ちゅう年マンデーフライデー

ライク・ア・ローリングストーンなブログマガジン「マンフラ」

三角な世界か草の枕か

2006年01月11日 | アフター・アワーズ
 田舎へ帰る列車で進行方向に背を向けて座り、窓の外に流れて遠のき消えていく風景を見ながら、いま、僕は過去を見ていると思った。なるほど時速100キロほどで遠のいていくのは畑や川や山ばかりではない。何秒か前に自分がいた世界、その距離感は過ぎた時間をそのままに見ているのだった。そうしてみるとなぜか自分が乗っている列車が未来というよりは、死という終着駅に向かって走っているような心持になった。この脳が痺れるような感じは悪くない。だから、対面式の箱席に座るときは進行方向に背を向けて座ることをおすすめしたい。
 そんなことを思い出しながら、どうも、また「草枕」が気になった。

 漱石「草枕」の英訳は「The Three-Cornered World」というのだそうだ。例のグレン・グールドが偏愛した「草枕」である。訳者のアラン・ターニー氏は最初「The Grass Pillow」と訳したそうだが、次の一節から、「三角の世界」がタイトルになったということが横田庄一郎著「『草枕』変奏曲」に書かれてあった。この本は、グールドと「草枕」の関係を解き明かした興味深い本だ。

「われわれは草鞋旅行をする間、朝から晩まで苦しい、苦しいと不平を鳴らしつづけているが、人に向って曾遊を説く時分には、不平らしい様子は少しも見せぬ。面白かった事、愉快であった事は無論、昔の不平をさえ得意に喋々して、したり顔である。これはあえて自ら欺くの、人を偽わるのと云う了見ではない。旅行をする間は常人の心持ちで、曾遊を語るときはすでに詩人の態度にあるから、こんな矛盾が起る。して見ると四角な世界から常識と名のつく、一角を磨滅して、三角のうちに住むのを芸術家と呼んでもよかろう。」

 草枕とは、草を枕にするようなあてのない旅というほどの意味だそうだが、ここでいう草鞋旅行などは、草枕だろう。Three-Cornered WorldとGrass Pillowの違いを英語圏の人々はどのように感じるのだろうか。そして、ジュンク堂でざっと立ち読みしただけだけれど「『草枕』変奏曲」からだけでは、なぜグールドが「草枕」を偏愛したのか、たとえば芸術論に共感したのか、文体のリズムに共感したのか、そういうことがまだよく分からないのだった。まったく、このグールドと「草枕」の関係は気になってしまうので、グールドの「ゴールドベルク変奏曲」を聴きながら今日は帰ろう。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「草枕」なお正月 | トップ | 折れ口つづき »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

アフター・アワーズ」カテゴリの最新記事