感じるはずだ。しかし、これは映画的引用とか先達へのオマージュなどということではなく、青山監督が見ることと見られることによって成り立つ映画というものを主題的にとらえながら、自らも映画と正面から向き合い、そして、複雑な事情のある男女の物語を、正面から見つめ・見つめられることによって再生していく愛の物語として、映画にどう構築するかということの答えなのだ。

 アンモナイトの渦と地図上にポイントされる東京の公園の渦、その表層的なイメージは、榮倉奈々、小西真奈美、井川遥という3人の女優の丸い顔につらなって、心地よく画面に収まる。幼馴染でもある榮倉から義理の姉の小西真奈美の愛情を告白された春馬が、直接小西を訪ねその気持ちを確認するシーンは、観る側はその姉の気持ちを知っているだけに、ヒチコックのサスペンスを観るようなわくわく感で春馬がどう向き合うのかと期待する。

 春馬は姉を撮影することでレンズ越しにその心をはかろうとする。食事を終えると小西真奈美が髪をとき、初めて正面から向き合う。「黒い姉さん」とつぶやきながらレンズを向けると、その髪がみるみる黒さを増し、愛の神が降臨したかのようにその強い瞳の力に観る者は圧倒される。それほほどの、愛の光線を放つのだ。やがてソファの上でまたがるように姉にレンズを向ける春馬が姉から離れようとすると、そこに小西真奈美が手を添え、二人はみつめあう。春馬が姉の位置まで腰を屈め、長く見つめあった後、やがて二人は抱き合い、唇を寄せる。最初は軽くぎこちなく、そして深く。やや後ろからワンショットでとらえたこの長いキスシーンは、そのまま二人の思いが共鳴しあう過程をとらえたすばらしいシーンで、映画とはド派手なアクションなどなくても躍動をとらえることができることを証明してみせる。その胸の高まりに息がつまりそうになるくらい感動的な場面なのだ。小西真奈美がすばらしい。井川遥はただ歩くだけ、微笑むだけなのだが、これが美しい。榮倉奈々の丸顔に反してよく伸びた四肢と快活な動き、シネフィルとしてのセリフ回し、とりわけ「瞼の母だよ。加藤泰だよ」なんていわせるあたりがいいではないか。女優の存在感が際立った映画なのだった。

 「海炭市」も「東京公園」も低予算の映画だろう。どちらも短期間で撮られた映画らしい。いまさらながら、金がなくてもよい映画は撮れる。しかし誰かが観なければ映画は成立しない。せっせと映画館へ足を運ぼう。
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